Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ジェイクがリヴァイア・シティに滞在すると決めた期限は、およそ一ヶ月。
その限られた時間の中で、ナナはヴァルハイム家で自分の居場所を確立し、会社を設立するための準備に奔走していた。
アリアの後押しもあって、自室の豪奢なデスクの上で意気揚々と書類に向き合ったナナだったが、やがてぴたりとペンを止めてしまう。どうしても自分の言葉で埋められない必須項目が存在したのだ。
『【設立目的】および【主要事業内容】……』
要するに「何故会社を作るのか」と「何をする会社なのか」。
適当なでっち上げや、他人の受け売りで書類を埋めることは、やろうと思えばできるだろう。しかし、これまでの短い人生でずっと理不尽な扱われ方をされ、己の存在を脅かされてきたナナだからこそ、自分の未来を決定づける偽りの言葉で汚したくはなかった。ここで嘘をついて取り繕えば、数年後、数十年後の自分が間違いなく後悔する。
一人で悩み抜いたナナは、自分の可能性と選ぶべき選択肢を探るため、いつも傍にいる信頼できる二者——古代文明のAIであるロールと、自立を助けてくれるミケに話を聞くことにした。
◆ ◆ ◆
ある日の午後。ヴァルハイム家から割り当てられた静かな自室で、ナナは膝の上の小さな球体端末へと語りかけた。
『私の昔話ぃ? また急だな』
タブレットのスピーカーから、ロールの平坦でどこか尊大な音声が響く。
(ロールは古代文明のAIでしょ? って事は、当時の厄災龍を知ってるんじゃないかな、と思って)
『なるほどな? まあ情報も確定出来るだけ集まった。ナナ嬢には閲覧権限が無いが、私の独自判断で開示しても良いだろう。咎めてくる上層部はもう居ないからな』
ロールの表面に埋め込まれた光学レンズが明滅し、内部データベースから呼び出された幾つもの古いデータログが青い光となって明滅した。
(じゃあまず、ロールは私の正体には最初から気づいてたの?)
『なんで厄災龍の識別コードを持ってんのかなー、とは思っていた。確定したのは博士の情報を聴いてからだがな』
(それなら——)
『おっと、だからといってお前の抱える問題……声帯機能に関して解決は出来んぞ。当時の俺は軍事的には下っ端で、お前の製造記録を一切持ってないからな』
食い気味に入ったロールの無情な補足に、ナナは頬を膨らませてあからさまにむくれた。
(——そこまでは期待してないから別に良い。じゃあ、なんで私に協力的なの? ジェイクやミケと態度が違うのもそうだけど、ルシアさんやアリアとも会話しようとしないよね?)
『力を貸す気になったのは、ナナ嬢が古代文明の"生きた残り香"だからだ。厄災龍達に俺が現場で指示を出してた縁もあったしな』
さも当然のように言うロールに、ナナは以前から気になっていた疑問を投げかけた。
(ミケのことを害獣って呼ぶのは何で?)
『アイツが神に生み出された尖兵だからだ。外来侵略種に造られた生命ってことで、害獣と我々は呼んでいた』
(ロールはミケのこと嫌いなの?)
『なるたけ無関心で居たいとは思うね。あの神々に生み出されたんだ、当然思う所は山程あるが……。製造物の責任は製造者が負うべきである筈だ』
(じゃあ私の事は? 作ったのはAI達で、この身体にしたのは神様の力みたいだけど)
『俺は直接の製造者ではないが、その関係者である事は間違いない。ナナ嬢の『おやすみ』までサポートしてやるさ。それから、その身体になった要因についてはノーコメントだ!』
コロコロと感情の変わるシステム音声の奥に、確かな責任感が滲む。ナナはふと、自身の未来についての問いを尋ねてみた。
(ねえ、ロールは私がこれからどうやって生きていくべきだと思う?)
『周りは厄災龍としての力を封じるだとか消すべきだとか言ってるが、俺の意見はこうだ。脅威への抑止力となるべく、力を積極的に身につけるべきだ』
(脅威って?)
『そうだな。"神々の様に世界の外から来る連中"……ってのは可能性としてあり得ると思っている。その線で言えば、過去の神々との戦いでナナ嬢はあの勇者なんかよりもずっと実績がある! コレに文句を付けられる奴は居まい!』
ロールが高笑いするような合成ボイスを発するが、ナナは何処か冷静に考えていた。
(それって未知の敵に率先して立ち向かう必要があるんじゃ……。でも力をつけて備えになれますよ、って主張するのは確かに有効かも。ありがとうね)
『どういたしまして。まあ……いつかナナ嬢が普通に喋れるようになって、誰とも気兼ね無く会話できる事を願うさ』
ロールの無機質なレンズが、どこか優しげに明滅した。
◆ ◆ ◆
続いてナナは、別の時間にミケを捕まえて話を聞くことにした。
「はあ、ロールから当時のナナちゃんの話とか私の来歴を聞いたので、私の口からも聞きたいと……。では何から話しましょうかね」
ミケは苦笑しながら、お気に入りの温かいお茶を一口啜った。
『ミケはこっちの世界に来た神々に作られたって聞いたけど、当時の古代文明……AIと戦ってたの?』
「バリバリ戦ってましたよー。まあ、AIというよりは彼等が生み出した生物兵器相手でしたが。……その中には、ナナちゃんの大元である厄災龍たちも含まれます」
『犠牲者は出たの?』
問い詰めるようなナナの視線に、ミケはほんの少しだけ視線を泳がせ、寂しげに目を細めた。
「出ましたよ。同期も、戦友も、私の創造主も」
『……創造主も? ミケの親ってこと?』
「はい。まあ、昔の話です」
どこか遠くを見るようなミケの表情にハッとしたナナは、慌てて話題を変えた。
『じゃあ! ジェイクとはどう出会ったの?』
ナナの期待するような言葉に対して、ミケは微妙な反応を始めた。まず困ったように悩み、恥ずかしそうな顔をして、それから渋い顔をして、最後は誤魔化すように満面の笑顔を浮かべる。
「……その話はまた今度ということで!」
『ケチ!!』
すかさず煙に巻くミケに唇を尖らせつつ、ナナは画面を滑らせる。
『じゃあ、ロールの事はどう思ってるの?』
「憎い相手ですよ。こっちを害獣呼ばわりしますし。失礼ですよねー、まあ向こうから見れば納得の呼称なんですが……」
ナナは思わず胸元の球体に目を落とした。
「……しかし! 奴はもうナナちゃんにとって無くてはならない存在でも有ります。知り合いとしては仲良くは出来ませんが、許容しますよ」
互いの凄惨な背景を背負いながらも、今を見つめるミケの言葉に、ナナは深く頷いた。
『そっか。ねえミケ、私はこれからどうやって生きていくべきだと思う?』
「自由で良いんですよ! と言いたいですが……私の経験で言うなら、とにかく人助けに従事する事、ですかね。私はずーっとそうやって生きて、今の表向きの立場を得ました。何だかんだ、命を助けてくれた相手に石を投げられる人は少ないと思うんです。……決してゼロではありませんが」
『滅茶苦茶大変そう……。でも、覚えておくね。ありがとう、ミケ』
「いえいえー、どういたしまして! また何時でも聞きに来て下さいね! 呼ばれたら何時でも飛んでいきますから!」
『ミケは呼ばなくても私の身体に飛びついてくるじゃん!』
「仕方ないですね! ナナちゃんはカワイイですから!」
『もう! バーカ!』
ナナは言葉とは裏腹に、弾けるような笑顔で部屋を出た。
抑止力としての「強さ」を掲げるロールの視点と、実績と信頼を積み上げる「人助け」を説くミケの視点。二人の相反するようで補い合う意見は、ナナの頭の中で少しずつ噛み合い始めていた。
(抑止力としての強さ……そして、誰も文句を言えない実績と貢献……)
この世には様々な「強さ」があり、「人助け」の形も一つではないはずだ。自分が何を成すべきか、そのヒントはきっとこの世界の記録や歴史の中にある。
覚悟を決めたナナはノートを抱え、ヴァルハイム家が抱える情報の閲覧許可を貰うため、アリアの部屋へと続く屋敷の廊下を力強い足取りで歩み始めた。
◆ ◆ ◆
「アリア、居る?」
コンコンとノックをして扉を開けると、そこには優雅に高級な紅茶を味わっていたアリアと、その横で甲斐甲斐しく仕えるルシアの姿があった。
「あらナナ、いらっしゃい! どうしたの、そんな分厚いノートを抱えて。……もしかして、もう会社の方針が決まったの?」
『ううん、まだ悩み中。それでね……ヴァルハイム家にある本とか、都市の古い記録を見せてもらえる閲覧許可が欲しいの』
アリアは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに納得がいったように破顔した。
「なるほどね! この世界の構造を学んで企業理念に活かそうってわけね。いいわよ、御祖父様には私から言っておくわ。ヴァルハイムの大書庫なら、大抵の企業の歴史も大戦の記録も揃ってるから!」
「ナナちゃん、私も案内しますね。一緒に行きましょうか!」
二人の心強い後押しを受け、ナナは広大な大書庫の書棚とデータ端末の前に立つ。
静寂に包まれた空間で、ロールにデータの検索と翻訳を補助させながら、ナナは無我夢中で記録を貪り読んだ。
『待っててよー、ジェイク! 絶対に首を縦に振らせてやるんだから!』
胸を張って言い放つナナの瞳には、かつての不安は微塵もなかった。
ジェイクの残された滞在期限はあと少し。
逃げる気満々のあの不器用な男の前に、完成した「計画書」を突きつけるその日を思い浮かべ、ナナは悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。