新興住宅地の中央に位置する公園。やたらと猫が多い。
それよりも多いのはボロを身に纏った浮浪者。
おれもその中のひとり。
公園の中の一角に白いテントがいくつか張られている。
二十歳くらいの若い連中が大きな鍋で何かを煮ていた。
「どうぞ。あったかい豚汁ですよー」
眼鏡をかけた若い女がふらふら歩いていたおれに白い器と黒い塊を二個差し出した。
いい匂いだ。
白い湯気を立てた茶色い液体にはジャガイモや人参、そして豚肉。
白いテントには大勢のおれの様な連中が並んでいた。
つくづく思う。おかしな国だ。
おれたちみたいな世捨て人に食い物なんか与えてどうしようって言うんだろうな。
だけど優しい国だ。理解は出来ないけどな。
ベンチが浮浪者でいっぱいだったので、芝生に腰をおろした。
ズズっと熱くて茶色い液体をすする。
冷たくなっていた喉に流れ込む液体はおれの体を内部から暖めた。
この黒い塊……。何だ? 食い物なことは確かだが。
ガブリと黒い塊にかぶりつく。黒い塊の中は白かった。
米か。おれの知ってる米とは違うな。
米ってもっとパサパサして味気ないもんだが。
これはみずみずしくて甘い。
ん。何だこれ。白い米が赤くなって……。
む、むぎゃぁ……。す、す、すっぺぇ。
あれ? でも……。イケるぜ。コレ。
一気に全部食ってしまった。
今日はパンと牛乳とオレンジっぽい物しか食ってなかったからな。
「お、外人さんかい。隣座るぜ」
そう言って男がひとりおれの隣に座った。
「あんた、いい体してんなぁ。何でこんな所でホームレスやってんだ?」
馴れ馴れしく男はおれに話しかける。
細くてつりあがった目。エラが張った顔。そして出っ歯。
ステレオタイプのって感じだ。
本当にこんな奴居るんだな。
「煙草吸うかい?」
そいつは紙巻煙草をおれに差し出した。
おれは一本抜き取り、口に咥える。
ボッとその男がライターで火をつけてくれた。
ふぅぅぅ。
肺まで煙を吸い込んで吐き出す。
体中に煙を充填していく。
何で飯食った後の煙草ってこんなにうまいんだろうな。
「おい、聞いてんのかよ!」
ん? なんか言ったか?
何で声を荒げているんだ。この男は。
「だからさ、あんたも金無くてこんな所に居るんだろ? ちょっと俺と仕事しないかって言ってるんだよ」
仕事? まったくおれに声をかけてくるのはこういう輩ばっかりだ。
ヤクの密売だの、女の斡旋だの、コロシだの……。
ろくな事がない。
まぁ、そのおかげでおれみたいな奴が生きていけるんだけどな。
あぁ。でもあの娘は違ったな。白い雪の中に現れた真っ黒な瞳の少女。
天使がおれを迎えに来たのかと思った。
ま、そんな訳ないけどな。悪魔以外におれを迎えに来る奴なんていない。
地獄以外におれが行ける所なんてあるはずがないのだから。
……もうひとり……居なかったか? ぐったりしてたおれを抱えて……。
黒い瞳の少女ともうひとり……。
ふたりでおれを……。雪の中で死にそうだったおれを助けて……。
あれ? そういえば何でおれはこんな所に居るんだ?
目を覚ますと誰も居なくて……。
腹が減ってたんで、食い物を漁って……。
「最近じゃセキュリティがどうのって仕事もやり辛くなったけどよ、まだまだ甘い所があるんだよ」
おれは頭がおかしいんだ。病気なんだ。
好意を持ってしまった奴をバラバラにしてしまう病気。
きっとおれはあの天使もバラバラにしてしまうだろう。
だけど……。おれは……。
「その家の裏側は道から死角になってて見つかることはない」
なんで日本に来たんだっけ?
ははは。そうだよ。テツオをバラバラにしに来たんだよ。
好意を持ってしまったからな。
だがテツオが居ない今、日本に居る意味は無くなった。
中東の方にでも行くか。
おれに向いている仕事が何かあるだろう。
とりあえず路銀は必要か。
「だぁから、聞いてんのかよ」
「あぁ。聞いてるよ。要するにコソ泥だろ?」
「ん、まぁ……。そうだ……」
「やるよ。金が必要なんだ」
ゴゴゴゴ
銃声と共に地鳴りが聞こえた。
激しく雪が滑り落ちてくる。
な、なんだ? 雪崩?
白い塊は容赦なく孤児院を襲う。
瞬く間に私たちの居た場所は白い雪原と化した。
「ぶはっ」
私は雪の中から顔を出した。
思ったよりも大した雪崩では無かったらしい。
「あれ、じじい? じじいはどこだ?」
私は辺りを見渡す。見えたものは白い空間だけだった。
「キミ、ここで何をしているんだい?」
声に顔を向けると若い警官が不思議そうな顔で私を見ていた。
「な、雪崩があって、ここにじじいが生き埋めに……」
私は焦りながらその警官に話す。
「雪崩? そんなのは起きてはいないよ。パトロールしてたらキミが倒れてるんで声をかけたんだけど……」
「え?」
私がじじいと来たはずの孤児院は無かった。
じじいと乗ったボロい車も停めてあった四輪駆動の車も校庭も滑り台もブランコも何もかも……無かった。
「あ、あの、ここにあった孤児院は……?」
私は何も無い空間を指差して警官に尋ねる。
「孤児院? あぁ、十年くらい前までここにあったらしいね。何か事件が起きて取り壊しになったそうだよ」
「事件……?」
「僕も詳しくは知らないんだけどね」
「あ、あの、ケータイ、ケータイ貸して下さい!」
「ん? 家に電話するのかい? じゃ番号教えて。掛けてあげるから」
私は警官に番号を伝え、お母さんに電話を掛けてもらった。
「……はい。そうです。……はい。それじゃ娘さんに代わりますね」
私は警官からケータイを受け取った。
「お母さん、あの、私……」
「せつなの? あなたそんな所で何してるのよ。ヤガミさんが大変なの……。早く帰って来て」
「じじいが? だってじじいは……。う、うん……。分かった……」
私は警官にケータイを返した。
「なんか、お家の方が大変みたいだね。パトカーで駅まで送って行くよ。すぐ帰ってあげなさい」
「……うん」
警官はポケットから何かを取り出し、私の頬にぺたりと貼った。
「え……? 絆創膏?」
「あとで、ちゃんと消毒するんだよ。可愛い顔が台無しだ」
「あ、ありが……とう……」
私はパトカーで駅まで送ってもらった。
電車賃が無いと言ったら、その警官はにっこり笑ってお金を貸してくれた。
返すのはいつでもいいからねって言ってくれた。
あたしとお母さんは病院の薄暗い廊下の長椅子に座っている。
手術中の赤いライトがぼんやりと辺りを照らしていた。
ヤガミさんの容態が急変したと連絡を受けたあたしとお母さんは慌てて病院へ駆けつけた。
ヤガミさん……。
手術室のドアが開いた。
医者は無言で首を振った。