Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ピーンポーン、と。
ペントハウスの静寂を破る、無機質で場違いなほど軽快な電子チャイムが鳴り響いた。
「はいどーも、真っ昼間からどなたが訪ねてきてるんですか……っと」
リビングのソファから面倒くさそうに立ち上がったジェイクが、壁面のインターホンパネルを操作する。モニターに映し出されたのは、想定通りと言うべきか、いっそ清々しいほどに物々しい一団の姿だった。
『失礼。此方は聖北教会の者だ。本部から、この都市で肖像権の登録をしたナナという少女を保護し、護送せよという指令を受けてここに来ている。これは都市の各組織から承認を受けた正式な行動であり、此方の要請に従わない場合は強制執行の用意もある。これもまた、承認された行動だ』
インターホンのカメラ越しに宣告してくるのは、目の下に濃い隈を作った神経質そうな男だ。
その後ろには、新月の夜空を思わせる暗紺色を基調とした統一感ある制服に身を包む二人の女と、昨日ゲームセンターで見かけた見覚えのある黒ずくめの青年の姿があった。
ジェイクはモニター越しに彼等の外観を素早く、かつ冷徹に観察する。二人の女が帯びている聖銀の長剣や高位の発動具、そして青年から滲み出る隠しきれない異常な気配。それらの用意を見て、ジェイクは彼ら四人が小隊規模でありながら大規模な戦闘も視野に入れた集団だと察した。
ここで全面衝突すれば十中八九ペントハウスは消し飛び、都市の公的機関も敵に回すことになり、後の展開が極めてよろしくない。ジェイクは即座に脳内のスイッチを『戦闘』から『悪巧み』へと切り替え、彼らを家に上げることにした。
「ナナ、例のお客さんだ。二人をリビングに呼んでこい」
『分かった!』
ジェイクの指示に、ナナは気負い立った様子でペントハウスの奥へとパタパタと走っていく。「やってやる!」という意気込みが背中から溢れ出すぎて少々危なっかしいが、まあミケとルシアの二人が上手く落ち着かせてくれるだろう。そう考え、ジェイクは再びインターホンに身体を向けて、マイク越しに怠げな声で返事をした。
「随分と物騒な挨拶だな?」
『今回はそういう仕事なんでね』
「仕事なら仕方ないな。入って良いぞ」
ジェイクはその言葉と共に、あっさりと玄関のセキュリティロックを解除した。カチャリ、と重厚な扉のロックが外れる音が響く。
『……よろしいのですか?』
罠を疑ったのか、騎士を思わせる凛とした女がインターホン越しに確認をしてくる。
「玄関越しに怒鳴り合ったらお互いに体面が悪いだろ? まあ、ここにご近所さんなんて居やしないが」
ジェイクはそう言って自ら玄関へと歩み寄り、分厚い扉をゆっくりと開け放って彼等をじっと見た。
指揮役の男と青年の二人は、ジェイクを油断なく警戒するように鋭く見つめ返し、女二人は「本当にすんなり開けた」と戸惑うように顔を見合わせた。
聖北教会の面々から見て、この『ジェイク』という男は不気味なほどのイレギュラーだった。
入都市ゲートのトラッキング情報から、この男が被検体D-7のすぐ近くに居ることは知る事が出来たが、それ以外の情報が裏社会のネットワークを洗っても一切出てこないのだ。都市で何の活動をしているかも、どこの組織に属しているかも見えてこない。ただ勇者の証言以外に目撃情報もない、完全な『謎の男』だったのである。
洗脳を施すマッドサイエンティストか、はたまた暴力で支配する狂犬か。教会側は良くない想像ばかりを膨らませて踏み込んできたのだが、こうしてあっさりと扉を開け、まるで急な来客を持て成す一般人のように此方の事情を汲むような対応をされると、かえって強烈な戸惑いと気味の悪さが生まれる物だった。
「ほら、突っ立ってないで入れよ。お偉いさん方の『承認』とやらを持ってきたんだろ?」
ジェイクが顎で促すと、指揮役の男が内装の良さに僅かに顔を引き攣らせながら一歩踏み出した。
案内されたペントハウスの広大なリビングに足を踏み入れた教会の一派は、再び内心で動揺を覚えた。
そこは誘拐犯の隠れ家などではなく、極めて整頓された高級な生活空間だったからだ。窓からは都市の全景が見下ろせ、テーブルの上には先程まで何かの作業をしていた形跡があり、空気には淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。
「ようこそぉー聖北教会の方々。お茶の用意はありませんが、まあ適当に座ってくださいな」
ミケがヘラヘラと笑いながら手で促す。だが、目が笑っていない。教会の面々……特に勇者と女騎士は、ミケのそのふざけた態度の奥に、いつでも自分たちの喉笛を掻き切ってやろうという殺意が隠されていることを悟り、背筋を粟立たせた。
そして何より、彼らの目を釘付けにしたのは、ジェイクの隣に堂々と立つ一人の少女だった。
「……被検体、D-7」
指揮役の男が、緊張を孕んだ声でその名を呼ぶ。
だが、ナナは怯えて隠れることはなかった。彼女は自分で選んだお気に入りの服を着て、ジェイクが買ってくれたサーモンピンクのヘアピンを前髪に留め、まっすぐな瞳で教会の一派を——特に、昨日言葉を交わした『勇者』の青年を真っ向から見据え返した。
『私の名前はナナ。あなたたちが付けた記号なんかじゃない』
凛としたAIの声が、リビングにいる全員に聴こえるように響く。
『自我』と『意思』を感じさせる振る舞いに、勇者は目を見張り、指揮役の男は忌々しげに舌打ちをした。
最後に、リビングの奥から静かな足音を立ててルシアが姿を現した。彼女は普段のラフな格好ではなく、都市の有力者であるヴァルハイム家の者だと一目で分かる、豪奢な紋章の入った服を隙なく着こなしていた。
「聖北教会の皆様、初めまして。今回、こちらのナナさんにこの家を紹介し、諸々の法的手続きを担当いたしました、ルシア・ヴァルハイムと申します。本日は第三者として、このお話の傍聴をさせていただきます」
名門貴族の一員が、被検体の後見人として堂々と立ちはだかる。その事実に、指揮役の男の顔に焦りの色が濃く浮かんだ。
「……随分と用意がいいな?」
「俺の隣に座ってる奴の運が良いだけだ」
教会側の苦々しい嫌味に対し、ジェイクは平然とそう言い放つと、隣で気丈に振る舞うナナの頭に、ぽん、と優しく大きな手を置いた。
彼はゆったりとソファの背もたれに体重を預け、足を組む。そうして放たれたジェイクの言葉を皮切りに、指揮役の男との静かだが火花散る論戦が始まった。
「で、聖北教会だっけ? まず確認する。あんたらが欲しいのはナナの身柄で間違いないんだな?」
「そうだ」
「理由は? コイツは事件も奇跡も起こしてない。善良な一般市民だ。なのに教会が身柄を求める理由が分からない」
「……教会本部が、彼女を危険な存在と判断している」
「何が危険なんだ?」
「彼女の来歴だ。お前らがナナと呼ぶそこの少女は、封印された厄災龍が神器によって変質した存在だ」
男の断定的な口調と飛び出した非現実的な単語に、ナナは胸元のスピーカーから「ヴーッ」と低い電子音を鳴らし、ミケは喉の奥で獣のような唸り声を上げて揃って威嚇を始める。だが、当のジェイクはまるで三文芝居でも見ているかのように、素知らぬ顔ですっとぼけた。
「はー、厄災龍ね。物々しい連中が真面目くさった格好と顔で言うと流石にそれっぽく聞こえるもんだ」
「ふざけているのか。教会では確かな根拠の元そう認識している。それだけの話だ」
「ま、天下の教会さんが言うならそういう事でいいや。それで?」
「それで、というのは?」
「だから、なんでそれだけでここに居るナナを連れていく話になる?」
暖簾に腕押しどころか、言葉の端々に漂う小馬鹿にしたようなジェイクの物言いに、男は隈の深い眼を細めて苛立たしげに舌打ちをした。どうやら筋金入りの面倒な相手だと認識したらしい。
「……厄災龍の力を有する可能性があるからだ。都市一つを滅ぼして余りある力を、自由意志に任せて世に放置するわけにはいかない」
「可能性ね。まあ、俺よりかはよっぽど可能性が高そうな奴ではあるな?」
ジェイクは隣に立つナナの顔を一度だけ見た。
『へらへら笑わないの!』
不満げに抗議するナナの頭を適当に撫でながら、ジェイクは「はいはい」と応じ、再び視線を教会側へ戻す。
「じゃあ聞くが、どうして、お前らの言う『厄災龍が変質した身体』と、今ここにいる『半年前までの記憶がない少女』がイコールだと言えるんだ?」
「何を言いたい?」
「コイツがお前らの言う厄災龍と別の存在の可能性があるって話だよ。順を追って説明してやる」
「……」
「まず、こいつは半年前にリヴァイア・シティのスラムで見つかった。違法な投薬と肉体改造とで身体を弄られていて、まともに生活することすら出来ない状態だった」
淀みなく語られるジェイクの言葉に、教会の面々の顔に僅かな困惑が浮かんだ。
「お前がこの少女を発見したと?」
ジェイクは頷き話を続ける。
「その後、俺の拠点で半年間かけて治療した。歩けるようにして、食えるようにして、服を着られるようにして、ようやく普通の生活が出来るところまで戻した」
「治療……? 貴様がか? どういう処置を施したかは知らんが、それだけの設備と知識と技術があると?」
「そうだ」
断言するジェイクの揺るぎない態度に、指揮役の男は僅かに眉をひそめた。そして、隣に控える高位の発動具を携えた女僧侶へと目配せをして、外部には聞こえない魔術的な通信回路を開く。
(おい、お前の眼から見て少女に魔術的干渉の痕跡はあるか?)
(ありません……。強力な幻惑や記憶操作の類を受けた形跡も皆無です)
(あの男の発言に虚偽は?)
(今の所全部本心から出た発言です。彼の認識ではそれが正しい、と言うことで……あの、本当に彼女はスラムから見つかったんでしょうか? じゃあ我々に明かされている情報は何なんですか?)
(それを今からすり合わせる。魔術による虚偽の診断は重要な判断材料だがそれだけに固執するな。切るぞ)
指揮役の男が通信をしている間、「半年間と言ったな。その間、あなたは彼女を手元に置いていたのか?」と、凛とした声が響いた。
指揮役と僧侶の間の2人の不自然な沈黙を悟られないように、女騎士が素早く口を挟んだのだ。
「手元に置くしかなかったんだよ。何も分からなかったからな」
「何も分からなかった?」
「記憶がない。自分が何者なのかも分からない。身体は改造されてる。そんな奴を拾って、いきなりどこかの組織に引き渡す馬鹿がいるか?」
「教会という選択肢がありますが」
女騎士が真っ当な正論をぶつけると、ジェイクは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「おお悪い悪い、世話になったことが一度も無いんで選択肢からハズレてた。まあ、幸いなことに拾った命に責任を持つぐらいの甲斐性はあったんで勘弁してくれ」
『じゃあ私の面倒をもっと見てよ!』
ジェイクのドヤ顔にカチンときたのか、ナナがすかさず横から口を挟む。
「黙れぃ! 身体が治ったんなら自分の人生は自分で背負え! 俺はお前の保護者じゃねえ!」
『意地悪!』
「馬鹿め、ようやく気づいたのか」
緊迫した交渉の場であるにもかかわらず、突如として始まった痴話喧嘩のような漫才。その光景に、再び僧侶からの念話回路がせわしなく開かれた。
(ふ、2人の発言に虚偽が有りません! 心からの本音です!)
(興奮しながらこっちに回線繋ぐな馬鹿! 封鎖するぞ!)
厄災龍の化身だと思っていた存在が、スラムで拾われ、恩着せがましい男に文句を垂れるただの生意気な小娘として振る舞っている。そのあまりの落差と、関係性に興奮する僧侶の無駄なポンコツっぷりに頭痛を覚えた指揮役の男は、強制的に僧侶からの回線を遮断した。
その間も女騎士とジェイクの間で話が進んでいく。
「では、危険性について正式な報告は?」
「その時点でコイツのことを何も知らないのに危険性の把握なんて出来ると思うか? 治療の間に分かった事なんてコイツが喋れないことぐらいだ」
一先ず納得したのか、女騎士は黙った。
それを見てからジェイクは言葉を続ける。
「そして、この都市に戻ってから情報を集め始めた」
「ふん、何処で集めたと言うんだ?」
高を括るような指揮役の言葉に、ジェイクはニヤリと笑って言葉を返す。
「アスクレピオス社だ」
その名前が出た瞬間、指揮役の男がわずかに反応する。
「ナナの改造に関わった可能性のある連中と接触した。副社長本人とも話をした」
「……何を話した?」
「事実確認と責任追及だ。その結果、事前に予定されていた処置と、実際にナナへ施された処置が一致していない事実が分かった。副社長もずいぶんと憤慨してたぜ?」
ジェイクは指を立てる。
「つまり、誰かが途中で計画を変えた可能性がある。アスクレピオス社にこっそり干渉した誰かが、な」
「……可能性か」
「今の段階ではな。が、お前らの言う『厄災龍』と、俺が半年間見てきた『ナナ』の間には、説明されていない空白があると考えている。アスクレピオス社に干渉した誰かが『厄災龍』に似せた身体を作ってすり替えた可能性だってあるんじゃないのか?」
「ふざけるな、それを言い出したら悪魔の証明だろうが……!」
「悪魔が入り込む余地を作ったのはそちらの落ち度だろ?」
「本物である可能性は高い!」
「本物なら護送と監視に失敗している。偽物なら今まさに無関係の少女を連行しようとしている。どっちに転んでもお前らの『確実な管理』は成立してねえだろ」
「奴が本来の被検体と別物だろうと、危険性はある! 先日、施設で騒ぎを起こしたことをこっちは知っているんだ。こっちには強制執行がある事を忘れるなよ?」
「強制執行して連れてきたやつが対象と良く似た別人だったら大問題じゃないのか?」
話が高度になりつつある中、勇者は対面に座るナナに話しかけた。
「……その、君は良いのか? 信頼している人に偽物扱いされそうだが……」
『私が偽物だろうが何人居ようが、助けられたのは今ここに居る私のみ。関係ない!』
「強い……!」
ジェイクの推論を聞いた男は、一度天井を仰いで大きく息を吐くと、渋々教会側の情報を吐き始めた。
「ふーーっ! ……教会側の記録では、被検体は規定通り管理されていた。"半年前まで"な。少なくとも、我々が把握している限りでは、事前の計画から逸脱した処置が行われたという記録はない」
「そりゃ随分な管理と報告体制だな。この分じゃ子供一人満足に世話できないんじゃないのか?」
「実際は別の事実がある。半年前どころかそれ以前に、リヴァイア・シティから教会勢力下の領域に護送途中、魔人に襲撃され、被検体を奪われていた」
この事実に教会側の方が驚愕した。
「何だと!?」
「それなら話が全然変わっちゃうじゃないですか!」
「だーっ! うるせえ! 黙れと言われたら黙るしかねえんだよこっちは!」
「誰に黙らされたんですか!?」
「黙秘する」
女僧侶が詰め寄るも、明確な拒絶の前に黙るしか無く、力なく座って俯いた。
「話進めていいか? と言うことは、そっちが奪われてから俺がスラムで見つけるまでの間、空白が出来ていることは認めるよな?」
「認める。……だがいくつか反論がある」
「どうぞ」
「まず一つ。明確な失態を犯しているがそれは『管理体制の不備』に繋がるものではない」
「でも護送能力に疑問は残るよな?」
「こ、今回は勇者が居る……、襲撃への対策は十分だ」
「ふーん、じゃあ勇者より偉いやつが出張って来て『こっちが運ぶから目標を寄越せ』と言ってきたら、その時勇者は役立つのか?」
「その嫌な想像をやめろ!! ……2つ目の反論は、お前の想像上の可能性でしかないことだ。我々にはD-7を識別する根拠がある。本部に身柄を運べさえすればな。だがお前には『似たものを作れたかもしれない』という推測しかない」
「まあ、その通りだな」
「そして3つ目。むしろ、今語った全てが事実なら、我々の判断は変わらない。ソイツが想定外の未知の改造を施されたり、すり替えられた別物だったとして。経過を観察できなかった期間があり、能力の全容も把握できない存在を、なぜ一個人の保護下に置いたままでいいと思える?」
「待ってください。一度話をまとめませんか?」
そこに勇者が手を上げて話に割り込んだ。
「そこの……ジェイクさんの言うことは正しい。今の彼女と、我々の記録上の厄災龍の連続性がない可能性がある以上、教会としては完全に同一視できる証拠があるのか確認するべきです」
「その名目で身柄を確保ってか?」
「結果的にはそうなりますが……、彼女が厄災龍とは別存在であれば貴方の元に返す選択肢もある筈です。その場合の危険性は身体を制御する手段があれば大きく下げられるはずですから。ですが、やはり社会的な保護が出来るかと言う面で我々教会に軍配が上がると思います」
「まあ、個人とまともな組織なら、まともな組織に軍配が上がってくれなきゃこっちが困る。が、俺が問題にしてるのはそっちが今『まともな組織』を維持できてないんじゃねえのって事なんだが? そっちが専門家だとしても、正しい情報を受け取ったり共有できないから半年ぼっ立ちで今の状態なんだろ?」
「それは貴方の話を聞いて私も感じました。ですから、こう言うのはどうでしょう?」
勇者は一度周りを見渡してから口を開く。
「貴方は我々が知らなかった事実を短期間で集める力を持っています。我々教会は我々だけが知る事情を持っています。彼女を守るのに十分な名分も立場もある。お互いが協力して憂いを取り除けば、ナナさんを保護する事に支障は無い。そう思いませんか?」
「俺は構わない。今回の話し合いでケリが着くとも思えないしな」
隣に座るナナが「話が違う」と言わんばかりにジェイクのすねに何度も蹴りを入れるが、ジェイクは意見を翻さなかった。足を踏まれても、ミケが絶対零度の視線をぶつけて来ても同じである。ジェイクとしては、今ここでナナを無理やり連れて行かれなければそれで勝利なのだ。
現状の勇者は例え表面上だけかもしれなくとも、ナナの側に立とうと動く貴重な人物だ。手を払う理由がない。
(話を勝手に進められてますけど、良いんですか?)
(俺の都合にとって良くないが、間違ってもいない。遠回りにも程があるが、客観視された時の合理性は確保できる。向こうがズレたことを言えば口を出してやれるんだがな……)
女僧侶と指揮役の念話を余所に、ジェイクは言葉を続ける。
「俺はアスクレピオス副社長から個人的に依頼を受けている。『嘘報告してきた馬鹿とその背後にいる奴を見つけ出して報復しろ』ってな。そいつらの処遇に口と手を出させてもらえるなら協力できる」
「アスクレピオス社が依頼を?」
「おいおい、個人的な依頼って言ってるだろ? そっちの組織に口出しなんて出来ねえって。だからこっちも協力して欲しい理由があるのさ、利害が一致するだろ?」
「……では、貴方はこの件にどの様な考えを持っていますか」
「まず黒幕を探す。お前らの言う厄災龍だの、ナナをどう管理するだのはその後だ。今ここまで話して分かったのは、ナナの周りで誰かが都合よく情報を弄ってるってことだからな」
ジェイクは指を2本立てる。
「アスクレピオス社は『予定と違う処置がされた』と言い、教会は『規定通り管理していた』と言うが、実際の事実が正しく共有されていなかった。……こんだけ綺麗に話が食い違ってるなら、誰かがどっかで嘘を吐いてると俺は考える」
「俺達の中に居ると疑ってるのか?」
ジェイクの主張に指揮役の男が噛みつく。
「実行犯が居るとは思わないが、知らない内に片棒を担がされた奴は居るかもしれない。理屈を話そうか?」
「……言ってみろ」
「アスクレピオス社の計画が本当に途中で変えられたんだとしたら、そいつは何のためにそんなことをした?」
「……被検体を利用するため、ではないでしょうか。本来、本人にも他者にも力を使わせないための処置ですから」
勇者が答える。
「俺もそう思う。わざわざ予定を変えてまで、ナナの身体を弄った。しかも、その後に護送中の襲撃が起きて、被検体は行方不明になった」
「偶然ではないと?」
「偶然でもいい。だが、もし同じ奴が全部に関わっていたなら話は早い」
ジェイクはナナを横目で見た。
「そいつはナナを使って何かをするつもりだった。なら、そいつはナナの状態を確認したがる筈だ」
先の展開を想像できたのか、指揮役の男が頭を抱えて呻き出す。絞り出すようにジェイクに疑問を投げた。
「……それは、どうしてだ?」
「自分で使うつもりだった道具が、半年も行方不明だったんだ」
「……」
「壊れたのか。死んだのか。誰かに改造を解除されたのか。それとも予定通り使える状態なのか。確認しなきゃ次の手を打てねえ筈だ。で、実際に今、ナナの情報はあちこちに漏れ始めてる」
「……」
指揮役の男の「面白くない」という態度が加速する。
「ソイツはナナを探し続けていて、肖像権の取得をきっかけに誰かがナナを見つけたことに気がついたからだ」
「推論としては真っ当だな」
「まあ、情報が出回ってあちこち動いているから、私達の派遣もこの都市での行動も強行軍になった訳ですからね……」
騎士と僧侶の2人も反対しない。男は孤立無援になったかの様に顔を皺だらけにした。
「俺が黒幕なら、直接ナナを見に行く必要はない。 自分の手足に探させればいい。少なくとも、教会側の情報を利用できる人間が関与している可能性が高いと俺は思うね」
「その理屈で言うと……」
「そういう人物と関わりが有りそうなのは……」
勇者と僧侶が横を見る。目線を向けられた男は憤慨した。
「やっぱこうなるんじゃねえか畜生! 冗談じゃねえ! 俺がどれだけの人物と関わり持ってると思ってんだ!? 迂闊に探ったら俺の首がどうなるか分かったもんじゃねえ! いいか、俺からすればそんな小娘1人が助かろうがくたばろうがどうでも良いがな! そいつが正しく扱われる為に俺様が死ねなんて聞き入れるわけねえだろうが、えーっ!?」
「が、この中で教会の事情を一番知ってるのはアンタで間違い無いだろ? まあ、別に今この場で全部吐けとは言わねえ」
「あん?」
「お前らには組織の事情があるんだろ? 派閥だとか、上の命令だとか、言った瞬間に首が飛ぶような機密だとか。変に探ってアンタがこの世から消えたらお互いに損だろうしな?」
指揮役の男は相変わらずのしかめっ面だ。
「何だよその顔……」
「物わかりが良くてムカついてんだよ! ああ分かった、そっちの勝ちだ。今から強制執行したって誰も言う事聞きやしねえだろ、俺も被検体の保護の前に捜査する事に同意する……」
「じゃあ提案だ。あんたら教会側で一番中立な奴を紹介してくれ」
「……教会も一枚岩じゃない。俺は結果的に今回の交渉役として押し出されたが、それは教会の各方面の政治の都合であり、何処とも繋がりがあるからだ。詳細は保身の為に伏せさせてもらう」
「勇者以外の二人は?」
「そこの僧侶と騎士も、それぞれ異なる派閥の意向を受けて今回の作戦に参加した。中立ではない」
言及された二人は無言で頷く。
「つまり?」
「消去法で俺は勇者を推薦する。今回首を突っ込んで来たのは偶々保護派と同じ方向を向いていたからで、奴自体は教会所属であれど派閥に属さない。肩書の立派な鉄砲玉って訳だ」
やさぐれた態度を隠さなくなった指揮役に対して勇者は苦言を呈する。
「事実ですけど、もう少しマシな言い方が有りませんか?」
「もう次から一切合切交渉事は手伝わねえからな。コレだけ話せるなら後はお前一人でやれ」
「御無体な!」