数日の間、俺たちは砂漠を進んだ。
どこまでも砂漠が続くかと思ったが、何事にも終わりはあるものだ。
「クリム、今どの辺りだ?」
俺は馬車から顔を出し手綱を握るクリムに尋ねる。
「なんか、空気が変わったような感じがします。砂漠は抜けたみたいですね」
俺たちの目の前に広大な畑が広がっていた。
冷たい風が俺の顔を撫でる。弱々しい太陽の光が仄かな暖をもたらしていた。
農夫がひとり歩いていた。仕事の帰りか。
陽は傾き、夕日が俺たちを照らしていた。
「クリム、ちょっと馬車を停めてくれ」
俺がそう言うとクリムは頷き馬車を停める。
ラクーマがブヒンと啼いた。
「なぁ、この辺りの地名を教えてくれないか?」
馬車を降りて俺は農夫に尋ねた。
農夫は髭の濃い白人で疲れた顔をしていた。
「モンフィルメイユだよ」
疲れているのか面倒くさそうにその農夫は言った。
農夫は立ち止まりもせずにそのまま歩いて行ってしまった。
「モンフィルメイユね。そっか、砂漠を抜けたらフランスか」
「どうりで寒くなってきたと思いました」
って、ちょっと待て。
「クリム……。中国を東に進んでたのに何で俺たちはフランスにいるんだ?」
「変ですね」
「“変ですね”じゃねぇ! お前、方向音痴も大概にしろよっ」
正直俺は泣きそうだった。
「着いたのかぁ?」
眠そうな声でせつが馬車から顔を出す。
のん気なもんだなコノヤロー。
「テツオ、クリム姉はちゃんと東に向かっていたぞ」
目を擦りながらせつは馬車を降りてきた。
「だったら何で俺たちはこんな所にいるんだよ」
って言うか、ずっと寝てたお前に何がわかるって言うんだ。
「逆に進んでいたとしても、こんなに早く欧州にこれる訳ないだろ」
せつはふわぁっと両手を上げて伸びをした。
それもそうだな。砂漠の町を出てからまだ一週間も経っていない。
だめだ……。理解できん……。
最早おかしいなんてレベルじゃねぇ。
こんなんで本当に日本に辿り着けるのか……。
「テツオー、もう馬車で寝るのやだよー。どっかに泊めてもらおうよ」
ウォーターブルーの髪が夕日に照らされ赤く輝いていた。
「いい気なもんだなテメー」
やっぱりコイツ一回ぐちゃぐちゃにしてやろうか。
「テツオさま」
クリムも馬車を降りてラクーマの頬を撫でていた。
「せっちゃんの言う通りだと思います。ラクーマもかなり疲労が見られます。今夜はどこかに宿をとりましょう」
うーん。クリムがそう言うなら。そうだな。俺も布団で寝たいし。
「わかったよ。向こうに明かりが見える。集落があるようだ。泊まれる所があるかもしれん」
俺は明かりの見える方を指差した。
薄汚れた家。宿屋の看板。
ドアを開けると酒と煙草の臭い。
「いらっしゃいっ」
太った女が満面の笑みで寄って来た。
「なんか食い物と泊まれる部屋を……」
俺はそう言いかけた時、俺はその女に外に蹴りだされていた。
「ったく、乞食のガキに恵んでやる物なんてウチには無いよ。とっとと出ていきな」
女は口汚く俺を罵るとバタンっと勢いよくドアを閉めた。
あまりの事に俺は茫然と佇む。
俺の後ろでクリムとせつも、ついでにラクーマも口をあんぐりと開けていた。
おい、クリム。ここは“殺りますかテツオさま”じゃないのか?
いいんだぞ。殺っても……。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
少女が立っていた。
日が暮れて風も冷たいというのにボロボロの薄い服を着ていた。
手には水が入った重そうな桶を抱えている。
「金髪だ。青い目だ。子供だ。少女だ。大好きだぁー。」
俺は少女に思いっきり抱きついた。
「きゃっ」
少女は尻餅をつき、手に持っていた桶がバシャっと地面に転がった。
俺は少女の未発達な胸に顔をこすり付けていた。
バコンっとグーで頭を殴られた。
「何をやってるんだ。オマエはっ」せつのげんこつはとても痛い。
「ごめんなさい。大丈夫?」クリムが少女の手をとった。
ヨロヨロと少女が起き上がる。
酒場の窓からこぼれる明かりにその少女が照られた。
あれ? 金髪じゃないし、青い目じゃないし、少女でもない?
真っ白な髪。所々に黒い毛が見えた。げっそりとしたその顔は薄汚れていてまるで老婆のようだった。濁って乾いた黒い瞳はうつろに俺を見ていた。
ちっ。何を勘違いしたんだ俺は。それにしても汚ねぇ女だな。
俺はゴミを見るような目でその女を一瞥した。
バタンと宿屋の扉が開く。
「ゆぅぅかぁりぃぃ。水汲みから帰って来たならとっとと水を移し換えな。いつまで遊んでんだい」
太った女は激しく怒鳴りつける。
「あーっ。水をぶちまけちゃってるじゃないかぁ。ほらっ。さっさと汲んで来な。ったくグズがっ」
女は一方的に怒鳴り、扉を勢いよく締めた。
ゆかりと呼ばれた汚い女は無残に転がる桶を拾い上げ、坂道を歩き出した。
この坂の上に泉でもあんのかな。
「ゆ……ゆかりん……?」
せつは唇を震わし呟いていた。
「せっちゃん? どうしました?」
「ゆかりん、ゆかりんだよ……。私のお姉ちゃん……。でも何でこんな……」
そう言ってせつはそのゆかりんとか言う女を追いかけた。
「せ、せっちゃん待って……」
クリムもせつを追おうとするが思い直したように立ち止まり振り返って俺を見た。
「行って来いよクリム。お前らが帰って来る前に食い物と寝る所は用意しておいてやるから」
俺はニヤリと笑う。
「はい。ありがとうございます。テツオさま」
クリムはペコリと頭を下げ、走ってせつの後を追った。
さぁてと。俺に蹴りをくれたおばはん。どうしてくれようかな。
かる~く死ぬほど後悔させてやるか。
俺は再びその宿屋の扉を開けた。
そこは酒場になっていた。テーブルが六つ。
奥にはカウンターがあり、痩せた男が料理を作っている。
旅人風の男たちが数人賑やかに酒を飲んでいた。
どすどすとさっきの太った女が俺に迫ってきた。
「性懲りも無くこのガキ。恵んでやる物なんて無いって言ってるだろ。汚い格好で店に入ってくるんじゃないよ」
ピンっと金色に輝くコインをそいつの顔に弾く。
「いたっ。え……。コレ……」
女は床に落ちた金貨を拾いマジマジと眺めた。
「俺と従者二人の食い物と寝る場所を用意しろ。それで十分足りるはずだ」
「え……。あ……。なんであんたみたいな汚いガキがこんな物持ってるんだい……」
痩せた男がパコンっと太った女を叩く。
「馬鹿っ。何やってんだお前はっ」
こいつ、いつの間にそこにいたんだ。料理作ってたんじゃなかったのか。
痩せた男は満面の笑みで両手を擦り合わせた。
「ようこそいらっしゃいました。ぼっちゃん。ささっ。どうぞこちらへ」
カウンターに近い大きめのテーブル。俺は木で出来た椅子に座る。
「今、おいし~い料理をお持ちしますので~」
男はご機嫌な声で俺にそう言うと、太った女の手を引っ張り厨房へ連れて行った。
「アンタ、何であんな汚いガキを店に入れてやるんだい?」
「金を払ったじゃないか」
「どうせ、どっかで拾ったんだろうよ。金貨だけ頂いて追い出してしまおうよ」
「お前、あいつの腰にくくりつけてあった袋を見なかったのか? たぶんあの中にたんまりと金が入ってるぜ」
「あんな汚いガキが?」
「旅をしてたらあんなもんさ。それにガキだけで旅なんて出来る訳がねぇだろ。少し遅れて親が来るはずだ。子供に金貨を持たせるくらいの金持ちの親がな」
「なるほど」
「だから、あのガキにはちょっといい思いさせて、後から来た親からごっそり金をふんだくろうぜ」
「わかったよ。お前さん。相変わらず頭が切れるねぇ」
……ぜ~んぶ聞こえてるんですけど。な。ぴーちゃん。
「ピッ」
それじゃぁ、いい思いってやつをさせてもらいましょうかねぇ。