「セルマー、サラダ油取ってー」
今あたしはセルマとお料理中。セルマはあたしの隣でご飯をとろとろに煮ている。
「慣れたもんだね。セルマ」
あたしはセルマの手際の良さに感心しながら鍋を振る。
「サヤカちゃんは何を作ってるの?」
セルマがあたしの振っている鍋の中を覗く。
「冷蔵庫の中に何も無くてさ、辛うじてご飯だけは今朝炊いてたからチャーハンを作ってた」
「見事にご飯だけだね。サヤカちゃん」
「せめて卵でもあればなぁ。あ、ケチャップあった。これ入れよう」
「チキンライスだね」
「チキンは入ってないけどね」
ケチャップライスを二つ。皿に盛って出来上がりっと。
「リュウちゃんのご飯少し冷まさなきゃ」
湯気の立つとろとろのおかゆ。お塩を少々。
「んじゃ、先にあたしら食っちゃおうよ」
「うん」
セルマ……。あなたの「うん」は可愛すぎるの。守りたいこの笑顔。
ダイニングテーブルにケチャップライスとスプーン。あとお水を二杯。
あたし達の今日の夕食。しかし、この家って確か金持ちだったよな。
なんかパパと二人の時の方がいいものを食べていたような気がするんだけど。
セルマと二人で夕食を食べようとしていると階段の方から足音が聞こえた。
足音はダイニングに近づいて来る。
「カオリさん……」
久しぶりに顔を見た気がする。あんなに清潔感のあった彼女の栗色の髪はボサボサで目の下にはうっすらとクマが出来ていた。クシャクシャのシャツとクシャクシャのズボン。薄いカーディガンを羽織っていた。
「なんかいい匂いがするわねぇ。私にもくれないかしら」
カオリさんは頭をポリポリ掻きながら、ダイニングの椅子に座る。
「二人分しか作ってないわ。カオリさん」
そんな最近のだらしないカオリさんにあたしはイライラしていた。
少しきつい口調になってしまう。
「あら、そうなの? まぁいいわ」
気だるそうにカオリさんはテーブルに肘を置いて頬杖を付いた。
「あの、パパは?」
しばらく顔を見ていないパパの事が気になってカオリさんに尋ねてみた。
「アキラくん? 上の部屋でお休み中よ。もう毎日毎日激しくて私腰が抜けそう」
セルマは顔を赤くして下を向いている。セルマだってパパとカオリさんが毎日何をやっているかくらい分かっているだろう。
「カオリさん、セルマの前でそんな話しないで下さい」
穢れを知らないセルマになんてことを言ってるんだ。この人は。
「セルマちゃんは平気だよねぇ。だってセルマちゃんは売春組織の出身だもんねぇ」
え? カオリさんは何を言っているの?
「セルマちゃんは檻の中に居たんですって。それをテツオが買ったんだって」
テツオって、カオリさんの前の旦那さんの名前だ。
一体カオリさんは何を言いたいのだろう。
「シャワー室の中でテツオに何をされたの? セルマちゃん」
ニヤニヤ笑いながらカオリさんはセルマに尋ねた。
セルマは下を向いて固まったままだ。
「カオリさん、セルマに変なこと言わないでよ」
あたしは怒鳴るようにカオリさんに言った。
セルマは目に涙をいっぱい溜めながら、手にリュウのご飯を持って二階に駆け上がって行ってしまった。
広いダイニングであたしとカオリさんは二人きりになった。
少しの時間あたしとカオリさんの間に気まずい沈黙が流れた。
「サヤカちゃん……」カオリさんが口を開く。
「はい?」あたしは口にチキンライスを頬張りながら返事をした。
「セルマの両親が亡くなって、テツオがセルマを引き取ったことは知っているわよね」
「う、うん。詳しくは知らないけど」
「変だと思わない?」
「何が?」
もうちょっと、ケチャップ入れれば良かった。ちょっと味が薄い。
「テツオはね、セルマを預かったと言ったの」
「預かった?」
「そう、養子にしたとかじゃなく、預かったって」
「えっと、何が言いたいの? カオリさん」
カオリさんはセルマが手を付けなかったチキンライスを一口頬張り、水をくっと飲んだ。
「テツオは誰からセルマを預かったのかしら?」
「え? それは、セルマの親戚とかじゃないの?」
「私ね、セルマを養子にしようと思ってね、古い知り合いの弁護士の先生に色々手続きを頼んだのよ。そしたらね」
「ん? そしたら?」
もごもごと口を動かしながらあたしはカオリさんに聞く。
「テツオの持ってきたセルマの書類やらパスポートやらぜ~んぶ偽造!」
「へ?」
「犯罪の臭いがしてきたでしょ」
「ちょっと、カオリさん、何言って……」
「テツオってさぁ、金髪で青い目が大好きなのよねぇ」
「だって、その頃のセルマってまだ五歳くらいでしょ」
「テツオは子供好きなのよ。性的な意味で」
「え、それってロ、ロリコン!」
初めて知った。っていうか、テツオさんの話をこうやってカオリさんから直接聞くのは初めてだ。
「私は思ったわ。これは外国からセルマを買ってきたなって」
「そ、そんな……」
人身売買。なんで外国人のセルマがカオリさんの娘なのか不思議に思ったことはあるけど。でもそんなこと本当にあるの?……。
「それで私、弁護士の先生に頼んでね、色々調べてもらったの。テツオの行った国、場所。テツオの足取りを追って、彼が何をしていたのか。先生は優秀な探偵も抱えているしね」
「…………」
チキンライスを食べるあたしの手が止まっていた。
「そしたら、フレッドという男とコンタクトが取れたの」
「フレッド?」
「ええ。少しばかりのお金を渡したらべらべらと喋ってくれたらしいわ。テツオのこと、セルマのこと、聞いてもいないことまで」
話が飛びすぎて付いていけない。あたしの頭が混乱している。
「まぁ、なんとかセルマを養子にすることは出来たんだけど。ただ……」
「ただ?……」
カオリさんはふぅっと息を吐いてあたしから視線を逸らした。
「セルマは可愛かった。キラキラ輝く金色の髪とどこまでも澄んだ青い瞳。あの子は私の天使だった」
「カオリさん……」
「でもね、それと同時にあの子があのあどけない目でテツオを誘惑していたことは許せなかった」
「だって、五歳の頃の話でしょ。セルマが誘惑なんて出来るはずないじゃない」
あたしはドンっとテーブルを叩いて立ち上がった。
水の入ったコップが倒れて転がり床に落ちて割れた。
カオリさんは動じた素振りも見せなかった。
「分かってるわ。でも少なくてもテツオは違う。あの人の心は完全にセルマに捕まえられていた。セルマと手を繋いで私の前に現れたテツオは、私には一度も見せたことの無い優しい顔でセルマを見ていた」
カオリさんの目が潤んでいた。テツオさんのこと思い出しているのだろうか。
「カオリさんは、今でもテツオさんのことが忘れられないの?」
「そうね。私はテツオを愛しているわ。誰よりも……」
そのカオリさんの言葉であたしはカッとなった。
「それじゃ、何でパパと結婚したの?」
「ん? サヤカちゃん、私とアキラくんは結婚なんてしてないわよ」
冷ややかにカオリさんが言った。
「え? だってパパが……」
「やだわ、アキラくんがそう言ったの? 籍は入れてないわよ」
「そ、そうなの?」
「そうよ。だからアキラくんとサヤカちゃんはただの居候なの。あなたは私の子供でもないし、セルマの姉妹でもないわ」
「…………」
あたしは何も言えずに黙ってしまった。
「居候に学校まで行かせてあげてるんだから、もう少し私に対する口の聞き方も考えて欲しいものね」
「カオリさん……」
「そうそう、私のことママと呼ばなかったことは正解だわ。そんなこと言われたら追い出しちゃうところだったわよ」
カオリさんは笑いながら話す。だけどその目は何故か怖かった。
でもあたしにだって言いたいことはある。
「だってカオリさんがパパを誘惑するからこんなことになったんじゃない。パパは会社もやめちゃってぶらぶらしてる。パパがあんな風になっちゃったのはカオリさんのせいよ!」
目に涙をいっぱいに溜めながらあたしは叫んだ。
「嫌なら出て行けばいいじゃない。セックスしか能の無い男と二人でどこへでも行けば? 悲惨な未来しか浮かんでこないけど」
カオリさんは意地悪く笑って言った。
何も言い返す事が出来なかった。あたしは泣きながらリュウの部屋にいるセルマの元へ走って行った。