Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ナナの赤裸々な身の上話を一通り聞き終えたアリアは、ティーカップの縁を指でなぞりながら、ふうむと小さく息を吐いた。
「何というか、短い人生ではあるけど波瀾万丈ね。アナタの人生は、そのジェイクって人と始まって、ずっと一緒だった訳ね」
『うん。やっぱり、これからもずっと一緒に居て欲しい相手だよ。……ジェイクは嫌がりそうだけど』
「そうねぇ……」
アリアは天井を見上げ、会ったこともない『ジェイク』という男の人物像を頭の中で組み立てていく。
「直接会ってないからあくまで私の推測だけど、その人は『アナタが大事』というより、単に『自分に嘘を付きたくないタイプ』なんじゃないかしら。助けると決めた、だからやり通す。生命を助けて身体を直したら、イヤな関わり方をしてくる連中が現れた。だから殴って手出し出来ないようにする。……そうして自分が出来る限りの事はやり切った。だからこそ、未練なく手放せるようにアナタの自立を促し続けている」
それは、酷く冷たく聞こえるかもしれないが、同時にどこまでも誠実な不器用さの裏返しでもあった。
「だって、彼の中では『アナタを助ける』という目標は既に達成したのだから。それ以上は余計なお節介、そう考えてそうじゃない?」
『す、凄いね。なんで分かるの? 私なんて、ここ数日ずっと考えてようやくその辺りが分かってきたのに……』
「これでも、アナタよりは長ーく人生送ってるもの♪」
図星を突かれたナナが黄金の瞳を丸くすると、アリアは悪戯っぽくウィンクをした。
「……それで、肝心のアナタ自身はどうしたいのかって方向性はあるのかしら?」
話の核心に触れるアリアの問いに、ナナは少しだけ視線を落とし、迷いながらも口を開いた。
『……ジェイクと一緒に居たい。だから最初は、スポンサーになれるぐらいお金が沢山あれば良いのかなって思ってた。でも……ジェイクは、当主のおじいさんに何でも願い事を聞いてやるって言われた時も、"自分の得の為に使わなかった"んだ』
ヴィクトルとの面談での出来事を思い出し、ナナは静かに首を振る。
『だから、多分私がスポンサーになれるくらいお金を持っても、ジェイクはなびかないし、一緒に居てはくれないと思う』
「ふむ。見立て通り、金や権力に靡くような安い男じゃないってことね」
『うん。だから、ジェイクといっしょに頑張れる"目標"が欲しくて。それで、沢山の人に2人揃って祝福されたい』
「目標はまだ具体的に決まってない?」
『私、今まで世話されるばっかりだったから、自分になにが出来るのか良く分からないの……』
しょんぼりと肩を落とすナナに、アリアは励ますようにパンと手を叩いた。
「そうね、まずは『なにが出来るのか』は一旦置いときましょ。アナタが何をしたいのか、それから固めてみましょうか」
『なんか、自然と私の相談会になっちゃってるけど、いいの?』
「いいのいいの! お茶会なんてお上品に言ってるけど、実態は井戸端会議とか、やっすいレストランでお喋りするのと変わりないんだから。他人の悩み事なんて、恰好の話題よ!」
『そうなんだ』
ある意味で偏った貴族令嬢の主観を素直に受け入れながら、ナナはアリアが用意してくれたメモ帳に、ペンを片手で握りしめ、拙い文字で一生懸命に自分の思いを書き込んでいく。
ジェイクとの関係
・ジェイクと一緒にいたい
・ジェイクにずっとご飯作って欲しいけど、自分も何かしたい
・二人で達成できる目標が欲しい
・できれば社会から揃って認められたい
・二人が一緒にいることを祝福してほしい
やりたい事
・ジェイクが困った時に助けて威張りたい
→ジェイクの知らない事を勉強したい
→ジェイクのできないことを出来るようになりたい
・たくさん遊びたい
→ジェイクの家を楽しい物でいっぱいにしたい
・美味しいものたくさん食べたい
→色んなところに直接行けるようになりたい
『大体書けたかも』
「ふーむ、思ってたよりずっとしっかり言語化できてるわね」
『本当に?』
「本当、本当。私なりにざっとまとめると、アナタは『立場』が欲しいってことになるかしら」
『立場?』
「そう。社会に対して堂々と生きていける立場。一緒に居たい人と、対等に肩を並べられる立場。……ちょっと悪い言い方をすると、『肩書き』も含むかしらね。何かあった時に、エッヘンと威張りたいんでしょ?」
『うん!』
力強く頷くナナを見て、アリアは我が意を得たりと笑った。
「元気でよろしいわね! 私もその気持ち、すっごく分かるわ〜。一流の才能を持ったソーサラーとして産まれたのは良いけど、子供の頃に魔力制御を盛大にミスって、ず〜〜っとお家で冷や飯食らってたのよ! で、制御出来るようになって長〜い保護観察を経て、ようやく自由の身になったと思ったら、今度は『早く結婚しろ』って年頃になってるわけ! 私も欲しいわね〜、誰にも文句を言われない自由な立場が!」
『お、おおう……。あれ、じゃあなんで今、謹慎中なの? 保護観察ってのは終わったんでしょ?』
「……結婚相手の候補がね、こっちを愛玩用の犬か猫と勘違いしてそうな舐めた態度を取ったから、『私の方が強い』って分からせただけよ? あの程度でビビって候補を降りるようなヤワな奴とは、どうせ長続きしないわね」
『バイオレンスが過ぎる』
「加減はしたわよ。あれで駄目じゃあ、私からは歩み寄りようがないわね」
アリアは自分に非が無いと言わんばかりにふんぞり返った。あのおじいちゃん……もとい支配者も、身内の問題で苦労してるんだなあ、とナナは少しだけ同情した。
「話を戻すわよ。あとはアナタとこのジェイクって人との関係だけど……概ね『家族』って感じね」
『家族』
「そう、家族。で、対等な関係でありたいってなると……『結婚』が有力な選択肢に入るかしら」
『け、結婚!? で、でもジェイクは私に恋愛感情なんて持ってないし、そういう感じじゃないよ? 私も、映画でそういう恋人同士の2人を見てニヤニヤしたりはしたけど……』
「いい? ナナ。これはあくまで私の意見だけどね……。結婚に、恋愛感情は要らないのよ」
『えーーーっ!? じゃあ、映画の恋愛はどうなるの!?』
「どの映画を見たか知らないけど、殆どフィクションよ。夢見すぎ」
『現実とフィクションには差がある……ってこと!?』
ナナがカルチャーショックを受けたように震えると、アリアはしたり顔で深く頷く。
「結局の所、結婚の本質は『契約』だと思うのよね。お互いの人生を良くするために、色んなものを共有しましょうっていう、極めて実務的な契約」
『お、大人だ……!』
「あらそう? フフフフフ! なんか新鮮な反応で嬉しいわね!」
尊敬の眼差しを向けるナナの言葉に気を良くしたアリアは、べらべらと口が軽くなっていった。
「やっぱり大事なのは、しっかり約束を守る努力をお互い出来るかどうかで、その為には定期的に約束を確認して話をすり合わせて更新するというコストを払う相手であるという認識が必要なのよね! だから必要なのは愛情という曖昧な主観じゃなくって、相手への敬意! そうやって相手の素晴らしさを理解して時にはケツを叩き時には変化を受け入れ、しかし本質は変わらないことを見通しながら、ある種の緊張感と刺激を相互に与えていく。それがよい夫婦であると私は思うの!」
「お嬢様、アリアお嬢様。早口すぎてナナちゃんが話についていけてませんよ」
呆れ顔のルシアにたしなめられ、アリアはコホンと咳払いをした。
「あらいけない。まあ、これぐらい語れるほど蘊蓄は有るつもりよ! 何か聞きたいことはあるかしら?」
(ろくな人間関係の経験もないまま婚活にブチ込まれようという謹慎中の人間が、一体どれだけのものを語れるというのか……)
とルシアは心の中で強烈なツッコミを入れたが、自分も結婚経験は皆無なので、保身の為にそっと口を噤んだ。
『じゃあ……ジェイクって、結婚相手としてどうなのかな?』
「いや、直接会って話しても居ないのに分かるわけ無いじゃない。荒野に土地を持ってるとか、アナタから聴いた断片的な情報で断言できるほど私はエスパーじゃないわよ?」
『そっかー』
「でもね、1つ断言できる事はあるわ。それは、半年掛けて、アナタに代わってアナタの厄介な身体の面倒を見切ったこと! 恋だ愛だと言ってもね、他人の身体の面倒なんてお金払って人任せにするのが普通なの。人の身体は素人一人で見切れるものじゃないし、重労働は心身を損なうし、そうなると大事にしていた感情も擦り切れるものよ」
『でも、ジェイクはやり切ってくれた……』
「そう。恋とか愛とか関係ない、恐らく彼自身の信念の部分でね。そこらの収入とか家柄とか顔とか、そういう幾らでも減りうる要素よりもずっと確かな判断材料に出来ると思うわ。……ましてや、アナタって特殊な敏感体質なんでしょ? そういう面倒な身体の理解者との関係は、どんな形であれ手放しちゃ駄目よ」
「アリアお嬢様、だいぶ真面目な話が出来るんですね。安心しました……」
ルシアがホッと胸を撫で下ろすと、アリアはニヤリと口角を上げた。
「……ふーん、ルシア。アナタなかなか良い口を聞くじゃない。私ず〜〜っと冷や飯と謹慎で、専属の付き人とか居ないのよね。アナタを選ぼうかしら!」
「え!?」
「いや〜、私って自分がどんな風に見られるか未だに良く分かってないみたいなのよね! アナタなら、その辺のストッパーとして大丈夫そうだわ! 決まり!」
「……あの、ナナちゃん」
『頑張ってね、ルシアさん』
「対応が塩い!」
——ナナも勝手が分かってきたのか、アリアやルシアと他愛もない話に興じられるようになった頃。ジェイクとの対等な契約……社会での強い立場……と考えを巡らせていたナナは、ふと疑問を抱いた。
『ねえ、何で企業が存在するのかな?』
「へ?」
「急にどうしたんですか、ナナちゃん」
脈絡のないナナの言葉に、アリアもルシアも呆気にとられる。
『いや、ルシアからもミケからも、企業って何処も問題ばっかり起こしてるって話を聞いてたから。じゃあ、どうしてそんな存在が世間に許されてるんだろうなぁって思って』
「ふむ。じゃあ、ちょっと企業の話でもしましょうか」
アリアは姿勢を正し、少しだけ真面目な声色になった。
「どの企業も、元を辿れば一つの願いから始まり、それを叶える為ならば、功も罪も利益も犠牲も全部飲み込んで巨大化を続け、願いに手を伸ばし続ける存在よ」
『願い?』
「ええ。例えば、アスクレピオス社は『すべての生命が生まれの限界を超克し、その生命を全うできるようにしたい』という願いを持って産まれたわ。その為の薬品であり、改造技術であり、治療技術なの」
『え!? 私にあんな事したのに!?』
ナナはあのアスクレピオス社の思わぬ成り立ちに驚愕した。
「……もっとも、やはりそれは営利活動であり、命に値札をつける側面があるわ。人手を募れば、目的の為に手段を選ばない悪人も多く抱えることになる。経営陣が代替わりすれば解釈も変わる。清廉潔白とは真逆であり、今の連中は全く持って最初の願いに対して純粋ではないでしょうね」
『……そっか、色んな一面があるんだね』
「そうね。金にしか興味ない奴も、性根の腐った奴も、本当の善人も居ると思うわ。そしてそれら全てを推進力に代えて技術開発と普及に邁進し、不幸を生み出しながら莫大な人命を救い、種族も生まれも問わずに人の可能性を正負問わず変え続けている。功も罪も積み続けて力に変え、社会の中での『存在』を勝ち取り続けている怪物。それが企業よ」
アリアは一度言葉を区切り、ナナの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「だから、別に企業って『善いもの』じゃないのよ。色んな意味で強すぎるから文句を言いづらいだけで、この世の何処かに裁ける力があって、裁いても問題が起きないのなら幾らでも裁かれる存在だと思うわ」
功罪を、積み続ける。
その言葉が、雷のようにナナの琴線に触れた。
自分の存在が厄災の「罪」だと言われるなら、その上で自分が存在する事が「功」なのだと世界に認めさせれば良い。そうだ、この世にはジェイクを始めとして、多くのロクデナシが堂々とのさばって居るではないか。何故彼等が認められて、私が認められない? それは道理が通らない!
ナナの黄金の瞳に、明確な野心の光が灯った。
『ねえ、アリア。……企業を新しく作るには、何が必要なの?』
「え? 本当にどうしたの? そうねえ、方向性次第とはいえ、色々と必要といえば必要なんだけど……。でっかくやりたいんなら『土地』は絶対必要ね」
『土地って、借りれるの?』
「無理無理、今の貴女じゃ絶対無理よ。実績も管理能力の保証もない貴女に貸すお人好しは、この世に1人もいないわ。御祖父様だって、いくらパトロンでも流石にそこは例外じゃないわよ!」
『そっかー。でも、そこは重要じゃないんだ』
ふふっ、と。
ナナの口元に浮かんだ悪巧みを含んだ楽しげな顔をみて、アリアは目をパチクリさせた。そして、数秒後に意図に気づく。
「……ああ、貴女専用の特大の『お人好し』が、荒野に1人居たわね。じゃあ答えは"借りられる"、よ。これから頑張って同意を得なきゃね?」
アリアもまた、ナナに同調するように悪い笑みを浮かべた。
『アリア、私の起業に協力してくれる?』
「まっかせなさーい♪」
「……アリアお嬢様。これ、当然のように私も巻き込まれる感じですか?」
「当然でしょ〜? アナタはもう私の付き人なんだから!」
三人の少女によるお茶会は、いつしか世界を驚かせるための『企み』の場へと姿を変えていた。