核戦争の終結後、「コズミック・イラ(以降C.E.)」と呼ばれる時代が幕を開けた。
人類は遺伝子操作によって、生まれながらに優秀な能力を持つ新人類【コーディネイター】を生み出した。
しかし、その能力差は旧人類たる【ナチュラル】との間に激しい確執を生み、迫害と弾圧へとエスカレートしていく。
追われた多くのコーディネイターたちは、資産家たちが莫大なコストを掛けて宇宙に建造した工業コロニー群【プラント】へと移り住んだ。
彼らはそこを新天地とし、自治独立を目指したことで地球側との緊張は極限まで高まっていく。
C.E. 70年 2月14日。
中立国を介してプラントとの対話が継続している最中、地球側の軍事同盟【地球連合】による侵攻が行われ、プラントの軍事組織【ザフト】と激しく衝突。
この戦いで連合は大敗を喫するが、その戦闘の最中、プラントの農業用コロニー「ユニウスセブン」に核ミサイルが撃ち込まれる悲劇が発生する。
ザフトはこれを連合による核攻撃として非難声明を発表するが、連合はプラント側の自作自演であると反論。互いに一歩も譲らず、戦火はまたたく間に世界へと広がっていった。
報復として同年4月1日。プラント最高評議会の決定を受け、ザフトは地球上の各地に自由中性子の運動を停止させる「ニュートロンジャマー(以下NJ)」を投下。
これにより地球は深刻なエネルギー枯渇に陥り、数十億の人類が寒さと飢えで命を落とした。
人々はこの日を「エイプリル・フール・クライシス」と呼んで呪った。
* * *
地球連合とザフトが開戦して数か月。戦局が泥沼の膠着状態に入る中、太平洋に浮かぶ中立国【オーブ連合首長国】は、L3宙域に宇宙コロニー【ヘリオポリス】を保有していた。
建造時に資源衛星に接続する形で造られたこの工業コロニーの港へ、一隻のシャトルが入港しようとしていた。
C.E. 71年 1月25日 午前9時。
貸し切られたシャトルのVIP区画には、二人の姿しかない。
硬質な金髪に、少年のような華奢な手足。オーブの姫君たる【カガリ・ユラ・アスハ】は、無防備に口を開けて涎を垂らしながら熟睡していた。
その隣で、赤黒い髪をマッシュショートに切り揃えたパンツスーツ姿の女性――【エニル・エル】が、ずり落ちたブランケットを優しく掛けなおしている。
<んふふ。姫様かわいいなぁ。お胸も成長してるね、弾力がいい♪>
エニルはブランケットを直す振りをしながら、その手で滑らかにカガリの胸の膨らみを揉みしだいていた。
<あ、涎拭いたほうがいいな>
カガリの口元から零れる涎を見て、エニルは懐から真空パックされた清潔なハンカチを取り出す。
丁寧に口元を拭うと、僅かに自分の指に付着したソレを、エニルは恍惚とした表情で自身の口へ運び、ゆっくりと舐めとった。
<あの極寒の地獄で、絶望して凍りついていたあたしの魂を溶かしてくれた、たった一つの太陽。何に代えても守り抜く、あたしだけの妖精……>
先ほどまでの感傷は、舐めとった時点で霧散し、興奮に塗り替えられる。
<くひひ。ああ、昂るなぁ>
エニルは窮屈そうに下半身を震わせた。
彼女には女性らしい胸の膨らみがあるが、その股間は女性ではあり得ない形状に熱を持ち、大きく膨れ上がっていた。
彼女は、コーディネイターの中でも極めて稀有な両性具有(フタナリ)の身体を持っていた。
エニルがハンカチを宝物でも扱うように大切に懐へしまった、その時。
不意にカガリが目を覚ました。最初こそ寝ぼけたように視線を泳がせていたが、やがて目を見開くと、隣に座るエニルを鋭く捉え、弾かれたように身を起こして周囲を見回す。
「おい、ここはどこだ」
ハスキーなカガリの声が、エニルに問いかけた。
「……カガリ、大丈夫? あなたがコペルニクスで急に脱走して、護衛を巻いてまで行こうとしたヘリオポリス行きのシャトルよ?」
「ヘリオポリス? ……は?」
エニルの言葉を聞いた瞬間、カガリは信じられないものを見るように頭を抱えた。やがて、エニルの肩を強く掴み、ギリッと顔を寄せる。
「今日はいつだ!?」
「1月25日だけど?」
切羽詰まったカガリの問いかけに、エニルは不思議そうに小首を傾げてみせた。
* * *
――カガリ視点
<ありえない! ありえない! 過去だというのか!?>
カガリは必死に混乱する頭で記憶を探る。目の前にいる得体の知れない女護衛には見覚えがないが、今乗っているシャトルとこの状況には、強烈な覚えがあった。
<ヘリオポリスがザフトに襲撃されたあの日。あの日に戻ったのか!?
だとしたら、モルゲンレーテ……いやキラ! キラを迎えに行かないと!!>
だが、そこまで考えたカガリの背筋に、冷たい悪寒が走る。
<ここでキラをストライクに乗せなければ、全てが狂う。
オーブが焼かれ、お父様が死ぬ未来を回避するためには……!>
『まもなくヘリオポリスに入港します。
お客様はシートベルト着用の上、お席を立つことの無い様お願いします』
シャトル内に無機質なアナウンスが流れる。
「カガリ、ヘリオポリスに着いたらアスハ邸に一度寄って着替えましょう。
急に飛び出したから、着替えも持ってきていないでしょう?」
隣に座るエニルが、甲斐甲斐しくカガリの世話を焼きながらそう言ってくる。
<……こいつの視線、どこかで見覚えが……!?
ザフトの【ヒルダ・ハーケン】が、ラクスに向けていたのと同じ視線が私に向いているのか!?>
カガリが内心で戦慄している間にも、エニルは表情ひとつ変えずに流れるような動作で座席のベルトを締め、カガリのブランケットを丁寧にネット内へ収納していく。そして、封を開けた飲料水のパウチをカガリの口元へと押し当ててきた。
「寝起きですし、お水を飲んだほうがいいですよ」
エニルは僅かに笑みを浮かべながら、カガリが吸い付くのを待っている。
「……自分で飲める」
寝起きで喉が渇いていたこともあり、カガリは背筋に僅かな悪寒を感じながらもそれを受け取って喉を鳴らした。
「さあ、空き容器はこちらへ」
差し出された手にパウチを渡し、カガリは強い声で宣言する。
「ヘリオポリスに着いたら、モルゲンレーテに行くぞ」
「はい?」
エニルは手を止め、呆れたような声で聞き返した。
「モルゲンレーテのカトウ教授に用事がある」
「はあ。……ちなみに、先方との約束は?」
「あるわけないだろ」
胸を張って答えたカガリの言葉に、エニルは完全に硬直した。
* * *
ヘリオポリスの入管を、アスハ家のご令嬢とその専属護衛という身分で堂々とパスした後。
エニルは勝手な行動に走ろうとするカガリの首根っこを掴んで物理的に制圧しながら、モルゲンレーテのカトウ教授への面会約束を、強引かつスマートにどうにか取り付けてみせた。
現在、二人はエニルの運転するエレカに乗ってコロニー内を移動している。
「だから、お約束の時間までまだ余裕があるのですし、一度アスハ邸に行きますよ」
「だめだ! すぐにモルゲンレーテに移動しろ! 命令だ!!」
<姫様め、その言葉はずるいなぁ>
助手席で身を乗り出すカガリの強い言葉に、エニルはあっさりと折れてため息をついた。
幸い、ヘリオポリスのアスハ邸からモルゲンレーテの区画までは近かった為、大した時間も掛からずに目的地へと到着する――。