正直言って親父の話は長かった。
涙ぐんだり、声を荒げたり。
何か途中から聞いてなかったよ。
親父が北方から流れてきたって事と、女房と娘が殺された事。
そんくらいか。覚えているのは。
ああ、あと親父のおかげでこの世界の事が少しだけわかってきたよ。
さすが流浪の親父。色々と詳しいぜ。
ほとんど何言ってたのか忘れたけどな。
親父は床に転がっていた。赤い顔で。でかいいびきをかいていた。
結局ウィスキーみたいなもんを二人で五本も開けてしまった。
さすがに俺も酔っ払ったな。頭がぐらぐらする。
「便所はどこだ?」
俺はふらふらと立ち上がり便所を探した。
このドアか? ドアを開けてみる。
「あれ? 外に出てきちまった」
どこまでも遠い夜空に満天の星が瞬いていた。
星が降りそうな夜。俺は空を見上げて腰に手を当てた。
ジョジョジョ……。
ふう。ズボンのチャックを下ろさなくても小便が出来るというのは素晴らしい。
って言うか……。フリチン?
ビリビリに破れた布が足首に纏わりついていた。
今気付いたんだが、俺の上半身もほぼ裸だった。
「あれぇ? なんでだろう? ま、いいか……」
小便のしずくを切りながら俺は宿屋に戻ろうと振り向いた。
「テツオ……さま?」
クリムが宿屋の入り口に立っていた。
「クリム……か……」
「戻ったんですね! 元の体に! ……あ」
クリムは嬉しそうな声を上げた。
が、右手を自分の口に当て少し恥ずかしそうにうつむいた。
ああ。俺素っ裸だったな。
何故かクリムを見た途端、俺のモノがビンッと勃った。
もう皮はかぶっていない。
恥ずかしそうに目を伏せるクリムを見ていたら、なんかムラムラしてきた。
「クリム……」
俺はクリムに近づき細い肩を掴み耳元で囁いた。
「や・ら・せ・ろ」
「え?」
俺はクリムをふわりと持ち上げ地面に叩き突けた。
「きゃっ」クリムが驚いた声を上げる。
そして俺は薄くて白いTシャツをビリビリと破く。
「い、痛い……。テツオさま……。痛いです……。や、やめてください……」
星の明かりがクリムの小さな胸を照らしていた。
「俺の事が好きなんだろ? いいじゃねえかよ。お前だって俺にやられたかったんだろ?」
俺はクリムに覆いかぶさり、首筋をペロリと舐めた。
「いや。いやです……。こんなの……こんなのいやぁ」
「はぁ? 何言ってんの、お前。いいからさっさと股ぁ開けよ」
クリムの肩が地面に擦れて血が滲んでいた。
そして目に涙を溜めながらなんとか俺から逃れようともがく。
「暴れてんじゃねぇよ」
パァンとクリムの頬を思いっきりぴっぱたいた。
クリムの口から細く血が流れる。
ブラウンの瞳が悲しそうに俺を見つめた。
そしてクリムの瞳から光が消えていった。
ぐわしゃーん
「え?」
後頭部に鈍い痛みが走る。
ガラスの破片が星の光を反射してキラキラと地面に落ちていった。
俺は首を持ち上げ前を見た。
割れた酒瓶を持った少女が俺を睨みつけている。
ウォーターブルーの髪が揺れていた。
「なんてオマエは可愛そうな男だ。自分に好意を寄せる相手にしか強く出る事が出来ない。弱くて情けなくて卑劣で残忍で本当に救いようが無いダメな男だ」
「あ? なんだと……。助けてやった恩も忘れやがって。何、俺の邪魔してくれてんだよ。クリムの前にてめぇからぐちゃぐちゃにしてやろうか?」
「子供好き(性的な意味で)とか言って、大人には怖くて何も出来ないってだけだろ? 結局オマエが勝てるのは弱い子供だけなんだ」
「へっ。何だよ。えらそうな事ほざいている割には足が震えてるぜ。
俺が怖いんだろ? なぁ? 本当はお前が一番怖がってるんだろ?」
セルマと同じ顔をした少女か。悪くねぇな。悪くねぇ。
……やっちまうか。ここで。
その小さな体を限界まで広げて内臓を掻き回してやるぜ。
俺はゆらりと立ち上がりゆっくりとウォーターブルーの髪の少女に近づいた。
後ずさる少女。おいおい、さっきの威勢はどうしたよ?
俺は両手を少女の首に伸ばした。
ドムンっと後ろで音がした。
「あれ? なんか腹がスースーする」
ぽっかりと俺の腹に穴が開いている。とても風通しが良い。
俺は振り向いた。
クリムが左腕を俺に向けていた。クリムの左腕は無かった。
「だからクリム、それはシャレになんねぇって……」
俺はそのまま倒れこみ地面に顔を叩き突けた。
「ん……眩しい……」
ボロい窓から光が射し込んでいた。
俺は大きなベッドの真ん中で目を覚ました。
頭がズキズキと痛い。夕べは飲みすぎたようだ。
俺は気だるく体を起こす。
あれ? 腹に包帯が巻いてある。頭にも。そして頬にはでかい絆創膏。
んー? 何でこんな怪我してるんだ。夕べ何かあったっけ?
なんか……。そうだ。元の体に戻ったんだ。
じっと手を見る。……あれ? 小せぇな。
俺に掛けてあった薄い布をめくり俺のモノを見る。……剥けてない。
夢でも見たのか? 親父と飲んで……それから……。
悲しそうなクリムのブラウンの瞳が脳裏に浮かぶ。
「あ……」
まさかアレ……。現実? 嘘だろ。夢、そう夢……だよな?
俺の腹にじんわりと痛みがあった。
「何、間抜け面で独り言を言ってるんだ。ロリコン野郎」
へ? い、いつの間に?
俺の寝ているベッドの横にウォーターブルーの髪の少女が立っていた。
「クリム姉が泣いて頼むから助けてやったけど、二度目はないからな」
「ほへ?」
俺は間抜け面でウォーターブルーの髪の少女を見ていた。
何故だろう。昨日見た時より大きくなっているような。
最初は赤ん坊くらいの大きさだったのに。
今は……っていうか、昨日の夜見た時っていうか……。
むしろ俺よりでかくねぇか? 五歳の俺よりだけど……。
「お前は一体何者なんだ?」俺は少女に尋ねた。
「せつ。私のことはせっちゃんと呼べ。わかったな? テツオ」
せつは笑って俺にそう言った。
ウォーターブルーの髪が朝日を浴びてキラキラと輝いていた。
いや、名前じゃなくってさ……。
だめだ。なんかこいつの迫力に圧倒されてこれ以上言葉が出てこない。
「あ、あの……。テツオさま? 目が覚めたんですか?」
部屋のドアを少し開け、クリムが顔を出した。
「あ、クリム姉。テツオだったらもう大丈夫だ。ちょっぴり腸が短くなったけどな」
せつがドアの方に振り向き答えた。
「よかった……。このままテツオさまが死んでしまうんじゃないかと……」
クリムの目に涙が浮かんでいた。
「オイ、テツオ。クリム姉になんか言う事があるんじゃないのか?」
ジロッとせつが俺を睨む。
「え? あ、うん。そ、そうだな。やっぱし、その……何だ……」
俺はしどろもどろになっていた。
「はっきりしろよ。男だろ?」
せつはツカツカと俺に近づき、コツンと軽く頭突きした。
「クリム……。俺、何て言ったらいいか……。その……」
クリムは部屋に入ってはこなかった。
ドアを開けたまま廊下に立ってブラウンの瞳でこちらを見ている。
「ひとつだけ聞かせてください。テツオさま」
「え……」
クリムは小さな声で言った。その声は俺の心に染み込んで行くようだった。
「わたくしのこと……好きですか?」
「く、クリム……」
好きか嫌いかといえば好きなんだが。だけどそれは恋愛感情じゃない。
夕べもそしてクリムと初めて会ったあの時も俺は小さくて柔らかいその体を滅茶苦茶にしてやりたい衝動があっただけだった。
あの腹でか男の屋敷でクリムが酷い目にあわされていた時、俺の心に怒りが湧いてきた事は確かだ。でもそれはクリムを愛していたからじゃなく、可愛そうに思ったからでもない。ただ自分の玩具で勝手に遊んでいた奴が許せなかっただけだ。
勿論俺はクリムに酷い事をしているという自覚はある。
すまないと思う気持ちもある。
俺の黒く濁った殻を破ってくれたのはクリムだ。感謝もしている。
俺はクリムに何て答えればいいんだろう。
いつの間にかせつはいなかった。気を利かせたのか?
「何も言ってはくださらないのですか……」
クリムの涙がぽたりと落ちた。
俺はヨロヨロと立ち上がり、クリムに向かってゆっくりと近づく。
そしてクリムの腰の辺りを抱きしめた。
俺の今の身長じゃこの位置が精一杯なんだよ。
クリムのお腹に顔を埋めながら俺は言った。
「お前を好きだとか、愛しているとか、俺にはわからない。俺にそんな事を言う資格もない。だけど……」
「テツオ……さま?」
「俺と一緒にいてくれ。そばにいてくれ。いなくなったりしないでくれ。二度とあんな事はしないから」
クリムは床に膝をつき俺を柔らかく抱きしめた。いい匂いがする。
「それで十分です。テツオさま」
クリムが俺の耳たぶを軽く噛んだ。
「ひょっ」
「今度する時はもう少し優しくシてくださいね」
クリムの心臓の鼓動が俺の胸に伝わってくる。なんか俺もドキドキしてきた。
「あと、せっちゃんに手を出しちゃだめですよ」
「は……はい……。ごめんなさい……」
「朝飯が出来たってよー」
元気なせつの声が聞こえて来た。