Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
客室に戻ってきたミケとナナは、まるで魂でも抜けたかのように、2人揃ってぐったりとソファに身を預けた。
2人とも、魔法を掛けられたかのように何も言えない。ただ、何かを堪えるようなお互いの呼吸が聞こえ続けていた。
重苦しい沈黙を破ったのは、冷や汗を拭いながら身震いするミケだった。
「やれやれ、私ゃジェイクさんのあんなエグい裏話なんて知りませんでしたよ……。っていうか私があんなの聞いてよかったんですかね? あとで本人にバレたら冗談抜きで〆られそうで怖いんですけど……」
努めて軽く振る舞うミケだが、ナナは俯いたままピクリとも動かない。どころか、頭を手摺りに乗せてぐったりと横たわってしまった。
ミケはそんな姿を見て泣きそうになるが、やはり言葉にして伝えなければならない事がある。そう決意して口を開いた。
「……ナナちゃん、その……ジェイクさんがあんな風に手放そうとするのは、全部あなたを思ってのことですから。もし、ジェイクさんの用いている技が淫魔由来のものだって世間にバレたら、隣にいるあなたの風評被害にも繋がっちゃいますし、だから……」
『……納得行かない』
絞り出すような、けれど芯の震える声だった。
『それで分かった今までありがとう、なんて言えるわけ無いじゃん……!』
「気持ちは、わかりますが……」
『分かってない! ムカつく! ムカつくむかつくムカツクッ!!』
突如として跳ね起きたナナが、両手でソファのクッションをボコボコと殴りつける。
「ナナちゃん!? 私の家の二の舞は駄目ですよ、ここの家具はどれも滅茶苦茶お高いんですから!」
『なんで!? ジェイクは誰かを傷つけるためじゃなくて、助けるためにあの技術を学んで、実際に私を助けてくれたんだよ!? 私を救ってくれたんだよ!? なのに、なんであの人は自分で自分の背中を曲げて、縮こまって生きようとするのさ!』
ずっと背を伸ばして堂々と生きているように見えていた。本人だってそう言うだろう。だが、今のナナには、ジェイクが何かに負けて背を向けて生きているように見えていた。
「それは……ジェイクさんなりの処世術というか……」
『ジェイクは私より物知りで、私より強くて、誰よりも格好いいのに! なのにあんな自虐的な態度でどうするのさ! そんなことじゃ、私が胸を張って生きれる道理が無くなるじゃん! やめてよ! もっと私を楽に生きさせてよ! 息させてよ! お前も私の隣でもっと苦労してよ! 一緒に泥被って苦労してよ!」
自分がジェイクに置いていかれるのではない。ジェイクが自ら置き去りにされようとしていたのだ。その事に気がついたナナの怒りと苦しみは凄まじかった。
「あとついでにマッサージもしろ! 淫魔仕込みの極上マッサージをもっと私にしろ!』
「いや、最後。その要望の方向性は不味いですよナナちゃん?」
『あったまきた! そもそも、なんで私は声を出しちゃ駄目なのよ! 面倒くさいじゃん!』
(ナナ嬢? 俺のサポートはウルトラ快適だろう? そうだよな? ナナ嬢?)
AIである自分を通した会話が面倒臭い、と言われたロールはナナの内心に訴えかけるが、怒りに燃えるナナに届くことはなかった。
『おしゃべりで人が砂に変わらないようにしてくれれば良いだけなのに! 女神だか神器だか知らないけど適当すぎ! 調整下手くそか! なんでそんな奴を世間の連中は崇めてるの!? もう全員見る目なさすぎ!』
「全方位に火をばらまくのは止めましょうね!? まあ、私も思う所は山程有りますけど」
怒りで顔を真っ赤に染めるナナは、何度も怒りの唸り声をあげる。それから数秒息を止め、やがてフッと吐き出すと、揺るぎない決意を宿した瞳でミケを見据えた。
『……決めた。絶対に、あのジェイクを私に付いてこさせる! 一緒に荒波を乗り越えて、世間に認められて、誰よりも価値のある人間に私がなってやる!』
映画を見たジェイクから溢れた「祝福されなかった愛が、最終的に幸福に終わるとは到底思えない」という言葉が思い起こされる。
『それで、私を悪く言う奴ら全員を見返して、沢山の人に「おめでとう」って言ってもらって……!』
あの時は何も分からずジェイクの主張に「フィクションと現実は違う」と言ったが、違ったのだ。
彼は『周りに祝福されなかった親』の皺寄せを受けた当人だったのだ。
『それで、それでね……! アイツが心から幸せになれたら、その時はきっと、私も一緒に幸せになれる……!』
親を助けることが出来なかった子どものジェイクは、まだ彼の心に救われないまま生きている。
「ナナちゃん……」
声を持てないナナがようやく言葉にできた本音。そして願い。それを聞いたミケは顔の前でパチンと両手を叩き、ニヤリと笑った。
「……よっし、分かりました! そこまで言うなら私もとことん付き合います! 一生一緒に頑張りましょう!」
『い、一生!? いや、ミケはそこまで居なくても』
「いえいえ、同じ道を生きる先達として示せるものはきっとあるはずです!」
『嫌だな、ミケの後ろを歩くのって……』
「……まあ、人生の分岐は幾らでも有りますから。ナナちゃんが思う道を行くと良いですよ」
ミケは少し泣いた。
◆ ◆ ◆
「ともあれ、まずは目標を決めましょう! ジェイクさんは後一ヶ月はシティに滞在する予定です。その間に、あの偏屈男をとっちめる準備と丸め込むための将来を考えましょう! ナナちゃんはヴァルハイム家に取り入って、色々学ぶんです!」
『分かった! じゃあ、あの面談してくれたおじいさんに、さっそく協力をお願いすれば良いかな?』
「ナナちゃん。おじいさん、って呼ぶのは流石に失礼ですからね。あの人れっきとした当主でこの都市の支配者って言えるぐらい金持ちでパワーが有りますからね」
『でも、私を迎え入れるって言ってたし』
「……まあ、いいかぁ! ナナちゃん可愛いし! さあ、早速行動開始です!」
『ミケはどうするの?』
「ジェイクさんにスパイかましてきます」
『分かった! 後で動向教えてね!』
ナナは勢い良く部屋を出ていき、自分に協力してくれる人物を探しにいった。
「さて、私はそれとなくあの畜生の様子を見に行きますか……」
◆ ◆ ◆
まずルシアを捕まえたナナは、勢いよく詰め寄った。
『ルシア! 協力して!』
「はい? 別に構いませんけど、何に協力すればいいんです?」
『ジェイクをとっちめて私のものにする手伝い!』
「はい??? 何事? ナナちゃん、ジェイクさんと戦うの?」
当然のように混乱するルシアを置き去りにし、ナナはヴィクトルのもとへと突撃した。
『おじいさん! 協力して! 具体的には、私に味方してくれそうなイカした人を紹介して頂戴!』
「いや、確かに君を迎え入れるとは言ったが、それはまだ先の話だ。これでも一応、私はこの家の当主なのだが……」
威厳ある当主を平然と『おじいさん』と呼ぶ無礼さに一瞬眉をひそめたが、ヴィクトルは格を保ったまま応対した。支配者としての信念と余裕を感じさせる態度である。
「まあいい。一人、紹介できる人物がいる。……本っ当に落ち着きがなく碌でもない奴だが、君の悪友くらいにはなるかもしれん」
ヴィクトルが苦笑いしながら手配した部屋で待ち受けていたのは、一人の賑やかな少女だった。
『……あなたは誰? 私はナナ。……ってか、本当に誰?』
ナナが尋ねると、龍の瞳を宿す少女は立ち上がってナナの側までやって来た。
「アナタが御祖父様の言っていたナナって子供ね! 私はアリアよ! 御祖父様……あ、この家の当主のことね。その孫娘!」
『子供……まあそうだけど、貴女もだいぶ子供っぽいような?』
「あらそう? 若く見えるってことかしら。実は色々あって謹慎中なのだけれど……。御祖父様から『あなたの友達になって味方になってやれ』って頼まれちゃあ、仕方ないわよね〜? だってご当主様のお言葉だもの!」
『き、きんしん……? なるほどこれが……』
ナナはここでようやくヴィクトルが言っていた評価の一端を感じ始めていた。
『あの。もしかして、私のことは都合の良いストレス発散チャンスだと思われてる?』
「誰かと関わるきっかけなんて、そんな動機で十分じゃないかしら? で、アナタは何処の誰で、何のためにわざわざここに来たのかしら?」
『さっきナナって言ったじゃん!』
「名前だけでその人の何が分かるってのよ。名前なんて、それだけじゃただの記号なんだから。でも、ここで話すのも芸がないわね」
そう言うとアリアは顎に指を添えて考え出した。ミケと違ってこういう振る舞いは随分と様になるな……とナナに思わせるほど、絵になっている。
やがて、アリアはパン、と両手を叩いて嵐のような行動力を吹かせ始めた。
「そうだ、お茶会にしましょう! そうと決まればキリキリ歩く! 行くわよナナ! 美味しいお茶菓子だって用意してあげるから!」
『うわっ、この人……見た目に反してめちゃくちゃ力が強い!』
「あなたほどじゃないけど、これでも私、結構龍の血が混じってるもの♪」
アリアの強引なペースに手を引かれ、ナナは振り回されるように連行されていく。
そこにルシアがたまたま通りがかった。
「あ、ナナちゃん、と……アリアお嬢様!? どうして一緒に? というか謹慎中でしたよね!?」
「何処の誰だか知らないけれど丁度いいわ! これからこの子と2人でお茶会をするからサロン部屋とお茶と菓子を手配して頂戴な!」
「えっ、やっ……やります! 少々お待ちください!」
ルシアとは何の接点も関わりも無さそうに見えたのに、強引に従わせてしまったアリア。
ナナはその誰かを巻き込む事に躊躇をしない姿に、ジェイクと自分の関係を変える鍵を見たような気がして、目を輝かせて尊敬の視線を送るのであった。