――C.E. 71年 1月27日。プラント、宇宙港。
港に到着したレム・エルは面倒な仕事であるが少し浮かれていた。
<なんだかんだで、ユニウスセブンの残骸への追悼慰霊団派遣の調査に赴く民間船「シルバーウインド」の護衛! デブリ地帯ということはあっても、戦闘任務でもないし面倒な試験航行任務でもない♪>
これから自分が乗船する艦を眺める。
全長250m級のその姿は、一言で言えばハイヒールのような特異で美しい外観をしていた。
艦首構造物の六割を占めているのは、扁平なリフティングボディ形状を持つ【サマラ級往還シャトル】である。
艦首から20m付近を起点とし、最大21度という緩やかな勾配で150mかけて30mほどせり上がり、残りの80mが水平な艦尾区画となっている。
その後端には艦橋がそびえ、下部には左右に張り出した前後ハッチ式の巨大な格納庫が備わっていた。
艦の底部にはドロップタンク等のオプションを装着可能なスペースがあり、さらに下方には、ダメージコントロールのために二つに分割されたレーザー熱核融合推進機が艦尾構造体と接続される形で配置されている。
<うーん、やっぱり最新鋭艦は素晴らしいわね!>
レムは自らの新たな乗艦の威容に満足げに頷くと、軽い足取りでタラップを上る。
アイビー級惑星間軽巡洋艦の戦隊長たるレムは、自艦のブリッジへ足を踏み入れた途端、その場で硬直した。
「……えっと。なぜ、ラクス様と民間人の方々が、軍艦であるこのアイビーのブリッジでくつろいでおられるのでしょうか?」
引き攣った笑みを浮かべるレムの視線の先には、持ち込んだ専用のクッションに座り、ピンク色のハロを膝に乗せているラクス・クラインの姿があった。
その隣には不機嫌そうに腕を組むアグネス、そして後ろには護衛のふりをして携帯端末を弄っている童顔の少女――メイリン・ホークが控えている。
さらにその横には、なぜ自分が軍艦のブリッジにいるのか全く理解できていない様子で、オロオロとせわしなく周囲に頭を下げている少女――ルナマリア・ホークの姿もあった。
「あら、エル隊長。お世話になりますわ」
ラクスが完璧な微笑みを向けると、レムはギギギと錆びた機械のように首を回し、艦長席で小さくなっている黒服の女性――ナトーラ・エイナスを睨みつけた。
「な、ナトーラ艦長!? ラクス様ご一行は【シルバーウインド】に乗船されるはずでは!? なぜアイビーに荷物が運び込まれているの!?」
「ひっ!? だ、だってぇ……」
ナトーラは涙目になりながら、手元のデータパッドをレムに突き出した。
「昨晩の内に、議長直々の署名入りで【慰霊団本隊はシルバーウインド、ラクス様ご一行は護衛艦であるアイビーに乗艦すべし】っていう正式な命令書が届いてて……。
書類も完璧だったから、乗せるしかないじゃないですかぁ……っ」
<ナニその命令書!? 絶対におかしい!
昨日の夜、私が議長と話した時点ではそんな決定は微塵も――!>
レムが絶望に顔を歪めていると、通信士の席から場違いなほど明るい声が飛んできた。
「いーじゃん別にー、エル隊長さぁ。
お姫様がうちの艦に乗りたいって言ってんだしー」
金髪に派手なメイクを施した緑服の通信士、トニヤ・マームがガムを噛みながら笑う。
「それにしてもこの命令書のデータ、暗号化のレイヤーがすっごい綺麗に書き換えられてるんだよねー。本部の回線から直接潜り込んだみたいな……超ウケる」
「ウケる場合か!!」
レムのツッコミを他所に、トニヤはメイリンの方を見てウインクをした。
メイリンはニコッと無邪気な笑顔を返す。完全に黒だった。
「こんな軍艦の狭い部屋より、客船のスイートの方がマシだったのに……」
「アグネスさん、文句を言わないの。
こちらの艦の方が安全ですし、何より色々と融通が利きますわ」
アグネスの愚痴をラクスがたしなめる。その【色々と融通が利く】という言葉の響きに、レムの胃がキリキリと悲鳴を上げた。
「あー……もういい。発進準備は?」
これ以上抗っても無駄だと悟ったレムが白目を剥きながら尋ねると、操舵席に座る双子の少女――アンナとマリアが、揃って振り返り、天使のような笑顔を向けた。
「「完璧です!」」
「シルバーウインドは先行して出航しました! アイビーもいつでも出航可能です!」
「私たちの大好きなメインスラスター、ガンガン吹かしていきますからね!」
「お客様方、強烈なGが掛かりますので、舌を噛まないように気をつけてくださいね!」
「……え? 大気圏外での通常航行だよね? なんでそんなGが掛かるの?」
レムの嫌な予感を乗せて、アンナとマリアが嬉々としてスロットルレバーを限界まで押し込んだ。
「「アイビー、発進(テイクオフ)!!」」
「ひぃぃぃぃっ!?」
ナトーラ艦長の悲鳴と共に、アイビー級は惑星間巡洋艦らしからぬ暴力的な加速で、プラントの宇宙港から弾き出されるように飛び立っていった。
* * *
ヴェサリウスの艦橋。
フレデリック・アデスが、沈痛な表情で暗号通信のデータパッドをラウ・ル・クルーゼに差し出した。
「隊長。プラント最高評議会……パトリック・ザラ国防委員長より直々の命令です。
本隊は直ちに敵艦船の追撃を中止し、本国へ帰還せよ、とのこと」
「……何?」
クルーゼの仮面越しの視線が鋭くなる。
「ヘリオポリス崩壊の件で、議会は今頃てんやわんやといった所だろうからな」
クルーゼはふっと冷たく笑った。
「まあ良い。我々も補給が必要だ。
足付きがアルテミスに現れなかった以上、これ以上の索敵は無為に時間を浪費するだけだからな。ヴェサリウス、ガモフ共に反転。プラントへ帰還する」
* * *
イザーク・ジュールがレコア・ザラの部屋を訪れていた。
「ようやく二人で話ができるな。おまえは今回の件どう考えている?」
「そうね。ヘリオポリス崩壊の政治的波紋は大きすぎるわ。
お父様……パトリック・ザラをはじめとした評議会が、事態の収拾と状況確認に動くのは当然よ」
レコア――その内面に【アスラン・ザラ】の人格を宿した彼女は、15歳の可憐な少女の顔つきのまま、低く真剣なトーンで答えた。
ヘリオポリス内に再攻撃を仕掛けた際、二人はすでにお互いが未来からの『帰還者』であることを確認し合っている。
誰の目もないこの空間では、こうして腹を割って話すことができた。
「しかし、厄介なことになったな。
完全にアークエンジェルを見失ったぞ。あいつらはどこへ向かう?」
イザークの問いに、レコアは細い腕を組んで眉をひそめた。
<前回と同じなら、補給のためにアルテミスに向かうはずだった。だが、来なかった>
「わからないわ。でも、前回を知っているのだから襲撃を避けて通るのは当然よ。
でも、大西洋連邦の第八艦隊との合流を目指すはず」
「……キラ・ヤマト、か」
イザークがその名を口にすると、レコア(アスラン)は痛ましそうに目を伏せた。
「ええ。結局、彼女も再び巻き込まれてしまったわ。
……だけど、今度こそ私は戦いたくない。
それに、プラントを再びあの破滅の道へ進ませるわけにはいかないのよ」
「分かっている。俺だって、同じ轍を踏むつもりはない」
イザークは力強く頷いた。
そして、ふとレコアの姿を上から下まで眺め、これ見よがしにため息をついた。
「……それにしても、そんな華奢な女の体で深刻ぶって語られても、どうにも調子が狂うな。お前、本当にアスランなんだろうな?」
そのからかい半分の言葉に、レコア(アスラン)は感情的になることはなかった。ただひどく疲れたように右手で目頭を揉み、重い溜息をひとつこぼす。
「……そういう冗談は、笑える状況になってからにしてちょうだい、イザーク。
私だって、好きでこの身体に入っているわけじゃないのよ」
<本当に……自分でも嫌になる>
<はあ? お兄様、わたしの身体になにか不満でもあるの?>
レコアの中にいる黙っていたレコアの意識がアスランの意識にぶつかる。
それがレコアの眉間に皺を作り、呆れた表情を深くする。
呆れたような冷めた反応を見せる親友に、イザークは小さく鼻で笑った。外見や口調は違えど、その生真面目で不器用な反応は、間違いなく彼の知るアスラン・ザラそのものだった。
「まあいい。プラントに戻れば、状況もはっきりするだろう。
これからの動き方は、本国で練り直しだ」
「ええ。……よろしくね、イザーク」
二人は密かな決意を交わし合う。
イザークが部屋を出るために扉を開けたその時だった。
向かいの部屋から、アスラン・ザラ(兄)と腕を組んだニコル・アマルフィが出てくるところに鉢合わせた。
「……レコアとイザーク?」
「レコア、……その、イザークとそういう仲なのか?」
ニコルは顔を赤らめながら、アスランの腕をぎゅっと抱きしめた。
アスランは気まずそうに顔をそむけながら言った。
<う、うわっお兄様! ニコルの首にキスマークがある!>
レコア(妹)の心の叫びに、レコア(中身は本物のアスラン)は思わずニコルの首筋へと視線を向けてしまい、その場に固まる。
「ち、違うぞ馬鹿者!」
見当違いな誤解を受けたイザークは、アスランたちに向かって真っ赤になりながら罵声交じりの言葉を返した。