Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ふわりと鼻腔をくすぐる焼き菓子の甘い香りと、淹れたての紅茶から立ち上る芳醇な湯気。
アリアの思いつきで急遽開催されることになったお茶会だが、ルシアの弛まぬ努力とヴァルハイム家が誇る潤沢なリソースのお陰で、用意された部屋もテーブルに並ぶお菓子も、王侯貴族の晩餐かと見紛うほどに本格的で華やかなものになっていた。
豪奢なシャンデリアが照らすサロンを見渡し、アリアは満足そうに深く頷くと、給仕として控えていたルシアに声を掛けた。
「急なワガママだったのに、ばっちりじゃない! ありがとうね」
一方のナナはというと、すっかり部屋の豪華さと空間の上品さに呑まれてしまっていた。フカフカの絨毯の上で、まるで借りてきた猫のようにガチガチに緊張し、入り口付近で立ち尽くしている。
そんなナナの手を、アリアが躊躇なくグイッと引いた。
「ほら、突っ立ってないで早く座りなさいな」
強引に席に案内して座らせると、アリア自身もドレスの裾を翻すような優雅な所作で、対面の席に腰を下ろした。そして、壁際で控えていたルシアへと視線を向ける。
「ルシアだっけ? アナタも座りなさいな」
「えっ、私が同席しても良いんですか?」
使用人としての立場を守ろうとしていたルシアが驚いて目を丸くすると、アリアはあっけらかんと笑い飛ばした。
「ナナと知り合いなんでしょう? 緊張してるこの子を助けると思って座りなさい。私、堅苦しいのって好きじゃないのよ」
「……それでは、お言葉に甘えて失礼します」
ルシアは恭しく一礼すると、ナナのすぐ隣に席を用意して座った。知っている顔が隣に来たことで、強張っていたナナの肩の力が少しだけ抜ける。
『えっと……アリア、お茶会に呼んでくれてありがとう』
膝の上に乗せたタブレットのAI『ロール』を介して、ナナが控えめにお礼を告げる。
「どういたしまして! さて、これからの作戦会議も兼ねて、お互いのことをもっと深く知っておくべきだと思うの。というわけで自己紹介タイムといきましょう! 名前を知ってるだけじゃ、ただの記号と変わらないもの!」
『自己紹介……うーん、何から話して良いのか分からないかも』
戸惑うようにロールを揺らすナナに、アリアは「ならば」とばかりに身を乗り出し、ペラペラと自分の身の上を語り始めた。
「じゃあ私からね! さっきは当主の孫って名乗ったけど、実際は"ひい"が沢山ついて『ひーひー』言うハメになるような遠い世代なの。でも、いちいち説明するのが面倒だから『孫』ってことで通してるわ! で、実は今度お堅い婚活を控えていてね、周りから『マジで頼むから大人しくしてくれ、何もするな』ってキツく釘を刺されてる最中なのよ。今、私が屋敷で謹慎中なのはそれが理由ね」
ナナは思わず隣のルシアへ身を寄せ、声を潜めて耳打ちした。
「……ねぇ、何をして謹慎食らったのか、ルシアは知ってる?」
「そんな恐ろしいこと知ってませんって……!」
ルシアも顔を引きつらせて、フルフルと首を横に振る。
ニコニコと笑いながら初手から爆弾発言を落とすアリアに、ナナとルシアは顔を見合わせた。
「まあまあまあ、アナタたちが『こんな奴が名門の令嬢?』って私を疑うのも無理はないかもしれないわね! 家族からもよく『お前は落ち着きが無い、龍の血が濃すぎる』って言われるし! でも安心して、これでもきっちりお嬢様としての英才教育は受けてるから、いざという時の立ち回りは完璧よ!」
ふふんと得意げに胸を張るアリア。その台風のような勢いに巻き込まれ、ナナの強張りはいつの間にか解け、自然と笑みがこぼれていた。
(この人になら、自分の重い過去も話せるかもしれない)
ナナはロールの曲面にそっと指を滑らせた。そして、静かに、ぽつりぽつりと自分のルーツと、荒野での生活を回想するように語り始めた。
『私のこの身体の大本はね、大昔に作られた【厄災龍】っていう危ない兵器なの。その力に目をつけられて、危険だと封印されかけたり、悪巧みする連中に巻き込まれて攫われたり、なんか色々酷い目に遭ったらしいんだ。……ただ、その頃のことは、私自身は記憶していないの』
コトリ、とルシアがソーサーに紅茶のカップを置く音が、静かなサロンに響く。ルシアも知ってはいる情報だが、やはりナナとは立場も受け取り方も違う。口を挟む勇気は無かった。
「ふーん、私と似てるのね。私は生まれついての一流のソーサラーなのだけど、子供の頃に制御というか加減を盛大にミスってず〜〜っとお家で冷や飯食らってたのよ!」
「えっ」
『え……、ミスったってどのぐらい?』
「ミスったっていうか意図的では有ったんだけど。ほら、子供の集団ってイジメが起きることがあるじゃない?」
『そうなんだ』
「……起きたのよ。で、ちょっとそれを見ていたらムカついて。なんで私が力を頑張って抑えている目の前でアイツらは気分良く暴力振るってるんだろうな、と思ったのよね」
『嫌な予感がしてきたんだけど』
「奇遇ですね、私もです」
「で、ちょっと本当の暴力ってものを理解らせてやった訳! 私のソーサラーとしての力でチョチョイのチョイってね!」
2人は顔を仰いだ。
「何よその反応は。ちゃんと後遺症は負わせてないわ? 向こうが勝手に心に傷を負っただけよ」
「その言い訳が通ったなら、こうして私達とお茶会している現在に繋がらなかったのでは?」
「成る程! ルシア、あなた頭いいわね! まあ私が言いたいのは規模の大小を問わなければ結構似たような話はあるって事!」
『そ、そういう物なんだ……』
「私は今でもあの沙汰に納得はしてないわねー。集団は良くて、個人で同じ事やるのは駄目って事になるでしょう?」
「イジメに割って入るにしても過剰だったからだと思うんですけど」
『む……』
ナナはアリアの言い分を素直に信じてしまった。何故個人の圧倒的な力が咎められるのかが気になったのである。
「おっと、私の話で遮っちゃったわね。続きを話して頂戴な」
『えーっと……。今でこそジェイクのお陰でこうして落ち着いてるけど、私の身体を悪用しようとしたり、逆に危険視して殺そうとしたりする理由は、きっとこれからも一生付きまとい続けるんだと思う』
そこまで打ち明けて、ナナは少しだけ目を伏せた。
脳裏に浮かぶのは、荒野の殺風景な地下室と、いつもそばにいて不器用に世話を焼いてくれた、あの不愛想な男の顔だった。
『私が物心ついて、意識がはっきりしてから……ずっと、ジェイクが側に居た。目覚めたばかりの私の身体は衰弱しきってて、しかも異常なまでに感度が上がり過ぎていて、自分の身体なのに何一つままならなかったの。でも、ジェイクが全部してくれた。ご飯の世話も、お風呂の世話も、トイレの世話も。私はその事を全く疑問に思わなかったし、不満や不安を覚えたことも一度もなかった』
包み隠さないその言葉に、アリアが少しだけ驚いたように瞬きをした。
「え? そこまでしてもらう必要があったの?」
『うん、最初は本当にひどかったんだ。服を着るのも、シーツを被るのすら『感じ過ぎる』せいで痛くて。だからずっと裸で過ごしていたし、寒くも暑くもないようにジェイクが一日中温度管理をしてくれた。物音は静かにして、寝返りすら自分で打てないから、側にジェイクが待機し続けて、定期的に姿勢を変えてもらって……。それでようやく『平静で居られる』っていう有様だったの』
「服を着るのが痛い!? よく生きてられたわねアナタ」
『それはまあ……最初は快楽以外の感覚を遮断するナノマシンが身体に入ってたらしいし……』
「その発想は流石に頭が悪くないかしら……?」
それは、想像を絶するような過敏さと、それを根底から支え続けた常軌を逸する献身の日々。
『でも……ジェイクにその過敏過ぎる身体を触られるのだけは、何も苦痛じゃなかった。それが、私にとって最大の幸いだった』
「……それって、彼が相手だったから我慢出来たってことかしら?」
アリアが不思議そうに尋ねると、ナナはゆっくりと首を横に振った。
『ううん。我慢しなきゃならないような痛みとか、不快感が一切無かったの。……まるで、ジェイクの方が、私よりも私の身体の扱い方を知ってるみたいに』
淫魔の門派で培われたジェイクの技術。それがナナにとっては自分を絶望の淵から繋ぎ止めてくれた唯一の『魔法』だったのだ。
『そのうち身体が回復し始めたから、少しずつリハビリが始まった。ただベッドの上で優しく扱われるだけの時間が終わって……簡易な服をなんとか着ることから始まって、ご飯も流動食から咀嚼が必要なものになって。自力で身体を起こして、立ち上がって、歩行器にしがみつくように掴まって歩く練習をした。……その間、ずっとジェイクの真剣な視線を感じていたよ』
何をせずとも痛いほど過敏な身体だった。しかし、その過敏さがあったからこそ。
『ジェイクが私に向けてくれるもの……些細な変化への気づきも、真剣な眼差しも、全部肌で直接感じ取れる。……それだけは、こんな付き合いづらい過敏な身体で良かったって、心から思える事なんだ』
ナナの黄金の瞳が、少しだけ潤みながらも優しく細められる。
ルシアは胸を打たれたように静かに息を吐き、アリアは真剣な顔でナナの言葉にじっと耳を傾けていた。
『まあ。多分、ジェイクに言わせれば「お前の生存に必要な事を全部やっただけだ」……って言うだろうけど』
「そこまでやっといてそんな事を言うの!? ソイツはとんだ捻くれ者ね! 傑作だわ!」
ナナが眉間にシワを寄せ、しかめっ面をしながらロールにジェイクの低い声マネをさせる。そのあまりにも似ているニュアンスに、張り詰めていた空気が緩み、2人は思わず吹き出した。
『やがて治療が終わって……ジェイクは、私をこんな目に遭わせた連中へ報復する為に家を出るって宣言した。私には、改造中や理不尽な扱いを受けていた時の記憶は無い。でも……ジェイクと離れる事が、置いていかれることが、恐ろしくてしょうがなかった。だから、私もジェイクに着いていくって決めたの』
そして、ジェイクとミケと共に、このリヴァイア・シティへとやって来た。
『……でも、都市に来てからのジェイクは、「お前の面倒を一生見るつもりはない」「自立しろ」って散々私に伝えてきてて。だから私も、ただ守られるだけじゃなくて、方針転換しなきゃいけないって痛感してる。あいつを逃さないためにもね!』
しんみりした空気を完全に吹き飛ばすように、ナナはグッと小さな拳を握りしめ、力強く宣言した。
『……って感じかな、私の自己紹介は』
ロールの音声が途切れると、サロンには数秒の沈黙が落ちた。
やがて、アリアは情報を整理する内に引きつる頬を誤魔化すように笑顔を浮かべながら、こめかみを押さえた。
(この子、自分の口からどれだけ際どい話が出ているか全く分かってないわね……!)
恐らく自分よりも圧倒的にコミュニケーションの経験が足りていないのだろう。自分も初対面で大概な話をした自覚はあるが、この少女は文字通り赤裸々に語り過ぎである。排泄の世話から裸での生活まで、羞恥心を覚える環境ではなかったのかもしれないが、このまま世間に出すのは流石に危なっかしくて不安になってしまう。
「……適切な話の加減は、おいおい一緒に覚えていきましょうか! でも、貴女の事情と覚悟はよく分かったわ。話してくれてありがとう!」
アリアの微妙なツッコミと親心のようなフォローに対し、ナナは素直にコクンと頷いた。
『分かった!』
全く分かっていなさそうなナナの元気な返事に、ルシアがたまらず吹き出し、アリアもつられて豪快に笑い声を上げた。
「じゃあ、次はルシアにも喋って貰おうかしら! ほら、お茶も冷めちゃうし、お菓子も好きに取っていいから」
「ナナちゃん、このお菓子オススメですよ」
『ありがとうルシア』
「……アナタ、人に勧める体で、しれっと一番高いお菓子を取ったわね」
奇妙な繋がりから始まった三人のお茶会は、こうして賑やかな笑い声に包まれながら、本格的な作戦会議へと移行していくのだった。