Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
リヴァイア・シティの分厚い防壁を背に、朝日がゆっくりと昇り始めていた。
都市の淀んだ空気を切り裂くように、荒野の乾いた風と潮風が混ざった匂いが吹き抜けていく。
都市と荒野を繋ぐ巨大な橋、その入口のゲートの影に停められた頑丈なバギー。その横で、ジェイクは大きく息を吸い込んだ。この空気ともオサラバである。
「準備はあらかた終わりましたよー。いやはや、ヴァルハイム家からの支援物資が思いのほか多くて、積み込むのに骨が折れました」
バギーの荷台から顔を出したミケが、額の汗を拭う素振りをしながら軽快に笑う。実際、荷台には通信設備の初期ユニットから生活物資、果てはアリアが強引に持たせたという高級茶葉のセットまで、所狭しと詰め込まれていた。
「……随分と大荷物になっちまったな」
「これから立ち上げる大企業の初期投資と思えば、安いもんでしょう?」
ジェイクのぼやきに、見送りに来ていたアリア・ヴァルハイムが応える。その後ろには、静かに控えるメイド姿のルシアの姿もある。
「ナナの事業計画書、御祖父様もかなり面白がっていたわ。最初はアナタの『引き出物』の通信設備だけのつもりだったけれど、あの計画なら正式な投資対象になり得るって。だから、しっかり結果を出してよね、ジェイク」
「それに関しちゃ俺は何もしねえよ。結果を出すのはあのガキだ」
「ふふ、そうね。でも、あの子の隣に立つのは貴方よ」
アリアが扇子で口元を隠しながら意味深に笑うと、バギーの後部座席から勢いよくナナが身を乗り出してきた。
拠点を出た時のような、スラムの裏路地で怯えていそうな小動物の面影はない。ヴァルハイム家で見立ててもらった丈夫なサバイバルジャケットを身に纏い、その瞳には明確な意志と未来への野心が宿っている。
『アリア、ルシアさん、色々とありがとう! 私、絶対にこの会社を大きくしてみせるから!』
「ええ、期待しているわ。通信設備が稼働したら、すぐに連絡して頂戴。それから……」
アリアは少しだけ真面目な顔になり、ジェイクへ視線を移した。
「ナナのこと、よろしく頼むわね。あの子はもう『ただの庇護される子供』じゃないけれど、それでも、貴方が傍にいることが一番の力になるはずだから」
「……チッ。どいつもこいつも、俺を保護者扱いしやがって。俺は俺の利益のために動くだけだ」
ジェイクがそっぽを向いて舌打ちをしたその時、聞き慣れた下品な笑い声がゲート前の広場に響いた。
「ハハハ! 相変わらず素直じゃねえなぁ、ジェイクの野郎は!」
振り返ると、スロカスを先頭に、トフィー、ラピス、そしてエルサンといったスラムのバーの常連たちが、ぞろぞろと歩いてくる。
「お前ら、わざわざ見送りに来たのか。暇な奴らだ」
「水臭えこと言うなよ。スラムをあんなに引っ掻き回して、おまけにヴァルハイムのバックアップ付きで荒野に起業だ? 俺たちみたいなゴロツキからすりゃ、大出世のサクセスストーリーじゃねえか」
悪友がニヤニヤしながらジェイクの肩をバシバシと叩く。ジェイクは鬱陶しそうにその手を振り払った。
「馬鹿言え。ただの相互利用だ。お前らだって俺が大金出すって言ったから急いで荒野から駆けつけたんだろうが!」
「まあ、それは否定しないさ」
トフィーがスマートに肩をすくめた。
「だが、一人で全てを抱え込もうとしていたお前が、誰かと共に歩む道を選んだ。それは、間違いなく大きな変化だ。達者でな、ジェイク」
「アンタもね、ナナちゃん」
ラピスが優しく微笑みかける。
「この不器用な男の手綱、しっかり握っておきなさいよ」
『うん! 任せて、ラピスさん!』
ナナが胸を張って女魔道士の言葉に応えた。
ジェイクはケッ、と意味の無い言葉を足元に落とし、靴の裏で揉み消した。
「じゃあな、お前ら。次会う時に野垂れ死んでたら、骨くらいは拾ってやる」
「おう! そっちもせいぜい、荒野の企業生活をエンジョイしな!」
悪友たちとの短い、だが確かな絆を感じさせる挨拶を交わし、ジェイクはバギーの助手席に乗り込んだ。運転席にはすでにミケが陣取り、後部座席ではナナと、彼女の膝の上で待機するロールが陣取っている。ミケのバギーが排気音とともに唸りを上げ、彼らはリヴァイア・シティを後にした。
「それじゃあ、出発しますよー! 皆さん、ごきげんよう!」
ミケがアクセルを踏み込むと、エンジンが重低音を響かせて唸りを上げた。
バギーはゆっくりと動き出し、巨大な入都ゲートの影を抜けていく。バックミラーの中で、アリアたちやジェイクの仲間たちの姿が次第に小さくなり、やがて都市の輪郭そのものがスモッグの奥へと霞んでいった。
◆ ◆ ◆
リヴァイア・シティを出て、しばらく舗装された外周道路を走っていた時のことだった。
助手席で流れる景色をぼんやりと眺めていたジェイクは、都市に来たときと同じ様にミケのバギーに乗って都市を出ていく中で、ある明らかな変化に気がついた。
「……そういや、ミケ」
「はいはい、何でしょう?」
「俺たちがこの都市に来た時と比べて、随分と景色がスッキリしてるなと思ってな」
ジェイクの視線の先には、都市のゲートへと続く一本道が伸びている。
約一ヶ月前、彼らがこの道を逆方向に進んできた時、そこには都市への入場をしようと故郷を追われたオークやエルフ、ドワーフのような難民たちが長い行列を形成していたのに、すっかり無くなっていた。
「ああ、移民の行列ですか。あれはもう、あらかたこの都市に呑み込まれましたよ」
ミケはハンドルを軽く握り直しながら、事も無げに言った。
道端には、持ち主を失った壊れた荷車や、破れた布切れが風に舞っているだけで、生きている者の気配は全く無かった。
「……呑み込まれた、か。そういや都市生活の終わり際はスラムで結構見かけていたな」
「ええ。ジェイクさんたちがスラムで派手に暴れた結果、悪党の数が一時的に減って、縄張りにぽっかりと空きができましたよね? そこに大量の移民たちが入り込みました」
ミケの言葉に、ジェイクは眉をひそめた。
「彼らも故郷を追われ、再起を賭けてこの都市に来たわけですが……。同じ異種族の中でも、運良く富や立ち位置を得る者と、こぼれ落ちる者で明暗が激しく分かれたんです。そして、こぼれ落ちた弱者たちは……」
「スラムからも消えるってわけか」
ジェイクの低い声に、ミケは薄く笑って頷いた。
リヴァイア・シティは、ある意味で究極の平等社会だ。出自や種族に関わらず「金と力」という絶対的な基準で人を測る。だが、それは強者にとっての楽園であり、弱者にとっては魂まで搾取される地獄に他ならない。夢を見て都市へ来た者たちは、残酷な選別装置にかけられ、有用な者は歯車となり、無力な者はゴミとして排泄されたのだ。
(結局、強くなければ生き残れない。それは荒野だろうが都市だろうが同じことだ)
ジェイクは窓枠に肘をつき、改めて己の信念を噛み締めた。
だからこそ、自分は力を求め、環境を作ろうとする。ナナの力も、ヴァルハイムの金も、利用できるものは全て利用して、己の価値を絶対的なものにする。守るだけの生ぬるい立ち回りは、もう終わりだ。
そんなジェイクの密かな決意を打ち破るように、後部座席から元気な合成音声が響いた。
『ねえ、ジェイクも会社の名前考えてよ!』
「は?」
振り返ると、ナナが身を乗り出し、真っ白な紙とペンをジェイクの目の前に突きつけていた。
『都市も出たことだし、ジェイクの拠点に帰るまでにちゃんと決めておきたいの! 私の会社……ううん、私たちの会社の名前!』
「おい、無茶言うな。俺はそういうのは専門外だ。お前が社長になるんだから、お前が決めりゃいいだろうが」
『ダーメ! これはジェイクの拠点を開発する会社でもあるんだから、ジェイクの意見もちゃんと聞きたいの! はい、早く書いて!』
有無を言わさぬ勢いで紙とペンを手渡され、ジェイクは途方に暮れた。
気の利いたネーミングセンスなど、彼がこれまでの人生で一度も必要としてこなかったスキルだ。荒野でのサバイバル術や、敵の急所を的確に撃ち抜く方法は知っていても、会社名となると勝手が違う。
(会社の名前……名前ねぇ……)
ジェイクは腕を組み、唸り声を上げた。
ヴァルハイムの出資を受ける手前、あまりにもふざけた名前はマズイだろう。かといって、気取った名前は自分たちらしくない。そもそも自分は「ダミット」という、呪いのような姓を名乗る無戸籍の悪党だ。
(……待てよ。ひとまず安直に「ダミットの会社なんだからDammit Companyでいいだろ……」)
荒野のクソッタレな環境を生き抜く、ダミット一家の会社。響きとしても、どこか悪党らしくてしっくりくる。というか、会社名なんて創業者の名前を前面に出してナンボのものだろう。
「よし、これでどうだ」
ジェイクはペンを握り直し、膝の上に乗せた紙に向かった。
『D』、『a』、『m』……と、順調にアルファベットを綴りかけたその瞬間。
ガタンッ!
「うおっ!?」
車の揺れでペン先が紙の上を滑り、意図しない場所に記号が刻み込まれてしまった。
……まあいいか、とそのままにするジェイク。書き直すのが面倒になった彼は、そのままその紙を後ろのナナにヒラヒラと見せた。
ナナはそれを受け取り、まじまじと見つめる。
『Damn'it Company? 何コレ?』
無機質な音声が、呆れたような響きを伴って車内に流れた。
「えー、それは荒野に生きる畜生であることとダミットという姓を掛けた高度なネーミングセンスであり……要するに、クソッタレな世界に噛み付く俺たちにふさわしい名前ってことだ」
ドヤ顔で語るジェイク。しかし、後部座席からの反応は、氷のように冷ややかなものだった。
『ダサい! やり直し!』
即答だった。ナナは思い切り眉をひそめ、座席をバンバンと叩いて抗議の意を示している。
「あ?」
「え〜!? 良いじゃないですか! その名前にしましょうよナナちゃん!」
運転席から、ミケが面白がって茶々を入れてくる。
「なんかこう、アウトローっぽくてカッコいいじゃないですかぁ。『クソッタレ・カンパニー』! いかにもジェイクさんらしくて最高です!」
『ダサいダサいダサい〜! なんで会社の名前に人の名前使うの〜?! しかも畜生とかクソッタレとか、アリアに笑われちゃうよ!』
「お前俺の名前をダサいっつったか!? 飯抜きにすんぞ畜生!」
『いいや、俺のデータによればこの社名は落第点だ!』
「古代と現代じゃセンスが違ってんだよ!」
ジェイクが後ろを振り返って吠え、ナナも負けじと抗議の声を上げる。ロールの目には『lol』という文字が何度も明滅し、ミケは「あはははは!」と腹を抱えて笑いながらアクセルをさらに踏み込んだ。
「喧嘩するほど仲が良いってやつですねぇ!」
「あーうるせえ! 前見て運転しろ猫耳!」
『ミケも笑ってないで、なんか案出してよ!』
3人は騒ぎながら、バギーの車輪を舗装された道路から道なき荒野に向けるのであった。
砂煙を上げながら、バギーは荒野の奥深くへと突き進んでいく。
行く手には、過酷な自然と未知の脅威、そして彼ら自身が作り上げていく「拠点」が待っている。都市の法律も、常識も通用しない。自分たちの力と絆だけが頼りの世界。
だが、ジェイクの心に不安はなかった。隣で飄々とハンドルを握るミケ。後部座席で文句を言いながらも、確実に前を見据えているナナとロール。この奇妙で騒がしい連中がいれば、どんな厄介事だろうと叩き潰して進んでいけるだろう。根拠のない確信があった。
地平線の彼方、傾いた太陽が荒野を黄金色に染め上げていく。
果てしない荒野を爆走する一台のバギーからは、いつまでも絶え間ない言い争いと、笑い声が空高く響き続けていた。
◆ ◆ ◆
カラー・ル・エルサンの手記にはこう残されている。
歴史に名を残す企業の中に、風変わりな会社が一つある。
それは悪名も功名も高い会社だった。
それは荒野の片隅で、一つの家族から始まった。
その会社の名は——。