Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
その後、いくらかの探り合いと牽制を経て、大方の話はまとまった。
今ここでナナの強制的な引き渡しは行われず、教会側は一旦持ち帰って内部調査を行い、各方面の裏取りが済んでから改めて彼女の処遇を話しあう。ナナとミケは「また面倒な奴らが来るのか」とジェイクに対して不満を隠さなかったが、状況を理解しているため教会側を無闇に敵視するような真似はしなかった。
ペントハウスを吹き飛ばすような武力衝突無しで得られた結果としては、上々と言えた。
「で、そっちの推薦でやってきた勇者様は、なんか今決めとくことはあるか? 無かったら、次はいつどうやって話し合うか決めようぜ」
ジェイクが話を締めくくろうと立ち上がりかけた、その時だった。
「それなんですが……。今ここでナナさんの保護者を公的にハッキリ決めるべきだと思います。私は、私自身を推薦します」
ピタリ、と。
リビングを流れていた空気が、文字通り完全に止まった。
(何を言ってるこの馬鹿は?)と、ジェイクは心底呆れた顔で天を仰いだ。
(おいどうすんだよお前らの推薦人物だぞ)と、ミケが指揮役の男をジト目で睨みつける。
(知るか、初めて知ったぞこんな一面。頼むから早く帰らせてくれ……)と、指揮役の男は胃の痛みを堪えるように眉間を押さえた。
(被検体と後見人の関係性に割り込もうとするのは、交渉術として印象悪すぎですよ……)と、女僧侶が静かに嘆息する。
(真面目そうなのに大分ズレてるなこの人……)と、女騎士は少しだけ距離を取った。
ナナはドン引きしていた。
敵味方問わず、各々が勇者の唐突な奇行に困惑している中、当の勇者だけが至極真面目な顔をして真っ直ぐにジェイクたちを見据えていた。
「私は、教会の命令をそのまま代弁する為だけにここに来たのではない。勇者としての責任を遂行する為でもあるのです」
「責任だぁ?」
「私が神器を用いて厄災龍を討った結果、彼女の身体が産まれました。彼女がこの世に産まれた原因は、間違いなく私の行動にあります」
『は?』
「故に、私は勇者として彼女を守る責任が有ります。その為にまず保護者になるべきだと考えました」
『いや……、ぽっと出の人に急に保護者とか言われても気色悪いし……』
「急に個人のお気持ちみたいな話を持ち出されても困るんだが」
「教会の組織に預ける形で早々にナナちゃんから手を離した癖に、今更何言ってるんですかねこのスットコドッコイは」
ナナ、ジェイク、ミケはそれぞれ、身も蓋もない辛辣な感想を容赦なく口にする。この場では第三者のルシアは一歩引いて何も言わないが、明らかに不審な人間を観察する目つきになっていた。
「大丈夫かコイツの頭?」
「ちょっと、どうするんですかこの空気。何とかしてくださいよ推薦者」
「いや……俺が推薦した手前、取り下げるわけには行かないし……」
女騎士と僧侶の冷ややかな視線を受け、指揮役の男は言い訳で逃げる。教会側も明らかにグダグダした雰囲気が出始めていた。
しかし、周囲のドン引きなどどこ吹く風で、勇者は全く動じない。
「先ほどジェイクさんが話した『ナナさんの情報が表裏問わずに社会に流されている』という話ですが、私も同意見です。先日都市を歩いた時に実感しました。危険性や管理云々の前に、現状の彼女は犯罪に巻き込まれるリスクが極めて高いと考えます」
「だからあなたが保護者になると? 私には強引な確保の名目にしか聞こえませんがね」
正論めかした勇者の言葉に、ミケが敵意を剥き出しにして噛みついた。
「厄災龍として管理するためではなく、不当な犯罪を抑止する為です」
「お生憎様、うちのジェイクさんは優秀なんです。どこの馬の骨とも知れないあなたが出張る必要はありませんよ」
「ですが、それはあくまで事後対応や水際防衛の形になるのでは有りませんか?」
「まあ、そうなるだろうな」
「こら、ジェイクさん! あなたが肯定してどうするんですか!」
痛いところを突かれたジェイクがあっさりと肯定し、ミケが怒って肩を叩くが、ジェイクは素知らぬ顔をした。
「確かに私は教会に所属していますが、生活基盤は教会の外に有ります。公的に私を保護者にして、彼女を私の故郷に連れて行く。これが私が提案できる一番の安全策です」
「それは……教会とは関係ない、お前個人の考えか?」
「勇者としての考えだ」
「その、勇者ってのは何のために存在するんだ?」
「大衆の為……言い換えれば、最大多数の弱者の為に存在する。無論、彼女もその大衆に含まれる。それが私の考えだ」
ジェイクは少し考え、ゆっくりとソファの背もたれから身を起こした。そして、鋭い眼光で勇者を射抜く。
「じゃあ、お前には『自由』が無いな」
「何? ……私の自由は責務の為にとっくに捧げているが」
「あ~違う違う、休日の余暇の事じゃねえ。いいか? お前がどれだけ強かろうが、どれだけ強い意思を持っていようが、勇者として『大衆の味方をする』ことで初めて社会的に生きられる強者。それがお前だ」
「私は自分の意志で——」
「そのお前の意志が、大衆の意見と真っ向から衝突したら?」
「……」
「ナナを守ることと、大衆を守ることが両立しなくなったら、お前はどっちを選ぶ? 故郷に連れて行くと言ったが、ナナを取り巻くきな臭い思惑に、お前の家族や知人が巻き込まれても、お前は『勇者の責務』を優先して両方を守り切れるのか?」
「……人々がそこまで愚かだとは思わない」
「それなら、ナナが黒幕の手で大衆との対立構造のダシに使われる可能性だって全然あるぞ。仮に権威がある奴がナナの存在に反対を表明した時、大衆はどっちに着くだろうな?」
「それは……」
勇者は反論しようとして、言葉を詰まらせた。そもそも、彼が提示した防御策も『勇者』という世間の権威を使うものだったからだ。勇者の権威は確かなものだ。だが、その上は当然存在する。例えば……それこそ、彼の属する『教会』とか。
「そんなのラブリーチャーミーなナナちゃんに決まってるでしょうが! 権威がなんぼのもんじゃい!」
「人類の判断基準がお前と同じだったら別の意味で世界が終わるから黙っとけ。……まあ、結局の所は当事者であるナナの意志で決めるべきだろ。おい、お前はどうしたい?」
『私はジェイクのお世話が良い。そもそも、二人の話は割とどうでも良い』
「今までの真面目な話の意味を全部消しに来るのやめてくれねえか?」
『ふんっ、毎日ご飯を作ってくれたのも、治療してくれたのも、痛いリハビリしてくれたのも全部ジェイクじゃん』
「それはそうだが、だからってこれから先も同じだけの時間をお前に割いてられっかよ。俺はこの半年間、自分の趣味の為の時間をろくに取れてないんだからな?」
『それとは別に理由がちゃんとあるし』
「聞けよ」
『ねえ勇者さん。あなた、故郷に大事な人が居るんだよね? 彼女さんか、妹さんかは知らないけど』
ジェイクを無視して、ナナが胸元のロールから真っ直ぐなAIボイスを放つ。
「妹が1人いる。とても良い子だから、きっと君とも仲良くできるはずだ」
『無理だと思う。だってあんなクレーンゲームの景品を贈りたくなるぐらいに、あなたは妹に会えてないことに後ろめたさを感じてるんじゃないの?』
「うっ、ど、どうしてそれを?」
『それはクレーンゲームの時の勘。あなたは妹さんを良い子って言ってたけど、それってあなたが今まで妹さんに寂しい思いと我慢を強いてきた結果じゃないの?』
「はぐっ」
『そんな我慢してる子の前に、急にあなたが私みたいな訳の分からない女を連れてきて「仲良くしろ」って言ったら、その娘はどんな気持ちで私に「よろしくね」って言うんだろうね。あなたは考えた?』
「はーーっ、はーーっ」
『あなたの自分勝手な責任感の為に、私にまで罪悪感を背負わせないで欲しい。勇者の責務とか言う前に、まずはあなたの妹にとって良い兄でいる努力をしたら?』
「うわああああああああああああ!!」
的確に急所を抉る、ロールが生成する迫真のナナボイスの前に、勇者は突如としてビターン!と床に倒れ伏し、痙攣を起こした。
「わーーっ! しっかりしてください勇者さん! 死なないで! ていうか普通に迷惑ですよ!?」
「外傷は無いが……致命傷だな、これは」
慌てて蘇生魔術の準備を始める僧侶や大騒ぎする教会陣営を他所に、ミケはナナの的確な物言いに大変満足し、「私の教育の賜物ですね!」とナナと揃ってご満悦の表情を浮かべていた。
ジェイクは『コレだから一度余所に出して社会常識を学ばせたいんだ』と、内心で深いため息をついた。
「……なあ。もう帰って良いか?」
この家に現れた時の不敵さと威圧感が嘘のように、すっかり不貞腐れて生気を失った指揮役の男がそうこぼしたが、このカオスな状況下で彼の悲痛な願いを聞いている者は誰もいなかった。