※この作品はR-18です。

せっちゃん今日も頑張る!   作:山崎 響

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第25話

 夢を見ていた。

 ふと目を覚ましたオレは味気ない病室の白い天井を見る。

 時計を見ると午前四時。まだ四時だ。

 歳をとると朝早く目が覚めるらしいが……。

 

 オレはふんっと鼻で息を吐いて、ベッドから起き上がる。

「まだ、老け込む歳じゃねぇよ」

 そう自分に言い聞かせ、重い体を起こした。

 

 白い病院着の内ポケットにはこっそりと煙草を忍ばせてある。

 オレは病室を出て屋上へ向かった。

 

 この古い病院はセキュリティが甘い。無いも同然だ。

 屋上の扉には鍵は掛かっていない。

 まぁ、こんな所に忍び込むような物好きもいないだろうが。

 

 雪が積もった屋上で煙草に火を点けた。

「げほっげほっ……」

 

 久しぶりに吸う煙草は敏感な喉を刺激する。

 だが……。

 

「うめぇ……」

 

 まだ暗い夜明け前の空に白い煙が立ち昇って行く。

 少し大きめの月が薄く光り、夜明けを告げていた。

 

 月……。そう月だ。オレは月を見る度にあの日を思い出す。

 あの日の月は異常だった。

 空を全て覆う程、巨大だった。

 

 ほんの数秒で月は元の大きさに戻った。

 不気味なクレーターが空一面にはっきりと見えていた。

 

 不思議な事にその異常な月に気付いた者はオレ以外には誰も居なかった。

 誰もそんなものを見てはいないと言うのだ。

 世間の話題にものぼらなかった。世界中が大騒ぎになるような事だというのに。

 

 オレの頭がおかしいのだろうか。

 

 あの日。新興住宅で激しい火災が起こった日。

 黒焦げの焼け跡を呆然と見つめていたあの日。

 

 新興住宅の中でも昔から建っていた邸宅。ここが火元だった。

 何者かが灯油をばら撒き、火を点けたらしい。

 

 その家からは男女の区別もつかないような黒焦げの死体が二つ出てきたそうだ。

 死体のひとつは頭が割られていて、中からガラスの破片が見つかったという。

 

「ふぅ」

 細長く煙を吐いてみる。もう咳は出ない。

 

 そしてこの家にはもう一人居た。まだ十六歳の少女だ。

 二階の奥の部屋にひとりで居たらしい。

 発見された時は何故か全裸だった。

 体は黒く煤けてはいたが、全く怪我はなかったそうだ。

 

 オレはその不自然に助かった少女に興味を持った。

 

 

 

「まだ生きてたか、じじい……」

 

 オレの背中の方から声が聞こえた。

 振り向くと朝方の月の光が雪に反射して照らされた水色の髪が見えた。

 

「こんな早朝にどうした? せつ」

「なんだよ、可愛い女の子が見舞いに来てやったんだからもっと喜べよな」

 

 せつは頬を膨らます。その頬は少しだけ赤く腫れていた。

 

「またセルマを怒らせたんだろ。仕方のない奴だ」

「え? な、なんで分かるんだじじい」

 

「お前がオレの所に来るのはいつもセルマに叱られた時だろうが」

「うー……」

 

 せつ……。セルマの子供。あの火事で生き残った少女が産んだ子供……。

 

 火が消し止められ、煤だらけで発見された少女はすぐに病院へ運ばれた。

 あれだけの火に囲まれながら無傷で助かったのは異常としか言い様がない。

 

 その少女はすぐに退院出来る事になったのだが……。

 

 

 

「体の調子はどうなんだよ。じじい」

「何だ? オレのことを心配してくれているのか? 珍しいこともあるもんだ」

「わ、悪いかよ……」

 

「全く、オレを病人扱いしやがって……」

 オレは両手を後ろの方へ高く上げて伸びをしながら言った。

 

「血ぃ吐いて枕を真っ赤にしてた奴の言うセリフじゃないな……」

「な、なにおぅ」

 そう言ったオレとせつの目が合った。何故か可笑しくて二人で笑った。

 

「体は大事にしろよ。もう先も長くないんだからさ」

「憎まれ口をたたきやがって……。まぁ、お前に心配されるのも悪くはないかな」

 オレはポケットから二本目の煙草を取り出した。

 

「私にも一本くれよ」

「未成年だろうが……。お前は……」

 

 ひょいっとせつは煙草を箱ごと奪う。

「おいおいおい……」

 

「ヨシ、じじぃは今日から禁煙だ」

「はぁ?」

 

「ホントに心配したんだからな」

 せつの目には少しだけ涙が溜まっていたように見えた。

 

「あんたに死なれると泣く女が三人も居るってことを忘れんなよ」

 ビシっとせつはオレに指を差して言った。

 

 少し呆然とした後、涙が出てきた。歳だねオレも。

 

 降り続ける雪は少しずつ勢いを増していた。

 だけどオレは真冬の寒さも白い息も気にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 せっちゃんが病院の裏口へ入っていくのが見えた。

「やっぱりここだったか……」

 お母さんは白い息を吐きながら古ぼけた病院を見上げて言った。

 

 ヤガミさんが入院している病院。

 数日前に大量に血を吐いて救急車で運ばれた。

 

 だけど昨日お見舞いに行った時はすごく元気そうであたしもお母さんも驚いた。

 

 

「帰ろうか。ゆかり……」

「うん。お母さん」

 あたしとお母さんは二人で家に帰ることにした。

 途中のコンビニで温かいコーヒーとあんまんを買ってもらった。

 

 

 お母さんはいつも「ヤガミさんは恩人」と言っている。

 あたしもヤガミさんには感謝している。

 ヤガミさんが居なかったら、あたしもお母さんも生きてはいなかったかもしれない。

 

 あたしとお母さんは十六年前に孤児院で出会った。

 色んな事情で親の居ない子供達が集められた施設だ。

 

 お母さんは火事で全てを失った。

 その時お母さんは十六歳。あたしは三歳だった。

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