Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
「ジェイクさん。そのアスクレピオスって会社にお礼参りするとして、計画はあるんですか?」
ラボのモニターに映る巨大企業のロゴを睨みながら、ミケが尋ねた。
「襲撃計画は白紙。だがどうやってリヴァイア・シティで情報集めをするかのプランはある!」
「具体的には?」
「サイバーハックにクソ強い助っ人を呼ぶ」
胸を張って言い切るジェイクに、ミケは深々とため息をついた。要するに、いつもの行き当たりばったりである。
そうしてジェイク達は、バギーを走らせて自宅のラボから遠く離れた荒野の一角にやって来た。
酸の雨と汚染物質に晒され、ペンペン草一本すら生えていない荒涼とした大地。踏みしめる地面はやけに硬く、目を凝らせばコンクリートの破片や多様な金属くずが混じり込んだ、奇妙な色をした『砂』であることが分かる。だが、その一角だけは、まるで超大型の重機でプレスしたかのように不自然なほど真っ平らな地面が広がっていた。
ジェイクは手慣れた様子で土の上にしゃがみ込み、地面のあちこちにペタペタと何度も手を当てて感触を確かめる。やがて「ここだ」と呟くと、そこから分厚い金属の取っ手を引っ張り出し、ギチギチと嫌な音を立てる土に埋もれた鉛蓋を力任せにこじ開けた。
濛々と、長年閉じ込められていたカビと古い電子部品の匂いが立ち昇る。
「地下遺跡ですか!」
ミケが目を輝かせて覗き込んだ。
「どうやって、み、つ、け、た、の……ってか。あー、今の自宅を作る前に良い感じの立地を色々探してた時期があったんだよ。で、地下に目をつけてた頃に偶然見つけた」
「文字通り何処にでも住めますからね、ジェイクさんは」
「スゴイだろ。人生を賭けて習得を目指す意義があるかは知らんが」
そう言ってジェイクは肩をすくめると、人1人がようやく通れる程度の狭い縦孔に打ち付けられた、赤錆だらけの鉄梯子に手をかけ、躊躇うことなく先に降り始めた。ナナがそれに続き、殿(しんがり)をミケが務める。
しかし、地下への道は想像以上に深く暗かった。
5mも降りた段階で、頭上の入り口から差し込む陽光はたちまち遠ざかり始める。10mも行くと、もはや自分の手元すら見えない程の完全な暗闇に包まれた。
未知の暗闇と、足を踏み外せば底なしの奈落へと落ちる恐怖。すっかり健康体になったとはいえ、つい最近までベッドの上しか知らなかったナナの手足が小刻みに震え始め、梯子を握る手がピタリと止まってしまった。
その怯えに即座に気づいたミケが優しく声をかけ、「光よ(ルクス)」と唱えた。ミケの指先からぽわんと温かな魔力光が生まれ、ナナの周囲をフワフワと追尾する光球となった。周囲の赤錆びた壁が柔らかく照らされ、ナナはホッと息を吐いてミケに小さく頷いた。
一方、先頭を行くジェイクには、こういう精神的なフォローをする発想が根本的に抜け落ちている。彼は暗闇に入った瞬間、自身の眼球構造を"肉体変異"で深海魚や夜行性獣のような「暗視能力」を持つものへと一人で勝手に造り変え、振り返りもせずに黙々と降りていっているのだ。
まだまだ孔は深く伸びており、入り口の光が針の穴ほどに遠ざかるにつれて、周囲の空間が徐々に広さを増していくのが分かった。狭い縦孔から、人工的にくり抜かれた巨大な空洞へと出たのだ。
下から緩やかに、ひんやりとした古い風が吹き上がってくる。その風が、空洞の壁面に無数に空いたあちこちの小さな横穴を通り抜けることで、まるで巨大なパイプオルガンか、あるいは幽霊のすすり泣きのように奇妙な音を響かせている。
「……なんか、お化けが出そうな音ですね」
ミケが身震いしながら呟くと、ようやく梯子の底に足をついたジェイクが闇の底から鼻を鳴らした。
「化け物ならいるぞ。とびきり性格のひん曲がった、電子の亡霊がな。ほら、足元に気をつけろ」
ナナとミケが順番に地面に降り立つと、そこは旧時代の巨大な地下施設の底だった。ミケの光球が空間を照らし出すと、ナナは驚きに黄金の瞳を見開いた。
巨大な空洞の底を埋め尽くしていたのは、神話の時代から放置されたような巨大サーバー群と、それに絡みつく無数の太いケーブルだった。まるで金属と電子部品で構成された樹海のようである。幾重にも這い回る光ファイバーの中には現在も微弱な電力が通っているのか、青や緑の光が脈打つように点滅している。
幾重にも絡み合う太いケーブルが、まるで大蛇の死骸のように床を這い回っている。ジェイクは薄暗い電子の樹海の中にぽっかりと空いた、獣道のような通路の一つに立って背後を振り返った。
「敵になるような生物は居ねえと思うが……ナナ、俺とミケの間を絶対に離れるなよ。でも、怖いからって俺たちの服は掴むな。いいな?」
いざ戦闘になった際、服を掴まれていては初動がコンマ数秒遅れる。そんな実戦的かつ容赦のないジェイクの言葉に、ナナは黄金の瞳を瞬かせ、こくりと真面目に頷いた。
「ジェイクさん、私は?」
「お前に援護もカバーリングも必要ないだろ! いい加減にしろ!」
ミケが光球を指先で弄びながら首を傾げると、ジェイクは心底鬱陶しそうに声を荒らげた。
「かーっ、やだやだ! ちょっとは私をか弱い女の子扱いしてくれても良いんじゃありません〜?」
「来来世に期待だな。んじゃ行くぞ」
「そこはせめて来世じゃ……? どう思います、ナナちゃん」
同意を求めるように話を振られたナナだったが、彼女は「知らんがな」と言いたげにやれやれと肩をすくめ、ジェイクの背中を追ってスタスタと歩き出してしまった。感情豊かになったのは良いことだが、そのドライな仕草は嫌になるほどジェイクにそっくりだった。
「おやおや。誰に似たんでしょうね、あの態度は」
ミケはニヤつきながら、ナナの後ろを殿(しんがり)として歩き出す。軽口を叩きながらも、ミケの碧眼は周囲の暗がりを油断なく探っていた。
迷路のような地下施設の中を、ジェイクは迷うことなく進んでいく。
道中、彼らは旧時代の残骸と幾つもすれ違った。泥水が干上がり、奇妙な発光性の苔がびっしりと張り付いた巨大な貯水庫。日光がないにも関わらず、漏れ出した化学物質を養分にして奇怪に繁殖した原生植物の群生地。そして――分厚い強化ガラスが内側から破られ、"何か"が這い出ていった痕跡が残る、巨大な培養カプセル群の並ぶ部屋。
ナナは立ち並ぶ空のカプセルを横目で見つめ、自身のルーツと重なるような薄ら寒さを感じたのか、少しだけ身震いをしてジェイクの背中へ距離を詰めた。ジェイクは何も言わなかったが、歩く速度をほんの少しだけ緩めた。
そんないくつもの部屋を通過しながら、ジェイク達は施設のもっとも奥深くにある目的地の配電室にたどり着いた。
「ここのブレーカーを入れて、と……」
ジェイクが埃まみれの配電盤の蓋を開け、壁に生えた錆びついた巨大なレバーに手をかける。体重を乗せてガチャン、と重々しい音を立ててレバーを押し上げると……何も起こらない。照明がつくわけでも、機械の駆動音が響くわけでもなく、ただ地下の不気味な静寂がそこにあるだけだった。
「今の、動かして大丈夫だったんですか? 罠とか起動してません?」
「玄関のチャイムをノックしたようなもんだ。これで向こうが出迎えの準備をしてくれる」
ジェイクが言う通り、3人が配電室を出て来た道を戻ろうとした時だった。
今までの完全な暗闇の景色とは変わり、通路の床や壁に埋め込まれた古びた誘導用のLEDライトが、チカッ、チカッと点々と点灯し始めたのだ。青白い光のラインは、まるで意志を持っているかのように明滅を繰り返し、3人を今まで通ったことのない未知の通路へと誘導しているかのようだった。
「あれに従うぞ」
「……数百年だか千年以上だか知りませんけど、ずっと省エネ状態にして生き永らえてたって事ですか……? おっそろしい執念ですね」
暗闇の奥へと続く光の道標を見つめ、ミケは感心したような、それでいて薄気味悪そうな声を漏らした。
電子の亡霊の『出迎え』に従い、3人は光の点滅が導く施設のさらなる深淵へと足を踏み入れていった。
明滅する光の誘導に従って薄暗い通路を歩き続けると、やがて視界が急に開け、がらんとした何もない空洞にでる。
今までは何かしらの奇怪な植物が繁茂していたり、水漏れで設備が侵食されていたり、あるいは無惨に壊れていたりと、悠久の時の流れを感じさせる痕跡がそこかしこにあった。しかし、ここの空間は本当に『何もない』。埃一つ落ちていないほど不自然にクリーンなのだ。
ミケが指先で操る魔力の『光』が、用心深く空洞の中央に行くと、そこには一本の無機質な柱と、その上に鎮座する黒光りした金属の球体があった。
「アイツだ。どうも狸寝入りでこっちを驚かせたいみたいだから、このまま近づくぞ」
「大丈夫ですかそれ」
ミケが呆れたように後ろから声をかける中、ジェイクはずんずんと無警戒に近付いて球体に手を伸ばす……そして突然、渾身の力を込めた手刀で叩き壊そうと全力で振りかぶった!
その瞬間。
球体が瞼を開くようにカシャッと上下のシャッターを激しく開け、一本の支柱に見えていた台座が解けるように多関節のロボットアームへと切り替わる!
『何しようとしてんだこのロクデナシの畜生がぁ!』
ビリビリと空気を震わせるドスの効いた男声が球体のスピーカーから響き、空洞全体にこだまする! それと同時に、空間全体の壁と床に埋め込まれていたパネルが均等に真っ白に光り、光の乱反射によって床と壁の境が全く分からなくなった!
まるで仮想空間(サイバースペース)に放り込まれたかのような錯覚の中、ジェイクは手刀をピタリと止めてニヤリと笑った。
「よぉ〜、久しぶりだな"
ロールと呼ばれた球体……旧時代の高度自律型AIは、「目は口ほどに物を言う」と言わんばかりに球体表面のシャッターを器用に開閉して擬似的な『表情』を作りながら、蛇のようにぐねぐねとロボットアームを動かす。
『死ね。市ねとかではなく今すぐ死ね。この畜生が……。で、なんだ? 単独行動じゃないとは珍しい。何時も言っていた人間強度はどうした?』
「ありゃ俺の思い違いだ。単独でできる事には限度がある」
『ふん、貴様も多少は変わったと言うことか。で? 害獣が一匹に、人造生命……うん? んんん???』
ロールのカメラレンズに相当する青いセンサー光が、背後に控えていたミケとナナを順に舐め回すようにスキャンし、ピタリとナナの顔で止まった。
「まさか害獣ってこのミケちゃんの事ですか? ムカつくAIですね!」
『何故ここにこんな姿で? 自力で脱出を? 肉体が再構成レベルで一致しない為私の思い違いの可能性はある、しかし……』
何らかのデータと照合しているのか、ブツブツと演算音を漏らすロール。だが、ミケの怒りのツッコミを完全に無視して、ロールの一人劇場は唐突に新たな幕を開けた。今度はまるで深夜のテレビショッピングのような、喜色満面のハイテンションな女声だ。
『まあまあまあ! こんな時代にこんな場所で、こんな可愛らしいお客様候補にお会いできるとは! どうでしょう! この機会にこの私、超多機能特製おしゃべりAIを生活のお供にするのは?! 今なら年会費無料! 端末導入費実質無料! 240種類の老若男女を問わない美声オプションも無料! 0! ゼロ! ZERO! 夢のスーパーお得デラックスキャンペーン!』
けたたましいセールストークと共に、球体がアームを駆使してナナの目の前までシュタッと高速移動する。
「ジェイクさん、コイツ本当に役に立つんですか? ただのポンコツウザ絡みロボでは?」
「おしゃべりのついでにサイバーハック出来る程度にはクソ強い。我慢しろ」
一方、スラムでの監禁からジェイクのラボでの介護生活という狭い世界しか知らないナナは、生まれて初めての怒涛のセールスに戸惑うしか無い。オロオロと球体付きロボットアームから後ずさった分だけ、シャカシャカと素早い動きで距離を詰められる。
なんとか振り払おうと腕を振り回したり、飛びかかって捕まえようとするナナだったが、ロールの驚異の瞬発力と柔軟性でひらりひらりと交わされながら、常に顔のすぐ近くでハイテンションなトークを聞かされ続けた。
『今なら面倒な手続き不要! 一言"
「あー、ロール。1つ良いか?」
『何だこのクソ忙しい時に! ジェイクは黙ってろ!』
「そいつ……ナナって言うんだがな、喋れないんだ」
『パードゥン?』
「生まれつき発声機能がない。声帯が仕事してねえんだよ」
『…………先に言えボケナス! 情報提供に感謝』
ピタッと動きを止めたロールは、ジェイクの方からぐるりとナナに向き直ると、球体の高度を1段下げて深々と『お辞儀』をするような姿勢をとり、劇場を再開した。
『申し訳ございませんお客様! こちらの不理解で不愉快な思いをさせてしまいました! どうか今一度挽回のチャンスを与えてもらえませんか? えっ、許す?! やったー!!』
ナナはもはや無だ。虚無の瞳で球体を見つめ、一切のリアクションをしていない。
『ありがとうございます! それでは代替案を説明させていただきます! このセーフティー付き超高性能ナノマシン入りカプセル錠剤! これをこの場であなた自身にご投与していただくことで! 私があなたの思念を直接読み取り、常に言語化する事が可能! これによって各種契約に同意していただくことが出来ます! あ、ナノマシン投与に関わる意思確認の書類はこちらです! サインをプリーズ!』
どこから取り出したのか、ホログラムの電子書類と、怪しげなカプセル剤をロボットアームの先端で差し出してくるロール。
「ロール、1つ良いか?」
『何だよ天丼野郎! こっちは後一押しなんだ! 邪魔すんな!』
「ナナはナノマシンによる悪意ある被害を既に経験している。それ系のトラウマはカンスト済みだ」
『……先に! 言ってくれ! そう言うのは! 情報提供感謝ぁっ!』
シャッターがカシャンと悲しげに閉じ、アームがガクリと項垂れた。完全に手詰まりである。
「……で。漫才はもう気が済んだか、ロール」
真っ白な空間の中で、ジェイクは呆れ半分といった様子で、床に力なくうずくまる球体AIを見下ろした。
『私の完璧なセールスプロトコルが……物理と心理のダブルロックで完全に防がれるとは……。もういい、帰れ畜生。私はこのまま永遠の省エネモードに入る』
「拗ねるな。今日は遊びに来たわけじゃない。お前に『仕事』を持ってきた」
『仕事? お前のような一匹狼の原始人が、私のような高度AIにハッキングを依頼するとはな。報酬はどうするつもりだ? この施設の予備電力でもチャージしてくれるのか?』
ロールがシャッターを半開きにして面倒くさそうに答えると、ジェイクは獰猛な笑みを浮かべ、はっきりとその企業名を口にした。
「標的は『メガコーポ・アスクレピオス』。生命工学のトップ企業様だ。あそこのメインサーバーを丸裸にして、こいつ——ナナの出生データと、裏の非合法プロジェクトの全容をぶっこ抜きたい」
その企業名を聞いた瞬間、項垂れていたロールのアームがビクンと跳ね、シャッターが限界まで見開かれた。球体の中心部で、演算素子が高速で発熱するような唸り音が響く。
『アスクレピオス……だと。ジェイク、お前正気か? あそこはリヴァイア・シティの最上層に君臨する巨大資本だ。セキュリティは最高難度、防壁は軍用レベルだぞ。……だが』
ロールのカメラアイが、再びナナの姿をじっと見つめる。
『……なるほど。そういうことか。私が先程一瞬見間違えそうになったこの『人造生命(ナナ)』の素性。もしそれが私の推測通りなら……アスクレピオスのデータベースを抉り出すだけの十分すぎる『動機』になる』
「やっぱり、お前何か知ってんだな? ミケがツッコミ損ねてた『何故ここにこんな姿で?』ってセリフの時から怪しいと思ってたぜ」
『さあな。全ては推測の域を出ない。それを確定させるためのハッキングだろう?』
ロールはロボットアームを使って器用に台座へ飛び乗ると、誇り高き電子の亡霊として、毅然とした男声に切り替えた。
『マスター登録の手続きは、一時的に保留としてやろう。この私、超多機能特製AI『ロール』の演算能力をフル活用する特等席、ありがたく思え。アスクレピオスへの報復……いや、情報収集、一枚噛ませてもらうぞ』
ナナはコクリと頷き、胸の前で両手の拳をギュッと握りしめて「よろしくお願いします」とばかりに頭を下げた。言葉は無くとも、その強い意志はAIにも伝わったらしい。ロールのシャッターが、機嫌よくパチリと瞬きをした。
「……なんか、すっごいうるさいのが一人増えましたけど、ハッキングの腕は本物みたいですね」
「ああ。これでようやく、反撃の準備が整った。行くぞ、リヴァイア・シティへ」
地下の不気味な廃墟の中で、異端のフィジカルアデプト、言葉を持たない人造生命の少女、自称宗教家の手話通訳、そして旧時代のポンコツウザ絡みAIという、前代未聞の奇妙なパーティが結成された瞬間だった。