22年前 夏
「ねぇパパ。今度のおうちってどんな所なの?」
ポニーテールの黒髪をぷるぷる揺らして助手席に座る娘が僕に話しかける。
アニメのキャラクターの描いてあるピンクのTシャツに紺のスカート。
一丁前に足を組んでシートに座っている。
今年で十歳、元気な小学四年生だ。
親の僕が言うのもなんだが可愛すぎる。
僕は自分の眼鏡をくっと直した。おっと前を見て運転しなくちゃな。
僕は娘を隣に乗せて午後の高速道路を軽自動車で走っていた。
「今までは狭いアパートだったけど今度住む所はちゃんとしたお家だよ」
首都高速から東北自動車道に乗り換え北へ走る。
「パパの都合でごめんな。サヤカも友達と別れるの辛かっただろ」
「ううん。おともだちはみんなお手紙書いてくれるって言ってたし……」
「そうか」
「それに新しい学校でいっぱいお友達が出来るかも。楽しみぃ」
サヤカはそう言いながら窓の外に目をやった。
僕の地元の街が見えて来た。
既に両親も他界していて帰る実家もないけど、やはりふるさとはいいものだ。
インターチェンジを降りて三十分ほど。そこに僕たちの新しく住む家がある。
太陽の光は少し傾き、夏の午後の光が降り注いでいた。あちぃなぁ。
「このおうち? パパ」
「ん?」
サヤカは車の窓から顔を出して大きな屋敷を指差した。
「あはは。違う違う。その隣の家だよ」
僕は車を僕らの新しい家のコンクリート貼りの駐車場に停めた。
「パパ、あたしたちのおうち、ちっちゃいね」
サヤカは隣の豪邸と見比べながら言った。
「おいおい。隣と比べるなよ。前に住んでたアパートよりはずっと広いだろ」
築二十八年木造二階建て。
一階に居間がひとつと台所、風呂トイレ完備。
二階に六畳和室が二部屋。
どこが狭いんだ。十分広いじゃないか。
僕とサヤカが二人で住むんだから広すぎるくらいだ。
鍵を開けて家の中に入った。
ん~新築の香り。
結構築年数は経っているが、がっつりリフォームしたからぼろい外見とは裏腹に家の中はキレイで新しい。
荷物は明日運び込まれることになっていた。
がらんとした家の中はやけに広く感じた。
今のところやることは何も無かった。
「そうだなぁ。とりあえずお隣に引越しの挨拶にでも行くか」
「うん。パパお菓子持った?」
「ああそっか。忘れてた」
僕は挨拶用に買っておいた菓子折りを持って隣の豪邸にサヤカと二人で向かった。
隣の豪邸の表札を見ると青山と掘ってあった。
うわぁ大理石の表札だ。高そう……。
「なんか、緊張するなぁ……。地元の名士さんとか? 怖い人が出てきたらどうしよう……」
僕のチャイムを押す指がカタカタと震えていた。
「パパ……。びびりすぎ。挨拶するだけでしょ? もっとハイっ、しゃんとして」
しっかりした娘でパパ嬉しいよ……。なんか泣きそう。
ピンポーン
「…………」
「はい、どちら様でしょうか」少し時間を置いて女性の声が聞こえてきた。
「ひゃぁ。人が居ないのに声がするぅ」
「インターフォンよ。パパ落ち着いて」
「は、はい」
「もうっ」
サヤカは僕を押しのけインターフォンに顔を近づけた。
「こんにちは青山さん。隣に越してきた高橋です。引越しのご挨拶に伺いました」
「あ、はい。今参ります。」
サヤカは得意げな顔で僕を見ている。 ……ありがとう。
僕達を出迎えてくれたのは怖い人ではなかった。
美しい女性だった。
長い栗色の髪は一本に束ねて編みこまれていて、すこしタレた大きな目が魅力的だ。
白い半袖のブラウスにブラの線が少し透けて見えていた。
ピッタリとフィットしたジーンズが健康的な印象を与える。
僕は見とれてしばらく声が出せないでいた。
そんな僕をサヤカは不審な目で見ていた。
ち、違うよサヤカ。僕はいやらしい目で見てた訳じゃないよ。
ホントだよ。本当だってば。
「高橋サヤカです。今日隣に引越して来ました。これからよろしくお願いしまーす」
明るくハキハキとサヤカがご挨拶。
うんうん。出来た娘だ。
おっと僕も心の中で娘に言い訳をしている場合ではない。
僕が挨拶しようとすると、その女性は少し驚いたような声で言った。
「あの……。もしかしてアキラくん?」
「はい?」
何で僕の名前知ってるの?
「アキラくんだよね。ほら私だよぅ。中学生の頃……」
「え? あ……。あぁぁぁ!」
カオリ……。すっごく素敵になってて気付かなかったよ。
あの頃だって十分可愛かったけど。彼女は僕の青春そのもの~ だった。
「ん? パパ? この人と知り合い?」
サヤカが不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「う、うん。中学の時の……友達……」
僕がそう言うと、カオリはにっこりと微笑んでサヤカの顔の高さまでしゃがみ込んだ。
「そうよ。パパと私はお友達だよ。えっとサヤカちゃんってお名前なの? 素敵な名前だね」
サヤカはそう言われて、ちょっと赤くなってうつむいた。
ポニーテールの黒髪がぷるんっと揺れる。
「アキラくん、よかったら少し家に上がっていかない? さっきお菓子を焼いていたの。食べていってよ」
しゃがんだままカオリは僕の方を見上げて言った。
ブラウスの隙間からちょっとだけ胸の谷間が見えた。
「あ……」
サヤカが顔を横に動かしてカオリの後ろを覗き込んだ。
「おや?」
僕も今気付いた。
カオリのお尻に金色の物体が張り付いていた。
「い、いつの間に……」
カオリが振り向いて驚いた声を出す。
「わぁ」
サヤカがたたたっと走り、玄関の中に入ってカオリの後ろに回りこんだ。
「お、おいサヤカ……。勝手に入っちゃだめだって……」
そんな僕を無視してサヤカはその金色の物体に話しかけた。
「こんにちは。あたしサヤカ。あなたは?」
「セ…ルマ」
金色の物体はカオリのお尻に貼り付いたままぼそっと言った。
セルマ? 外人? ん? 僕の頭は混乱していた。
あ、そうか。きっと外国人の友達が来ていて、その子供だ。うん。そうに違いない。
だぼだぼで白地に水色のストライプの長袖のシャツを着て……大人の男物?
その女の子の体はシャツの中で泳いでる。
スカートもズボンも履いていない。っていうか下着もなんも着けてない。
シャツはしっとりと濡れていて、小さなお尻が透けて見えていた。
「あんまり暑いんでプールに入ってたのよねぇ。セルマちゃん。だぼだぼの服が好きなんだもんねぇ」
カオリは優しい笑顔を金色の……えっとセルマ? と呼ばれた女の子に向けた。
ってプール? どんだけ金持ちなんだよお前は。
色々とさっきから驚いてばっかりだ。
今の僕はどんな顔をしているのだろう。なんか恥ずかしい。
まぁ、後で分かったんだがプールというのはビニールを膨らませて水を入れるアレだった。
さすがにそこまででかい家ではないしな。ちょっとびっくりした。
「カオリちゃん、今日は挨拶だけで引き上げるよ。お客さん来ているんだろ?」
僕はカオリのうれしいお誘いを遠慮することにした。
「え? お客さんはアキラくんとサヤカちゃんだけだよ」
カオリは何で? って顔で僕を見ていた。なんだ違うのか……。
うーん。お客さんの子供じゃないとすると……。
はっ。まさかカオリは外国人と結婚したのか? 国際結婚?
ま、いいか。あんまり詮索してもな……。
僕たちは謎の多いカオリの家へお邪魔することにした。
サヤカは金色のセルマという女の子に夢中だった。