16年前 秋
木々が色付き始める季節。快晴。
朝の空気は夏とは違う涼しい風がぼくの耳元をすり抜けていく。
朝六時。高校へ向かう道をぼくは一人で歩いている。
別に部活の朝練等があるわけではない。大体ぼくは部活などやってはいない。
商店街のアーケードを通り抜ける。開いているお店はほとんど無い。
二十四時間営業のコンビニやファーストフード店がちらほらと営業しているだけだ。少し歳をとったおじさんが店の前を掃除していた。
アーケード街を抜けると広い住宅予定地がある。すでに何軒か家か建っている。
今まで畑や空き地だった土地が区画整理され、これから分譲住宅が建てられるらしい。大きな道路や公園はすでに出来ていて、大型スーパーや銀行、郵便局など出来る予定だ。この住宅予定地を通って僕は高校へ向かう。まだ車はそれほど走ってはいなかった。
別の道を通って行けば高校までは歩いて十五分ほどで着くのだが、あえて遠回りの道をぼくは行く。行かなくてはならないのだ。
ぼくはこの高校に入学してから半年間、一日も欠かさず毎日この道を通って通学している。
何故かと言うと、そう、単純なことだ。好きな子が出来たからだ。
彼女はこの住宅街に住んでいる。ぽつぽつと何軒か建っている家の中でもかなり大きな家だ。きっとお嬢様というやつだろう。
入学当時ぼくは彼女と同じクラス。しかも彼女のすぐ後ろの席。
新しい黒いブレザーの制服。赤いチェックの少し短めのスカート。
サラサラのショートボブの真っ黒な髪からシャンプーのいい香りが漂う。
僕の前に座る彼女は振り向いて高校生活の手引きと書かれたプリントを僕に渡す。ぼくはプリントを受け取ろうとして彼女の指につい触れてしまった。
柔らかな感触がぼくの指に伝わってくる。
「あ、ごめん」
ぼくがそう言うと彼女はにこっと笑顔を見せてまた前を向いた。
彼女の気の強そうな瞳が微笑んだ時、ぼくの心臓の鼓動は激しく鳴り始めた。
彼女の名前はサヤカ。四月十六日生まれ。おひつじ座。十六歳。剣道部所属で有段者。血液型はB型。身長165センチ。体重48キロ。BWHは88、58、80だ。細めのボディで乳がでかい。モロぼくにストライクです。
え? なんでそんなに詳しく知っているのかって?
そんなのぼくがストーカーだからに決まっているでしょう。
おっと、サヤカちゃんが家から出てきた。
ぼくは電柱の陰に身を隠す。
剣道部の彼女は朝練の為に毎日六時十五分に家を出る。
ここから高校までは歩いて十分くらいだ。
「あれ? いつも一人なのに今日はもう一人いる」
ぼくは電柱の陰から二人をそっと覗く。
サヤカちゃんと一緒に住んでいる外国人? 名前は確か、セルマ。
長いウェーブのかかった金髪がふわふわと揺れていた。北欧美少女って感じ。
彼女の事はちゃんと調べてないけど、とりあえず乳のサイズは残念だ。
身長もサヤカちゃんより見た目で十センチ以上は低い。
さぁストーカーの本領発揮といきますか。
ぼくはお年玉で買った一眼レフカメラを構え、今日もサヤカちゃんの撮影会を開催することにした。
「おい、何してるんだオマエ? あの女を盗撮か?」
カメラからサヤカちゃんを覗き込むぼくの肩をポンポンと叩く人がいる。
やばい。見つかった。ぼくがこんなことしているのがばれたら、親に怒られる。
いや、怒られるだけならまだいい。学校で噂になったりしてみろ、イジメられてしまうぞ。毎日生卵とかぶつけられるぞ。痛い上に何か屈辱だぞ。
い、いやだ。そんな生活、そんな人生……。
「ユウジ、何頭抱えてるんだよ?」
そこに居たのはレオナ。ぼくの幼馴染だ。家がお隣同士で物心ついた頃から一緒に遊んでいた。小学校を卒業するあたりからあんまり遊ぶこともなくなったけど。
歳はぼくと同じで、同じ高校に通っていたのだがこの前中退してしまった。毎日何やってるんだろうなぁこいつ。
ちょっと目つきがきついけど、こいつも昔は結構可愛かったんだけどな。
似合わない化粧と中途半端にパーマをかけて脱色した髪。頭のてっぺんには黒い毛が生えて来ていてプリンみたいになっている。猫の刺繍が施されているだぼだぼの黒いトレーナーを着て、赤いラインが入った白いジャージを履いていた。裸足に赤いサンダルを履いている。足の爪には剥がれかけたピンクのマニキュアが見えた。そして咥え煙草で煙をプカプカ吹かしていた。
「レオナお前さぁ、もうすぐ二十一世紀になろうかというのにその格好はなんなの?」
「盗撮カメラ小僧に言われたくねぇよ。バーカ」
「で? こんな早朝からお散歩か? 無職女」
「あ? 別に関係ないだろ。パチ屋が新装開店らしいから行ってみるだけだ」
「オッサンかよ」
「うるせー。ヘンタイ野郎」
思いっきり舌を出してレオナは行ってしまった。なんなんだよ。まったく。
あれ? そっちにパチンコ屋なんてあったかな?
いや、そんなことはどうでもいい。まったくレオナのせいで無駄な時間を過ごしてしまった。急いでサヤカちゃんを盗撮しなくては……。
「って、居ねぇぇぇ!!」
あたしは学校へ向かう通学の道をセルマと二人で歩いている。
あたしは近くの普通科の高校に歩いて通っている。セルマはちょっと遠くの女子高に自転車通学。運動音痴のセルマは自転車に乗れなくて、よくあたしが自転車の猛特訓をしてやったものだ。少し危なっかしいが今はなんとか自転車に乗れているようだ。あぁ。出来ることなら補助輪を付けてやりたい。あの綺麗な足に傷が付くなんてあたしには耐えられないよ。
「サヤカちゃんって毎日こんなに早く学校に行くんだね」
セルマはあたしの顔を覗き込むようにして言った。
「あたしは部活だけど、セルマはまだ出かけるには早いんじゃない?」
「ちょっと足りない物があってコンビニに行こうかと思って」
「ふーん」あたしは適当な相槌を打つ。なんでこいつはこんなに可愛いんだ。
「じゃ、わたしこっちだから」セルマが手を振る。
「うん、じゃあね」あたしも軽く手を振ってセルマと別れた。
パパとカオリさんが結婚した。お隣の大きな家に引っ越すことになったあたしはすごく嬉しかった。あの優しいカオリさんがママになるんだ。大好きなセルマと姉妹になるんだ。あたしの方が誕生日が早いからあたしの方がお姉さんだね。
欲しくて仕方がなかったもの。暖かい家族が手に入った。
あたしはこれからの毎日に夢を馳せていた。
でも、そんなに長く幸せな時間は続かなかった。