「へっくしょい」
さすがに寒くなってきたな。
「大丈夫か? じじい」
せつが心配そうにオレの顔を覗きこむ。
ぐきゅるる~
心配そうな顔をしながらせつの腹が鳴る。
「なんだ、せつ。腹減ったのか?」
せつは恥ずかしそうな顔で頷く。
「今の時間やってる店あるかな?」
オレがそう言うとせつの顔がぱぁっと明るくなった。
「駅前! 駅前のファミレスが開いてるぞ」
「ふぅん。じゃ、行ってみるか。病院の飯も食い飽きたしな」
「やたっ。私ハンバーグ、ハンバーグ食っちゃうぞ」
せつは嬉しそうにオレの手を引っ張る。
「あ……。でも……。じじい……。やっぱし体……つらいだろ?」
「バカヤロ。このおれ様をなめてんじゃねぇ。いくぞ!」
せつは心配そうな顔をしながらも、嬉しそうにオレの腕に手を回した。
雪は静かに降り続いていた。
厚めの黒いコートを羽織りオレはせつと朝の街を歩いている。
せつは水色のジャンパーにジーンズ。そんな格好で寒くないのか?
さすがに若いな。
並んで歩いているとせつの顔がオレの目の高さにあることに気付く。
セルマやゆかりだと背が低くて頭しか見えないのだが。
「せつ、お前また背が伸びたか?」
「な、なんだよ……急に」
「何センチある?」
「えっと……ひゃく……」
「百?」
「ななじゅぅ……」
消え入りそうな声だった。
「百七十?」
「……はち」
「なんだ、オレと変わらないくらいあるじゃねぇか」
オレがそう言うと、ちょっと泣きそうな顔でせつは俯く。
「私だってゆかりんみたいに可愛かったらなって思うよ。ちっちゃくて、守ってあげたくなるような女の子になりたかったよ」
「なんだよ、そんなこと気にしてたのか?」
「だって、ゆかりん可愛いし……。母さんだって……。私だけ、なんかにゅっとおっきくていやだったんだもん」
口を尖らせてせつは下を向く。
「あのなぁ、お前くらいの身長の女なんざ今時いくらだっているだろう」
「だってさ……」
まったく、体ばかり一人前で中身はまるっきり子供だな。
せつも今年で十五歳か……。そうだな。まだ子供だよな。
だけどセルマは十七でお前を生んだんだぞ。
十七で母親になったんだぞ。
十六年前、あの火災の現場にオレはしばらくの間佇んでいた。
携帯の着信音が鳴る。組の者からだった。
「分かった。すぐに戻る。オヤジにそう伝えてくれ」
組の事務所。幹部の連中がガン首揃えてオレを待っていた。
オレが事務所の中に入るなり、幹部の連中の質問攻めが始まる。
「ボンのことだろ。だったらオレはオヤジとしか話をする気はねぇよ」
オレはそう言って連中を顔を睨む。
連中は殺気立っていた。どうやら事務所やコウキの家、そして幹部連中の自宅やオヤジの家まで一斉に警察のガサ入れがあったらしい。
既に半数以上の組員が逮捕されていた。
そのほとんどが麻薬所持の現行犯だった。
それまで奥の椅子に腰掛けていたオヤジが重い口を開く。
「ピーピー喚くな。俺はヤガミと二人で話がしたい。お前ら外に出てろ」
オヤジの言葉に幹部連中はぶつくさとふて腐れながら、部屋から出て行った。
「ふぅ。五月蝿い連中だ」
オヤジは溜息をひとつ漏らし、ガラスのテーブルに肘を付いた。
「そこに座りな。ヤガミ」
オレはオヤジの向かいの黒い革張りのソファに座る。
「新興住宅地で火事があったそうだな」
「はい」
「でかい家と隣の空き家が全焼したんだな」
「はい……」
「空き家の中から死体が五つ見つかった」
「五? そんなにですか?」
「ああ。」
オヤジは苦々しい顔をしながら、煙草に火を点ける。
火元の家から死体が二つ。
隣の空き家から死体が五つ。男が四人と女が一人。
オヤジの話だと空き家の方からコウキの死体が見つかったと言う。
かなり焼け焦げていたが、溶けて顔にめり込んだ黒い眼鏡と歯の治療跡から判明したらしい。
そしてやたらデカイ男の死体。これはケンジか。
ガラスで首をザックリと切られた若い男の死体。
折り重なった男女の死体。女の足首の骨が砕けていた。
二人とも体から麻薬の成分が検出された。
死体の内訳はこんなもんか。
問題はコウキが死んだと言う事よりもあいつが持っていた薬だ。
死体がコウキと割り出された後、一斉検挙が始まった。
「もはや組もここまでだな。くそっヤクになんか手を出しやがって……」
オヤジは煙草をでかいガラスの灰皿で揉み消した。
「ヤガミ、今朝俺がお前に話したこと覚えているか?」
「使命の事ですか?」
「そうだ」
「分かっています。セルマという女ですね。見つけたら……殺します」
「あの火事で助かった女が居る。その女の名前がセルマだ」
オヤジの目が鋭く光る。
「分かりました」オレは頷いた。
オレは事務所の外に出た。その直後事務所の中でパーンとひとつ銃声が鳴った。
だけどオレは振り返らなかった。
「なに、ぼーっとしてんだよ。じじい」
せつがちょっと屈んでオレの顔を覗きこむ。
「具合悪いんなら無理しなくてもいいんだぞ?」
「ガキが大人の心配なんざするもんじゃねえよ」
「だってさ……」
真っ直ぐに伸びた水色の髪がゆらめく。
雪は少しだけ積もったがどうやら止んだようだ。
夜明けを待つ街の静寂さがオレとせつを包む。
せつはオレの肩に手をまわし、支えるように歩いていた。
「ねぇ。お母さん」
「ん? なんだよゆかり」
あたしとお母さんは病院から家に向かっていた。
外は寒いけど、お母さんと居ると心が暖かくなってくる。
「あのね、あたしのお給料が来月から少し上がるし、お母さんがムリして夜働かなくてもいいと思うの」
あたしはずっと言いたかったことを意を決して言った。
「あは。ゆかりは頑張り屋さんだもんなぁ。今までだってもらった給料ほぼ全部家に入れてたしな」
お母さんは優しい目で笑う。青い瞳が綺麗だった。
「あの、その、本当はお母さんって男の人とお話したりする仕事って苦手でしょ。だから……」
あたしはもじもじして言った。
お母さんは金色の髪を掻き揚げて夜空を見上げる。
「あのなぁ、ゆかり。あんたはもっと自分の事を考えなよ」
「自分の……?」
「そうだよ。ゆかり自身の。いつもいつも、わたしやせつの事ばかり気にしてさ。ゆかりはゆかりなんだから好きな事していいんだよ」
お母さんは優しく笑う。
あたしの好きな事……。何だろう?
あたしはお母さんやせっちゃんと一緒に居たい。
あたしを自分の子供のように育ててくれたお母さん。
あの孤児院からあたしを救い出してくれたお母さん……。
だから感謝しているとか……。勿論それもあるけど……。
それだけじゃないのよ。お母さん。
あたしたちはアパートに戻って来た。閉めたはずの玄関の鍵が開いている。
「あちゃぁ……。やられたか」
お母さんは苦笑いをしてあたしの顔を見る。
部屋が荒らされていた。
あの外人のおじいさんは居なくなっていた。