C.E. 71年 1月25日 午後1時00分。
ヘリオポリス内、大学のレンタルエレカポートでは、姦(かしま)しい声があがっていた。
長く艶やかな燃えるような赤髪、ミルクのように滑らかな肌。
高貴さを感じさせる顔立ちと立ち振る舞いが、薔薇のような華やかさを振りまく。
「ねえねえ、フレイ。教えてよーっ」
フレイと呼ばれた少女――【フレイ・アルスター】は、友人とじゃれあい頬を上気させていた。
やがて、他のグループもそこに交ざり合う。
「あ、ミリアリア! ねぇ、あんたなら知っているんじゃない?」
名前を呼ばれた少女、【ミリアリア・ハウ】は、両側に跳ねた栗毛を揺らし、快活な性格を表すように話の輪を沸かせる。
そんな平和なやり取りが続く中、二人の男性を連れた、サングラスをかけた女性が声を掛けてきた。
「乗らないのか……うっ」
不意に、女性が胸を押さえて立ち眩みを起こす。
そして全く同じ瞬間、フレイもまた、心臓を貫かれたような幻痛に襲われてその場に蹲(うずくま)った。
「「【バジルール】少尉!?」」
「フレイ!?」
突然の女性の様子に驚く男性二人組。少年少女たちも唖然としつつ、蹲った二人を見やる。
「え、うそ。キラ……」
フレイは、過呼吸のように喘ぎながら、這うようにして【キラ・ヤマト】へ縋りついた。
「え、フレイ?」
幽鬼のような仕草の彼女にどうすることもできず、キラは腰を落とし、彼女のなすがままになってしまう。
「え、どうなっているの?」
しばらくの混沌の後、フレイはキラから離れようとせず、ミリアリアは困惑していた。
やがて、顔から血の気を失ったまま立ち上がったサングラスの女性が、微かな震えを抑え込みながら静かに声を掛けてきた。
彼女は地球連合宇宙軍の【ナタル・バジルール】少尉、男性二人は【アーノルド・ノイマン】曹長、【ジャッキー・トノムラ】曹長であると名乗った。
「君は、フレイ・アルスターだな。
……聞きたいことも確かめることも山ほどあるが、我々はこれよりアークエンジェルに向かう」
ナタルはサングラスの奥で、フレイだけを真っ直ぐに見据えて告げた。
「救難ボートが『今回も』拾えるかわからない。可能なら、彼らと行動を共にするといい」
ナタルがそう言うと、残りの男性士官を促して、急ぎエレカに飛び乗り移動してしまう。
「フレイ? どうしたの??」
フレイの友人である【ジェシカ】と【ミーシャ】が身体を揺さぶり、キラからフレイをやんわりと引き剥がそうとする。
「いや、キラ。お願い、私を捨てないで……。
あれ? 胸がある……あ。でも、ちゃんとある……」
フレイは失われた過去の記憶と目の前の現実をすり合わせるように、キラの身体に手を這わせて確かめている。
フレイの視線には、かつて自分が生き残るためにキラへ強いた残酷な依存と、アークエンジェルで辿った艱難辛苦の道が思い出されるように、光が薄く黒く濁っていた。
<今度こそ、私が……私がこの人を幸せにする……!>
「フレイ。私たちはカトウ教授のラボに行かないといけないの。
それに、今日は買い物をやめて帰ったほうがいいんじゃない? 様子がおかしいよ」
ミリアリアの言葉を遮るように立ち上がったフレイは、不意にキラの頬に熱いキスをしてから、友人たちに向き直る。
「ミリアリア、私もその場所に行くわ。ミーシャ、ジェシカも行こう!」
フレイは有無を言わさぬ圧で、友人を説得し始めた。
残されたのは、突然のキスに頬を赤く染めたキラと――急な騒ぎに乗じて、蹲った少女たちのスカートの中を盗撮できた喜びに静かに沸いていた【トール・ケーニヒ】だった。
キラには心配そうな視線を、トールには汚物を見るような目を向けながら、ミリアリアは先にラボにいるはずの友人に連絡を入れた。
* * *
――モルゲンレーテ(工場区地上施設)
周囲は作業を行う男たちの活気あるやり取りで賑わい、雑然としていた。
「大尉ィ――っ」
トレーラーから胴間声で呼びかけられ、【マリュー・ラミアス】は振り返った。
メカニックの【コジロー・マードック】軍曹が無精髭だらけの顔を窓から突き出し、そこで止まった。
不意に、マリューの脳裏に灼熱の閃光が走る。
<【ファウンデーション】の核……! アークエンジェルが一緒に沈んで……っ!>
急に糸が切れたように棒立ちになるマリューに周囲が目を見張るが、よく見れば、マードック軍曹も同じように虚空を見つめ、顔面を蒼白にしていた。
マリューは、すぐさまマードックと視線を交わし、現状を悟り合う。
「んじゃあ、俺たちゃ先に艦に行ってますんで! どうかお気をつけて!!」
「お願いね!」
周囲が騒がしいので怒鳴り声を返したが、マリューの内心は焦っていた。
<来るわね、ザフトの襲撃が……!>
ヘリオポリスにザフトの襲撃を受けた時の事を思い出すと、彼――キラ・ヤマトのことが頭に浮かぶ。
<前回のヘリオポリス襲撃の反省を活かして、可能な限り機体を渡さないようにしないと。
キラ君には負担をかけたくない、でも私たちにはモビルスーツを動かせない……>
男たちに交じり、同じ作業服姿ながらも肩までの栗色の髪を振って指示を出すマリューは目立つ。
彼女は地球連合軍に籍を置く身で、26歳にして階級は大尉。
ここにいる中では最上官であるものの、なかなかの美人で男からの声は絶えない。
「ハマナ曹長、ブライアン! 手空きを集めろ! モビルスーツ強奪の敵歩兵部隊が来るぞ!
【ストライク】以外のモビルスーツのフェイズシフトを入れておけ!
トレーラーに接触し続けていればバッテリーが減るはずだ。
可能なら弾倉も空にしろ!!」
指示はさらに飛ぶ。
「使える装備すべてを用意して迎え撃つ!」
そう言い放つマリューの迫力には、歴戦の闘将が醸し出す有無を言わせない圧力があり、搬出作業が続けられながらも、各所の防衛力が急速に強化されていった。
* * *
――モルゲンレーテ(カトウラボ)
色付きの眼鏡、派手なジャケットを着ているが風貌は理知的で穏やかな少年【サイ・アーガイル】が部屋に入ると、壁際に見慣れない二人の人物がいた。
一人は、帽子を目深にかぶり、キラたちと同年代に見える中性的な少年。こちらと視線を合わせようとしない。
そしてもう一人は、その後ろにピタリと立つ、赤黒い髪をマッシュショートにした妙に色気のあるパンツスーツの女性だった。
「カトウ教授とお約束ですか?」
サイがそう尋ねると、少年はむっつりと返す。
「ああ。ここで待っていろと言われた」
それきり会話を拒絶するようなオーラが漂ったが、背後に立つ女性――エニルが、不意にサイに向かって悪戯っぽくウインクをして見せた。
「この子はご機嫌斜めでね。気にしないでいいわよ、学生さん」
女性の飄々とした態度にサイが毒気を抜かれていると、少しのちに【カズイ・バスカーク】がラボへやって来た。
エニルがどこかへ連絡を入れる以外、室内にはサイの端末を叩く音だけが聞こえていた。
やがて、外から話し声が聞こえたかと思えば、勢いよく扉が開く。
サイが顔を上げて扉を見ると、見知った学生たちの一団が入室してきた。
キラの腕にしがみ付くフレイ、その様子を困惑しながら見るとサイに視線を向けるミリアリア。それにトール、ジェシカ、ミーシャと続いていた。
「は?」
サイは、キラとフレイの様子が理解できず、唖然としてしまう。
フレイとサイは親が決めた婚約者だったはずだが、少し前と様子が変わりすぎていた。
「なあ、カズイ。……誰?」
トールが、壁際の二人を顎でしゃくってカズイに話しかける。
「ああ、教授のお客。ここで待っているように言われたんだと」
その声にキラは奇異の念を抱いた。
「これ預かっている。追加とかって。渡せばわかるってさ」
そして、カズイはキラに教授から預かっていた課題の資料を渡す。
「うえ〜? まだ前のだって終わってないのに〜」
キラは情けない声を上げた。
「ミリィ、フレイどうしたんだ?」
トールとキラがカズイと話している間に、サイはミリアリアを捕まえて話しかける。
「わからないわよ。ここに来る途中で急にあんな風になったんだもの」
そう言ったミリアリアの視線は、キラの腕から一向に離れようとしないフレイに向かう。
だが、そんなフレイの異様さを観察していたのは、壁際にいた人物――カガリも同じだった。
<確証はないけど、ミリアリアやサイは違う。
キラが女なのは驚いたけど、それよりも多分、フレイは私と同じだ>
フレイが時々、カガリに向けて刺すような攻撃的な視線を向けているのに、カガリは気が付いていた。
<面倒なことになったなぁ。確かこの時点だと、サイと婚約者だったんじゃないのか?
……どうしよう>
カガリは、フレイへの接触とこの後の行動をどうするか悩んでいた。
カガリが深刻な面持ちで首をかしげる中、エニルは眩しそうに学生たちを眺めながら、こっそりと美少女達を隠し撮りしていた。
その時。突然の轟音と共に、すさまじい揺れが彼らを襲った。