――同刻。デブリベルト宙域。
座礁したシルバーウインドからアイビー級への移乗作業が続く中、艦橋で胃薬を水なしで飲み込んでいたレム・エルに、トニヤから切羽詰まった報告が飛んだ。
「エル隊長ぉっ! 前方の巨大デブリ群から、特大の熱源反応と艦影を捕捉!
……うっわ、冗談でしょ。あのシルエット、地球軍の新型――【足付き】です!」
「はぁぁっ!?」
レムは素頓狂な声を上げ、モニターにすがりついた。
そこには、光学迷彩のようにデブリでカモフラージュされた巨大な湾曲した板(凹型)のような構造物と、まさにその曲面の内側に着底し終えたばかりのアークエンジェルの姿が映し出されていた。
「なんで……っ、なんでこんな辺境のデブリ帯に地球軍の最新鋭艦がいるのよ!?
しかも、足付きが張り付いてるあの巨大な板みたいな施設は何!?」
「ええと、ええと、データバンクに該当はなしですけど、コロニー建造時の足場?」
ナトーラが必死に端末でシルエットから近いものを探す。
『ひぃっ!? ち、地球軍の秘密基地ですか!?
ど、どうしましょうエル隊長、私たち撃ち落とされちゃうんですかっ!?』
船外で救助活動にあたっていたパイロットのポゥ・エイジが、通信機越しに早くも涙目になりながら混乱する。
『へっ、上等じゃん! ならやられる前に沈めるだけだろ!
あたしが今すぐ、あの足付きをバラしてきてやるよ!』
同じく船外にいる好戦的なマチュ(アマテ・ユズリハ)が操縦桿を握りしめ、目を輝かせて迎撃を主張した。
『ちょっ、待ってよマチュ!
こっちはシルバーウインドの乗員受け入れの対応で手一杯なのよ!?』
直掩についていたパイロットのニャアン・コストが、悲鳴のような声を上げた。
<まずい! あれはアークエンジェル!?
ラミアス大佐、フラガ大佐がいて、ヤマト隊長(キラ)までいる化け物じゃない!>
「だ、駄目ですよエル隊長!
今は救難活動中でモビルスーツ隊も出払ってますし、こんな状態で足付きと戦ったら絶対に負けるんだから!」
アグネスが内心で冷や汗を掻きながら、わざとらしく、しかし必死な形相でレムに訴えかける。
<なんで!? 聞いていたのと違うじゃないですか。
あーいうのは絶対オーブの秘密基地かなにかですよ。
……どんな場所なんだろ、色々調べてみたいな>
「そーですよー。しかも相手、あんな巨大な要塞(タキリ)に陣取ってるんですから、近づいたら蜂の巣にされちゃいます」
メイリンもそれに同調し、両手をバッテンにして見せた。
彼女たち帰還者は、あの足付きが【不沈艦アークエンジェル】であり、【キラ・ヤマト】や【ムウ・ラ・フラガ】までいることを知っている。ここで戦闘になれば自分たちがどうなるかと考え、生き残るために必死に戦闘を止めようとしていた。
<まずい。慰霊団の護衛も、VIPが捕虜にされるのも、新造艦が相手にわたるのも不味い!
なんでこんなことになるのよぉ>
「わ、わかってるわよ!
でも、シルバーウインドは動かせないし、見つかった以上逃げることも……っ」
レムが頭を抱えたその時、ふわりと甘い香りが艦橋に漂った。
「戦えないのでしたら、お願いをすればよろしいのではありませんか?」
いつの間に持ち込んだのか、ピンク色のストローが刺さった宇宙用のパック飲料を片手にしたラクス・クラインが、まるで優雅なティータイムのように完璧な微笑みを浮かべていた。
<ふふふ、少し予定と違いますが、これでキラと会えますわね。
あそこに行けば会えるのですから、手っ取り早く横付けして貰いましょう>
「お願い、ですか……?」
「ええ。我々は民間船の救助活動中なのですから。
あの巨大な施設に、船の保護と一時停戦を申し入れるのです」
「な、何をおっしゃっているんですかっ……!
相手は地球軍の艦を匿っている所属不明の施設ですよ!?
撃ち落とされるに決まっています!」
「あら、やってみなければわかりませんわ。……通信を開いていただけますか?」
ラクスの有無を言わさぬ圧力(オーラ)に押され、トニヤがオープン回線を開く。
『――こちら、ユニウスセブンの追悼慰霊団護衛艦、アイビー。
前方の施設および地球軍艦艇に告げます。
我々は民間船の座礁事故に伴い、救難活動中です。
戦闘の意思はありません。座礁船への人道支援と、一時停戦を申し入れます』
ラクスの凛とした声が、宙域に響き渡った。
* * *
一方、タキリ級の疑似重力区画にある会議室で、その通信の内容を聞いたマリューとナタルは、一様に顔を強張らせていた。
「罠です、ラミアス艦長!
追撃部隊が民間船を盾にして接近してきたに違いありません。直ちに迎撃態勢を!」
ナタルが鋭く声を上げ、マリューも血の気を引いてオキタへ向き直る。
「オキタ艦長! 申し訳ありません、我々は直ちに艦を離床させ、彼らを迎撃――」
「――オーブとして民間船への人道支援を断ることはできない。
相手と通信回線を開き、この場で交渉をするとしよう」
オキタはそう言うと、艦橋に連絡し会議室のモニタに相手を映しながら通信に出る。
「……こちら、オーブ特務艦タキリ艦長、オキタだ。
ザフト艦ならびに民間船へ告ぐ」
オキタの声が相手艦に送られる。
「オーブとして、遭難した民間船の人道支援要求は拒めない。
これより、貴艦らの当艦への停泊および補給拠点としての使用を許可する」
「なっ……!? 本気ですか、オキタ艦長! 敵艦を並べて着底させるなど!」
ナタルが抗議の声を上げるが、オキタは手でそれを制し、さらに語気を強めて通信を続けた。
その横でマリューはモニターに映った人物に息を飲んでいた。
<ラクスさん、アグネス、メイリンまで!?>
ラクスとメイリンは明らかにマリューを意識して手を振っていた。
やがてそれに気が付いたナタルも息を詰まらせる。
「ただし、条件がある。いかなる戦闘行為も、これを固く禁ずる。
――一発でも火器を使用すれば、我が国への明確な敵対行為とみなし、相応の報復が行われる」
タキリ級には、ミサイル一発、機関砲一門すら搭載されていない。完全な丸腰である。
しかし、【オーブの超巨大秘密基地】という圧倒的なスケール感と、歴戦の風格であるオキタの気迫、そして【中立国を敵に回す】という政治的圧力の前に――マリューも、通信越しのレム・エルも、完全に沈黙させられた。
『……ザフト艦アイビー、了解しました。オーブの温情に感謝いたします』
やがて、レム・エルの疲れ切った声が届く。
地球軍側も、オーブの主権下である会議室に留め置かれている以上、オキタの決定に逆らうことなどできるはずがなかった。
「……オキタ艦長。大変なことになりましたね」
キサカが胃を押さえながら呟くと、オキタは豊かな髭を撫でて「ふむ」と鼻を鳴らした。