今日も雲ひとつ無い快晴だ。
容赦なく太陽は俺たちを照りつける。
俺は砂漠の民のような格好で馬車の中でのびていた。
「お前は暑くないのか? クリム」
涼しい顔でクリムはずんぐりとして不恰好な馬のような生き物の手綱を両手で握っている。
ゆっくりと馬を歩かせながら、無機質な顔でクリムが振り向いた。
「まったくちっともこれっぽっちも暑くありません」
逃げるようにあの街を出て、もう三日間も砂漠を彷徨っている。
特にあてがあったわけじゃないが、マギーが東の国に行くと米が食えると言っていた事を思い出し、俺たちは東へ向かうことにした。
だが馬車に積んだ水や食料も底をついた。そろそろこの砂漠を抜けないとヤバイ。
ぴーちゃんの分身たちがあの屋敷から金をくすめていた。
なんて気の利くやつらだ。
馬車や食料、衣類などの生活品などは十分買えるだけの金だった。
かなり大きな街だ。金さえ払えば何でも手に入る。
俺はクリムと二人でショッピングと洒落込んだ。
馬っぽい生き物が二頭と幌付きの馬車を買った。
この街を出ると砂漠があるらしいので日差しを避ける為のフードも必要だ。
なんか俺、中東の奴のような格好になってしまった。
クリムは白衣やら薬やら包帯やら……。まぁ確かにそれも必要だな。
あとは水と食料か。俺たちは干し肉やらドライフルーツやら日持ちしそうな食い物を馬車に積められるだけ積め込んだ。
買い物をしている間、屋敷の方角が騒がしかった。
恐らく警備の軍隊とやらが集まっていたのだろう。
マギーは無事に逃げる事が出来ただろうか。
「町が見えてきましたよ。テツオさま」
その言葉に俺は飛び起き馬車から顔を出した。
俺は手綱を握るクリムの肩に手をかけて彼女が指差す方向ではなく彼女を見ていた。
クリムは深紅の長い髪を黒いシュシュのようなもので一本に後ろに束ねていた。
そしてだぼだぼの白衣を腕まくり。
白いミニからのぞく細い太腿の間にこれまた白い三角形が見えた。
あの屋敷で出会った夜と同じような格好だった。
「どこを見ているんですか?」
クリムはきゅっと脚を閉じ、ブラウンの瞳でじとっと俺を見つめていた。
「ん? ああ。町だろ……。白い三角形の……」
「白くもないし三角形でもないですけど……」
不思議とクリムは汗をかかない。
食料や水にもほとんど手をつけなかった。
“わたくしは原子力で動いていますので”と訳のわからない事を言っていた。
でもさすがに心配になってきたな。
俺に気を使っているのか。
飲まず食わずで旅をしろとか、俺もそこまで鬼じゃないぜ?
クリムゾンレッドは改造人間である。
悪の秘密結社ハラデッカーは彼女のような改造人間を量産し世界制服を企む。
クリムゾンレッドは人間の自由のためにハラデッカーと戦うのだ!
……なんてな。
俺はクリムの白くて柔らかそうな腕を見つめた。
手綱を握るクリムの左腕を人差し指でつついてみた。
「ん?」
クリムはちらりと少しだけ振り向いた。
やっぱりまだ幼い少女の横顔だった。
ぷよっと柔らかい。普通の腕だ。どういう原理でこれは飛んで行くんだろうか。
ぴーちゃんの分身たちが拾ってきたクリムの腕を元の場所にくっつけてみたらくっついた。今はもう、つなぎ目も見えない。
つんっと今度は横からクリムの胸をつついてみた。
「ひゃんっ。何をするんですか。テツオさま」
うーん。ちょっと小さめで柔らかくて……。
つんつんつんつんつんつんつん……。更に俺は連打する。
「きゃっ。やっ。ちょ、ちょっとテツオさまぁ」
でも普通におっぱいだよなぁ。
改造人間なんて考えすぎか……。
「こんな所でずるいですよぉ。テツオさまぁ」
へっ? うわぁぁぁ~。
クリムがとろんとした目で俺に覆いかぶさってきた。
「危ない! クリム前! 前見ろ! まえぇぇぇ!!」
砂漠の町の周りには南国の木がまばらに生えている。
その中でもひときわ大きな木の根元にバラバラに壊れた馬車が転がっていた。
馬のような生き物はどこかへ走り去ってしまったようだ。
「ごめんなさい。テツオさま」
「いや、まぁ……。気にするな。っていうか俺が悪いんだし……」
俺たちがたどりついた町はハラデッカーじゃなくて腹の出た男がいた街に比べるとずいぶんと小さかった。っていうかボロくてみすぼらしい。
高い壁もなく、石造りの建物が何十軒か寄り添って建っているだけだった。
「砂漠の中の町って感じだな」
「町の中に泉があるんですね。地下水が湧き出ているんでしょうか」
とにかく助かった。この町には水だけは豊富にあるようだ。
俺は泉に顔を思いっきり浸し、ゴクゴクと水を飲んだ。ひんやりと冷たい。
「飲まないのか? クリム」
びしょ濡れの顔をぶるぶると振りながら俺はクリムを見上げた。
クリムは立ったまま遠くの方を見ている。
「どうした?」
「何か……。助けを呼ぶ声が聞こえます」
俺は耳を澄ました。俺には何も聞こえない。
「こっちです」
そう言ってクリムは崩れかけた建物の陰へ歩いていく。
「お、おい待てよ」
俺はクリムの後を追った。
数人のガキどもが何かを囲んでいた。
ガキと言っても今の俺よりはずっとでかいが……。
「なんだコイツ気持ちわりぃ」
「エイリアンじゃないのか?」
「きっと悪い奴だよ。やっつけろ」
ガキどもは何かを殴ったり蹴ったりしていた。
「やめなさい。あなたたち!」
クリムが叫ぶとガキどもの動きが止まった。
鉄の棒を持ったガキが振り向く。棒には赤い血が着いていた。
「悪いエイリアンをやっつけているんだ」
棒を持ったガキは得意げな顔で言った。
エイリアン?
そう呼ばれたそいつはガキどもに殴られて血だらけだった。
え? こいつ……。
「や、やめろ馬鹿野郎! ぶっ殺すぞ! てめぇら」
俺の頭に血が昇る。
「ピッ」
ぴーちゃんが笛を吹き、黄色い集団がガキどもを襲う。
「ひ、ひよこが襲ってくるぅ」
「い、いたたた。た、たすけてー」
ひよこにつつかれたガキどもは一目散に逃げて行った。
「テツオ様。どうしたんですか? そんなに怒るなんて……」
クリムは驚いた顔で俺を見ていた。
血だらけで横たわるエイリアンと呼ばれた小さなカタマリ。
そいつは子供だった。小さな子供だった。
うずくまっていたので顔は見えないが間違いない。
「大丈夫かセルマぁぁ」
俺はその子供に駆け寄る。
「え? セルマ……さん? ……なんですか?」
クリムは不思議そうな顔をしている。
……逢いたかった。お前に逢いたかった。
初めて檻の中のお前を見た時、俺の心はその青い瞳に捕らえられていたんだ。
きっと、きっとこの世界にお前も来ていると思っていた。
まさかこんなに早く逢えるとは思ってなかったけど。
「クリム頼む。早くセルマに手当てをしてやってくれ」
「は、はい……。わりました」
クリムはうずくまっていた子供を抱きかかえ、その顔を覗き込んだ。
「この子はセルマさんではありませんよ」クリムは小さな声でそう言った。
焼けただれた顔の皮膚が歪んで固まった爬虫類のような顔。
醜く曲がった口もと。引きつった手足。
まさかこいつは……。リュウ?
リュウ。あいつが生まれたとき、カオリは半狂乱になって泣き喚いていた。
“こんな化け物なんか殺してやる”と何度もカオリは叫んでいた。
俺に初めて出来た子供。正直言って嬉しくなかったはずがない。
たとえそれが片輪でも。それが人間だったのならな。
「て、テツオさま……。この子……」
クリムが慌てた声を出す。
ぴきっと音がした。
それはクリムに抱かれたその子供の背中が割れた音だった。
「な……。は、羽?」
まるで空飛ぶ恐竜のような羽がその子供の背中から飛び出していた。
そしてぱきぱきと音をたて醜い子供の殻はバラバラに崩れていく。
クリムの腕の中に小さな子供が眠っている。
ウォーターブルーの髪が風にゆれていた。