Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
あと予約投稿はしばらく12時あたりと18時あたりの2回更新に設定しときます
過酷なワンオペ介護にミケという騒がしくも頼もしい助っ人が加わってから、さらに時間が経過した。
治療開始から3ヶ月が経過する頃、ようやく暗い海の底から浮上するように、少女の意識がはっきりと目覚め始めた。初めのうちは焦点の合わない目をうっすらと開けているだけだったが、覚醒時間は日に日に伸びていき、初めて自力でまばたきの回数をコントロールできるようになった。3ヶ月半に差し掛かる頃には、人間らしい基本的な睡眠時間と覚醒時間のリズムをはっきりと観測することができるようになり、ベッドの上で短時間ながら座位を自力で保てるようになっていた。
それはつまり、身体機能を自力で動かすための、本格的なリハビリの開始を意味していた。
起き上がり、立ち上がり、そして車輪が付いた無骨な補助器具にすがりつきながらの歩行訓練。最終目標は「自力の排泄」という、人間としての最低限の尊厳を取り戻すことである。
この過酷なリハビリの監督は、主にジェイクが担当した。ミケは痛みに顔を歪める少女を見て心を鬼にすることが全く出来ず、早々にギブアップしてしまったのだ。その点、ジェイクは生まれついて素が鬼のような男なので、容赦なくスパルタ指導を行うのは余裕であった。
「ほら、足が止まってるぞ。自分の体重くらい自分の骨で支えろ」
涙目で震える少女に容赦なく発破をかけるジェイク。
また、相も変わらず彼による毎日の薬湯漬けと魔力を用いた整体按摩は続いていた。これだけデトックスを続けても、薬湯の底に溜まる黒い廃液の量は一向に減らず、僅かな物理的刺激に対しても過敏な反応が残っている状態も未だ健在であった。
なまじ意識がはっきりと覚醒した分、少女は自らの意思に反する反応と、それに伴う強い羞恥に涙をこぼすようになってしまった。普段は少女にメロメロな態度で接し、甘やかし倒しているミケも、この治療の時ばかりは居た堪れない気持ちになり、「あ、あたし今日のご飯作ってきますね!」と自主的に厨房へと逃げ込んでいくのだった。
整体と言えば、少女が自力で運動を行うようになったために、これまで以上の荒療治である「骨格や内臓位置の矯正」も始まった。
慰み者としての用途に合わせて歪められた骨盤や肋骨、意図的にずらされた臓器を、本来の正しい位置へと物理的、魔術的に押し戻していく作業である。
「暴れるな。ここで動くと一生真っ直ぐ歩けなくなるぞ」
これには凄まじい痛みを伴うため、この時ばかりはミケも厨房から戻り、補助に入って二人がかりで暴れる少女の身体を力いっぱい抑え込んだ。
ラボは、文字通り地獄のような様相を呈していた。
一方で、ミケの役割は自然と少女とのコミュニケーションや、精神的な教育に寄っていった。
というのも、治療の中でミケがある事実に気がついたからだ。少女は改造の手術で声帯を弄られ口を利けなくされているのではなく、そもそも『元々喋る機能を持っていない(あるいは使い方を知らない)』のだと。
こういう特殊な事情を抱える相手とのやり取りは、荒野で孤独に略奪と研究を繰り返すジェイクよりも、自称・宗教関係者として様々な弱者や異端者と関わる機会があるミケの方が、明らかに一日の長があった。
喉を使わずに意思を伝えるための初歩的な手話や、文字の読み書き。少女でも行える伝達手段を根気強く、優しく教えることができるのは、このラボにおいてミケただ一人だった。4ヶ月を過ぎた頃には、簡単な手話で「痛い」「ありがとう」を伝えられるようになり、ホワイトボードに自分の感情を初めて書き記した。
作業台の向こう側で、ミケがホワイトボードを使って少女に文字を教えている間。ジェイクは一人黙々と、薬湯から抽出した廃液の沈殿物の分離作業を行い、少女の体内から排出されたナノマシンの残骸の回収や、使用されていた違法薬物の成分の割り出しを目指していた。
……遠心分離機が低い唸りを上げる中、試験管の中に残された微小なナノマシンの残骸をピンセットで回収しながら、ジェイクはふと思索に耽っていた。
チラリ、と横目で字の学習をする二人を見る。二人並んで座っているとよく分かるが、身長は対して変わらないのに、その体格は大違いだ。薄っぺらいミケと、過剰な改造の影響とはいえ肉感的な少女。天と地の差がある。
「ジェイクさん、なんか今、すっごく失礼なこと考えてませんか?」
背中を向けたまま、ミケがジロリとこちらを睨みつけてきた。野生の勘か。
「失礼な事は考えてないが」
「……嘘では無いみたいですね。失礼しました」
「おう」
事実、ジェイクは客観的な質量と体積の差を比較していただけである。
少女の食事量も順調に増え、歩行訓練の甲斐もあって身体機能の快復も目覚ましい。このまま筋力が戻り快復が進むなら、無駄な脂肪が落ちて非常に見事なプロポーションを見せてくれることだろう。
さて、と。ジェイクはピンセットを置き、腕を組んだ。
彼の中には、一つの大きな疑問があった。少女の「生まれ」についてだ。
慰み者としての過剰な改造を差し引いて考えても、彼女の骨格や肌の質は明らかに発育が良く、元々の生育環境の良さを伺わせる。では、リヴァイア・シティの最上層に住むような富裕層の生まれなのか?
いや、それは考えづらい。あの都市の富裕層は徹底的な優生思想を持ち、命の選別を容易く行う。言葉を発せないという明らかな障害持ちの個体は、生まれる前、あるいは直後にまず選別され処分されるはずだ。
それに、ミケが根気強い手話と筆談のコミュニケーションで聞き取りをした内容には、「自分の名前を知らない」「スラムに連れてこられる前の記憶が全く無い」といった情報もあった。
では、この少女は何だと言われたら……一つの仮説が成り立つ。
『
そもそも、初めからあの年齢、あの身体の状態で人工的に作られた培養体なのだとしたら、生育環境の良さなど関係がない。記憶喪失なのではなく、スラムのアジトで、あるいはその直前に自意識が「初めて芽生えた」のだとしたら、当然以前の記憶などあろうはずもない。発声出来ないのは、元々その機能を持たされて設計されていないからだ。
まあまあ、理にかなったこじつけは出来るな、とジェイクは密かに頷いた。
とはいえ、だとしたら何故あんなおぞましい改造と投薬を施された上で、スラムの底辺のようなゴロツキのギルドに放り込まれていたのか? その理由は全くの謎だ。知らん、とジェイクは思考を打ち切った。
だが、仮に彼女がそういう誰の戸籍にも載っていない「人造生命」だとしたら……ジェイクにとっては、まあまあ得なのかも知れない。このまま治療を終えた後、自分のラボの優秀な助手、あるいは労働力としてこき使っても、権利を主張して文句を言ってくる外部の人間や親はそう居なさそうだ。
しかし、問題がある。
現時点での計算でも、少女を労働力としてタダ働きでこき使った程度では到底取り戻せない程に、ジェイクは貴重な薬草、魔力、時間、そして設備の維持費という莫大なリソースをこの治療に注ぎ込んでいるのだ。いくらフィジカルアデプトの好奇心を満たしたとはいえ、この圧倒的な大赤字は許容できない。
(……やはり、あのスラムのゴミ共にこんな上等なオモチャを横流しした『大元の連中』を見つけ出して、根こそぎ略奪する事でしか、俺の懐の傷は癒せないだろうな)
ジェイクは試験管の中で黒く沈むナノマシンの残骸を見つめながら、冷たく、そして極めて物騒な決意を固めるのだった。
過酷な治療とリハビリの開始から、さらに月日が流れた。
季節が巡り、治療開始からちょうど半年が経過した頃。自分では食事すら何ひとつこなせず、ただ排泄と絶頂を繰り返すだけだった地獄の介護生活が嘘のように、少女……『ナナ』は見事な快復を遂げていた。歩行は補助器具なしで安定し、自力での排泄と簡単な着替えも可能になっていた。
命名者はジェイクである。
意識を取り戻し、意思疎通ができるようになった彼女に「流石に名前が無いと不便です!」とミケに名前を考えろと詰め寄られ、コンマ二秒で適当に考えた名前であった。
「ジェイクさん。まさか、"
「……ミケ、これは"ラッキーセブン"のナナだ。スラムの底辺から俺たちに拾われたんだ、幸運にあやかれそうだろ?」
誤魔化すようにそう言い放ったジェイクに対し、あの時のミケは本気だった。笑顔のまま目が全く笑っておらず、手にした杖でジェイクの急所を貫きかねない、ガチの凄みと殺気を放っていたのだ。この半年間の付きっきりでのコミュニケーションと教育を通して、ミケは随分とナナに入れ込んでいるようだった。
そして現在。
自力で歩き、食事を取り、衣服を着替えるナナの体つきは、恐らく過剰な改造を受ける前の『本来の姿』を取り戻したと言っていいだろう。
あれほどドロドロとタールを吐き出していた薬湯漬けからも、もう完全に廃棄物は出なくなった。魔力による整体按摩による骨格・内臓の矯正も、神経の削減も、ジェイクの技術でやれるだけのことは全てやりきった。
結果として、少し風が吹いただけでもショック死待ったなしだった『最大3000倍』という異常な感覚領域から、非常に敏感ではあるものの個性の範疇に収まる『最大10倍』程度にまで、その感度を安全に引き下げることに成功したのだ。これ以上の神経の切断や魔力照射は、肉体の欠損や運動機能の喪失という別の重大なリスクを背負うことになるため、ここがゴールである。
さて、すっかり健康体となったそのナナの現在の姿はというと……。
「ああぁ〜〜ナナちゃん〜〜! えらい! 生きてるだけでえらい! 尊い〜〜〜っ!」
ミケが感極まったようにボロボロと涙を流して縋りつき、ナナの豊かな胸の谷間にこれでもかと顔を埋めて頬擦りをしている真っ最中であった。
ミケが宗教家……というか人間としての威厳を投げ捨ててそこまで発狂するほどに、ナナの肉体は均整が取れていて、かつ豊満で、オマケに息を呑むほど面が良い、ということなのだろう。
黄金の瞳は澄み渡り、艶やかな髪は肩を流れ、無駄な脂肪が落ちたことで逆に女性らしい柔らかな曲線が際立っている。
だが、正直この手の美的感性や性的な魅力に関しては、ジェイクは全くの門外漢であった。
(巨乳爆乳なんてものは重心を狂わせるデッドウェイト。格闘において無駄なハンデと死角を背負ってるだけだろ……)
豊満な肉体を前にして、本気でそう言い切ってしまえるのが、戦闘と身体変異に狂ったジェイクという男であった。
「……えー、コホン」
ジェイクはわざとらしく咳払いをし、ミケを引き剥がしてナナの正面に立った。そして、その手に持っていたものをバサッと広げる。
「おめでとう、ナナ。お前は一人ではどうしようもない汚物まみれの肉人形から、見事、立派な一個の生命に生まれ変わりました。よって、記念にこの厚紙を送ります」
感情の起伏など微塵も感じさせない、AI以下の完璧な棒読みであった。
「こらー! 棒読みが過ぎますよ! もっとこう、保護者としての感情を込めて! 泣きなさいよ!」
「うるせえ。俺の手書きなんだからありがたく思え。要らなかったら焚き付けにして燃やしていいからな?」
「ききなさーい!」
ギャーギャーと騒ぐミケを無視して、ジェイクは無骨な手でその『厚紙』を差し出した。
それは、ラボの備品の段ボールの切れ端に、油性ペンで「快復おめでとう。よく耐えた ジェイク」とだけ乱筆で書かれた、賞状とも呼べない代物だった。
しかし、ナナはそれを受け取ると、まるで国宝でも授与されたかのように大事に大事に胸に抱きかかえた。
そして、声の出ない喉の代わりに、黄金の瞳を細め、花が綻ぶような心からの微笑みを男に向けて見せたのだった。
ジェイクは柄にもなく居心地の悪さを覚え、顎を掻いて視線を逸らした。
「……さて。感動のお遊戯会はここまでだ」
ジェイクは空気を切り替えるように、低く冷たい声を出した。背後の作業用コンソールに歩み寄り、キーボードを叩く。
「お前が元気に動けるようになったのは喜ばしいことだが、俺はこの半年間、ボランティアでお前を介護してたわけじゃない。膨大な薬草、飯代、魔力、時間……俺が被った『大赤字』を回収する段階に移行させてもらうぞ」
モニターに、複雑な化学式や企業ロゴのようなデータが次々と表示される。
「この数ヶ月、お前の身体から回収したナノマシンと違法薬物の残骸を解析し続けていた。その結果、ある面白い事実が分かった。……お前にブチ込まれていたナノマシンは、スラムのゴロツキどもが逆立ちしても買えない、リヴァイア・シティ最上層の特許技術だ。製造元は『メガコーポ・アスクレピオス』。生命工学のトップ企業様だよ」
ジェイクの口元に、獰猛な獣のような笑みが浮かんだ。
「お前みたいな規格外の『人造生命』を造り出し、あんな悪趣味な改造を施した上で、スラムの地下に捨てたスポンサーがいるはずだ。……さあ、ツケを払ってもらいに出向くぞ。俺の慰謝料と迷惑料、ついでにお前の失われた尊厳の代金を、根こそぎな」
その言葉を聞いたナナは、怯えることも、逃げ出すこともなかった。
彼女は大事な厚紙をコンソールの上にそっと置くと、決意を秘めた黄金の瞳でジェイクを見据え、その華奢な手を力強く自分の胸に当てた。
『私も、戦う』。手話すら使わずとも、その明確な意志表示は二人に確かに伝わった。
餌が増えれば獣も増える。ならばその獣を食い物にしようとする畜生が世に現れるのも自明の理。
――今、都市の暗部を食らい尽くすための反逆が始まろうとしていた。