――C.E. 71年 2月3日。プラント、最高評議会。
ヘリオポリス崩壊の余波で紛糾する議場において、クルーゼ隊から帰還したアスラン・ザラが、地球連合軍による新型モビルスーツ(G兵器)の開発について証言を行っていた。
「――以上が、オーブ管轄のコロニー内において、地球連合軍が極秘裏に開発・運用していた新型機群のデータです。フェイズシフト装甲と呼ばれる実体弾を無効化する装甲に加え、小型化されたビーム兵器の携行をも確認しています」
アスランの理路整然とした報告に、議場はどよめきに包まれる。
その混乱を切り裂くように、国防委員長であるパトリック・ザラが立ち上がった。
「静粛に! 諸君、これがナチュラルどもの本性だ!
奴らは我々コーディネイターを殲滅すべく、中立国の陰で牙を研いでいたのだ!」
パトリックは議場を見渡し、力強く拳を振り下ろした。
「もはや猶予はない。我がプラントの存亡を懸け、現在策定中の【オペレーション・ウロボロス】の抜本的な見直しと、強硬路線の拡大を提案する!」
議長であるシーゲル・クラインが渋い顔を見せる中、パトリックの強硬路線への転換を示唆する演説は、多くの議員の賛同を集めていた。
* * *
同日。最高評議会ビル、国防委員長執務室。
「おお、レコア! 無事でよかった……! 怪我はないか?
怖い思いはしなかったか!?」
「えっ、あ、お父様……苦し、いです……」
先ほどまでの議場での苛烈な指導者の顔はどこへやら。
パトリック・ザラは、執務室に入るなり目の中に入れても痛くない愛娘――レコア・ザラをきつく抱きしめ、頬ずりせんばかりの勢いで溺愛ぶりを発揮していた。
<なんなんだ、この父親は……っ!?>
レコアの内面にいるアスラン・ザラの意識は、あまりの気味の悪さと戸惑いに絶叫しそうになっていた。
彼の知る父、パトリック・ザラは、常に厳格で冷酷なまでの軍人であり、自分にこれほど甘い顔など向けたことは一度たりともなかったからだ。
「アスラン! お前は何をやっていたのだ!」
レコアを解放したパトリックは、傍らに立つ息子のアスラン(兄)をギロリと睨みつけた。
「レコアのようなか弱い娘に、コロニー内での銃撃戦をさせるなど言語道断だ!
お前がついていながら、レコアの可憐な顔に傷でもついたらどうするつもりだったのだ!」
「は、はい……申し訳ありません、父上……」
アスラン(兄)は理不尽な叱責に肩をすくめる。今回の潜入任務はクルーゼ隊長の指示であり、レコア自身も志願して最前線に出たのだが、今のパトリックに何を言っても無駄なことは明白だった。
「お父様、兄上を責めないでください。私も軍人です、任務を遂行するのは当然の……」
レコア(中身アスラン)がたまらず庇おうとすると、パトリックは再び甘い顔になってレコアの手を取った。
「レコア、お前は優しすぎる。……もう決めたぞ。お前をクルーゼ隊から下ろす」
「えっ?」
「お前には、最新鋭の専用モビルスーツを用意してやろう。
いや、いっそお前を守るための専用戦隊を編成して、プラント本国の警備主任にでも任命するか。そうすれば、いつでも私の手元に置いておけるからな!」
<職権乱用にもほどがあるだろ……っ!?>
本気で娘を溺愛するパトリックの暴走に、レコア(中身アスラン)は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
横にいるアスラン(兄)も「また始まった」と呆れ顔をしている。
「父上。レコアのことはともかく、先ほどのオペレーション・ウロボロスの見直しの件ですが……。地上への降下作戦を急ぐあまり、戦線が拡大しすぎれば補給線が――」
アスラン(兄)が真面目な顔で軍略の懸念を口にすると、パトリックは「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「素人が口出しをするな、アスラン。お前はただ前線で敵を撃っていればいいのだ」
冷たく一蹴され、アスラン(兄)は悔しそうに唇を噛む。
「……ですが、お父様。私も兄上の意見に賛成です」
その見事な手のひら返しに苛立ったレコア(中身アスラン)が、凛とした声で口を挟んだ。
「地上に拠点を確保するウロボロス作戦において、地球軍の新型機を擁するあの艦――【足付き】の存在は無視できません。彼らが第八艦隊と合流すれば、我々の降下部隊にとって最大の脅威となります。まずは各隊を連携させ、あの艦の足止めを優先すべきでは?」
かつてのザフトのエースとしての知見と、前回の歴史(史実)の経験に裏打ちされた完璧な戦術的指摘。
それを聞いたパトリックは、ハッと目を見開いた後、うんうんと感動したように深く頷いた。
「おお……! 素晴らしい着眼点だ、レコア!
お前は戦術眼まで私に似て優秀なのだな!
よし、今の意見を次の防衛委員会の議題に組み込もう!」
「なっ……」
自分と全く同じ懸念を口にしたのに、レコアが言った途端にベタ褒めする父親を見て、アスラン(兄)はあんぐりと口を開けた。
<……本当に、頭が痛い>
理不尽に扱われる兄への申し訳なさと、あまりの親バカぶりに、レコアの中のアスランは深い、深い溜息をこぼすことしかできなかった。
「レコアの専用機か……なにがいいだろうか?
ジンハイマニューバをカスタマイズしてもいいが、シグーでもいいな。
アレはまだ動かせんし、しかし運用するにはいい船も必要だな」
パトリックはブツブツと考え込む。
「父上、レコアの技量なら通常のジンで十分です。
それのカスタマイズで良いではありませんか」
アスラン(兄)がなんとか押しとどめようとする。
「アスラン。お前は敵の新型モビルスーツを奪取し、それを使っているというのに。
旧式化しつつあるジンを妹に使わせ続けるというのか?
確かにジンはいい機体だがな、お前は妹のことをもっと考えてやれないのか」
「しかし、補給や整備のこともあります。
クルーゼ隊のなかで特別視しすぎるのも……」
「だから、クルーゼ隊から下ろせばよいと言っているではないか!」
パトリックは苛立ちを隠さず、アスラン(兄)を睨みつける。
その様子を見て、レコアは内心で会議を開いていた。
<どうすればいいんだこれ。ゆくゆくはジャスティスの事もあるが、今の機体はなぁ>
<お兄様、ここはジンハイマニューバにしておきましょうよ。
それをミゲルのようにカスタマイズするというだけなら、既存のジンの部品も使えますし>
「お父様、私、ジンハイマニューバが良いです。
あの機体をベースに、自分に合ったカスタマイズができれば……」
「ん? そうか、おお! それは良いな!」
レコアの言葉を聞いた途端、パトリックは再び相好を崩してあっさりと受け入れた。
アスラン(兄)は顔を覆い、心底疲れ切った様子を見せている。
結局、レコアの乗機はジンハイマニューバベースのカスタム機となり、その裁量を貰うことでこの場は落ち着いたのだった。