Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
ジェイクと仲間達が暴れた結果、スラムは一時的に悪党がごっそり減った。しかし、できた空き地に平穏が訪れるはずもなく、空いた縄張りには入都ゲートをくぐり抜けてきたオークやエルフといった異種族達がなし崩しに居座るようになっていた。
故郷で住む場所を追われ、再起を賭けてこのリヴァイア・シティに来たものの、一周回って平等とすら言えるこの都市の「度を越した経済社会」の荒波に淘汰されかかった連中である。同じ異種族の中でも富を得る者とこぼれ落ちる者で明暗が激しく分かれ、後者である彼らを受け入れたスラムは、また違う色合いを見せながら確実に物騒さを増していた。
懸念となるスラム勢力と中小企業をあらかた無力化したジェイクは、ヴァルハイム家に出入りするミケと定期的に連絡を取ることで、ナナの様子を伺っていた。もっとも、ミケという食えない情報源を通している以上、ジェイクが自分の状況を探っていることもナナには筒抜けだったのだが、ジェイクには未だにその発想が無かった。
(これから先、あのガキとどう付き合っていくか……)
酒場で悪友どもと交わした言葉や、胸に渦巻く野心を反芻した結果、ジェイクの考えは「向こうが連絡を取りたいときに、コチラが直ぐ受け取れる環境を構築しておく」と言うところに落ち着いた。
道が交われば協力する——それは、苛烈な荒野で共に生き抜く仲間と同じ扱いに置くということだった。
無償の保護者気取りになるつもりはないが、普通の人間よりかは余程関わりやすくしてやるのだ。ナナにもミケにも、文句を言われる筋合いはない。ジェイクはそう割り切っていた。
問題は、あの荒野の拠点にどうやって都市と繋がる通信設備を置くか、である。
泥臭い生存術ならお手の物、精霊交渉による環境の安定化まで熟せるジェイクだが、高度な広域通信インフラの構築など流石に専門外だった。彼は手元の端末で暇な時間に調べてみたものの、提示されるのは難解な専門用語ばかり。
自力での設置は到底無理そうだと分かったため、アスクレピオス社副社長に事の顛末を報告するついでに、設備の相談をする事にした。
ビル街の不快な排熱が吹きすさぶ屋上に不法侵入したジェイクは、生暖かい風に吹かれながら副社長へ通信を繋いでいた。
『ふむ、教会の人員に悪魔が成り代わっていて? それで今回の件が起きるように暗躍していたと。【言霊】技能を使っているところも確認したんだな?』
「そーだよ。で、その悪魔本人は俺がきっちり仕留めてやった。これで依頼は達成ってことにしてくれ」
『物的証拠が無いが、まあ良いだろう。粛清が済んだ今になって、我が社の裏切り者共からお前が送ってきた……その"教会の交渉役"の顔情報と同じ証言が飛び出してくるようになってな。これで合点がいった。依頼は達成だ、ご苦労だったな』
「ついでに1つ相談良いか?」
『は? 何だ急に、追加報酬は払わんぞ』
「そうじゃなくて、俺の拠点に通信設備が欲しいんだよ。荒野と都市で通信できるような奴だ。あんた全身機械化してるんだから詳しいだろ?」
『機械化と通信技術の詳しさに関連性は無い! それに何だその需要は……。まず、既存の設備では合法通信にならんぞ。詳しい解説は省くが、荒野からのアクセスは"番号"が無いとみなされ、不正アクセスとなる構造になっている』
「それは困る」
『なら専門家に聞け。この都市に限らず情報や通信の専門は、エンタメサブカル含めてヴァルハイムだ。私は今回の件で向こうに借りを作る形でコネが有る。使わせてやろうか?』
「いや、そこなら一応こっちも顔を繋いでる」
『何だつまらん。では報告は以上だな? 通信を切らせてもらおう』
「全額前払いは助かったよ、じゃあな」
無機質な切断音を聞きながら、ジェイクは端末をポケットに放り込み、大きなため息を吐いた。こんな事なら、以前のヴァルハイム家での『お願い』の貸しを安易に消費せず、通信設備の設置に使っておけば良かったと、今更ながら惜しむ気持ちが生まれていた。
そうして屋上の手摺りで頬杖をついた瞬間、間髪入れず端末に激しい着信音が響いた。
画面に表示された通信元はミケ。定時連絡にはまだ早い時間だ。ジェイクは怪訝に眉をひそめながら通話をタップした。
「おいミケ、何かあったのか」
『ジェイクさん! 大変です、大緊急事態ですよ!!』
スピーカー越しに届いたのは、いつもの余裕ぶった声とは打って変わった、大袈裟なまでに焦ったミケの声だった。
『アリアお嬢様がヴァルハイムの屋敷で「婚活パーティー」を開催することになりまして! そこにナナちゃんも政略結婚の弾……つまり「良家に嫁にあてがう候補」として担ぎ出されそうになっているんです!』
「……はあ? あのガキを嫁に?」
『ええ! 異種族の血を引く希少な存在として、頭の固い幹部どもに引き合わされる手筈になっています! ナナちゃんは泣いて嫌がっていますが、あの当主の決定とあっては私じゃ止められなくて……! 今すぐ屋敷に来てください!』
プツリと通信が切れる。
ジェイクはいつの間にか風向きが変わり冷えてきた強風の中で、ゆっくりと端末を下ろす。
(あのジジイ、何を考えてやがる。……つまり、それがお前の面倒の見方だと? 責任の果たし方だと言うのか?)
——馬鹿にしてんのか?
ジェイクの冷えた心に激しい怒りの感情が灯る。舐めている。高を括っている。人の価値を勝手に定めている。俺は易くないし、俺が価値を感じた奴だって等しく安くない。
ナナが誰かの手に渡る? ヴァルハイムの政略結婚の道具になる?
——ふざけるなよ。俺が酒場で決めたばかりだろう。「自分の利益を最大化する」と。
ナナの秘める脅威的な力、古代AIロールの知識、そしてヴァルハイムとの繋がり。それらはすべて、自分が荒野で優位に立つための「奇貨」だ。見知らぬ企業や貴族の豚どもに奪われてたまるか。
上等だ。コチラから出向いて当主様に『直談判』と行こうじゃないか。生命に手が届かなくとも、尊厳には届かせてやる自信がある。
「仲間は……」
ジェイクは一度仲間を集める事を考えて、止めた。時間がどれだけ残されているか分かったものじゃないし、この激情は俺だけのものだ。他の誰にも分けてやるものか。
ジェイクは煙草を足元で踏み消すと、屋上から跳び下り、ヴァルハイムの屋敷へと向かった。
◆ ◆ ◆
ヴァルハイム本邸の絢爛豪華な大ホール。
「おい、ヴィクトル! ナナをどこへ隠し……」
殺気を撒き散らしながら大声を上げたジェイクだったが、その言葉は途中で立ち消えた。
会場の奥、一段高くなった壇上に立っていたのは、豪奢なドレスを纏ったナナだった。その隣には、扇子で口元を隠してニヤニヤと笑うアリアと、壁際で楽しそうに猫耳フードをピクつかせているミケの姿がある。
「隠し……てないな……? というか……パーティーは?」
いくらジェイクが会場を見回しても、周りに「ナナをお見合いに出すための客」など一人も居ない。彼女らの他にいるのは、殺気立つジェイクを見て苦笑いを浮かべるヴァルハイムの当主と、呆れ顔のルシアだけだった。
『大成功! 見事に引っかかったわね、ジェイク! ちなみにパーティーの開催は3日後!』
ナナがイタズラが成功した子どものようにはしゃぎ、ロールの合成音を響かせる。ジェイクはそんなナナの様子を見て十秒ほど呆然とした後、ぐるりとミケの方に顔を向けた。
「……おいミケ。パーティーだの婚活だのは全部、俺をここに誘い出すための狂言か」
「ようやく理解しましたか」
「当たり前じゃない! 初めましてね、ジェイク。私はアリア・ヴァルハイムよ」
アリアが扇子をパチンと閉じて一歩前へ出た。初めて見る女性に対してジェイクは胡乱な目を向ける。「お前が吹き込んだのか?」と。
「こうでもしないと、貴方みたいな逃げ足の速い野良犬は屋敷に来ないでしょ? 期限が迫ってるからって、コソコソ帰る準備をしてるんじゃないわよ!」
ジェイクは忌々しそうに舌打ちをし、壇上のナナを見上げた。
「で? わざわざ嘘まで吐いて俺を呼び出して、何の用だ、このクソガキ」
ナナはゆっくりと壇上を降り、ジェイクの目の前まで歩み寄った。ドレスの裾を揺らし、まっすぐな瞳でジェイクを見つめ返す。その表情には、以前のような怯えや迷いは一切なかった。
ナナはジェイクの前に来ると、勢い良く己の言葉を響かせた。
『私と結婚して、ジェイク!』
「……は?」
あまりにも予想外の単語に、ジェイクの思考が瞬時にフリーズした。
ナナは怒涛の勢いでまくし立てていく。
『アリアの婚活なんてどうでもいい! 私がやりたいのは、あなたとの「結婚」と「財産の共有」よ!』
『私はヴァルハイムの支援を受けて会社を作る! 【荒野の拠点を防衛・開発するインフラ企業】よ! あなたの拠点に都市と繋がる通信設備も、必要なものは全部私がヴァルハイムの技術と資金を使って引っ張ってくる!』
『都市の法律では、夫婦になればお互いの財産も権利も共有できる! 私が作る会社の権利も、ヴァルハイムから得るバックアップも、全部あなたの拠点に注ぎ込んであげる! だから、私と結婚して!』
捲し立てるようなナナの情報を飲み込み、ジェイクは眉根を寄せた。
頭の中で、すべてのジグソーパズルが合致していく。
(通信設備……ヴァルハイムの資金と技術……荒野の拠点の防衛と価値向上……)
ジェイクはフッと自嘲気味な笑みを漏らした。
酒場で自分が「自分の利益」を考えていたのと同じように、このガキもまた、己の未来と強さを手に入れるために自分を利用しようとしているのだ。それも、今のジェイクが喉から手が出るほど欲しい「拠点の通信設備と強化」という絶好の条件を引っ提げて。
「なあミケ、もしかして俺が通信設備を導入したいって話もナナに伝えたのか?」
「ええそうですよ♪」
「くたばれ裏切り者。お前は後でボコボコにする」
ジェイクはミケに力強く中指をおっ立てると、ヴィクトル・ヴァルハイムに向き直る。
「全部、貴方も承認してる話なんですか?」
「万が一の時君を相手する事まで含めて、な。無論、タダで投資なぞ出来ん。実績に応じての予定だ。まあ、君が欲しがっている『通信インフラ』は引き出物と言うことでくれてやるさ。ただし、成果が出せなければ投資分は根こそぎ回収するがな」
「アンタの設備を使ってりゃ簡単でしょうよ、アフターケアが行き届いてて涙がちょちょぎれそうだ。ところでそのニヤニヤ笑いを今すぐ引っ込めてくれませんかね」
「ああ、スマンスマン! 君のその顔が見たくてつい、な。これであの時の君の態度はお相子として水に流そうじゃないか。久し振りに良い気概を見た。私はここで退場するとしよう。後は若い者同士で上手くやりなさい。それからアリアはこの私に迷惑を掛けたことをしっかり覚えておくように」
「げ。私もナナにくっついて荒野に逃げようかしら……」
「アリアお嬢様、それ私も巻き込まれるじゃないですか」
「アナタは私の使用人よ? 当たり前じゃない」
ジェイクはヴァルハイム当主の背中が消えるまで、威嚇するように睨みつけてからナナの方を向いた。
「……おいおい、大層な提案だがな、ナナ。勘違いするなよ」
ジェイクは冷ややかな声を出し、ナナを見下ろした。
「俺もオメーも……いや、お前はもう無理矢理ヴァルハイムにしてもらったのか? とにかく俺らはこの都市じゃ『生誕登録』すらされてねえ無戸籍の亡霊だ。そんな奴が婚姻届を出したところで、都市の法的な書類としちゃ何の拘束力もねえ、ただのゴミクズ以下の紙切れだぞ?」
そう、生誕登録がないジェイクが絡む結婚など、都市の法律上では完全な無効。ただのごっこ遊びに過ぎない。
だが、ナナは不敵に微笑み、胸元のロールを強く握りしめた。
『知ってるわよ、そんなこと! 都市の書類上の縛りなんてどうでもいい!』
『周りの大人たちを納得させる「都合のいい肩書き」として都市のごっこ遊びを利用するの! その上で……法なんかよりずっと重い【荒野のやり方】で、私と誓ってよ!』
ナナの瞳に宿る熱量に、ジェイクは目を細めた。
荒野において、紙切れの契約書など何の役にも立たない。荒野の人間が交わす「口約束」とは、他者への誓いであると同時に、破れば己を損なう「己への誓い」だ。だからこそ、荒野の約束は何よりも重い。
「……クックック」
ジェイクの喉から、低くくぐもった笑いが漏れ出た。
「ハハハハハ! そうかよ、都市のシステムをダシにして、俺の拠点ごと自分を囲わせるつもりか。つくづく、生意気なガキに育ちやがったな」
ジェイクは手を伸ばすと、ナナの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回した。悪くない。本心でそう思えた。
「いいだろう、乗ってやるよ。その『結婚』ってやつにな」
アリアが「あら!」と歓声を上げ、ミケが満足そうに手を叩く。
「ただし、条件だ」
ジェイクは顔を近づけ、悪党の顔でニヤリと笑った。
「ひとまず、俺の拠点に引き込む通信設備はあの当主に強請り倒して最高品質のものを揃えろ。それと、お前が俺の利益にならないと判断した瞬間、容赦なく叩きのめして鍛え直してやる。文句はあるか?」
ナナは乱れた髪をそのままに、胸を張って変わらぬ意志を掲げた。
『望むところよ! あなたに文句なんて言わせないくらい、完璧な拠点にしてあげるわ!』
生誕登録のない二人が交わした、法的な拘束力など一切存在しない口約束。
都市の人間から見ればくだらないごっこ遊びに過ぎない「結婚」という名の契約。
だが、二人は互いの視線を真っ向からぶつけ合わせ、荒野の掟に従って、己の魂に固く誓い立てた。
お互いを最大限に利用し、お互いの価値を骨の髄までしゃぶり尽くす。
己の幸福と未来を勝ち取るために——この目の前のパートナーを、使い倒してやると。