オーブの特務艦【タキリ】の外壁において、物理的に隣り合う形で係留されたアークエンジェルとアイビー級は、薄氷を踏むような緊張感の中で一時停戦状態に入っていた。
アイビー級の艦橋では、艦をケーブルで固定し終えた直後から、すでに目まぐるしい情報戦が水面下で展開されていた。
「ラクス様、どうもこの艦はオーブの特務艦でタキリというのは本当のようです。
もとはコロニー建造時の足場(土台)だったようですが、建造後にオーブが買取り、移動するステーションとして運用しているようです」
アイビーのコンソールを我が物顔で占拠したメイリン・ホークが、タキリと物理的に繋がった有線回線からハッキングを試み、息をするように自然な手付きで電子戦を仕掛けていた。
「まあ、それでこんなに大きいのですね」
背後から覗き込んでいたラクスは、素直に驚いたような言葉を口にする。
「停泊中の連合の艦(ふね)は、アークエンジェル。
現在は補給と同時に、ヘリオポリスの避難民をタキリの居住区に移動させている最中のようです」
「ヘリオポリスの避難民……。
では、今回ドックを受け入れていただいたお礼を申し上げると共に、彼らの慰問に参りましょう」
ラクスはピンク色のハロを撫でながら、完璧な微笑みでそう結論づけた。
「ねえ、ちょっと!?
なんでいきなり他国の相手の艦に電子戦仕掛けているんですか!?」
レムは只でさえ白い肌から完全に血の気を引き、青ざめた顔でメイリンの背中を指差した。
「ばれたらどうするんです!? オーブと連合を同時に敵に回す気ですか!」
「エル隊長。タキリとアークエンジェルに、今の件の申し入れをお願いしますわ」
レムの悲鳴を優雅にスルーし、ラクスは有無を言わさぬ笑顔で指示を下す。
「ひぃっ……わ、わかりましたから! 頼むからこれ以上ハッキングの痕跡は残さないでよ!?」
レムは涙目になりながら、震える手でタキリへの通信回線を開いた。
「痕跡なんてどこにも残しませんよ」
メイリンはそう呟いた。
* * *
――それから一時間後。タキリ級内の第一応接室。
アイビー級から「停戦受け入れの感謝と、ヘリオポリス避難民への慰問」を名目にアークエンジェルへの会談の申し入れがあり、ザフト側の代表がタキリの応接室を来訪することとなった。
「……まさか、彼女がこんな形で直接乗り込んでくるとはね」
応接室で待機するマリューが、引きつった笑みを浮かべて小さく息を吐いた。
<ああ、ラクスさん……!
あなたも無事に戻ってきてくれていたのね。本当に心強いわ。
でも、どうしようかしら。……キラ君がフタナリになっただなんて、流石に言いにくいし……>
応接室には地球軍の代表としてマリューとナタルが座り、仲介役としてオーブ軍のキサカが同席している。
さらにその後ろには、表向きは『オーブで保護されているお嬢様』という建前のカガリが座り、その後ろに護衛のエニル(エニス)が控えていた。
「――ザフト側の代表が到着したようです」
キサカの低く落ち着いた声と共に、応接室の自動扉が開く。
「ごきげんよう、皆様。本日はお時間をいただき、感謝いたしますわ」
ふわりとピンク色の髪を揺らし、完璧な微笑みを浮かべたラクス・クラインが入室してきた。
その背後には、まるで死地に向かう兵士のように顔面を蒼白にさせた白服のザフト将校――レム・エルが続いている。
「オキタ艦長は本艦(タキリ)の管制指揮で多忙のため、オーブ側の立ち合いは私、レドニル・キサカ一佐が務めさせていただく」
キサカがそう名乗り出ると、レムはキサカとマリューを交互に見ながら、胃の辺りを押さえて深々と頭を下げた。
「ザフト軍……アイビー級戦隊長の、レム・エルです。
本日はオーブの寛大な処置と、地球軍の皆様のご厚意に心より感謝いたします……」
顔を上げたレムの姿を見た瞬間、マリューとナタル、カガリ、キサカは一様に息を呑んだ。
そして、全員の視線がレムから、カガリの背後に立つ護衛のエニルへと、まるで示し合わせたかのように交互に動く。
<何よ? あたしに似ているけどコーディネイターだしね。そんなこともあるわ。
……にしても、ずいぶんと頼りないザフトの指揮官ね。
それにしても、あっちのピンクの女……>
エニルは護衛として背後に立ちながら、自分に一斉に向けられた周囲の視線を訝しむも、すぐに思考を切り替え、鋭い観察眼でラクスを値踏みした。
一見すればただの可憐な少女。だが、敵軍の士官たちが待ち構える部屋に飛び込んできているというのに、その歩みには一切の隙も、微塵の恐怖も感じられない。
<……なるほどね。ただの箱入り娘じゃない。
あたしの可愛いお姫様(カガリ)と同じで、芯に強い光を持ってる女だわ>
エニルは内心でそう結論づけ、自分の最愛の主(妖精)と似た気配を持つラクスに対し、油断なく警戒しつつも一定の敬意を抱いた。
「地球連合軍、アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアスです。
……ラクス・クライン様とお見受けいたします。民間船の事故とは災難でしたね」
「ええ。ですが、オキタ艦長とラミアス艦長のおかげで、わたくしたちはこうして出会うことができました」
ラクスがマリューをまっすぐに見つめて微笑む。
その言葉の裏にある『この場所を選び、オーブと上手く立ち回ってくださったのですね』という同志としての労いに、マリューは内心で苦笑しつつ会釈を返した。
やがて、ラクスの視線がマリューの後ろに座るカガリへと移る。
「あら? そちらの可愛らしい方は……地球軍の軍人さんではありませんわね?」
<ラクス、おまえも一緒なんだな。またよろしく>
カガリの顔が僅かに微笑む。
彼女もまた、苦境を乗り越えた親友に会えたことを内心で喜んでいた。
「カガリ・ユラだ。……民間人だ」
「まぁ。わたくしと同年代のようですわね。
こんな恐ろしい宇宙で、同じ民間人同士、仲良くしていただけますか?」
ラクスはそう言って、花が咲くような笑みを向けた。
<あら、カガリさん。ふふっ、また一緒に戦えるなんて心強いですわ>
ラクスの瞳の奥にある完全に『すべてを理解している』温かい光に、カガリは調子を狂わされつつも、「あ、ああ……よろしく」と照れくさそうに頷き返した。
「ところで、ラミアス艦長」
挨拶を一通り終えると、ラクスは胸の前で両手を組み、懇願するようにマリューを見つめた。
「ヘリオポリスの避難民の方々が、この艦(アークエンジェル)で保護されていると伺いました。わたくしたちも、本来はユニウスセブンへの慰霊の旅の途中……。どうか、彼らを慰問させていただくことはできませんでしょうか?」
「なっ……! ラ、ラクス様!? 敵艦の中に入り込むなどと――」
慌てて止めるレムを、ラクスは「あら、人道支援の場に敵味方はありませんわ」と微笑みだけで黙殺する。
「……」
マリューは頭を抱えたくなった。ラクスの真の目的が『アークエンジェル内にいるキラ・ヤマトとの接触』であることは火を見るより明らかだ。
未来の戦友である彼女の願いを叶えてあげたいのは山々だが、表向きは敵国同士。コーディネイターを連合の最新鋭艦に立ち入らせ、自由にさせるわけにはいかない。
「現在、避難民を移動させている最中ですので、無用な混乱を招くわけにはいきません。
ですので、タキリ内での面会ではいかがでしょうか?」
マリューは今できる現実的な折衷案を提示する。
「人員の移動中でしたら、多少のことは目を瞑ってもよいのではありませんか?」
牽制し合うようにマリューとラクスが沈黙したその時、横から予想外の言葉が出た。
「ナタル?」
「オーブは中立国で、コーディネイターも普通に暮らしている国です。
ここにいて補給を受けている以上、コーディネイターを艦内に入れない等とは言えないではないですか。
それに、我々は保護されている身なのですから」
マリューの驚いたような問いかけに、ナタルは冷静に、しかし確固たる意志を持った声でそう答えた。