「私、目玉焼きののったハンバーグと和風セットとドリンクバーと……」
オレとせつは駅前のファミレスに来ていた。
日曜日の朝。さすがに客はまばらだ。
女の店員がにっこり笑って何やら小さな機械に注文を打ち込んでいる。
しかし、朝っぱらからよくそんな脂っこい物が食えるな。若いな。
オレは焼き魚定食とお茶で……。後でコーヒーでももらうか。
窓際の六人掛けの席。オレは外の風景に目をやる。
薄明るくなった街は少しずつ動きだしていた。
「じじい、なに窓見て黄昏てるんだよ」
じっと、せつがオレを見ていた。
セルマと同じ大きな青い瞳が綺麗だった。
「ん? 何でもねぇよ」
そう適当に応えながらポケットに手をつっこみ煙草を探す。
あ、さっきせつに取られたんだった。
「おい、せつ。煙草返せ」
「え? 捨てちゃったよ。んなもん」
「なんだとぉ」
「じじいはちょっと健康に気を使え」
「あのなぁ、煙草吸わなきゃ健康って訳でもねぇだろ」
「血ぃ吐いて肺もやられてるんだから、やめとけよな」
「オレは健康に気を使って長生きするより、好きな事やって早死にすることを選ぶね」
「心配してるんだぞ……」
だからその目はやめろ。オレの心の中を見透かしたような……。
「わかったよ……。やめるよ。やめますよ」
「それでヨシ!」
ニっと笑ってせつは親指を立てた。
注文した物が運ばれてきた。手際よく店員がテーブルに料理を並べる。
「さぁ、食っちゃうぞー。目玉焼きとはんばぁぐぅ」
せつはなんでこんなオレに懐いてくれてるんだろうな。
子供なんて持ったことのないオレだが、娘がいたらこんな感じなんだろうか。
殺伐とした人生を送って来たオレがこんなに幸せな気持ちになっていいのだろうか。
何人もの人間を不幸にしてきたオレが……。
「じじい、食わないのかよ?」
せつがフォークとナイフを左右の手に持ちながら、オレを見ている。
「あぁ、食うよ。お前もさっさと食っちまえ」
オレとせつは端からはどう見えているんだろうな。孫とじいさんかな。
大分空が明るくなって来た。
せつはキレイに飯を平らげていた。
せつがグラスを持って立ち上がる。
「じじいはお茶か?」
「コーヒー……」
「んー……。ま、許可します。ミルク入れるよー」
「ハイハイ……」
せつが持ってきてくれた熱いコーヒーをすする。甘い……。
せつは緑色の液体を美味そうにストローで飲んでいた。
オレとせつは他愛のない話をしていた。
学校の話や友達の話。そしてセルマやゆかりの話。
「なぁ、せつ。ゆかりとはうまくいってないのか?」
「な、何だよ。急に……」
「ずいぶん、ゆかりに冷たくあたっているそうじゃねぇか」
「母さんだな……じじいに告げ口とはやり方がキタネエぞ」
ふぅっとひとつオレは息を吐く。
こいつら、ガキの頃は仲良かったんだけどな。
「ゆかりの何が気に入らない?」
「べ、別に気に入らないとかそういうんじゃないけど……」
「ゆかりはいい子じゃねぇか。いつもお前の心配ばかりしてよ」
「だからだよ……」
せつはそう言った後、黙り込んでしまった。
オレはふぅっと小さく息を吐く。
オレとしてはせつとゆかりが仲が良かろうが悪かろうがどうでもいいんだがな。
だけどそれじゃセルマが悲しむんだよ。
「なぁ、せつ。これからちょっとオレに付き合わないか?」
「ん? デートのお誘いか?」
「ははっ。まぁそんなところだ」
「いいぞ。どこに連れてってくれるんだ?」
「蔵王」
「は?」
「蔵王だよ」
「スキー? 温泉?」
「登山」
「えっと、死ぬよ?」
「死なねぇよ」
「この季節、どうせ途中から通行止めだよ?」
「何も頂上まで登ろうってんじゃない。車で山の中腹まで行くだけだ。お前に見せたい物がある」
「なんだよ?」
「ま、着いてからのお楽しみってことで」
せつは納得がいかないような顔をしていたが、オレの誘いを断らなかった。
とりあえず駅前でレンタカーでも借りるとするか。
俺の顔には大きな火傷の跡。
あれから十六年経つがその傷が消えることは無い。
燃え盛る柱が激しく落ちてきて俺の左の肩が砕けた。
俺の左腕は今でもうまく動かない。
本当に俺はどうしようも無い奴だった。
俺は屋根の雪降ろしの手を少し休めて雲の隙間の青い空を眺めていた。
タクヤは窓ガラスに頭を突っ込まれた。
その後、割れたガラスで首を切られた。
あの気の弱そうなガキに。
ケンちゃんは尻の穴に竹刀を突っ込まれて四つん這いのまま気を失っていた。
コウキさんは顔を潰されて白目を剥いたままだった。
あのガキは竹刀を持って飛び込んで来た女に跨り激しく腰を振っていた。
そしてケンちゃんにボロボロにされた女は隣の部屋で泣いていた。
その光景は異様だった。狂っていた。
俺は恐ろしさのあまり動けずにいた。
次第に黒い煙が部屋に充満していった。
俺とタクヤは小学生の頃から一緒だった。
その頃から俺たちは粋がって周りの人間を傷つけた。
親も教師も同級生も。
怖いものなんて何もなかった。
中学生になった頃、同じクラスに体が大きく目つきの鋭い男がいた。
正直俺もタクヤも身構えた。ビビッていたのかもしれない。
でもそいつは大人しかった。
いつも無口でクラスの端で窓の外を見ていた。
俺とタクヤが馬鹿にしようが小突こうが蹴飛ばそうが、そいつは黙って耐えていた。
俺とタクヤは学校中の女には手を出したし、暴力行為も日常茶飯事だった。
そんな俺たちを不良の先輩方が放っておくはずもなく、俺たちは体育館裏へ呼び出され、数十人の男たちに囲まれていた。
為す術もなく殴られる俺たち。
泣いて謝ろうが土下座しようが先輩たちは殴る事をやめてはくれなかった。
俺たちが絶望を感じていると、何やらどよめきが聞こえた。
俺とタクヤはボコボコにされた顔を見合わせ、どよめきの方を見た。
巨人が暴れていた。
群がる蟻たちを踏み潰す象のように見えた。
あっと言う間に数十人の不良たちは血だらけで動けなくなっていた。
巨人は鋭い目つきで俺たちを見ると、ニっと笑った。
初めて見たあいつの笑顔だった。
その日から俺たちは三人でつるむようになった。
俺たちは無敵だった。
中学を卒業する頃、俺たちにまともに生きる道なんて無かった。
なんとなく街で声を掛けてきた男に付いていき、その男の下請けのような事をするようになった。
声を掛けてきた男は金払いがよかった。
仕事も楽なもので、その男の気に入らない人間を殴ったり、指定された女を拉致したりする事が多かった。
正直、楽しかった。
俺たちは無敵だった。
その代償がこれだ。
いや、俺の体の事は別にどうでもいい。
死んだタクヤもケンちゃんもコウキさんも自業自得というものだろう。
だが何故俺は生き残ってしまったのか。
あの時死ぬべきではなかったのか。
歳を重ねるごとに自分のやってきた事が重く心にのしかかって来る。
悪夢で目が覚めることもある。
俺は彼女を見る度に心が引き裂かれそうな思いを味わいながら今日を生きている。