Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
床に倒れ伏し、奇声を上げて痙攣することおよそ一分。やがて勇者は、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がった。
「……そうですね。確かに彼女を守る為の行動や言葉の中に、私個人の私的な感情や、当人たちの感情を無視していた部分があった事を認めます」
衣服の埃を払いながら冷静に非を認めたかと思えば、勇者はビシッと勢いよく指をジェイクに突きつけ、なおも喋り続ける。
「だからといって、ジェイク。貴方が彼女の保護者に相応しいと決まった訳でも無い!」
『すっ込めー勇者ー』
「そうですよー見苦しいぞー。正論で殴られて発狂した奴がどの口で言ってるんですかー」
背後から飛んでくるナナとミケの容赦ないブーイング。だがジェイクはそれを手で制して無視し、呆れたように一歩前に出る。
「あー、つまり俺の信用とか理解が足りないってことだよな? ぽっと出はお互い様って訳だ」
「言いたいことはその通りです」
「だが、そっちにお茶を飲みながら親睦会やってる暇は無いと思うが?」
「ええ。それに、私はそのようなもので人となりを測れるほど器用ではありません。どれほど言葉を飾ろうとも、結局の所私は暴力を頼みに生きる者であり、それはきっと貴方も同じでしょう」
「まったくもってその通り」
「ならば、暴力のぶつけ合いによって相互理解を図るのが一番手っ取り早く、深く知る事が出来ます。剣線一つ取ってもその人の生き方が滲み出るものですから、死合えばより多くの事が判るのが道理というものです」
勇者としてどうなんだ、その思考回路は? と、ジェイクは思わず教会側の人員を見たが、彼らは皆一様に気まずそうに目を背けた。どうもこの勇者の悪癖……もとい戦闘狂とも言える性向は、関係者の間では有名な頭痛の種らしい。
古今東西、暴力を万能コミュニケーションツールにする奴はろくな奴じゃない。それがジェイクの持論である。そして、ジェイク自身もまた自分が社会の枠から外れたロクデナシであるという自覚がある。方向性は違えど、同類同士、言葉を尽くすより手っ取り早い点において何も問題は無かった。
乗り気であるジェイクの雰囲気を悟ったのか、女僧侶が慌てて勇者に駆け寄る。
「ち、ちょっと勇者さん、本気ですか!?」
「本気です。ここを譲る気はありません」
「譲られても困るし、禍根になりますって!」
「ならないよう最大限努力します。僧侶さんも準備をしておいてください」
大真面目な顔で寸止め有りの殺し合いをするつもりの勇者に、もはや届く言葉が無いと判断したのか。僧侶は青い顔でジェイクの方を向き、すがるように喋った。
「あ、あの、出来るだけ後遺症なく治してみせますので……。無理な戦闘続行だけはしないでくださいね?」
だが、その善良なる二人の気遣いが、ジェイクの逆鱗に、致命的なまでに触れた。
(こっちが黙って応じて、適当に良い感じに凌いで、そっちの面子を立てて華を持たせてやるつもりで居れば、コイツらはよぉぉお〜〜〜〜!?)
いつぞや、アスクレピオス社に喧嘩を吹っ掛けると決めた時、ナナに「死なないで」という感じの心配され、ジェイクが内心ブチギレたように。
この男は、同情されること、そして何より『侮られること』が死ぬほど嫌いである。例えそれが100%善意からくる心配であっても、彼我の戦力差を冷徹に見極めた上での忠告や試しであっても同様だ。自分より「下」だと見なしてくる相手には、己の『強さ』を以て、格付けを仕返してやらねば気が済まない。
先程まで「面倒だが適当に交渉して協力すべき相手」と認識していた勇者を、ジェイクは脳内で『絶対ブチのめすリスト』の最上位に放り込み、静かに、しかし悍ましいほどの戦意を滾らせた。
「ははははは、治療が必要になるのはあっちの方なので、心の準備しておいた方が良いですよ」
「目、目が全く笑ってないんですけど!?」
震え上がる僧侶を他所に、傍観していた女騎士が指揮役の男に小声で話しかける。
「止めなくて良いのか?」
「もう大きな流れは決まっている。あの決闘の結果で被検体の意志が変わるとも思えない。なら、あのジェイクという男の実力を見る機会にするべきだろう。トラッキング情報以外、事前情報が何も無かったからな」
ミケとナナは「あーあ、私しーらない」と呆れながらも、止める気は一切ない。むしろ特等席で観戦する気満々だ。
なし崩し的に決闘の段取りが進み、必然的に立会人はこの家を管理するルシアが務めることになった。
「あの……やれと言われたからにはやりますけど、家屋の損壊や、血で汚すような事は出来るだけ避けてください。本当に……」
「はいはい、こっちは素手だ。問題ねえよ」
「最大限善処する」
「では、勝敗だけ判定します。『そこまで』と言ったらお互いに止まり、それ以上の戦闘行為を行わないように。良いですね?」
「それで良いぜ」
「分かりました」
ルシアの宣言を受け、ジェイクが半身になり、すり足で重心を落として構える。それは、ただ被弾面積を減らし硬く在るだけではない。骨格、筋肉の構造、重心のバランスといった解剖学的な理に裏打ちされた、致命傷を受けない事を第一にした合理性の構えだった。
対する勇者も、腰に提げた聖銀の剣を静かに抜き放ち、一切の力みを感じさせない自然体で片手で構える。
こうして、ナナの保護を巡る長い論戦は、皮肉にも最後には、二人の強者が剥き出しの暴力と己の生き様で互いの価値観を語る、ヒリつくような死合いの場へと移った。
だが、観戦に回る教会側から見て、ジェイクの勝率は低く見られている。
理由は圧倒的な性能差。それは当然の帰結である。
都市の『選別』は、荒野の『淘汰』を、密度と速度の面において遥かに凌ぐのだ。
作物や家畜の品種改良の様に、産まれる前に遺伝子レベルで社会的に不利な要素を選別して排除し、成長の初期過程の間に数値化出来る資質で選別し、習熟が早い個体をさらに選別し、選別された個体同士で過酷な競争を行わせる事で優秀な成績者のみを最終選別する。
その非人道的なまでの徹底した管理システムを繰り返し、幾万の脱落者の上に残った傑作。それが眼の前の『勇者』という存在だ。弱いはずがない。豊かな都市の環境と資源を最大限に活かし、人という種を個人戦闘に最適化した、作られた最強の強者と言って良いだろう。
では、そんな完成された強者を相手に、過酷な世界で『ただ生き残っているだけでしかない』底辺のジェイクはどうやって戦えば良いのか?
答えはシンプルだ。発想の限界を突けば良い。
結局の所、都市の強者は何処まで行っても『人間の倫理に沿った強さ』でなければ評価されない。人の形を保ち、剣を振り、魔術を行使する。その枠組みの中で最強であることが求められるが故に、彼らの戦闘ドクトリンは「相手はこうするだろう」という無意識の常識に縛られている。そうでなくては、人間社会から排斥されるからだ。
「始め!」
立会人であるルシアの鋭いコールがリビングに響いた瞬間。
先に動いたのは、勇者だった。
速戦即決、そして速攻。その言葉を極限まで体現する様に、音も無く、予備動作すら一切見せずに神速で踏み込む。
極めて優れた肉体資質、膨大かつ精密な魔力資質によって生み出されるその理外の加速は、荒野に生きる一介のフィジカルアデプトであるジェイクの最高速度を完全に凌駕している。力も同様であり、彼が振るう聖銀の剣は、その絶大なスピードとパワーに振り回されることなく、完璧な技術に裏打ちされた死の軌跡を描いて真っ直ぐにジェイクの首を狙うはずだ。
ジェイクの動体視力は、彼の動きをハッキリと目で追えている。だが、それはあくまで『追えるだけ』であり、その動きに己の身体反応が追いつき、防ぎ切ることは物理的に有り得なかった。
故に、ジェイクはこの戦いにおいて肉体の速さや強さの勝負には乗らない。
『肉体変異の早さ』で勝負をする。それがジェイクの選択だった。
勇者が必殺の間合いへと一歩目を踏み切った、まさにその瞬間。
ジェイクは回避でも防御でもなく、驚異的な速度で自身の『変異』を開始した。
「——ッ!?」
己の両腕の形状と構造を『コスト(代償)』として瞬時に崩壊させ、爆発的な細胞増殖と再構築を行う。人間の腕の形など顧みず、ただ『勇者が構える両腕と剣を抑え込む』という一点のみに特化した、巨大で異形な肉の万力のような両腕を前方に作り出したのだ。
ズドォォン! と鈍い衝撃音がリビングに響き渡る。
勇者は突如として進行方向に現れた異形の肉塊に剣ごと両腕を挟み込まれ、神速の前進を止められて完全な拮抗状態に陥った。
(なんだ、この出鱈目な戦法は!?)
驚愕に目を見張る勇者。彼は即座に魔力強化を全開にする事でこの肉塊の拮抗を強引に打破し、ジェイクの本体へ肉薄する事を目指す。
全身から青白い魔力光が噴き出し、足元の高級なフローリングが軋み、莫大な圧力でバキバキとひび割れて砕け散り始める。
「ああっ!? 修繕費が!」
悲鳴を上げるルシアの横で、勇者の力に押されたジェイクの異形の腕がミシミシと悲鳴を上げ、後退を余儀なくされ始める。
純粋な力比べならば、勇者が圧倒的に上だ。1秒も経たずに生み出される圧倒的推進力の前に肉塊は引き裂かれ、ジェイクは一刀両断されるだろう。
——勇者が、そう『確信』した瞬間だった。
突如、勇者の視界の外から、頭と首に複数の触腕が取り付いた。
人間である以上、その視界には限りがある。例えば格闘技において肘打ちが避けづらいとされるのは、側頭部から飛んでくる死角からの軌道になるからだ。衝突の衝撃で勇者の体が前屈みになり、巨大な異形の腕にめり込んだことで意図的に作り出された死角。そこから頭部の側面を奇襲したのだ。
完全に取り付かれたことを認識する間もなく、勇者の身体に前方への膨大な推進力が生み出され始める。それに合わせて、取り付いた触腕と異形の腕が異常な速度で硬質化を始めた!
勇者の体は前へ突き進もうとしているが、首から上は硬質化した触腕に固定されている。またたく間に頭部だけが推進力に『取り残され始める』!
このまま全力で踏み込めば、己の生み出した絶大な推進力と硬質化した万力の板挟みになり、首の骨がへし折れて頭部が捩じ切れる。
勇者が自分の頭部を自ら捩じ切ってしまう寸前で状況の致命性に反応し、その強靭な脚力で寸分違わず踏みとどまる事が出来たのは、彼が積んできた弛まぬ鍛錬の賜物と言って良いだろう。ギチリ、と嫌な音を立てて勇者の動きが完全に停止した。
静止して2秒が経ち、ようやく状況を飲み込めたルシアが慌てて「そこまで!」と叫び、決着した。
勇者は首を固定され、顔が不自然に上向いた不格好な姿勢でジェイクを見る。
ジェイクは、異形化した肉塊の隙間からこちらを見据え、親指と薬指、小指で輪を作り、人差し指と中指を伸ばした手の形を勇者の眉間に向けていた。
それは『魔力収束砲』を発動具無しで撃つときの典型的な手の形である。威力の程は伺えないが、勇者の態勢は完全に死に体であり、この至近距離から放たれれば躱すことが叶わないのは目に見えていた。
「……見事です」
勇者は立会人の判断に納得し、全身から放っていた青白い魔力を霧散させて戦意を納める。ジェイクもそれを見て、首に巻き付けていた触腕を解き、巨大な肉の万力をドロドロと崩壊させると、あっという間に元の人間の腕へと変異し直した。
「ぷはっ、あっぶねえ。もう一瞬遅れてたら俺の腕ごと引き裂かれてたぞ。とんでもねえ馬力しやがって……」
ジェイクは新造されたばかりの両腕を振り、じんじんと残る痛みを誤魔化すように息を吐いた。
「まあ、このやり方で勝てるのは今回だけだろうな。次にやったら、俺が何本腕を増やそうが普通にぶっ飛ばされる。相手の手札すら分からない時は、お前みたいな大駒を先に出さないことを勧めるぜ」
「……そう、ですね。少なくとも、速戦即決のリスクが高い事は理解出来ました」
勇者は素直に頷き、戦力差を覆して強者に言い返せたジェイクは心底満足そうであった。
奇妙な連帯感を築き始めた二人の横で、教会陣営は信じられないものを見るような目でジェイクを凝視していた。
彼らにとって、勇者とは絶対的な武力の象徴だ。それが、都市の外で暮らす素性の知れない男に、実質的な敗北を喫したのだから無理もない。
「ほら見なさい、うちのジェイクさんの前では勇者様でもあんなもんですよ」
『修繕費のことでルシアが泣きそうな顔してるけどね』
ミケがふんぞり返り、ナナが呆れたように胸元のロールを揺らす。
バキバキに砕け散ったフローリングを前にルシアが頭を抱えている中、ジェイクは首の後ろを掻きながら勇者と、そして呆然としている指揮役の男に向き直った。
「さて、馬鹿のコミュニケーションはこれくらいにしておこうか。お互いの底が少しは見えたところで、改めてナナの処遇についての『現実的な』交渉を始めようぜ」
バキバキに砕け散った床材の惨状と、未だ信じられないものを見たという顔をしている教会陣営。決着を見届けた指揮役の男は、部屋をぐるりと見渡し、場に居合わせた者たちの様子を一通り眺めてから、わざとらしく大きなため息を吐きながら勇者の側までやって来た。
「おい勇者、あんな踏み留まり方をしたんだ。どうせ身体痛めてんだろ、んん? とっとと治療してもらってこい」
言うが早いか、男は勇者の背中をバンッと遠慮なく叩き、押し退けるように促した。
「あだっ! 分かりましたよ、乱暴なんですからまったく……」
神速の踏み込みを筋力のみで強制停止させた反動は、やはり彼の人外の肉体にも相応のダメージを与えていたらしい。男に背中を押し退けられた勇者は、僅かに片足を引きずりながら、心配そうに待つ僧侶と女騎士の元へ向かう。
男はその背を呆れたように見送ってから、ゆっくりとジェイクに向き直った。
「あの勇者から一本取れるとは大したもんだ。俺じゃ逆立ちしたって出来っこないからな」
先程までの高圧的な態度は鳴りを潜め、まるで長年の戦友を称えるような気安い口調だった。
「お行儀が悪いとは思うがね」
ジェイクは警戒を解かぬまま、自嘲気味に返す。
「まあ確かに、僧侶辺りは思う所が多そうだが、大っぴらに使わなきゃ問題は無いだろうさ。こんな所でお目にかかれるとは思わなかった」
「次同じ事は出来ねえぞ。通用もしないだろうしな」
「はっ、次があるものかよ。そういや、名前をハッキリと聞いてなかったな。これを機に教えてくれないか?」
決闘を見てから掌を返すように距離を縮めに来た指揮役の男を、ジェイクは内心でひどく訝しんだ。だが、相手は一応『交渉相手』であり、現状では表立って疑う理由は無い。
ジェイクは念のため、一度ミケとナナの位置を視線で確認してから答えることにした。
「……ジェイク・ダミットだ」
「そうか。ジェイク・ダミットか。ところで……」
指揮役の男は、ちらりと後ろを見た。女騎士が、僧侶の治療を受ける勇者に近づき、三人が完全にこちらから意識を逸らしたのを確信する。
直後、男の雰囲気が、酷く冷たく、そしておぞましいものへと変貌した。
「"計画"、"出生率"、"生息域"、これらの単語で思い浮かぶものはあるか?」
それは、ジェイクだけに聴こえるような、這いずるような小声の囁きだった。
その三つの単語を聞いた瞬間、ジェイクの脳内で全てのピースが最悪の形で組み合わさった。背筋を這い上がるような悪寒。
ジェイクは表情を一切変えず、ゆっくりと後ろを振り返り、ミケにハッキリと『緊急事態』を告げる視線を送ってから向き直る。歴戦の相棒であるミケは、その視線の意味を瞬時に察知し、無言でナナの手を引いて自然な動作で後方へと退き始めた。
「……今ここでそれを聞くってことは。アンタ、化けの皮を剥がされる覚悟が出来てるってことだよな……?」
ジェイクの低い声に、男は口の端を吊り上げた。
「覚悟ぉ? そんなもん必要ねえよ。お前がたった今、俺に正体を隠す必要を無くしてくれたんだからなあ! もう被検体に価値はない、お前の命にこそ価値がある! ここで死ね、ジェイク・ダミットォ!」
狂気に満ちた哄笑がリビングに響き渡る。
「ミケ! ナナとルシアを連れて後ろに下がれ!」
ジェイクが叫んだ次の瞬間、突如豹変した指揮役の男の身体に異常が起きた。
ブチブチと服が弾け飛び、男の身体がみるみる縦に裂ける。皮膚が悍ましく裏返り、人間の肉体を内側から突き破るように、どす黒く蠢く新たな肉が這い出てくる!
骨が砕け、再構築される冒涜的な音が響き渡り、あっという間に男は天井まで届くような巨大で異形の肉塊へと変貌を遂げた。その頭部と思しき部位からは、ねっとりとした粘液を滴らせる3枚重ねの舌が不気味に垂れ下がっている。
それは最早、人間はおろか生物としての枠組みすら外れた、悪魔と形容するに相応しい怪物であった!
「なっ……」
背後で起こった信じがたい光景に、教会側の3人が驚きで目を見開く。つい先程まで自分たちに指示を出していた上官が、突如として怪物に変貌したのだ。歴戦の彼らであっても、その情報の処理が追い付かず、完全に硬直していた。
ミケもまた、やはり状況の理解が追い付いていないナナを連れ、ルシアとの合流と避難を最優先に動いており、加勢する余裕はない。
この異常事態において、唯一初動から動けるジェイクが行ったのは、攻撃でも防御でもなく、空間全体への『声掛け』であった。
「全員! 今すぐ! 瘴気対策をしろ!」
その叫びと同時だった。
圧倒的質量の肉塊と化した怪物から、夥しい量の『瘴気』——常人の精神と肉体を容易く蝕む、痛ましいほどの高密度の魔力が爆発的に吹き出し、部屋全体をどす黒く満たしていく!
空間が歪み、現実の理が塗り潰される。平和だったはずのリビングは、瞬く間に外界から完全に隔離された、死と狂気の『異界』へと変貌を遂げたのだった。