「まったく、なんてこと……」
エニルはヘリオポリスのコロニーがバラバラに四散するなか、ストライクに乗ったキラを見失わないようにしていたが、向かってくる残骸を避けるうちにはぐれてしまっていた。
「アークエンジェル、応答して! キラ、生きているなら返事をしなさい!」
周囲に浮かぶ浮遊物の影響か、通信機からはノイズと反響が返ってくる。
エニルの乗るジンが周囲に注意しながら漂っていると、機体のレーダーに大きな反応が出る。
『こちらアークエンジェル。
エニス・エル、聞こえているか? 応答せよ!』
「こちらエニス・エル、聞こえている。
キラ――ストライクを見失ったのだけど位置はとらえている?
確認できていないなら周辺を探索したいのだけど」
やがて聞こえてきたのは、アークエンジェルから呼びかけるナタルの声だった。
エニルが応答すると、安堵のため息が聞こえてくる。
『ストライクの現在位置は不明だ。今も呼び掛けているが、可能なら周辺探索を頼む』
* * *
『X105ストライク、応答せよ――』
通信機は同じ呼びかけを続けている。
コクピットの中にいるキラのせわしない呼吸音が、パイロットスーツのヘルメット内に反響している。
「ヘリオポリスが……」
キラは【ヘリオポリス】の崩壊を目の当たりにし、深くショックを受けていた。
ついさっきまで踏みしめていた大地が四散し、宇宙空間には無数の瓦礫や金属片が漂っている。
それらに混じって、見覚えのある看板や建物の一部が目の前を無情に横切っていく。
「……どうして」
自失状態だったキラの機体が、唐突に揺さぶられた。
ストライクを見つけた紫色のジン――エニル機が、ストライクの肩にそっと手を置いていたのだ。
『X105ストライク! 聞こえているか? 応答せよ!』
『キラ、大丈夫!? モビルスーツの外観に問題は無いようだけど、返事しなさい!』
二重で聞こえてくる通信機ごしの声には、強い焦りが混じっていた。
揺さぶられたショックで、キラは自失から覚めた。
聞こえてきたのは、マリューとエニルの声だった。
「あ、はい。こちら……キラです」
キラは通信機のスイッチを入れ、震える声で答えた。
『無事なのね?』
「はい」
『こちらの位置はわかる? 帰投できるかしら』
「はい……。エニスさんもいるので大丈夫だと思います」
自分を導くように寄り添う紫色のジンを見て、キラは少しだけ口元を引き締め、レバーを握りなおした。
『なんにせよ、無事でよかった。あたしが先導するから、キラはついてきてね』
エニルはそう言うと、ジンを僅かにストライクから離し、アークエンジェルの方角へと誘導し始める。
そのとき、キラのコックピットに電子音が響いた。
「――救難信号……?」
信号の方向へメインカメラを向けると、モニターに映っていたのは、ランプを点滅させている円筒形の細長い漂流物だった。
「エニスさん、あれ……救難信号が」
キラはストライクの腕を動かし、漂流物を指し示す。
『あー、これはマズいわね。
アークエンジェルにはあたしが伝えるから、キラは回収してもらえる?』
漂流していたのは、救難ボートだった。
本来なら退避先へと自動で向かうはずのそれは、推進器が故障したのか、無防備に宇宙を漂っていた。
アークエンジェルの艦橋では、行方がわからなくなっていたストライクを発見した矢先、回収が必要な救難ボートを見つけたという連絡を受けていた。
「救難ボートの回収、許可します」
「……わかりました。映像の確保を含め、格納庫に受け入れを用意させます」
エニルからの報告を受けたナタルの後ろから、マリューが即座に許可を出す。
僅かにため息を吐いたナタルは、各部署に指示を伝える。
「周辺警戒を厳に! まだザフト艦はこの宙域に存在している!」
マリューが鋭く指示を飛ばす。
「ストライク、帰投します。
エニス機は、救難ボート収容後に帰投するとのことです」
「今モビルスーツの襲撃を受けるときついものね。警戒してくれて助かるわ」
ナタルの報告に、マリューはぼそりと呟いた。
* * *
ストライクが格納庫に入ると、エアロックの巨大な扉が閉じる。
モビルスーツ用のメンテナンスベッドが奥に据え付けられ、横には被弾したモビルアーマー【メビウス・ゼロ】が収容されていた。
ストライクのハッチが開き、キラが顔を出す。
「いやぁ、まいったなぁ。……坊主じゃなくて嬢ちゃんなのかぁ」
整備士のマードックが、頭を掻きながらため息交じりにそう言った。
首にタオルを巻き、ぼさぼさ頭に無精髭の、お世辞にもさわやかとは言えない風貌の男だ。
「キラ! 無事か!?」
「大丈夫、キラ!」
「キラっ! 怪我してない!?」
コクピットから降り立ったキラに、カガリ、ミリアリア、そしてフレイがすがりつくように抱きつく。サイやトールもその後ろから駆け寄ってきていた。
誰よりも強くキラの腕を掴んだフレイの瞳には、かつての我儘な少女のものではない、狂おしいほどの安堵と重い決意の影が宿っていた。
救難ボートから出てきたヘリオポリスの避難民たちの姿を見ると、カガリはそれをじっと見つめ、やり場のない怒りに拳を握りしめた。
一方、艦橋。
「ザフト艦の動き、掴めるか?」
マリューの問いかけに、レーダーパネルを見るパル伍長の答えは冴えなかった。
「無理です。ヘリオポリスの残骸の中には未だ熱を持つ物も多く、これではレーダーも熱探知も……」
「むこうも同じだと思うがね」
ムウが、気休めの言葉を言った。
「いま攻撃を受けたら、こちらに勝ち目はありません。
ですから、航路を偽装したうえで、オーブの無人補給基地に向かいます」
「オーブの? それは本当にあるのか?」
マリューの言葉に、ムウが艦橋にいる全員の代弁をするように尋ねた。
「ナタル、補給基地のデータを出して」
マリューの言葉を受けて、ナタルがコンソールを操作する。
航路図上に三カ所のマークが浮かび上がり、施設内容が表示された。
「こいつは驚いた。
……そういやオーブの施設で建造されたわけだし、そういうこともあるのか」
「我々が月に行くにしても、アルテミス要塞に行くとしても、航路を読まれる可能性があります。
しかし、ここなら相手には盲点になります」
ムウの言葉に続いて、マリューが図上の一点を指す。
そこは、デブリ帯にあるユニウスセブン近郊の宙域だった。
「確かに相手の裏はかけそうだな」
「自分もこの補給施設で補給を受け、月本部と連絡をはかるのが現在もっとも現実的な策かと思います」
ムウに続いて、ナタルも同意の言葉を口にする。
「では、当面の目的地をオーブの補給基地とします」
それを受けて、アークエンジェルの艦橋がにわかに慌しくなる。
「デコイ用意! 欺瞞のためシャトルを射出する。
同時に航路変更のためメインエンジン噴射を行う。
のちは慣性航行に移行。第二戦闘配備! 艦の制御は最小時間内にとどめよ!」
マリューが指示を出す。囮(デコイ)を撃ちだし、月へ向かうという偽の情報で敵の注意を引きつける。
さらに、ザフトへの情報工作(コロニー破壊の糾弾)を仕込んだ二艇の無人シャトルも、デブリに紛れて密かに射出された。
あとはデブリ帯の近くまで移動すれば、身を隠しながら補給施設へと向かうことができる。
「サイレントランニング……あとは運だな」
ムウがつぶやくと、クルーたちは緊張した面持ちになる。
「――デコイ発射! シャトル射出! メインエンジン噴射! 艦、デブリベルトへの進路に航路修正!」