「入りますよ。コウキぼっちゃん」
オレはクソガキの部屋のドアを開けた。
壁側に机。その上にはパソコン。
その上にはレントゲン写真のようなものが掛けられている。
反対側の壁には戸棚がある。戸棚の中には薬の瓶が大量に並べられている。
部屋の中央には病院の診察室にあるような白いベッドが置かれていた。
この部屋は病院の診察室を模して作られたものだ。
このコウキというクソガキは医者になりたいらしい。
ただ、悲しいことにその実力は皆無だ。要するにこいつは馬鹿だ。
金の力でなんとか医大に入ることは出来たが、それだけだ。
卒業することができない。だってこいつ馬鹿だから。
結局、学校には行かなくなり、ここで“お医者さんごっこ”だ。
「お帰り~。ヤガミ。おっ、ちゃんと連れてきてくれたみたいだねぇ」
コウキはでかい黒縁の眼鏡をくっと上げながらオレを出迎えた。
医者の真似して白衣を着ている。
こいつのにやけた口元とツヤツヤの長髪に今日も虫唾が走る。
「オイ、ケンジ。その女をベッドに降ろせ」
オレがケンジにそういうと、ケンジは無言でその女をベッドにうつ伏せに置いた。
「馬鹿か? ケンジ。仰向けに寝かさなきゃぼっちゃんに顔が見えないだろうが」
オレに怒鳴られたケンジはオレに振り向きおどおどした顔をしていた。
「あ~、ケンちゃん、いいよいいよ。そのままで」
にやけ顔のコウキがうつ伏せで横を向いた女の顔を覗き込んだ。
「この女で間違いないですね。ぼっちゃん」
「そうそう。だけど髪の色が違うなぁ。変な色にしちゃってぇ。黒髪の方が絶対いいのになぁ」
コウキはにやにやしながら女を見ている。
「じゃ、ぼっちゃん。オレは自分の部屋に戻りますよ。オイ! ケンジ行くぞ」
仕事も終わったことだし、オレはこの悪趣味な部屋を出ようとした。
「あ、ヤガミ~。ケンちゃんはおいていって~。助手が必要なんだよ」
「はぁ。分かりました」
オレはケンジを残しこの部屋を出た。
長い廊下を歩きながら、オレは胸ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
「ふうぅ~」
五十を過ぎたこの体にこの仕事はキツイ。いや、体じゃなくて精神的にかな。
正直こんな仕事するくらいなら鉄砲玉になって全身に穴開けられた方がマシだ。
しっかし、あの女も可愛そうにな。たった百万の借金で売られるなんてな。
明日の朝には細切れか……。
「ん……。ここは? なんか頭がズキズキする……」
あれ? 何だっけ? 何があったんだっけ。
アタシは静かに目を開いた。
黒縁眼鏡の白衣を着ている痩せた男。
口元に浮かぶいやらしい笑み。
忘れようとしても忘れられない顔がそこにあった。
「きゃ……」
恐怖のあまり叫ぼうとしたアタシの口を相撲取りのような男の分厚い手が塞いだ。
「ダメだよう。大声出しちゃぁ。夜なんだからさぁ」
そうだ。この男。高校の入学式の帰りにアタシをレイプした男だ。
二人の男にアタシを押さえつけさせ、もう一人はビデオを撮っていた。
そしてアタシを路上に捨てていったクソ野郎だ。
「久しぶりだねぇ。レオナちゃぁん」
くそっ。こいつ……。だけど……。口も体もこの大男に押さえ付けられていて動けない。
「すっごくキミの事探したんだよぉ。キミの事が忘れられなくてさぁ。ボクのチンコを出し入れしてる時のその強気な目とかさぁ」
クソ野郎が……。
「ケンちゃ~ん、レオナちゃんのお尻をちょっと浮かせてあげて」
大男がアタシの口を左手で押さえたまま、分厚い右手をアタシの下腹部に差し込んで、持ち上げた。アタシは四つん這いでお尻を突き出すような格好になっていた。
「キミはラッキーだよぅ。ボクに選ばれたんだからねぇ」
そう言いながらそのクソ野郎はアタシのジャージに手をかけ、パンツごと一気にずり下げた。
アタシの下半身はむき出しになった。大男の荒い息が聞こえる。
「ん、何だコレ」
クソ野郎はアタシのジャージのポケットに入っていた写真を引き抜いた。
「ちょ、ちょっと何コレ……何コレ……」
クソ野郎は写真を見ながらぴょんぴょんと跳ねた。
そしてアタシの顔の前に写真を持ってきた。
「お、おい。レオナ。この子、この金髪の……。知り合いか?」
スっと大男がアタシの口から手を離す。
「知らねぇよ。クソ野郎」
べっとアタシはクソ野郎の顔に唾を吐きかけた。
「ふうん。あ、そう」
黒縁眼鏡についた唾を拭いながら、それでもクソ野郎は写真を凝視していた。
そして首だけアタシの方へ向けてニヤリと笑った。
「キミの病名が決まったよ。レオナ。今夜はゆっくりと手術してあげるね」
片手に注射器をもってクソ野郎はアタシに近づき、むき出しのお尻をつまむと、その内側に注射針を突き立てた。
チチチチ……
鳥の鳴き声が聞こえる。朝か……。結局一睡も出来なかった。
柔らかかった。レオナの唇……、と胸。
手の平に収まるくらいのちょうど良い大きさ。
だけどせめてレオナの乳首を拝んでおきたかった。
もう、ちょっとだったのになぁ。
でも無理やりは良くないよね。うん。これでよかったのだ。
ぼくは真っ赤に充血した目に目薬をさした。
「くぅ……しみるぅ」
そしてぼくは窓の外をぼんやりと眺めた。
知ってる? レオナ。ぼくはずっと君の事が好きだったんだよ。
小さい頃からずっとね。
幼稚園に通っていた頃の君は、近所の悪ガキにいじめられてたぼくをよく助けに来てくれたね。
相手が体の大きい小学生でも君は勇敢に立ち向かっていった。
ぼくがいじめられてくしゃくしゃに泣いていると君は決まってぼくの手を引いて駄菓子屋に行って麩菓子を買ってくれた。一番安いやつだったからね。
でもお小遣いなんかもらってなかった君はその十円だって大金だったはずだよ。
君は麩菓子を一本だけ買って自分は食べずにぼくにくれた。
中学生になってぼくの身長が君より高くなった頃、ぼくは君を女として意識し始めたんだ。
小さい頃は二人でお風呂に入ったりしても平気だったのにね。
君がすごく可愛くてドキドキして、今までみたいに普通に君とお話することが出来なくなってしまったんだ。
ちょっと冷たくしてしまったこともあったと思う。
同じ高校に入ることが出来てぼくはすごく嬉しかったよ。
君の制服姿も眩しくてぼくは目を開けていられなかったほどだ。
だけど……。君は次の日から学校にこなくなってしまった。
家からも出てこなくなってしまった。
君に会えない日々は辛くて苦しくて悲しかったよ。
何度も君の家のドアを叩いたんだ。
だけど君は出て来てはくれなかったね。
でも最近、君が外を歩いているところを見かけたんだ。
ぼくは君に拒絶されたらと思うと怖くて声を掛けることが出来なかった。
住宅地の中の大きな公園。その中央のベンチで君は猫にまみれていた。
遠くから何枚かその写真を撮ったけどね。
この時ぼくは君を抱きしめたい衝動に駆られたんだ。
え? サヤカちゃん? 彼女はとても素敵な女性だと思うよ。胸も大きいし。
ぼくにストライクの顔とプロポーションだし。
昨日も言ったけどね、サヤカちゃんはぼくのオカズなの。
それ以上でもそれ以下でもないの。
え? ぼくおかしいですか? ヘンタイですか?
と、とにかく今日、君に会って「好きだ」って言うんだ。
もうぼくは君がそばに居ないとヘンになってしまいそうなんだ。
「よし、そろそろ行くか」
ぼくは高校の制服に着替え、カメラを首にぶら下げた。
今日も君は公園に居るはず。猫にまみれているはず。
猫にまみれた君の写真を撮ろう。
秋の風が吹く公園で眩しい笑顔の君の写真を撮ろう。
そしてもう一度君を抱きしめよう。