「なぁじじい……」
「なんだよ?」
「もうちょっといい車なかったのか?」
ガタガタと車が揺れる。
オレとせつは古いセダンで山道を登っていた。
「しょうがねぇだろ。これしか無かったんだから」
「じじいが値切ったりするからだろがぁ」
「浮いた金で防寒着買えたんだからいいじゃねぇかよ」
「オーバー着こんだって隙間風がさみぃんだよー」
「あと少しで着くから我慢しな」
駅前の古着屋で分厚いオーバーとマフラーを買った。
さすがにせつの寒そうな格好じゃ冬山は厳しいだろ。
オレも金貸しで小金を稼いじゃいたが、最近体の調子が悪くて仕事してなかったんだよ。
今ちょっと財布が厳しいんだ。悪りぃな。せつ。
セダンは冬の山道を登っていく。
タイヤに巻かれたチェーンが雪と絡み合う音が五月蝿かった。
「ほら、せつ。着いたぞ」
太陽は東の空を明るく照らしている。いい天気だ。午前十一時。
山に積もった雪がキラキラと輝いている。
どさっと大きな木から雪が落ち、たくさんの小さな鳥たちが一斉に空に飛び上がっていった。
オレとせつは白い息を吐きながら車を降りた。
町から少し離れた場所にある建物。
小学校を小さくしたような建物だ。
部屋数は十くらい。
小さな校庭には滑り台やブランコがある。今は雪に埋もれていた。
四台ほど車を停めるスペースがある駐車場には一台だけ四輪駆動のでかい車が停まっている。
「ここって……」
せつが青い瞳をキョロキョロと動かす。
「セルマとゆかりが出会った場所だ」
そっとせつは皺だらけのオレの手を掴んだ。
「なんで……こんな所に私を連れてきた?」
せつは少し声を掠れさせてオレと目を合わせずに下を向いて言った。
そんなせつの言葉を無視してオレはその建物の入り口のドアを叩く。
しばらくして足音が聞こえドアが開いた。
ドアから出てきた男。
顔の左半分が焼けただれている。
左目は白く濁り完全に視力は失われていた。
左腕をブラブラとしながら、その右目はオレの姿をしっかりと捉えていた。
「や、ヤガミさん?」
「久しぶりだな」
いつの間にか五歳くらいの小さな子供が三人その男の足元に群がっていた。
「そちらの女性は……」
男はオレの隣で不機嫌そうにしているせつを見て言葉を詰まらせた。
男は膝を折り地面に手をついた。
そして頭を入り口の硬いコンクリートに擦りつける。
男が何か言っているが声が小さくて聞き取れない。
ぽたぽたと涙が地面に染みこんでいた。
「おい、誰かと勘違いしていないか?」
男の震える肩に手を置いてオレは言った。
男は顔を上げてせつの顔をもう一度見た。
だが男の涙は止まらなかった。
オレとせつは十畳ほどの広さの部屋に通された。
ボロボロの三人掛けのソファにオレとせつが座る。
小さな白いテーブルにはお茶が三つ置かれていた。
オレとせつの正面のソファにその男が座った。
さっきの子供たちが騒ぎながらその男の膝の上の場所を奪い合っていた。
セルマは五歳の頃両親を亡くしテツオという男に引き取られた。
テツオはその後交通事故で死亡。
妻のカオリがセルマを育てることになる。
テツオは地元の会社で社長をしていたが、テツオが死んだ後あっさりと会社は倒産してしまう。
カオリはテツオの保険金で暮らしていたらしいが、さすがに金も底をつき、あの家もすでに人手に渡っていた。
セルマの世話をしてくれるような親戚もなかった。
十六歳。
セルマが自分の力で生きていくには少し幼なかった。
山の中腹にある小さな孤児院。
オレはようやくこの場所を探し出した。
あの火事から三ヶ月の月日が経っていた。
その日のオレは今日と同じ部屋、同じソファに座っていた。
「えーっと。ヤガミさんですね。どういったご用件でしょう?」
その孤児院の院長。当時のオレより少し若いくらい。
物腰柔らかで、人が良さそうな男だ。
「単刀直入に言わせてもらうが……。ここに連れてこられたセルマと言う白人の子供を引き取りたい」
「は? ウチには外国人の子供など居りませんが……」
その男は笑顔を貼り付けたままそう応えた。
気持ちの悪い不自然な笑顔だった。
「なんで嘘をつく?」
「え?」
「オレは全部調べてからここに来てるんだぜ」
「と、申されましても居ないものは……」
「じゃ、勝手に探させてもらう」
そう言ってオレは立ち上がった。
「ちょ、ちょっと……」
院長は慌ててオレを引きとめようとする。
ガチャリと拳銃を院長の首元に当てた。
「な、な、な……」
真っ青な顔で院長は震えていた。
「全部調べてあるって言っただろ?」
「や、や、やめ」
「とっととセルマを出しなよ」
「は、はい……」
院長はしぶしぶと奥の部屋のドアを開けた。
部屋の中から男たちの荒い息遣いが聞こえる。
廊下にまで漂ってくる臭気がオレの鼻をついた。
男と女の液体が擦れて発する臭いと……血の臭い。
「はぁはぁ……。院長……ですかぁ……。ひぃはぁ……。サイコーですわ。この女……。何回中に出したかわかりませんわぁ。ははっ」
薄暗い部屋の中でぐったりとした女の上に汗だくの男が跨っている。
その隣には小さな塊を自分の股に押し付け荒い息を吐きながら動かしている男。
パンパン
オレは迷わず引鉄を弾いた。
ふたりの男の頭が吹き飛び、荒い息遣いは聞こえなくなった。
「ひ、ひぃ……。人殺し……。け、警察……」
院長が後ずさりし、逃げ出そうとした。
オレは無言のまま銃口を院長の背中に向けた。
パンパンパン
院長の頭に一発。そして背中に二発。
噴き出した血が廊下を染めた。
「セルマ……。迎えに来たぜ」
べっとりと体中に白い液体が貼り付いた少女はふらふらと立ち上がり、隣に転がる塊を愛おしそうに抱きしめた。
その塊は小さな子供だった。
脚の付け根からドロリと血が流れている。
顎が外れていて顔中に血と涙がこびり付いていた。
「おい、じじい……」
せつが肘でオレの脇腹をつつく。
「どうした? せつ」
「トイレ……」
「あ、あのトイレならこの部屋を出て廊下を真っ直ぐ……」
三人の子供を膝に載せたまま男は部屋の外を指差した。
「ちょっと行って来るよ」
せつはそう言って席を立った。
「あ~あ。もう……」
お母さんはちょっと怒っていた。
あたしとお母さんはようやく荒らされた部屋を片付け終えた。
盗られた物は冷蔵庫にあった飲みかけの牛乳と六枚切の食パンが三枚、そ
れからみかんが二個だけだった。
お母さんが「めんどくせぇ」って言ってたので警察には届けなかった。
あたしもそれがいいと思った。
あんなに熱があったのに大丈夫かな。あの外国人のおじいさん。
「ふぁあ~あ……。そろそろ昼かぁ」
お母さんは大きく伸びをしながらあくびをひとつした。
お母さんもあたしも徹夜しちゃったなぁ。
「温麺でも茹でようか? お母さん」
「お、いいねぇ。卵入れてねー」
「うん」
大き目の鍋に水を張り沸騰させる。
そしてパラパラとパスタのように温麺を鍋に入れた。
お母さんとふたり。テーブルを挟んで座る。
テーブルの上には温かい温麺の湯気が立ち昇っていた。
電話が鳴った。
「あ、わたしが出るよ」
お母さんは面倒くさそうに受話器を持ち上げた。
「え? そんな……」
お母さんの声が震えていた。