「いらっしゃい。アキラくん」カオリが出迎えてくれた。
今日はサイドに編みこんだ長い栗色の髪と、鎖骨が少し見えるくらいの丸首で白地に濃い青のラインの入ったボーダーシャツを腕まくり。そしてデニムのショートパンツ。カオリの綺麗な足に僕の視線は釘付けだった。
「どこ見てんのよ。パパ」
カオリの後ろから顔を出す黄色いエプロンをしたウチの娘。
「この桜吹雪が目に入らねぇのかぁ」
サヤカの反対側から白い肩をにゅっと出して振り向くセルマ。
そうだね。朝の時代劇に桜吹雪の奉行が出ていたんだね。
でもそんなことしていると可愛い水色のパーカーが伸びちゃうよ。
「ほら、パパ早く上がって。あたしもごはん作るの手伝ったんだよ」
サヤカが手招きする。
ここはお前の家じゃ無いんだよサヤカ。いい加減に気付こうね。
しかしここは親としてビシッと言わねばならんな……。
「アキラくん、ほら早く……」
カオリが僕の手を掴む。冷たくて柔らかい手だった。
「は、はい……」僕は言われるまま玄関から家へ上がった。
パンとコーヒーのいい香りがする。
カオリに腕を掴まれたまま僕はダイニングへ連れられて、背もたれにクッションのついた椅子に座った。
大きなテーブルの上にはカリカリに焼いたベーコン、その隣に丸い型で焼いた目玉焼きが添えられている。色とりどりの夏野菜とトマトのサラダ。そしてコーンスープが白い湯気を立てていた。
おっとまだ出てくるのか。サヤカがバナナとチェリーの入ったヨーグルトを持ってきた。その後ろからセルマがトレーの上にオレンジジュースが入ったグラスを四つ載せてぷるぷるしながら歩いている。大丈夫かな。
カオリがコポコポと僕の前にある何やら豪華なカップにコーヒーを注いだ。
「あ、アイスの方が良かったかしら」
「い、いや僕は一年中ホットな男ですからぁ」
何か訳のわからないことを口走ってしまった気がする。
「ふふっ。お砂糖とミルクは?」
カオリの肘が僕の肩に当たっていた。
「ブラァァァックでお願いしまぁす」
どうも今日の僕はテンションがおかしい。
「……でね、パパ? 聞いてる?」
「……はい? 何でしょうか。サヤカくん」
「もう、パパったらさっきからぼーっとしちゃってぇ」
だってさ、こんなの夢みたいでさ。美人の嫁と可愛い娘が二人いてさ、僕を囲んできゃっきゃうふふだよ。朝は菓子パンかカップラーメンで済ませていた僕がだよ。 あ、カオリは嫁じゃなかった。危ない危ない……。妄想の世界から出られなくなりそうだ。
「今日の夜にね、花火大会があるんだって。屋台とかもいっぱい出るんだって」
サヤカがテーブルに身を乗り出して目を輝かせている。
「花火大会かぁ。懐かしいな。港の近くの川沿いで職人が打ち上げるんだよな。結構見ごたえがあるよ」僕は子供の頃を思い出していた。
「ふたりで観に行ったことあるよね」カオリはニッコリと笑いながら僕に言った。
朝食が片付けられたダイニングテーブルに二杯目のコーヒーが置かれている。
セルマはリビングでテレビを見ていた。真剣な眼差しで両手をぎゅっと握り締めている。どうやら手に汗を握ってるようだ。しかしいつまで観てるのかな。セルマ……。
「ね、いいでしょパパ。今夜みんなで行こうよ」
「おいおい。みんなでって……。都合ってもんがあるだろ。サヤカ」
「わぁ楽しみ。ねぇサヤカちゃん、それじゃ私たち浴衣で行きましょうか」
カオリがサヤカに楽しそうに笑いながら言った。
あれ? カオリ……。行くの? いいの?
「でも、あたし浴衣持ってない……」ちらりと僕の方をサヤカが見る。
わぁ。何こっち見てるんだよサヤカ。パパお金無いよマジで。
僕の所持金千二百円だよ。銀行は今日休みだし……。
「サヤカちゃん。この前セルマに作ったものなんだけど、サイズ間違えて大きく作っちゃった浴衣があるの。ちょっと着てみない? サヤカちゃんならピッタリだと思うんだけど……」
ナイスだカオリ。ありがとうカオリ。助かったよカオリ。
「え! ホントに!」サヤカは目を輝かせた。
「今から着てみる?」
「うわぁやったぁ。ありがとう。おば……じゃなくて、カオリさん」
三秒ほどの静寂がダイニングルームを包んだ。
大丈夫、カオリの表情は変わっていない。ギリギリセーフだ。
危ない所だった。よく危険を察知したな。えらいぞサヤカ。
セルマがてててっと来てカオリの顔を覗き込んだ。
「あれ? 母上どうして口元をピクピクさせておるのでござるか?」
セ~ルマァァァ! どうしてそっとしておいてやれないのだ。
空気を読め、空気を! サヤカの自己リカバリーを無駄にするんじゃない。
正直僕はどこか遠くへ逃げ出したい衝動に駆られている。
サヤカが助けを求めるような目で僕を見ていた。
「サヤカちゃん?」笑顔のままカオリがサヤカに話しかける。
「は、はいっ」びびりまくるサヤカ。
「ちょっとオバサンと一緒に向こうの部屋へ行きましょうか?」
「ひ、ひぃぃぃぃ」サヤカは恐れ慄いている。
すまんサヤカ。もう僕にはどうしようもない。
僕は戦場で死者に捧げるような笑顔を作り、サヤカの肩をポンっと叩いた。
行って来い。さらばだサヤカ……。
三十分ほど僕はセルマと一緒にリビングでテレビを観ていた。
久しぶりに時代劇を観たが以外とおもしろかった。
手に汗を握る程ではないけど。
どうやら悪代官を倒してめでたしめでたしで終わったので、セルマがほっとした顔をしている。時代劇って大抵そうだと思うけどね。
「はーい。おまたせー」カオリが弾んだ声でリビングに戻ってきた。
「わぁ」セルマが初めて動物園でパンダを見た時の子供のような声を挙げた。
「ほぅ」僕もセルマと一緒に見とれてしまった。
薄いピンク色の生地に赤いバラ? いや牡丹だなこれは。大きな牡丹や小さな牡丹がキラキラと天の川を流れるように散りばめられている。赤い帯がキュートだ。長い髪は綺麗にお団子型に纏められている。サヤカは嬉しそうなそして恥ずかしそうな顔をしていた。
「すっごく可愛いわぁ。サヤカちゃんにはピンク色が似合うと思ったの」
カオリが嬉しそうに手を叩いた。
セルマが羨ましそうに指を咥えている。
「セルマちゃんには夕方着付けてあげるね。大好きな水色だよ」
そう言ってカオリはセルマに微笑んだ。
「カオリさん、あたし……こんなの初めて……。あり……ありが……。」
サヤカがズズっと鼻を鳴らして涙ぐんでいた。
そっか。そうだよな。サヤカがこんな幸せな時間を過ごすなんて初めてかもしれないな。よかったなサヤカ。ありがとうなカオリ。
朝の時代劇四時間スペシャルも終わり、時計の針は十時を回っていた。
僕とカオリは冷たい麦茶を飲みながらリビングで付き合っていた頃の話で盛り上がっていた。サヤカは浴衣を着たままポーズをとってセルマに見せていた。
「そろそろ引越し屋が来る時間だな」僕は腕時計を見た。
「私も手伝いましょうか?」カオリは僕の顔を覗き込んで言った。
「僕ひとりでも大丈夫だよ。最近はなんとか引越しパックとかがあって引越し業者が荷解きとか家具の設置とか全部やってくれるんだ。僕はただ指示を出すだけさ」
「ふうん。そうなんだ。なんかつまんないなぁ。手伝いたかったなぁ」
カオリがぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
え? そうなの? カオリ……。それって……。
カオリの体が近い。昨日の夜は僕の向かいにカオリが座っていた。今朝はダイニングテーブルの角を挟んで隣に、今はリビングの三人掛けの革張りのソファに並んで座っている。カオリの膝が僕の膝に触れていた。
「麦茶もう一杯飲んでから行く?」カオリが立ち上がろうとした。
「あっ」
僕の足にカオリが躓き、僕に覆い被さるようにカオリが倒れてきた。
一本に編みこんだ栗色の長い髪が僕の顔に降りかかる。
僕はカオリに押し倒されたような格好になっていた。
カオリの胸の感触が伝わってくる。カオリの頬と僕の頬が触れる。
そしてカオリの細い脚が僕の脚を挟んでいた。
まずい。座っているのに立っているのがばれてしまう……。
完全にカオリの膝上の部分が僕の股間に押し当てられてしまっている。
いや、それよりも問題なのはカオリのアノ部分が僕の太腿に乗っかってしまっているということだ。布越しのソレは少し湿っているような感じがした。
「ご、ごめんなさい」カオリが慌てて立ち上がった。
「は、はい……」僕は呆然とカオリを眺める。
ちょっと僕に振り向いたカオリは顔を真っ赤にして泣きそうだった。
すごく可愛かった。僕はずっと忘れていた甘酸っぱい感覚を思い出していた。