ヴェサリウスの艦橋では、ラウ・ル・クルーゼとフレデリック・アデスが航路図を見ていた。
「ヴェサリウスは先行し、ここで敵艦を待つ。
ガモフにはこのコースを取らせ、索敵を密にしながらついて来させろ」
ラウの指が示す所を見て、アデスが眉を寄せた。
「アルテミスへ、でありますか? しかしそれのみに絞ったのでは、月方向へ離脱された場合……」
彼の反論は、通信兵の声に遮られた。
「大型の熱源感知! 戦艦のものと思われます! 諸元解析、予想コース、地球スイングバイにて、月面、地球大西洋連邦本部!
続けて熱源感知! 小型のシャトルと思われるものが複数! 予想コース、プラント、地球衛星軌道」
アデスが見ると、ラウは首を振った。
「それは囮だな。今ので私はいっそう確信した」
ラウは言い切った。
「やつらはアルテミスへ向かう。ヴェサリウス発進だ。ガモフを呼び出せ」
その決定を自室で聞いていたレコアは、怪訝な表情で眉をひそめていた。
<アルテミス……。確かに俺の記憶通りなら、アークエンジェルはアルテミスへ向かうはずだ。
だが……もし、あの艦にも俺たちと同じ存在がいるとしたら?
みすみす傘下に降るような真似をするだろうか?>
<兄さまの記憶をみていると、このマリュー・ラミアスという女性じゃないの?
あの場でキラを連れて行ったのだって、この女だし。
……そもそもカガリ・ユラ・アスハがそこにいたんでしょう?>
妹の的確な指摘を受けて、レコアの中のアスランは嫌な予感が的中していることを確信した。
しかし、一介のパイロットに過ぎないレコアには、隊長であるクルーゼの決定を覆す権限などあるはずもなかった。
* * *
――プラント(アプリリウス市)。
すらりとした長身の女性が、議事堂の長い通路を歩いていた。
白い制服に身を包み、赤黒い髪をセミロングに流している。
その物憂げな表情は、すれ違う男たちの視線を否応なしに吸い寄せていた。
<どうしてなのよぉ……>
だが、当の彼女――レム・エルは、内心で涙を流していた。
半年前まで、レムは廃コロニーの調査を行う閑職部隊に配属されていた。しかし、そこで偶然見つけた冷凍保存の医薬品とデータを、知り合いの研究者であるギルバート・デュランダルに渡したことで、周囲の状況が一変した。
デュランダルに大層感謝されたかと思えば、あれよあれよという間に末端のパイロットからアプリリウス市に呼び戻され、気づけばエリートの証である白服を渡され、今に至るのだ。
<できれば安全な後方任務がいいなぁ。廃コロニーの調査、暇でよかったんだけどなぁ……>
そんな現実逃避をしているうちに、プラント最高評議会議長の執務室に到着してしまう。
入室許可を得て、彼女は重い足取りで部屋に入った。
「よく来てくれたね。レム・エル君」
部屋の主であるシーゲル・クラインが、穏やかな笑みを浮かべて待っていた。
「君のことはデュランダル議員や、クルーゼ隊長からも聞いているよ。
とても指揮官適性が高く、何より柔軟な思考の持ち主だとか。
そんな君に任せたい艦があるんだ。
――【惑星強襲艦計画】は知っているかね?」
シーゲルはレムを席につかせると、持ち上げるように切り出した。
惑星強襲艦計画。
C.E. 68年以降の地球連合との対立において、ザフトが直面した「地上への部隊展開と物資輸送、および運用艦船の建造労力」という課題を解決すべく、地上と宇宙の双方で運用可能な艦船を段階的に開発する極秘計画である。
<知らないことだし、ここは無能を装って呆れられよう>
レムはわざとらしく少し考える振りをしてから、首を振った。
「申し訳ありません。存じません」
「フム、そうかね?
軍部からは、パトリック……ザラ国防委員長から、強硬に計画の推進要望が来ていると聞いていたのだが?」
シーゲルが訝し気な視線を向ける。
「私は、戦争の継続には否定的な部類の人間ですので。そういった兵器開発の動向には疎いのです」
<よし! 私、よく言った!! これで『白服のくせに軍務に無関心な奴だ』って呆れられるはず!>
内心でガッツポーズを決めながら、レムは涼しい顔でシーゲルと向き合う。
しかし――。
「……なるほどな。合点がいったよ。デュランダルが若き君を推薦してきたときには何かと考えたが、君自身が我々と同じ【穏健派】だったとはね。
そういう事なら、軍部の暴走を抑えるためにも、安心して君に任せられそうだ」
「……は?」
シーゲルは一人で深く頷き、満足げにそう締めくくった。
想定外の好評価に、レムの間の抜けた声が漏れる。
「惑星強襲艦計画の第二段階で建造された技術試験艦、表向きは惑星間軽巡洋艦の一番艦となる【アイビー】を、レム君に預けよう」
シーゲルはそう言うと、コントロールパネルを操作し、アイビー級の情報と、もう一つ、小型の民間シャトルの情報をモニタに映し出した。
「もうすぐ私の娘が、【ユニウスセブンへの追悼慰霊団】に同行して現地へ向かうのだが、民間のシャトルだけではどうにも不安でね。
そこでだ。航行試験も兼ねてアイビーでこれに同行し、娘の護衛をしてもらいたいのだよ」
その言葉に、レムの背筋を冷たい汗が伝う。
<議長の娘の護衛!? 絶対、厄介ごとになるやつじゃん! やりたくない……でも議長の頼みを断ったら……機嫌を損ねて、やばい最前線送りにされるかも!?>
「つ、謹んでお受けいたします……っ」
顔を引き攣らせながらレムが答えると、シーゲルは満面の笑顔で立ち上がり、彼女の手をがっしりと握った。
「頼もしいよ! 実はこの件で、今晩ささやかなパーティがある。
娘も来ているので、後で紹介しよう」
* * *
――プラント(クライン邸)。
豪華な館の一室にラクス・クラインはいた。
その姿は、どこにも尖ったところや硬いところがない。
ふわふわと波打つ長い髪は柔らかなピンクに染められ、透き通るような白い肌に良く映えている。
大きな瞳はどこか夢見るような色をたたえ、ふっくらとした頬をつつけば、今にも笑みをこぼしそうだった。
この日、ラクスは夜の夜会もあり、昼の内に追悼慰霊団に関連する事を終わらせようと使用人を排して資料を見ていた。
その時、ラクスの意識がふっつりと途切れ、強い放心状態となった。
やがて意識がはっきりすると、机に突っ伏していた身を起こし、周囲を見渡した。
「ここは……私のお屋敷!?」
最初こそ寝ぼけていた様子だったが、目の焦点が合うと驚愕の表情になる。
「情報を集めないと。今日の日付、日程、スケジュール……」
ラクスは思いつく限りの情報をかき集め、やがて一つの確たる結論に達した。
「ここは過去ですのね」
ラクス・クラインは、何事かを再び調べ始める。
<キラがフレイさんに会う前は難しくても、私がキラの初めてになれるチャンスなのでは!?>
ラクスはありえない状況の中で、そんな妄想を行い自分を鼓舞する。
「私一人では情報を集めるのも難しいですわね。
かといって、事情を話せる相手も……」
ラクスが呟いたその時、室内の電話が鳴り響いた。
普段なら直接鳴ることはないが、今のラクスには妙にそれが気になってしまう。
* * *
――プラント(ホーク邸)。
「……っ!」
自室のデスクでネットサーフィンという名の情報収集にいそしんでいたメイリン・ホークは、突如として強い目眩に襲われ、キーボードの上に突っ伏した。
脳内を膨大な映像が駆け巡る。戦火、裏切り、逃亡、そして【コンパス】での日々――。
数分後、ハッと息を呑んで顔を上げたメイリンは、目の前にある旧式の個人端末と、部屋のカレンダーを見て目を丸くした。
「C.E.71年、1月26日……? 嘘、わたし、過去に戻ってる!?」
状況を瞬時に理解したメイリンは、すぐさま椅子から立ち上がり、隣の部屋へと駆け出した。
バンッ! と勢いよく扉を開ける。
「お姉ちゃん!!」
「ちょっとメイリン!? ノックくらいしなさいよ! 今、士官アカデミーの予習をしてるんだから!」
ベッドに寝転がりながらデータ端末を操作していたルナマリア・ホークが、不満げに顔を上げる。
そのあどけなさが残る15歳の姉の顔を見て、メイリンは恐る恐る尋ねた。
「あのさ、お姉ちゃん。……アスランさんのこと、どう思う?」
「はぁ? アスランって、ザラ委員長の息子さんでしょ?
アカデミーのエリートでカッコいいとは思うけど、いきなり何よ」
「じゃあ、シンは? シン・アスカ!」
「誰それ。アカデミーの同級生?」
きょとんとするルナマリアを見て、メイリンは確信した。
<お姉ちゃん、戻ってきてない……!
ただの『ちょっと優秀な士官候補生』のままだわ!>
「あー、うん! なんでもないの! 勉強がんばってね!」
「ちょっと、何なのよもう……」
怪訝な顔をする姉を放置して、メイリンは自分の部屋に逃げ帰った。
姉が何も知らない以上、今後のプラントの激動を姉妹だけで乗り切ることは不可能に近い。
デュランダル議長(今はまだただの議員だが)やレイの動向も不透明だ。
となれば、頼るべき相手はただ一人。
「ラクス様……。どうか、あの方も戻ってきていますように」
メイリンは旧式の端末に向かうと、ターミナルで培ったハッキング技術をフル活用し、クライン邸の極秘回線への直通ルートを恐るべき速度で構築し始めた。
* * *
「はい」
「……総裁。私のことわかりますか」
電話に出たラクスの耳に入ってきたのは、あの頼りになる少女の声だった。
「ええ、メイリンさん。あなたも? でしたら、ルナマリアさんは?」
『それが、お姉ちゃんは戻ってないんです。
とりあえず、私がついてますからね。ラクス様』
ラクスは、僅かに見えた希望に声のトーンがあがる。
「ありがとう。メイリンさん」