Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
「カイテキナ シティ・ライフヲ!」
無機質でどこか空々しい機械音声が、潮の匂いと排気ガスが混じる風の中に吸い込まれていく。
ここは巨大海上都市リヴァイア・シティの検問所。ミケが運転する砂埃まみれのバギーに乗り込む4人……もとい、3人と1つのAIは、厳重なはずのゲートをあっさりと通過することが出来た。
運転席でハンドルを握るミケには、すでにこの都市における正規の身分があるからいい。だが、後部座席でふんぞり返っている荒野の住人ジェイクと、助手席で不思議そうに外を眺めている推定"不法投棄人造生命"であるナナの2人が顔パス同然で通過できたのは、ひとえにAIであるロールの力に他ならなかった。
ゲートを抜けたバギーは加速し、海上の水平線の向こうまで延々と続く大橋を渡っていく。潮風を切り裂きながら走る車体の正面では、消灯したヘッドライトの先、薄靄の向こう側から巨大なリヴァイア・シティの威容が徐々にその輪郭を浮かび上がらせていた。
荒野とはまるで違う、鋼鉄とネオンに彩られた摩天楼を見据えながら、ミケが呆れたような声を出す。
「……まーじで移住者扱いで通っちゃいましたねぇ。これがサイバーハックですか」
風の音に負けじと、ジェイクが後部座席から声を張り上げた。
「要はシステム上の"手続き"さえ行っていれば、誰も不自然とは思われねえのさ。ゲートに立ってるのが融通の利かない警備ロボットで楽だったな」
『電子証明書をその場で偽造するだけの簡単なお仕事だ』
ジェイクの言葉に応じるように、得意げな機械音声が響く。声の主であるロールは現在、ナナが首から下げるペンダント型のアクセサリに扮していた。バギーが橋の継ぎ目を越えて揺れるたび、アクセサリ姿のロールはナナの豊満な胸の上でポヨポヨと弾んでいる。
バックミラー越しにその様子をチラリと確認したミケは、心底羨ましそうに「チッ」と舌打ちをした。
そんなミケの不純な視線に気づく様子もなく、ナナはふと後ろを振り返り、遠ざかっていく検問所を見つめた。
自分たちが通過したスッカスカのゲートとは対照的に、隣の区画には長大な列ができていた。人間、オーク、エルフ、ドワーフ、ノーム……様々な種族が、くたびれた荷物を抱え、すし詰めになりながらジリジリと順番を待っている。
何故、得体のしれない自分たちはあんな列に並ぶこともなく、こんなに早く進むことができたのだろうか?
「なんだナナ? あっちの通路が気になってんのか?」
視線の先に気づいたジェイクの問いに、ナナは静かに頷く。
「あっちは"事前に金払って無い奴ルート"だ。んで、俺たちが今通ってきたこっちは"事前に金をたくさん払ったやつルート"」
ジェイクはさも当然という顔で言い放った。
「リヴァイア・シティってのはな、たくさん金を払うやつにとことん優しい事で有名なのさ」
あまりにも身も蓋もない資本主義の真理に、ナナは思わず眉間にシワを寄せた。
(では、この男がスラムで私を拾った時も、あんな風に大金を払ってゲートを通ったのだろうか?)
そんなナナの疑問を察したのか、ジェイクはニヤリと笑って言葉を続ける。
「ちなみに、俺が1人で出入りする時は『こっそりルート』だ。海を泳ぐか、空を飛ぶかのどちらかだな。夜中に真っ黒い鳥になって入り込むのが、誰にも見つからなくて結構楽なんだぜ?」
あっけらかんと語られた密入国の手口に、ナナの頭の中にある映像が浮かんだ。
以前、彼はこの都市のスラムで自分を拾ったと説明していた。まさか、鳥に変身して、機能停止していた自分を足の爪でぶら下げて夜空を飛んだのだろうか。あまりにもシュールな光景に、ナナは小さくため息をつく。
それでも——と、ナナは内心で思い直す。
動くことすらできなかった自分を助け出し、献身的に介護し、治療までしてくれたジェイクには、深く感謝している。ミケもしょっちゅう「ジェイクは凄腕だ」と褒めちぎっていた。ナナ自身、彼からもらった温かなものに報いたい、恩返しをしたいと強く思っている。
だが、ジェイクはなんだか……とても「雑」なのだ。
あんなに手間をかけてご飯を美味しく作ってくれるのに。命に関わることにはあんなに真剣に接してくれるのに。ふとした時の扱いや言葉の端々に、私という存在に価値を感じていないのではないかと思わせるような素振りを見せる。
優しいのか、適当なのか。大切にされているのか、ただの荷物扱いなのか。
ナナは胸元で弾むロールをそっと押さえながら、吹き抜ける海風の中で、言語化できないモヤモヤとしたものをそっと抱え込んだ。
ミケがまた1つ舌打ちをした。
「っしゃあ! 何ヶ月ぶりか忘れたけど愛しの我が家!」
ミケがバンッ!と勢い良く一軒家の玄関を開け放つ。歓喜に満ちた声を上げる彼女の後ろを歩きながら、ジェイクは呆れたように肩をすくめた。
「でもミケって、他の都市にも拠点持ってたよな? それって浮気なんじゃねえの?」
「うるさいですね。私が帰ってきたところが愛しの我が家なんですよ。家は概念です」
「これは常習犯の意見ですわ」
ジェイクのからかいを胸を張って一蹴し、ミケは意気揚々と靴を脱ぎ捨てる。そして「さぁさぁ上がってください!」と手招きしながら、リビングの扉を開けた。
直後、彼女の動きが石像のように硬直した。
扉の向こうに広がっていたのは、悪臭漂う異界であった。床を埋め尽くす謎の段ボール、積み上げられたまま乾燥したピザの箱、床に散乱する電子パーツの残骸。そして、いつから置いてあるのか分からないマグカップからは、得体の知れない色彩の胞子が舞っている。
(……そうだやっべ、思い出した。長期出張に出る前、あまりにも部屋が汚いからジェイクさんを掃除の応援に呼ぼうとしてたんだった!)
絶望的な事実を思い出し、ミケの額から滝のように冷や汗が吹き出す。
一方、ミケの後ろでは、扉の隙間から漏れ出したバイオハザード級の惨事にいち早く感づいたジェイクが、踵を返して冷酷な提案をしていた。
「……おいナナ、今からでも適当にホテルを取ろう。ロール、手近な端末からクレジットをちょろまかせるか?」
『アクセスポイントを探してくれさえすればな。3分でスイートルームを押さえてやろう』
「待ってくださいジェイクさん! ロールさんも! 後生ですから! お掃除手伝って!」
逃げ出そうとするジェイクの腰にすがりつき、ミケは情けない声を上げて引き留めた。ジェイクはチッと露骨な舌打ちをしつつも、大きなため息をついて振り返る。
「……はぁ。分担はどうするんだ? ミケ」
手伝ってくれる気になったらしい。ミケは安堵しつつも、ウィザード技能の1つである『思考加速』を脳内で起動し、超速で記憶のアーカイブを掘り出しながらこの状況の最適解を考えた。
(ぶっちゃけ、ジェイクさんに見られて困るものは無い。しかし、無垢なナナちゃんの目に入ると教育上、そして私の尊厳的に良くないものはアホほどあったような気がする。例えば2階の同人VRとか、2階の薄い本とか、2階の大人向け表現満載の没入型ゲームとか……大体2階ですね、ヨシ!)
コンマ数秒で己の恥部を完全にマッピングしたミケは、ビシッと人差し指を立てて宣言した。
「シンプルに行きましょう。私が2階、ジェイクさんが1階です。ナナちゃんが危険な2階に上がらないように、ジェイクさんの方でちゃんと見ておいてください!」
「あっふーん。なるほどね」
ジェイクはミケの意図を完全に察したのだろう。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた後、真顔を作ってナナの肩にポンと手を置いた。
「分かった分かった。ちゃんと見とくって安心しろよ! おいナナ、聞いたな? ミケを死なせたくなかったら、許可が出るまで絶対に2階に上がっちゃ駄目だからな? 最悪、物理的にも社会的にも死ぬぞ」
ジェイクの過剰な脅し文句に、ナナは息を呑み、怯えたように何度も首を縦に振った。
「あの、ジェイクさん……そりゃ(尊厳が)死ぬのはその通りなんですけど、ナナちゃんを怖がらせる言い方はよろしく無い気もすると言うか……」
「いいから早く行け。暗くなる前に終わらせるぞ」
「はいぃっ!」
ミケは慌てて階段を駆け上がっていった。
――そして、本格的な清掃作戦が幕を開けた。
1階の惨状も大概だったが、ジェイクは文句を言いながらも手際が良かった。もはや骨董品のようなアナログな掃除道具を駆使してホコリを一箇所に集めて袋に捨てたかと思えば、手首の端末を操作して室内の換気システムを強制起動させ、よどんだ空気を一気に入れ替えていく。
ナナは邪魔にならないように部屋の隅に立ちながら、その様子をじっと見つめていた。
「おいナナ、突っ立ってないでそっちのゴミ袋の口を開いといてくれ」
「……」
言われるがままに袋を広げると、ジェイクが次々と空き箱や謎のガラクタを放り込んでいく。その無造作な放り投げ方は相変わらず「雑」だったが、ナナの顔に汚れが飛ばないよう、絶妙な手加減がされていることに彼女は気づいていた。
さらにジェイクは、床に転がっていた鋭利な機械の破片を拾い上げる際、ナナが怪我をしないように無言で自分の足元へと遠ざけた。
「……」
ご飯を作ってくれる時の手際。治療をしてくれた時の躊躇いのなさ。そして今、ゴミの分別をしながら見せる、乱暴だけど確かな配慮。
ナナの胸の奥にあった「雑に扱われているのではないか」というモヤモヤが、少しずつ形を変えていくのを感じた。この男は、価値がないから適当に扱っているわけではない。きっと、彼なりの距離感が染み付いているだけなのだ。
『いやぁぁぁ! これいつの飲みかけですかァ!?』
突然、2階からミケの悲鳴と何かが崩れ落ちる盛大な音が響き渡り、天井からパラパラと埃が落ちてきた。
ナナがビクッと肩を揺らす。思わずジェイクに駆け寄り、袖口を掴んだ。
「あー……」
真剣な顔で天井を見上げるナナを見て、ジェイクはゴミ袋の口を縛りながら苦笑した。
「大丈夫だ。あいつはしぶといし、今戦ってるのは多分、過去の自分の
『因果な生き物だな』
「全くだ」
『で、後は掃除ロボット動かせばいいか?』
「いいんじゃね?袋を外に出してくるわ」
胸元でロールが呟き、ジェイクが同意する。
ナナはまだ完全に状況を理解できたわけではなかったが、悪臭が消え、少しずつ風通しが良くなっていくこの「家」の空気が、なんだか悪くないと思い始めていた。