「やばっ。もう真っ暗だ」
猫と遊んで、ぼーっとした後、街をぶらぶらしてたら暗くなってきた。
「家に帰るか……」
秋の日暮れは早い。アタシはとぼとぼと家路につく。
母とふたりで借家暮らし。平屋の一戸建て。六畳間がひとつと四畳半がひとつ。
狭い台所と和式トイレ。一応風呂付。シャワーなし。
家に着いた。アタシはドアノブを回す。
ガチャガチャ……。あれ? 鍵が掛かっている。
「お母さん、ただいま。開けて」
家の窓には明かりが見える。母は居るはずだが。
ピンポーン。チャイムを鳴らす。
家の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
なんだ。やっぱりいるんじゃん。寝てたのかな。
ドアが開き、母が顔を出す。
母は黒いネグリジェのようなものを着ていて、肩ヒモが片方落ちている。
髪は乱れ、化粧が所々剥げていた。小さな玄関には男物の靴がある。
「今お客さん来てるからさ、友達の家にでも行って時間潰して来てよ」
母はそう言うと一方的にドアを閉めた。アタシは呆然と外に佇む。
アタシに友達なんていないよ。お母さん。
初秋とは言え日が落ちると少し肌寒い。
ふと隣の家の二階の窓を眺める。電気の光が漏れていた。
「ユウジはもう帰って来てるんだな」
アタシはまたうつむいてとぼとぼと歩く。あては無い。
「待てよ。レオナ」背後から声が聞こえた。
「ユウジ……」
振り向いた先にはユウジがいた。アタシは少し泣きそうになった。
「また家に入れてもらえなかったのか?」
「うん……」ぐきゅるるる~。そう言った途端、アタシのお腹が鳴った。
あ、そう言えば今日煮干しか食ってないや。
ユウジはアタシの顔を見て少し笑った。
「ウチで飯食っていけよ。レオナ」
「え、さすがに人の家の団欒に加わる勇気はないよ」
「ああ、ウチの親共働きでさ、まだ帰って来てないんだ。だからたいしたもん出せないけどさ」
我慢していたものがアタシの目に溢れてきた。
ユウジはオロオロしていた。その姿がなんか可愛くておかしかった。
アタシはユウジの部屋に入った。そういえば高校受験の時に勉強教えてもらいに来た時以来だな。なんか遠い昔のようだ。
「ちょっとぼくの部屋で待ってて。なんか作ってくる」
ユウジはそう言うと一階へ降りていった。
アタシは部屋を見回す。小さなテレビの前にはゲーム機が転がっている。本棚には参考書と漫画本が無造作に置かれ、そしてゴミ箱にはティッシュの山……。
やりすぎだ。ユウジ。
なんとなく机の引き出しを開けてみた。そこには写真が何十枚もあった。
通学途中の写真、凛々しく竹刀を構えた写真。外人の女の子と歩いている写真。
水泳の授業の写真……。着替え中の……。階段の下から……。
ちょ、これパンツ見えてんじゃん……。オイオイ……。犯罪だぞユウジ……。
写真の女性は全部同じ人だった。
ユウジはこの人の事が好きなんだ。なんか歪んでいる気もするけど。
数十枚の写真の一番下に一枚だけその女性が写っていない写真があった。
アタシだ……。髪を染めていない頃の。
高校の入学式の朝ユウジが撮ってくれた写真。
笑顔のアタシ。まだ汚れていないアタシ……。
「レオナー出来たぞー」
ユウジがお盆にラーメンを二つのせて足でドアを開け部屋に入ってきた。
いいにおいがする。
「わっ。レオナ……。何引き出し開けてるんだよ!」
ユウジは机にラーメンののったお盆を置いて、アタシから写真を取り上げた。
「それ、アタシの写真だよ」
「え? あ、本当だ……」
「持っていてくれたんだ……」
「え、いや、あの、その、そ、そうだ、他の写真は見ていないだろうな!」
「他の写真ってこれ?」
アタシはババヌキをするときにカードを持つときのように写真を数枚広げた。
「わぁ!わぁ!わぁ!」
ユウジは慌ててアタシから写真を奪うと机の引き出しに写真を戻した。
「ラーメン食おうぜ。のびちまう」ちょっとバツが悪そうにユウジが言った。
「うん」
アタシが母に家を追い出されると、決まってユウジは部屋に入れてくれてラーメンを作ってくれた。中学生の時も、小学生の時も。
ユウジの作ってくれるラーメンはいつも温かくて美味しい。
アタシが何とか生きてられるのはユウジのおかげなのかもしれない。
汁まで完食。
「ぷはぁ、生き返ったぁ。今日もユウジに命を救われたわー」
「ラーメンぐらいで大げさだよ」
食べた後は決まって二人で並んで座ってテレビゲームだ。
だけどユウジは強すぎてアタシじゃ相手にならないけど。
ユウジと二人で過ごす時間は中学の時以来だった。
「ねぇ、ユウジ」ゲームにも飽きたアタシはユウジの方を向いて言った。
「何だよ」コントローラーを握りながらユウジが応える。
「あの写真の女の人って今朝撮ろうとしてた人だよね」
「え? あ、うん……」
「その人のこと好きなの?」
「な、お前、何言ってんだよ」
「すごく綺麗な人だもんね。大きなお屋敷から出てきたし、お嬢様って感じだったしね」
「おいおい、レオナ……」
「アタシなんてご飯を恵みたくなるくらい、ただの惨めなお隣さんだもんね」
「レオナ……」
「ごめん。何言ってるんだろうアタシ……。もう帰るよ」
本当に何言ってるんだろう。
やだ、また涙が出てきた。今日のアタシはなんか変だ。
ユウジの心に他の女性がいると思うと心が締め付けられる。
あれ? これってアタシ……。ユウジのことが好きってこと?
「待てよ。レオナ」
立ち上がろうとしたアタシの腕をユウジが掴んだ。
「いいか、よく聞け。男の“好き”には二種類あってだな。ひとつはオカズとしての“好き”ともうひとつは……」
「もうひとつは?」
「主食としての“好き”だ!」
は? 全く意味が分かりません。
きょとんとしていると、ユウジはアタシの腕を引き寄せ抱きしめた。
「ちょ、ちょっとユウジ?」
「こういうことだ!」
キスされた。呆然とするアタシの唇にユウジの唇が押し当てられる。
え? え? え?
キスをしたままユウジの右手がアタシの胸に触れる。
そしてきゅっと胸を掴まれた。
ちょ、ちょ、ちょっと、オイ、ユウジ、何してんだコラ……。
ユウジはアタシを静かに押し倒した。そしてアタシの肩の外側に両手をついた。
仰向けに寝かされたアタシの上にユウジの顔が見えた。
ユウジは真剣な眼差しでアタシを見つめている。
そして、ユウジの顔が近づいて来て、またキス。長いキス。
思わずアタシは唇を少し開く。すかさずユウジの舌が滑り込んできた。
ユウジの手がアタシのトレーナーを捲くり上げ、ブラを外そうとした。
その時レイプされた時の記憶がアタシの頭の中を駆け巡った。
バチーン
「だめぇー」
アタシはユウジの顔に平手打ちを食らわせていた。
ユウジはアタシのブラの隙間に親指を入れたまま呆然としている。
「アタシ帰る」
そう言ってアタシは逃げるようにユウジの部屋を出た。
ユウジは追いかけてはこなかった。