Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
料理の皿が次々と空になり、テーブルの上に空き缶やジョッキが乱立し始めた頃。すっかり酒の回ったエルサンが、とろんとした目でジェイクに絡み始めた。
「ねえジェイクぅ……君さあ、実際のところ、あのナナって子のことどう思ってるの?」
ジェイクは面倒くさそうに手元のグラスを揺らし、呆れたように短い言葉を吐き捨てた。
「多少の関わり合いが出来た、ただの知り合い程度だ」
「へえー!」
エルサンは酔っ払い特有の大きな声を上げ、だらしなく笑いながらジェイクの肩をバシバシと叩いた。
「それは随分と高評価だねぇ! 君がいくらそう思ってなくてもさぁ、無意識のうちにその娘がすっかりお気に入りになってるんじゃないのぉ?」
「めんっどくせえな! おい、酔っ払いが適当なこと言ってんじゃねえぞ」
鬱陶しそうにエルサンの手を払い除け、あしらおうとするジェイクだったが、そこに他の面々も面白がって便乗してくる。
「まあ、エルサンの言うことも一理あるさ」
トフィーが静かに口を開いた。スマートな所作でグラスを傾けながら、ジェイクを真っ直ぐに見据える。その眼差しは、アルコールが入っていてもなお鋭い。
「お前はかつて、誰よりも強くなりたくて俺たちから一度離れ、1人になった。……が、今となっちゃどうなんだ? 1人で強くなるより、集団の力を借りて強くなる方が遥かに早いんじゃないのか?」
「何が言いたい」
ジェイクが警戒するようにトフィーを睨むと、優男は懐からバサリと、自信満々に一枚の紙を差し出した。
「コレは新規入門者熱烈歓迎のチラシだ! 一人の力に限界を感じ始めたそこの君! 我が門派で修練を始めてみないか!?」
「さては酔ってるなオメー」
「団結力とアットホームさはどこの門派にも負けておりません! 強者にも権力にも屈しない侠《おとこ》に君もなろう!」
「他に売りにするものが無いんだな、よーく分かった」
「じゃあ売り物作るためにウチに来てくれるか、ジェイク?」
「チラシは受け取っとくわ。ちょうど油紙が役立たずになってきたところだったんだ」
無表情のままチラシを折り畳もうとするジェイクを見て、トフィーは芝居がかった手つきで天を仰いだ。
「だはははははは! 振られちゃった〜〜! 誰か慰めてくれ〜エルサンでもいいぞ〜」
言うが早いか、酔っ払い2号が1号に絡み始めるのを横目に、ジェイクは本当にそのチラシでテーブルにこぼれたチキンの油を拭き、油紙代わりにし始めてしまった。
「……そうね」
「え、なに? ラピスも酔い始めたのか?」
不意に声のした方へ顔を向けると、ラピスもまた、手元の酒を弄りながら気怠げに視線を送ってくる。普段のクールな彼女には珍しく、頬がほんのりと朱に染まっていた。
「1人でおんなじ事を繰り返して強くなったとして……それは本当に、アナタの思い描く『理想の強さ』の形なの?」
「うわっ……。なんか今日はやけに絡んでくるな、ラピス」
「別に〜〜? だいたい1人で隠遁生活してる奴が強くなれるってのが幻想なのよ! 雑事を人に全部押し付けて時間を作れるやつのほうがずっと強くなれるに決まってるわ! あーはらたつ〜〜! 私から時間を奪っていった塔の連中は皆滅べ! 足の小指をぶつけて破滅しろ!」
「お前の嫌な経験を俺にぶつけてくるなよ! おいミケ、代わりに対応しろ!」
ジェイクはどうにかしろと言わんばかりに、ラピスの反対側に座るミケに視線をやるが、ミケはニヤニヤと笑いながら、美味しそうに酒を呑んでいた。明らかにジェイクに見せつけるように、わざとゆっくりと喉を鳴らしている。
この猫耳フードの悪癖である。他人を気にかけるのと同じぐらい、他人が困っている様子を楽しむ所があるのだ。ジェイクはチッと舌打ちをして、再び面倒な酔っ払いであるラピスに向き直った。
「ほら、グラス空いてるぞ。注いでやるから……」
「ありがと〜〜〜あいしてる〜〜」
ジェイクは取り敢えず酒を飲ませて酔い潰すことにした。なみなみと注がれた安酒をラピスが一気に煽り、目論見は容易く成功する。
ミケのクスクスという笑い声がいやに耳を通して脳に響いてくる。ジェイクもまた、この乱痴気騒ぎの中で確実に酔いが回り始めたのかもしれない。
しかし、酔っ払いの言葉とはいえ、「ただの反復だけの強さに満足するのか」と言うのは、今のジェイクにとって手痛い指摘だった。ジェイクが図星を突かれたように僅かに顔を顰めたその時、大口を開けて笑うスロカスの野太い声が響いた。
「おいおい、何をゴチャゴチャ言われて戸惑ってんだ、馬鹿じゃねえの?」
スロカスは骨だけになったチキンの皿をガシャンと乱暴に横に押しやると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「迷ったら己の利益の最大化を、感情含めて考えるのがお前じゃねえか。『己より大事なものはない。それは全てに適用される』……昔っから、俺らはそれで良かった筈だろ?」
「……そうだな」
己の利益。その言葉を聞いた瞬間に騒がしい店内の音が、一瞬遠のく。アルコールで微かに浮ついていたジェイクの胸の奥に、重く沈み込んだ。
確かに、ナナに対してはどう動けばお互いに損をしないか、どうすれば後腐れなく綺麗に縁を切れるかという「現状維持」と「損失回避」ばかりを考えていた。そこには「自分の得」という観点がすっぽりと抜け落ちていたのだ。
果たして、今の自分の利益とは何だろうか?
(強くなる、生存する、己の価値を誰にも渡さない。それを求めて俺は荒野を歩き回って、今の自分の土地を拓いた。だが……変わらない状況や環境を生きているだけで、俺の望む強さにたどり着いたと言えるのだろうか?)
——俺の望んだものは、ただ生き残るだけだったか? いいや、それだけじゃない。それだけは間違い無い。
グラスの氷がカランと鳴る。ジェイクは無意識のうちに、その冷たさを指先で確かめていた。
(今までが無駄だったとは思わない。だが、『満足だ』と立ち止まってる暇なんて無いんじゃないのか? 俺はいつの間にか、『今ブチのめしたい相手』に遭遇しないように逃げに入ってはいないか?)
グラスにウイスキーを注ぎ、己の顔を映す。
安全な拠点、変わらない日々。それは確かに生存には適しているが、強者への道からは外れかけている。
あのヴァルハイムの屋敷で見たヴィクトルの圧倒的なまでの「強さ」と「在り方」が、ジェイクの脳裏にフラッシュバックする。あの老人は、全てを掌の上で転がすだけの力と器を持っていた。
(俺がナナをどう思ってるかはこの際どうでもいい。だが、今回アイツを助けて、ここまでたどり着いたというのは確かに俺にとって奇貨になり得る。じゃあ、どうすれば俺の利益になる? 俺の利益と、アイツの利益が重なることなんてあるのか?)
一気にグラスの中身を飲み干す。辛味とアルコールの熱が臓腑に染み渡り、酔っていた頭がむしろハッキリとして来るようだった。
答えはすぐには出ない。だが、燻っていた何かが確実にジェイクの中で火種を取り戻し始めていた。守るだけの生ぬるい立ち位置から一歩踏み込んで、ムカつくモノをブチのめしたいという野心が。
そうだ。だからアイツを助けて忍び込んで命まで張ったのだから。
「むにゃ……ジェイクの、バカヤロー……」
不意に、エルサンが机に突っ伏し、幸せそうな寝息を立て始めた。完全に酔い潰れたらしい。
「あーあ、こいつが潰れたらもう終わりだな」
スロカスが呆れ、トフィーが肩をすくめる。それを合図にするように、宴には緩やかに解散の雰囲気が漂い始めた。
どんちゃん騒ぎの余韻が残る薄暗い店内で、一人黙々とグラスを見つめ、思索の海に深く沈み込んでいくジェイク。
その背中を、ミケだけが、グラスを揺らし視線に愉悦を浮かべて眺めていた。
「……ま、なるようになりますかねぇ」
ミケが誰にともなくポツリと呟いた言葉は、蓄音機から流れる場違いなクラシック曲の中に溶けて消える。
ジェイクはグラスに残っていた酒を一息に飲み干すと、テーブルに硬貨を数枚叩きつけるように置いた。
「悪いが、後片付けと会計は任せるぞスロカス。俺は少し頭を冷やしてくる」
「おう、任せとけ。また何かありゃ呼べよ」
背中越しに悪友の適当な返事を聞きながら、ジェイクは軋む扉を押し開けてバーの外へと出た。
リヴァイア・シティの最下層。淀んだ空気とネオンの毒々しい光が、ジェイクの視界を埋め尽くす。見上げても本当の空は見えず、ただ分厚い上層の構造物がのしかかっているだけだ。
だが、ジェイクの瞳には不思議と迷いがなくなっていた。
(逃げて守るだけじゃつまらねえよな?)
自分の利益を最大化する。
原点に立ち返ったジェイクは、深く息を吐き出すと、シティの薄闇の中へと足を踏み出していった。