Damn'it Company!―畜生集団、或いは― 作:カラルラ
「と言うわけで。これが俺が何年もセコセコ略奪した、電子じゃないクレジットの全てでーす。拍手」
『(拍手の効果音)』
すっかり悪臭も消え去り、快適な空調が響くミケのリビング。その中央で、ジェイクはおもむろに分厚い装甲のトランクケースを3つ、ドンッと積み上げた。
ナナの胸元で揺れるロールから無機質な拍手の効果音が流れる中、ナナは促されるまま、恐る恐るケースのロックに手をかける。
ガチャン、と重々しい音を立てて蓋が開くと、そこには旧時代のアナログな高額紙幣の束が、これでもかとみっちり詰まっていた。インクと紙の匂いがむせ返るように広がる。
ナナは本来、金銭感覚というものを持ち合わせていない。だが、本能的に「それ」がとんでもない価値の塊であることは理解できた。圧倒的な物量に恐れをなし、ナナは思わず尻餅をついた。
「ちょっとジェイクさん。あなた、ナナちゃんの治療で貯蓄はスッカラカンになったって言ってましたよね……?」
ミケが目を丸くして非難めいた声を上げる。
「こんな大金が有るのなら、わざわざアスクレピオスを襲撃する必要あります?」
「ある」
ジェイクの返答は、一切の迷いがない、鋼の意志を感じさせる即答だった。
「まず、大前提として俺はフィジカルアデプトだ。あの荒野に住んでいるのも、あそこが俺にとって都合が良いからに過ぎねえ。こんな、人間しか『生えてこねえ』小綺麗な大都市よりもな」
「生えるって……。まあ、そうでしょうね。名だたるウィッチやウィザードも、都市の法を嫌って荒野に各々居を構えてる訳ですし」
「だろ? だから荒野じゃ現金の価値がめちゃくちゃ減るわけだ。マジでケツを拭く紙切れ同然さ」
「じゃあなんで、そんなに集めてたんですか……」
「俺が骨を折って滅ぼした連中の隠し財産を、関係ねえ他人に持ってかれたら悔しいだろうが」
「略奪者の鑑にして人間の屑極まれり、ですね」
ミケは心底軽蔑したような目を向けた。
『よくぞ今まで討伐されずに生き残っていたな貴様』
ロールも呆れ声で追従する。しかしジェイクはどこ吹く風だ。
「馬鹿言え。例えば山賊を滅ぼしたところで、困るのは手柄が減る騎士団のごく一部だろ? キチンと標的を選べば、敵はそれほど増えねえもんさ」
ジェイクがさも当然のように語る倫理観は、ミケが普段教えてくれる道徳や、ナナ自身が抱いていた『命の恩人』というジェイクの印象からあまりにもかけ離れていた。ナナは目を白黒させて困惑するばかりだ。
それを知ってか知らずか、ジェイクはトランクをポンポンと叩きながら話を続ける。
「っつー訳で、これを元手に情報集めと計画立案、そして裏ルートでの武器の調達をする。んで、メガコーポ・アスクレピオスの本丸から色々ぶんどって、大黒字にしてやるって訳だ! なんか意見は?」
ミケが神妙な顔つきでピシッと手を挙げた。
「はいどうぞ」
「ナナちゃんにエロエロした悪趣味な会社や黒幕を物理的にしばくこと自体に否は無いんですが、それにナナちゃんを付き合わせる必要は無いんじゃないですかね?」
「そうかぁ?」
「そうですよ! ナナちゃんはジェイクさんと違ってまっさらな、罪なき身体なんですから。復讐はともかく、犯罪行為にまで加担なんてさせない方が良いに決まってます!」
「……まあ、それもそうか」
ジェイクはあっさりと頷き、頭を掻いた。
「俺がやりたいのって、コイツの存在とされた非道を『出汁』にして、あの大企業相手に堂々と暴力と略奪をぶちかましたいだけだからな。別に本人が居なくても問題ねえか」
急に梯子を外されそうになったナナは、強烈な不安に襲われた。
(置いていかれる。また、一人になる——)
気がつけば、ナナは縋り付くようにジェイクの服の袖を強く握りしめていた。見上げる黄金の瞳は必死に揺れている。
「お? なんだナナ、言いたいことある感じか? やっぱ自分自身の拳で黒幕をぶん殴りたいとかあるよな? ほれ、紙に書きな。決意表明だ」
ジェイクから無造作に手渡されたペンとメモ帳をひったくり、ナナは必死にペンを走らせた。
『あなたの迷惑になりたくない。でも、連れて行って欲しい』
震える字で書かれたその紙を軽く眺め、ジェイクは心底面倒くさそうに深いため息をついた。
「……ちょっとジェイクさん」
ミケが咎めるように名前を呼ぶ。
「あー……そうだな。じゃあ、滅茶苦茶イヤな言い方をしてやる」
ジェイクは冷たい視線をナナに下ろした。
「結局お前は、自分が受けた凄惨な仕打ちってのをちゃんと覚えてないから、こんな甘っちょろいことが書けるんだな? いいか、笑顔で復讐相手をぶん殴れねえんなら、最初から参加するな。それこそ俺の足手まとい、大迷惑だ」
ナナは顔から血の気を引き、真っ青になった。ジェイクの手から乱暴にメモ帳を奪い返し、次々とインクを擦り付けるように文章を書き込む。
『私が働いて返すから、危ないことをしないで欲しい』
自分を助けてくれた彼を、これ以上危険な目に遭わせたくない。その一心だった。
しかし、それを見たジェイクの反応は、ナナの予想を遥かに超えるものだった。
「っは、笑える! ——気に入らねぇ〜〜〜〜!」
ジェイクは腹を抱えて大仰にヘラヘラと笑い出した。ナナは今度こそ、氷漬けにされたように固まってしまった。
「良いか、ナナ。俺が今、お前の言葉の何が気に入らないか。理由は2つだ」
ジェイクは急に真顔になり、指を突きつけた。
「まず1つ。お前が『自分にそこまでの価値がある』と思い上がってるのが気に入らない。分かりやすく金の話に落とし込んでやるからよーく聞け」
ジェイクは淀みなく捲し立てる。
「お前の半年間の治療に使われた薬湯の薬草群。身体の悪性を吐き出し、後天的に体質を改善できるアレは、市場に出せば天文学的な価値がつく。採取自体は俺の自宅の近所で行えるから労働価値が付かないとしてもだ。あの薬草が生える環境の維持のために、複数の精霊と交渉して、わざわざ用意した住居に定着してもらってるんだ。そこでも莫大な維持費と価値が発生してる。正直、金で取引できるタイプの代物じゃねえんだが……あえて下世話な金額をつけるなら、眼の前のトランクケース2つ、いや3つは軽く飛ぶ。……それが、半年間毎日、お前のために使われたわけだ」
ナナは眼の前が真っ暗になった。自分の命の値段が、とてつもない負債としてのしかかってくる。
「あの、ジェイクさん。確かにウィザード視点から見ても割と正確な見立てだとは思うんですけど。もう少しナナちゃんに対して加減というか、手心をですね……」
「十分手心加えてるって。何なら俺がコツコツ採取したという労働の事実に価値をつけて、価格をさらに倍にすることだって出来るんだぞ……? 非常に良心的だと言わざるを得ないね」
「うーん、この畜生精神」
「つーわけでだ!」
ジェイクはビシッとナナを指差した。
「ナナがこれから努力して、滅茶苦茶頭良くなって、死ぬほど一杯働いたとしても! 真っ当に返せる額じゃありません! 自分が始まった頃の恩なぞさっさと忘れて、とっとと自立して自分の人生を良く生きろ! もしお前が人生に失敗して行き倒れたら、俺が底値で買い叩いて、3食飯付き寝床ありのタダ働きで一生を終えさせてやるよ!」
(滅茶苦茶優しい対応なんですよねぇ……)
(余りにも相手の気持ちに寄り添わない物言いだが、最低保障が手厚すぎるだろ)
以前からジェイクを知っている1人と1AIは、突き放しているくせに結局甘い、その捻くれすぎた物言いに、呆れ果てて視線を交わした。
「んで、2つ目」
ジェイクは言葉を切ると、ギラリと猛禽類のような目でナナを見据えた。
「俺がメガコーポ相手に『失敗するかも』と思っている、その物言いが死ぬほど気に入らない。助けられてばっかりのヒヨッ子が、この俺の強さを判断できると思うなよ」
(これが主ですね)
(こっちが本音だな)
1人とAIの判断が完全にシンクロした。
その瞬間、ナナの胸の奥で何かが弾けた。
情けなさ、圧倒的な恩義への重圧、そして何より——自分を「助けられるだけの無力な存在」と決めつけられたことへの、名状しがたい激情。
ナナの華奢な肩が、ブルブルと小刻みに震え始める。黄金の瞳には、かつてないほどの強い感情が宿っていた。
「ん? なんだ、悔しいか? 自分を低く見られて悔しいか? んん?」
ジェイクは意地悪く笑い、煽り立てる。
「じゃあー、自分で勝手に強くなりな! アスクレピオスを自分の手でぶっ壊すって言うなら、その為の軍資金を3分の1だけ分けてやっても良いぞ! 俺としては万々歳だ!」
限界だった。
ナナは手にしていたメモ帳を床に叩きつけると、弾かれたように踵を返し、ミケに割り当てられた2階の自室へと猛スピードで駆け出した。
バタバタという激しい足音が階段を上っていく中、ナナの首元で揺れるロールが代わりに大声を上げる。
『待てジェイク! 3分の1って私をナチュラルに頭割りから外してないか!? AI蔑視だ! アスクレピオスの前にコンプライアンス委員会に訴えるぞ……!』
そのポンコツめいた抗議の声も、バタン!という乱暴なドアを閉める音と共に、2階の奥へと吸い込まれていった。
静寂が戻った1階のリビング。
ジェイクは鼻で笑いながら、大量の紙幣が詰まったトランクをガチャンと閉めた。
「AIがどうやって現金使うんだよ?」
「というか、旧時代の古代AIの訴えを聞いてくれる組織って、現代のどこかにあるんですかね……?」
「しらん」