Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
リヴァイア・シティの最下層、陽の光すら届かないスラムの一角にあるしがないバー。今日一日、丸ごと貸し切られたその薄暗い空間に、ジェイクが足を踏み入れた。
中は長年の煙草のヤニと安酒の匂いが染み付いた、お世辞にも綺麗とは言えない内装だ。しかし、恐らく先客が持ち込んだであろう場の雰囲気に全く似合わない品の良いクラシック曲が、蓄音機から静かに流れている。その奇妙なアンバランスさを肌で感じながら、ジェイクは軋む床板を踏みしめて足を進めた。
「おい、こっちだジェイク!」
薄闇の中から響いた野太い男の声に、ジェイクは軽く片手を上げて反応し、店の奥隅にあるボックス席へと腰を下ろした。
広めのテーブルの上には、ピザやフライドチキン、山盛りのポテトといったジャンクなご馳走が所狭しと並べられている。それらはまだ熱気と美味そうな湯気を立てながら、乱痴気騒ぎとも呼べるパーティーの開催を待ちわびていた。
「久しぶりだなジェイク。何年ぶりだ?」
先に席に座り、ジョッキを片手にニカッと笑ったのは、逆立てた金髪と、防具を兼ねた分厚いコートが特徴の大男だった。彼は、ジェイクが厄介事を片付けるために荒野から呼び寄せた気の置けない悪友の一人である。
「さあな。俺が自分の土地の選定を始めてから顔合わせてないんだから、相当だぜ。スロカス」
「あんたら何言ってんのよ。ジェイクが家建てたって自慢してきた時に、揃ってお呼ばれしたじゃない」
「「あー」」
お手洗いから戻ってきたらしい女が、呆れ顔で2人にツッコミを入れる。片目を黒髪で隠し、いかにも訳ありといった風情のウィザードの女——ラピス。彼女もまた、ジェイクに呼ばれてこの都市にやって来た一員だ。
「なんで揃って忘れてんのよ、まったく……。久しぶりね、ジェイク」
「ラピスこそ。……おい、なんで俺の正面じゃなくて真横に座るんだよ。飯が食いづらくて不便だろ」
「あんたを逃さないために決まってるでしょ?」
(あれかぁ、覚えてるわけねえだろ。あの時はタダ飯食ってさっさと帰っただけだったしよぉ……)などと、独りブツブツと反論するスロカスを完全に無視して、ラピスはジェイクの真横のスペースにピタリと陣取った。ジェイクが鬱陶しそうにわずかに顔をしかめるが、彼女はどこ吹く風だ。
「……まあいいや。エルサンとトフィーは後から来る感じか?」
「そうだ。あいつらは中小企業の情報集めでもうちょい時間かかるってよ。だから先に食い始めようぜ」
スロカスが待ちきれない様子で、チキンの骨をボキリとへし折りながら答える。
「OK、こっちはミケが後から来るはずだ」
「よーし決まりだ! じゃあさっさと始めようぜ。アイツらが来る前に、美味そうなもん全部腹に納めてやる」
獰猛な笑みを浮かべるスロカスの言葉に、ジェイクもまたニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。
「えー、それではこれより、俺の依頼の進捗報告会を始めまーす。まずは人が揃うまで飯食っていいぞ、始め!」
「しゃぁっ!」
「なんで知り合いの男が揃うと、こうも雑で馬鹿ばっかりになるのかしら……」
ラピスが1人呆れたように愚痴を吐きながら、自分もテーブルの端にあった安酒の缶をプシュッと開け始めた。
数分後。テーブルの上のジャンクフードが凄まじい勢いでスロカスの胃袋へと吸い込まれていく中、ジェイクはビールの缶を傾けながら本題を切り出した。
「で、外回りの掃除の進み具合はどうだ?」
「あー、依頼されてた『ナナってガキを嗅ぎ回る有象無象のバカども』の件な」
スロカスが口の周りの油を手の甲で無造作に拭いながら、凶悪な笑みを浮かべる。
「取り敢えず目に付くやつは片っ端から片したぜ。スラムのゴロツキから、小金持ちに雇われた三流傭兵団までな。二度と手を出そうなんて気が起きないように、徹底的にお灸を据えておいてやったよ」
「ご苦労さん。手際は良かったんだろうな?」
「当然でしょ」
横からラピスが会話に割り込む。
「ウチらの派手な立ち回りのせいで、今シティの裏社会は大混乱よ。『荒野からイカれた連中がやってきて、特定のヤマに手を出した奴らを片っ端からミンチにしてる』ってね。後はデカ目の連中が2、3ほど残ってるぐらいかしら」
「上出来だ、残りは俺も手伝うさ」
ジェイクは満足げに深く頷いた。これで、ナナの身の安全はある程度確保された。あとはヴァルハイム家の強固な庇護下に入り、彼女自身が自立するだけだ。
「だけどさ、ジェイク」
ラピスが少しだけ真面目なトーンになり、ジェイクの顔を横から覗き込んだ。
「こういう連中の物理的な脅威は退けられても、厄介なのは企業連中の動向よ。エルサン達が探ってるのもそれ。企業は暴力だけじゃなくて、理屈と契約でも絡んでくる。こんな都市で生きてる企業は、小さかろうと生き汚さでは何処も後れを取らないわよ」
「分かってる。だから、アイツにはヴィクトルの爺さんっていう強力な後ろ盾を用意したんだ。あの爺さんが目を光らせてりゃ、企業もそう簡単には手を出せねえ。……それに、ナナ自身も今は随分と前を向いてる」
「ヴィクトルって、あのヴァルハイムか?」
「他に居ないでしょ、他に名乗る奴が居たら物理的に潰してそうだし。随分豪華な後ろ盾ね」
「なんかナナが拾ってきた縁だ、俺の力じゃねえ」
ジェイクは脳裏に、先日「自立しろ」と突き放した時のナナの顔を思い浮かべた。泣きそうな顔をしていたが、最後には確かに何かを決意したような、強い意志の宿る目を見せていた。
(俺の役目は、アイツが安全に生きられる土台を作ってやることだ。あとはアイツ自身が自分の人生を歩けばいい)
ジェイクは、自分がすべての責任を終えたら綺麗に身を引くつもりでいる。それがお互いのためだと信じて疑っていなかった。
「勿体ねーな、お前もそのナナってガキを使ってヴァルハイムに食い込むとか考えねえのか?」
「うるせえ。俺はただ、乗りかかった船の最後まで面倒を見ただけだ。これ以上、あのガキの人生を使う気も付き合う気もねえよ」
「ふーん?」
ラピスは意味深に目を細め、ジェイクの肩越しにじっとりとした視線を向けた。
「でも、そう簡単に離れてくれるかしらね。女の子ってのは、一度心を許した男にはとことん執着するものよ? ましてや、自分の全てを晒け出した相手なら尚更ね」
「……え、何だよその見解。ミケからナナについて何か聞いたのか?」
「彼女の目線からは色々とね。貴方からも聞かせなさいよ」
「はぁ? 嫌だよ、なんでだよ。……アイツは賢い。俺みたいな日陰者と一緒にいるより、表舞台で胸を張って生きる道を選ぶはずだ」
「はいはい、今はそういう事にしておいてあげるわ」
呆れたように笑うラピスと、知ったこっちゃないとひたすらチキンを食い続けるスロカス。
ジェイクは喉の奥に引っかかったような一抹の嫌な予感を、冷えた安酒で無理やり流し込んだ。
3分の1の料理がスロカスのブラックホールのような腹に収まった辺りで、再び扉が開く音が聞こえた。
入口から入ってきたのは、防雨コートをスマートに着こなす長身の優男と、いかにも文系の印象を感じさせる中性的な小男だ。
小男——エルサンが、既に食い始めているジェイク達と、無残に減っているテーブルの上の料理を見てかん高い悲鳴をあげる。
「うわーーーっ! 信じらんない! アイツらもう先に食い始めてるじゃん!」
エルサンのそんな泣き言を聞いて、優男——トフィーは片手に持ったテイクアウト用の箱を見せびらかしてカラカラと笑った。
「だから言っただろエルサン、追加で料理を持っていくべきだってな。賭けは俺の勝ちだ、お前の分はお預けだな」
「嘘でしょトフィー!?」
「食いたきゃ他の連中と交渉しな。ジェイクは乗ってくれるかもしれないぞ?」
「はぁぁ〜〜〜……。ねぇ聞いてくれよジェイク」
「知らねえよ、なんでお前の負け分を俺が補填しなきゃならねえんだよエルサン」
「ご尤もで……いやいや、断るの早すぎでしょ。別に待ってくれても良くない? 別に僕らだって遊んでたわけじゃないんだよ?」
「温かいうちに食いたかったから仕方ねえだろ」
「相変わらず飯にうるさいなぁ……」
「テメーも変わらなさそうだなエルサン。『本業』は捗ってんのか?」
「え? うん。まあ。末席も末席だけど順調だよ、本当だよ?」
分かりやすくしどろもどろになるエルサンに対して、缶を片手に持ったラピスが横から鋭く口を出す。
「たまにコイツが原稿を出す雑誌を見るけど。相変わらず、よく末席に座れてるわねってレベルの代物ね」
「スゴイなエルサン、どうやって勝ち取ったんだ?」
「すーぐ不正を疑う! やめてよねそう言うの! 僕は実力で末席に座ってますー! 昔と違って締切に間に合わなさそうだからジェイクに頼むとかしてません〜!」
「それは金貰って仕事してる奴なら当たり前だろ」
「はい……」
「まあいいや、元気そうで。副業で儲けてるんだろうしな」
「いや副業はもうやってないって。……もういいよ僕の話は、料理が冷めちゃうだろ」
エルサンが泣きそうになりながら話を切り上げるのを見計らって、既に席について新たな料理を展開するトフィーが進捗の報告を始める。
「じゃ、企業の情報集めや対処の経過報告をさせてもらうかな。小規模企業は一通り弱みを握って俺の方で脅し終えた。ジェイクには後で弱みを渡しておく」
「了解」
「問題は中規模が数件存在している事だな。俺だと真正面から忍び込む事になるから分が悪い、一先ず偵察は済ませたからこれも後で情報共有しておく」
「悪いな」
「良いってことよ、前金はたんまり貰ったからな。門派の懐を温めてくれた礼には足りんさ」
トフィーの鮮やかな手際に頷きつつ、ジェイクはポテトを齧るエルサンに視線を向けた。
「で、エルサンはなんかしたのか?」
「え? トフィーが潜入し辛い企業に取材と称して内部を見学した」
「お前も大概身体張るのが好きだよな」
「これでも作家だからね!」
「作家の領分かぁ……?」
「作家かしら……?」
「トラブルシューターの間違いだろ?」
「作家より才能有ると思うよ、俺はね」
ジェイクとラピスが疑問視して、スロカスが訂正し、トフィーが作家としての力を引き合いに出して揶揄した。
「はぁ? 今に見てろよお前ら、神作書いて世間ごと平伏させてやるからな」
四人からの容赦ない言葉の集中砲火にエルサンは憤慨したが、いつもの事なので飯の魔力の前にすぐ鎮静した。
◆ ◆ ◆
「お、遅れました〜っ!」
エルサンがすっかり大人しくなり、皆が酒のお代わりを開けた頃。勢いよくバーの扉が開き、ミケが息を切らして駆け込んできた。
肩で息をしながら、ミケは空いていたジェイクの隣の席へと滑り込む。
「おせーぞミケ。で、どうだった? ナナの奴、ヴァルハイムの屋敷で大人しくしてるか? 爺さんの所にいりゃ安全だとは思うが」
ジェイクが缶を置きながら尋ねると、ミケは息を整えてから応え始めた。
「早速行動開始してますよ。何でも当主に孫娘を紹介してもらって早速交流を始めたらしいです。いやぁ若いですねぇ……」
ミケはどこまでも食えない笑みを浮かべ、重要な『起業の企み』だけを巧みに削ぎ落として語った。ジェイクは気を抜いていたのと、先程の嫌な予感に反して自分の願望に沿った報告だった為に、ミケの言葉をすっかり信じた。
「ちゃっかりしてんな、この分なら心配なさそうか。勢力潰しをしながら1ヶ月様子見して、それから都市を離れて問題無いだろ」
「ちょっとジェイクさん、本気でナナちゃんと縁を切るつもりですか?」
ミケの咎める声に外野の男共がおお良いぞ、やれやれと囃し立てる。ラピスは黙って話に集中していた。ジェイクは彼らの面白がる反応を視界から消しながら言葉を返す。
「悪いか? お互いに益が無いだろ。釣り合いじゃなくてお互いの世界の問題を擦り付けあって迷惑になるって話だ」
外野が確かになあと同調する。
「連絡先を用意するぐらいはしてもいいんじゃないですかぁ?」
外野がそうだそうだ、ジェイクは薄情だな、とからかう。
「連絡先ぃ? ……まあ、通話ぐらいは出来るように拠点改造しても良いかもしれないな」
ジェイクはまさかの妥協の姿勢を見せた。これにはラピス含めた外野が驚いたが、中でもエルサンは過剰な反応を見せた。
「はああぁぁぁあ!? おいおいおいおいジェイク、君さあ! 僕にはそんな対応一度もしてくれなかったじゃんっ! 差別か、差別なのか!?」
「うっせーなコイツ!」
あまりの剣幕にスロカスが耳を抑える。ジェイクは面倒そうに対応した。
「差別じゃねえ、区別だ。エルサン、お前は一度甘く対応すると何処までもつけあがって要求し続けるだろうが!」
「いかんのか?」
「いかんわボケナス! 三度死ね! そんで反省しろ!」
「今僕の事3回死ななきゃ治らない馬鹿って言った?」
「言った」
「遺憾の意を示させてもらう。いやー相変わらずジェイクは僕に対して酷い言い分だな。皆はどっちが正しいと思う?」
「ジェイクね」
「ジェイクさんですね」
「すまんエルサン、ジェイクの方を選ぶ」
ラピスが呆れ、ミケがそれに同意し、トフィーのトドメの言葉に続いてスロカスが容赦なくこき下ろし始めた。
「いやどう言い繕ってもお前は馬鹿だろ。スロットを『しょーもないギャンブル』呼ばわりしながら爆速でクレジット溶かしてドハマリしてたの覚えてるぞ」
満場一致で返り討ち。エルサンは度々こういう目に合いながら、未だに懲りない奴であり続けている。
「スロカスに馬鹿って言われた! 昔の失敗談を引っ張り出されながら!」
「どういう意味だテメエ! 表に出ろ!」
「ああん! 暴力反対!」