Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
静寂を取り戻したリビングに、突如警告の電子音が鳴り響く!
「どうしたロール!」
『この家目掛けて飛んでくる不審な飛翔体を感知! 方角は6時だ、今すぐ離れろ!』
『6時ってどっち!?』
「ナナはこっちに来い!」
全員が離れた直後、狂ったような衝撃音が響き渡った。
ペントハウスの外壁が豪快に内側へとぶち破られ、粉じんとともに巨大な影が飛び込んできた。悪魔が作り上げた異界の気配を察知して、その発生地点を全速力で追跡してきたのであろうその闖入者は、スーツを身に纏う筋骨隆々とした山羊頭の魔人だった。
「ちいっ、何だって計画外の出動をしなきゃならないんだ! おい依頼人、無事なんだろうな!?」
勇ましく乱入してきた山羊頭の魔人は、周囲を見回して一瞬で固まった。
「……依頼人は?」
「お前の足元だな」
依頼人である悪魔は魔人の足元で床の黒ズミと化しており、その周囲にはピンピンしている人狼に扮するフィジカルアデプト、【言霊】使い、そして聖銀の剣を構えた勇者と女騎士が勢揃いしている。後ろに僧侶もいる。
(報酬はなし、向こうは多少の損耗はあれど全員健在に見える。ふむ……依頼人は死んだし、俺もここで死ぬんじゃないのか?)
「囲め囲め、情報源がやって来たぞ」
「随分とデカい夏の虫ですね」
ジェイクは正面で指を鳴らし、ミケがスルリと魔人の背後に周る。
「先程の体たらくを払拭するチャンスだな?」
「分かってますよ……。特に恨みもないですが今は気が立っています。逃げられると思うな」
側面を女騎士と勇者が取り、挟み込む。
冷や汗を滝のように流した山羊頭の魔人は、即座に両手を上げて降参のポーズを取った。
「待て、話し合おう。俺達は同じ大地の上、天の下に生きる知性体同士じゃないか。恐らくよく分からないまま依頼人と戦ってよく分からないまま返り討ちにしたんじゃないのか? ならば俺が持っている情報も幾らか価値があるだろう。優しく尋問してね!」
「ほーんじゃあ【言霊】で縛らせて貰いましょうかあーん?」
厳つい図体を縮こまらせる魔人にミケが柄悪く提案する。教会の人員も殺気立ちながらもそれに無言で頷いた。
見た目に反して凄まじく目ざといその魔人に、ジェイクは呆れつつもミケに「喋らせろ」と顎で促した。
「【依頼人に関わる情報を全て吐け】」
山羊頭は無言で頷き、持っている情報を一気に吐き出し始めた。
「あの悪魔はジェイク・ダミットという男と間接的な因縁があった。まず、依頼人はどうも悪魔の中で序列が低かったらしい。奴は自身の立場を逆転させるため、この世界に乗り込んで聖北教会に潜入し、立場を得た。狙いはジェイク・ダミットの抹殺と、それに伴う【計画】の所持権と実行権の奪取だ。だが……社会の記録をいくら探しても『ジェイク・ダミット』なんて人間の記録は存在しなかったそうだ」
「俺は荒野の人間だからな。表のデータベースに載るわけがねえ」
「途中で奴は神器の力で姿が変わった『被検体D-7』に目をつけ、封印計画に割り込んで改造計画を書き換えた。悪魔のテクノロジーで被検体を『再利用』して自分で計画を立てるつもりだったんじゃないか? まあ、そこの被検体の様子を見るに頓挫したようだが」
ナナの悲劇の裏にあった、あまりにも胸糞悪い真相。ミケの目がスッと冷たく細まり、ナナは小さく身を縮めた。
「あとは、護送された被検体を襲撃したのは私だ。護送役に紛れ込んだ依頼人の手引きでな。……とりあえず思いつく限りは話したぞ! 一介の雇われでしか無いんだ、勘弁してくれ!」
「【truth(真実)】。コイツから見た真実ではあるのでしょう。……あの悪魔め、やっぱり人前に出てくる悪魔は特に碌でも無いですね!」
一通り情報を吐き終えた山羊頭は、静かに様子を窺う。そこへ、いつの間にか家の被害を確認しに2階に向かっていたジェイクが、新しく出来た吹き抜けから顔を出して間髪入れずに声をかけた。
「おい、山羊頭。……『古代文明の硬貨コレクション』で俺に雇われないか?」
「え!?」
「……ほう?」
その手には細かく種類分けされた、今の社会の支払いには使えない古代硬貨のストックブックがあり、山羊頭の魔人の目の色が変わった。
唖然とする勇者の視線を背に受けながら、吹き抜けた2階から降りたジェイクは勧誘を続ける。
「依頼人が死んで報酬をもらい損ねただろ。このコレクションを前払いにしてやる。俺の傭兵になれ」
「ええ〜〜〜〜!!? いや……せ、戦闘回避の為だと信じたいですが……その為にそこまでするんですか……?」
「乗った!!」
ジェイクの提案に慄く勇者を余所に、山羊頭の魔人は即決した。
魔人にとって状況は依然として不明だが、目の前にある勇者一行という明確な天敵に対し、ジェイク側に就くことでパワーバランスを崩すことが、自分が無事に帰還するための最善策だと判断したのだ。
一方のジェイクとしても、教会の指揮役を殺害した以上、残された勇者たちの出方が読めない。この突然現れた魔人と戦うことも、体内の触媒の心許なさを考えると厳しいものがある。直近の安全を確保し、手っ取り早い抑止力を獲得する為でもあった。
ガラガラを味方に引き入れたジェイクは、顔を顰める教会の3人に向き直った。
「これで話は終わりだろ? 用が無いならさっさと帰んな」
「ジェイクさんのやりたい事は分かりますけど、また反感を買いやすい手段を取りますねえ」
教会勢に冷たく言い放つジェイクに対し、それまで顔を青くして、震える手で静観していた女僧侶が、唐突にタガが外れたように叫び出した。
「狂ってる……何もかも狂ってるわ! ジェイク、貴方は悪魔そのものよ! 魔人を手なずけ、教会の使者を奸計を用いて惨殺した! 私たちは教会に戻り、貴方を公に弾劾します! 聖なる裁きを受ける覚悟をしなさい!」
ヒステリックに喚き散らす僧侶に対し、女騎士が毅然とした態度で立ち塞がった。
「待て! コイツが魔人を手懐け自らも悪魔に近しい技術を使ったのは肯定するが、指揮役が悪魔に成り代わられていた事実を隠蔽するなどあり得ない! それはお前だって目の当たりにしていた筈だろうが! こんな隠蔽がまかり通り、悪魔の暗躍に利するというなら、私たち教会の掲げる正しさなど全て嘘っぱちに成り下がるぞ!」
「全部真っ赤な嘘でもそう報告しなきゃ、私たちが異端扱いされて殺されるに決まってるじゃないですか!!」
僧侶は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、汚い保身の感情を吐き捨てた。
「ありのままを報告して上層部が受け入れるはずが無い! アイツが悪魔だったなんて、証明しようとしても誰も信じる筈がない! 逆に私たちが処刑されてしまうわ!?」
「……チッ」
女騎士は形なき恐れに震える女僧侶に心底蔑むような視線を向けると、一回だけ深呼吸をして、それから躊躇なく拳を振り抜き顎を撃ち抜いた。ガクンと首が揺れ、僧侶は白目を剥いて倒れ込む。
女騎士は慣れた手つきで僧侶を担ぎ上げると、勇者へと言い捨てた。
「勇者。どうもコイツは私たちが知らない事を知っていて、何かに気付いているらしい。一先ず仮拠点に戻り、無理やり飯と睡眠を取らせて落ち着かせる。……お前は場を収めてから合流しに来い」
そう残すと、女騎士は迷いのない足取りで玄関から去っていった。
一人残された勇者は、深々とため息を吐き、痛む身体をさすりながらジェイクたちに向き直った。
「……恥ずかしい所を見せてしまいました。恐らく教会は、今回の報告で内部から割れる可能性が高い。悪魔の侵食を疑い、お互いへの対処で精一杯になり……暫くは被検体……ナナさんどころでは無くなるでしょう。保護の話は撤回させてください。恐らく、私の立場や家族の扱いも怪しくなってしまうでしょうから」
「隠蔽に加担はしないのか?」
「あり得ません。貴方への好き嫌い以前の問題です」
勇者は力なく笑い、去り際に、じっと自分を見つめていたナナの方を振り返った。
「……貴女が声を失い、人の身体を得たのは神器の力です。この時代に神器を授けたのが神の意志であるならば。……きっと貴女は、生きていて良いということなのだと私は考えます」
それは、勇者としての最後の意地であり、彼なりの誠実な言葉だった。
ナナは感情の読めない瞳で勇者を見つめ、静かにロールを動かした。
『余計なお世話だけど、あなたが私に優しくしようとしてくれたのは覚えておくね。さようなら』
勇者はその返答を聞くと、二度と振り向くことなく、静かに去っていった。
ジェイクたちもまた、追うことはしなかった。教会の内部抗争に介入するつもりなど毛頭ない。それは向こうの戦いだ。
「ふぅ……一件落着だな!」
「それはそうだがお前が言えるセリフじゃないだろ」
豪快に息を吐いた山羊頭の魔人……ガラガラ・ドーンと名乗った男は、ジェイクから約束通り『古代貨幣コレクション』のストックブックを受け取ると嬉々として確認し、満足した後は自分で破壊した壁の惨状を見落とした。
「報酬を受け取る前に依頼人を殺された恨みは、この貨幣と、お前の家を壊した件で相殺ってことにしておこう。機会があれば貴様から傭兵として依頼を受けてやる。この名刺を受け取れ、初回はタダだ」
「今時の魔人はサービス提供と営業に熱心に取り組んでるもんなんだな……」
「個人営業だからな」
ガラガラはジェイクに名刺を渡すと、壁の穴から矢のように跳んで去っていった。魔人にアンティークやコレクションの趣味を持つ者が多いとは聞いていたが、あれでチャラにしてしまう辺り、どうやらあの魔人にとっても、死んだ悪魔は決してお行儀の良い依頼主ではなかったらしい。
◆ ◆ ◆
直近の致命的な危機は、ひとまず去ったと言える。
だが、去っていった三人はともかく、聖北教会という巨大組織との対立はこれで決定的なものとなった。そして何より、ナナが抱える根本的な問題は何一つ解決していない。もっと言えば寝る場所がない。まさか1週間程度でこの家が物理的に住めなくなるとは誰も思っても見なかった。
「……ハァ、最悪です」
破壊し尽くされたペントハウスの中央で、頭を抱えていたルシアが力なく立ち上がった。
「住居が完全に壊れました。なので……本家に連絡を入れて、別の避難先を確保します。お三方、移動の準備をしてください。うう……どうやって説明しよう……」
『元気出して?』
窓から差し込む陽光が、荒れ果てた部屋を虚しく照らす。
こうしてジェイク、ミケ、ナナの三人は、ルシアの手引きによって、次なる目的地——名門ヴァルハイム家の本家へと足を進めることになるのだった。