Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
翌日。名門ヴァルハイム家が用意した豪華な客室には、朝の静けさが満ちていた。
備え付けの大型テレビの画面では、報道番組のキャスターが深刻な面持ちでニュースを読み上げている。
『——続いてのニュースです。アスクレピオス社にて大規模な内部監察が行われ、幹部格にまで及ぶ異例の粛清の嵐が吹き荒れている模様です……』
昨夜、ジェイクたちのペントハウスで繰り広げられた悪魔との死闘や建物の損壊については、一切触れられていない。世間に認知されなかったのか、あるいはヴァルハイム家の圧倒的な影響力によって闇に揉み消されたのだろう。
一晩じっくりと眠り、負傷した肉体をすっかり回復させたジェイクは、ベッドから起き上がると、寛いでいたナナとミケに向き直って口を開いた。
「よし、これで俺たちがリヴァイア・シティで活動する理由は完全に無くなったぞ」
「え?」とナナがロールを揺らし、ミケが耳をピクと動かす。
「最初の目的だった治療費と食費の回収は完了した。アスクレピオス社とも不可侵条約を結べたからな。ナナの存在が表沙汰になった件も、ヴァルハイム家の情報統制のお陰で各組織の上層部止まりだ。身柄狙いの最大手だった聖北教会はこれから醜い内部抗争に突入するし、その他の泥棒勢力も、俺が荒野から呼び寄せた連中とグダグダドンパチやってる。俺が加勢すりゃ一ヶ月で纏めて黙らせるとこまで行けるだろうよ」
「はえ〜……。そう考えると、リヴァイア・シティに来てから怒濤の勢いでしたねぇ……。まだ検問通ってからひと月も経ってないんですよ?」
『えっ……!? ちょっと待って、結局私何にもしてない!』
ジェイクのスポンサーになると決意したのに、まだ何も成してない! 焦ったように声を上げるナナに、ミケは苦笑いを浮かべながら優しく諭した。
「ナナちゃん? ナナちゃんの戦いは、組織や悪党と拳で殴り合いすることじゃないですからね?」
「そうだぞ。お前の戦いはこっからだ」
ジェイクは冷徹な眼差しでナナを見下ろす。
「なにせ存在はバレてるし、元が『厄災龍』だって情報もいつか出回る可能性が高い。お前、このまま悠々自適に死ぬまで暮らせると思ってねえだろうな?」
『だ……駄目なの!?』
「駄目に決まってんだろうがボケナス!」
ジェイクは手で嘴のような形を作り、ナナの頭をトントンと何度も手荒につついた。
「いいか? 今すぐではないにしろ、お前はいつか世界から"お前は生きてて良い存在なのか?"と問われることになるんだ。その時に擁護してくれる味方をしこたま集めないと……死ぬ……! まではいかなくとも、死ぬまでひもじい思いをしながら隠れて暮らす羽目になるぞ」
『うぅ……。ジェイクは味方してくれないの?』
「ナナちゃん? 私は確定で味方しますからね?」
『ミケは黙ってて』
「ひん!」
一瞬で撃沈したミケをスルーして、ジェイクは深々とため息をついた。
「あのなあ、ナナ。俺は荒野の畜生だぞ? 世間という圧倒的多数の集団に届くような綺麗な言葉を持ってるわけねえだろ」
『でも! ジェイクはあの勇者を言いくるめたじゃん!』
「ありゃアイツ自身が上の決定に不服だったから成立したんだ! 強い個人に届く言葉と、民衆を動かす言葉は性質が違うんだよ!」
『むう……』
「とにかく、お前はこれからそういう悪意ある言葉や排斥の目線と戦わなきゃならないんだ。わかったか?」
『……どうしても駄目だったら、匿ってくれるんだよね?』
不安そうに見つめてくるナナに対し、ジェイクは嫌そうに顔を顰めた。
「……まあ、確かに言ったが……言ったけどさ……」
そう言って五秒ほど葛藤した後、諦めたように口を開いた。
「……良い感じの無人島でも探しておくさ。準備はしてみるが、死ぬまで隠れ住める期待はするなよ? 正直、あんな発言をした時は、お前がここまでのヤバい存在だとは思って無かったからな」
『私ってそんなヤバいかな?』
「ロールを探しに行った時、地下都市の入口は砂漠だったろ? 多分、あれがお前の元々の体が作った砂漠だ。ちなみに、博士の家にあった資料によれば一日で作ったらしいぞ? 俺は正直、今でもお前にあれが出来ると思えないが、世間にそれを納得しろって期待するのは無理だろ」
『うぐっ……でも、ジェイクがリヴァイア・シティに行こうとしなければ……』
「しなければのうのうと暮らせた、ってか? なら、たらればの話するか。そもそも、お前をあのアジトから連れ出して世話するって時点で大分怪しいな。1人放置されたお前が悪魔の想定通りに暴走したのか、それとも衰弱してくたばるのか、神のみぞ知る世界になるな」
『むむむ……ジェイクが居たからあの悪魔がこの世界にやって来た訳で、見つからなかったから別の悪巧みで私が教会に封印される所を邪魔した訳で、だから私がジェイクに見つかる場所に運ばれた訳で……』
「そう考えると、ナナちゃんが辿った経緯はだいぶ奇跡的な助けですね。ジェイクさんが居なければ、ナナちゃんはとっくの昔に教会の手で封印されっぱなしだった訳ですか」
「盛大に何も始まらなかった訳だな。ナナがヴァルハイム家の伝手を作って来たのは心底たまげたし、お前はマジで幸運なのかもなぁ」
『うーむ……これならジェイクのせいで私が酷い目に有って、ジェイクのお陰で私が助かったって事にならない? マッチポンプって事でジェイクが責任取ってお世話してくれても良くない?』
「横着するなーっ! 俺の人生は他人に費やせる程安くねぇーーっ!」
『酷い!』
三人がそんな会話を交わしていると、静かに部屋のドアがノックされる。それはこの街の影の支配者、ヴィクトル・ヴァルハイムからの呼び出しであった。
◆ ◆ ◆
重厚な執務室にて、ヴィクトルによる個別の面談が行われた。
ヴィクトルはまず、自身の管理下にあるシステム(肖像権登録)の不手際によってナナに危難を呼び寄せてしまったことを真摯に謝罪した。そしてそのお詫びとして、1人につき一回、どのような要望でも叶えることを約束したのである。
最初に呼ばれたミケは、迷うことなく己の権利をナナに譲り渡すことを願った。
「構わない。彼女にはその様に伝えよう。だが、随分と肩入れするのだな?」
「まあ最初はともかく、今となっては色々な意味で彼女を後輩の様に思っているので。力の及ぶ限り先輩面をしたいんですよ」
続いて呼ばれたナナは、自分の要望として二つのことをヴィクトルに乞うた。一つは、この後に控えているジェイクの面談を別室からこっそり見学させてもらうこと。そしてもう一つは——ジェイクの過去と、なぜ自分を助けてくれたのかという真意をヴィクトルから聞き出してもらうことだった。
「良いのかね? 気になるのであれば、直接彼に聞けば良いものを……」
ヴィクトルが尋ねると、ナナは即座に首を横に振った。
『断言できますけど、絶ッッッ対にあの男は素直に話さないと信じてます。あなたの威光と話術で口を割って欲しいです』
ナナの必死な眼差しを受け止め、ヴィクトルは深く頷いた。
「……分かった。それが君の願いなら、やり遂げてみせよう」
◆ ◆ ◆
こうして、ジェイクの面談が開始された。
部屋の様子と音声は、ヴァルハイム家が誇る最新の諜報技術によって、別室にいるミケとナナのモニターへとリアルタイムで配信されている。ミケは「へへっ、あの偏屈男の秘密暴いちゃいましょう」とノリノリの野次馬根性を出していた。
画面の中で、ヴィクトルが組んだ手の上に顎を乗せ、静かに切り出す。
「……さて、本題に入ろう。今回の件の補填として、1人一回要望を叶えることにした。君の要望を聞かせてくれ」
対面に座るジェイクは、面倒くさそうに首の後ろを掻いた。
「ナナをヴァルハイム家の一員に加えて、保護してやってくれませんか」
「それは……ルシアからあのペントハウスで起きた顛末を聞いたよ。家の方針としてとっくにその予定だ。したがって要望を叶える範疇に入らない。別の願いは無いのか?」
「別の願いね……? いや……ちょっと……自分はコレでも荒野に土地持ってる訳ですし……」
「わざわざ願う程の物が、私に対して存在しないと言いたいのかね?」
「そうなります。失礼に当たるかもしれませんが」
「いや、構わない。ひとまず保留としておこう。では……失礼の代わりに、私から少し尋ねても良いかね?」
「なんでしょう?」
「なぜ、ナナという少女を助けたのかね?」
「気まぐれ、としか」
淡々と答えるジェイクに、ヴィクトルは鋭い光を宿した目を向けた。
「分かった。では質問を変えよう。……少女を治療した知識と、その技術の出所を知りたい」
その言葉が出た瞬間、ジェイクの表情から怠惰さが消え去った。
「……それが本命か」
「そう思ってくれて構わない。直近のアスクレピオス社との取引の際、少女に施された改造履歴と、それを修復した痕跡を見させてもらった。ハッキリ言って想像を絶していたし、あの絶望的な状態から生きられる身体に戻した事も私の理解を越える。どうか明かして貰えないだろうか? 君のその知見があれば、助かる存在がこの都市には確実にいるのだ……!」
静かな熱量を帯びるヴィクトルの眼差しを真っ向から受け止め、ジェイクは一拍置いて呟いた。
「人払いをお願いします」
「もう既にしてある。この部屋に盗聴される類の装置もない、確認済みだ」
「今よりも、20m広げてください。人員も増やして欲しいです」
「……分かった。今、人を動かす」
ヴィクトルはデスクの端末を取り出し、迅速に指示を出して警戒範囲をさらに強化させた。画面の前のナナとミケは、息を飲んでその張り詰めた空気を見守る。
「終わらせたぞ」
「誰かにこの部屋の情報を伝えても居ませんね?」
「……ああ、"関係ない第三者に伝える"ような真似はしていない」
ヴィクトルは(配信を見ているナナとミケを『関係者』と定義した上で)嘘偽りなく答えた。
ジェイクは胡散臭そうに眼の前の支配者を見たが、最終的にその言葉に嘘がないと信じ、受け入れた。
「……分かりました。"その言葉"を信用します」
そう言うと、ジェイクはヴィクトルの眼の前で姿勢を崩してから語り始めた。
「……さて、出所だったな。この知識と技術は、魔人が集うとある門派で身につけたものだ。……淫魔が率いる、単純な性行から殺し合いレベルの実戦における性技術、果ては性魔術まで修める門派。俺はそこで数年ほど修練を重ねた」
「!!!」
ヴィクトルの表情が凍りついた。
荒野には『門派』と呼ばれる、身体機能を極限まで高める事を目指すフィジカルアデプトたちの凄惨な巣窟が存在する。
そして淫魔の技というのは、自他を問わない肉体の変化と、夢にまで影響範囲がある精神干渉を旨とする。ハッキリ言えば人間の精神や肉体で身に付けられる力ではない。精神が歪み自分を見失うか、生理反応のタガが外れて死に至るか。ヴィクトルが驚くのも無理はなかった。
「あー、止めてくれ。俺はとっくにその門派を辞めて足抜けしてんだ。学んだ技術だって自分で1から組み直してる途中で、大っぴらに使わない様に努力してる所なんだ」
ヴィクトルの考えからはズレた反応ではあるが、確かに淫魔の技術や力を身に着けているというのは、社会の信用を簡単に失うだろう。一先ず目の前の男の危惧を取り去ることにした。
「……成る程、出所がそこか。ある種の説得力と用いる危険性が良く分かった。技術や知識などの提供依頼は一旦白紙としよう」
ヴィクトルがそう言うと、ジェイクは露骨に安心した様子を見せた。
「ついでに過去話でもするか。なんで俺がそんな碌でも無い門派に所属したかというと……母親代わりの女が、性被害を喰らって心が壊れちまったからだ」
ジェイクは他人事のように、乾いた声で語り続ける。
「ソイツの恩を受けて生きていた俺が言うのも何だが、その女は碌でも無い生き方をしてきた奴でな。必死こいて助けを求めて見ても、『自業自得だ』とだーれも見向きもしやしない。見捨てられなかったのと、自分が袖にされる雑魚だった事が悔しくて悔しくてな。蛇の道は蛇に聞くつもりで、壊れた師匠を連れて門を叩いた。幸い、一部の達人に気に入られた結果、どうにか助ける目処が立つまで俺は成長ができた。……まあ、身体を治療できても、壊れた理性を元に戻すことは出来なかったがね」
誰も何も言えなかった。一族の頂点に立つ男であり、この都市の支配者であるヴィクトルであろうと。一方、別室のモニター越しにその独白を聞いていたナナは、胸が締め付けられるような衝撃を受けていた。
「……ああ、そうか。俺はリベンジがしたかったのかもしれない。昔の自分に自慢してやりたかったんだな……」
ジェイクがぽつりと漏らした独白に、ヴィクトルは深く目を閉じ、重苦しく言葉を返した。
「もう、良い。……踏み込んですまなかったな」
「別に。とっくに過ぎて終わったことです。自分の中じゃ消化済みですよ。……いやまあ、消化できてなかった感情に今更気づいて、俺自身驚いてはいますけど……」
ジェイクは自嘲気味に鼻で笑うと、背もたれに深く体重を預けた。
「ならば、話はここまでにしよう。……望みは、あるかね?」
ヴィクトルの問いに、ジェイクは数秒考えてから、真っ直ぐに相手の目を見据えて告げた。
「やっぱり、ナナのやつを最後まで本気で面倒見てやってください。俺は自分の修練を全部すっぽかしてまで、アイツの治療に半年注ぎ込んだんだ。アイツがこの先簡単に折れたら、俺の人生の価値が安くなっちまう」
ジェイクは肩の荷を下ろしたような顔で告げる。その不器用で、けれどあまりにも重い言葉に、ヴィクトルは深く首を振った。
「……心に刻んでおこう」
「よろしくお願いします」
面談を終え、微かな笑顔で立ち上がるジェイクの背中を、カメラ越しに見つめるナナの瞳からは、静かに涙が溢れ落ちていた。