タキリからアークエンジェルへの物資搬入作業が本格化し、慌ただしくコンテナが往来する中。
その作業に紛れるようにして内火艇(ランチ)に乗り、私服姿に着替えたラクス・クラインと数名の少女たちが、マリューとナタル、カガリに連れられてアークエンジェルへとやってきた。
表向きは「オーブの令嬢(カガリ)の知人一行」という非公式な扱いである。
「へえーっ! これが地球軍の最新鋭艦……! 全然造りが違いますね!」
ラクスに同行してきた赤服の少女――ルナマリア・ホークが、通路を歩きながら珍しそうにきょろきょろと周囲を見回している。
「お、お姉ちゃん、あんまりジロジロ見ちゃダメだってば……」
その隣を歩く妹のメイリンが、周囲の地球軍兵士たちの視線を気にしてルナマリアの袖を引いた。
ルナマリアはランチに乗るまでは、非常識な展開と連合の艦に乗ることに戸惑っていたが、実際に来てみれば年相応に興奮しきっていた。
一行が案内されたのは、アークエンジェル艦内の将校用サロンだった。
扉が閉まり、周囲に他者の目がないことが確認された瞬間、部屋の空気がふっと緩んだ。
「――私は、補給物資の搬入指揮に戻らねばなりませんので。これにて失礼します」
ナタルが唐突にそう告げ、見事な敬礼を決める。
「えっ、ちょっとナタル……!?」
「応対は、艦長にお任せいたします」
マリューが止める間もなく、ナタルは逃げるように、早足でサロンから退出していった。
<ずるい……っ! 自分だけさっさと逃げるなんて!>
マリューは内心で副長を恨めしく思いながらも、改めて目の前に並んだ顔ぶれを見渡した。
ラクス、メイリン、アグネス、そして隣にはカガリ。
案内する途中にルナマリアは事情を知らない(逆行していない)と聞いていたが、C.E.75の世界平和監視機構『コンパス』を支えていたメンバーが、こうしてアークエンジェルのサロンに集結している。
「ふふっ……」
「どうかされましたか、マリューさん?」
「あ、いえ……。こうして皆さんの顔を見ていると、なんだか肩の力が抜けるというか……とても安心している自分がいまして」
マリューが素直な心情を吐露すると、ラクスもまた、嬉しそうに目を細めた。
「ええ。わたくしも同じ気持ちですわ」
そんな和やかな空気が流れていた時、サロンの扉のチャイムが鳴った。
「失礼します。お客様にお飲み物をお持ちしまし……」
トレイに人数分のグラスを乗せて入ってきたのは、フレイ・アルスターだった。
フレイは来客たちの顔を見た瞬間、ピタリと動きを止めた。その視線が、ラクス・クラインへと釘付けになる。
<あの時の……ラクス・クライン……!
ということは、ここにいるのはザフト、いえプラントの……!?>
フレイもまた、死の淵から舞い戻った帰還者である。
キラへの贖罪と、彼を今度こそ幸せにするという強い誓いを胸に抱く彼女にとって、ラクスは意識せざるを得ない存在だった。
「まぁ。ありがとうございます」
緊張で固まるフレイに対し、ラクスは柔らかな微笑みを向ける。
ラクスもまた、目の前の少女がかつてキラの心に深く関わり、そして散っていったフレイ・アルスターであることを知っていた。
「あ、あの……どうぞ」
フレイが少しぎこちない手つきでグラスをテーブルに配っていく。
その時、ピンク色の髪をした少女――アグネス・ギーベンラートが、値踏みするようにフレイをじっと見つめた。
「……あなた、地球軍の兵士にしては、なかなか身だしなみに気を使っているのね。髪の手入れも悪くないわ」
「え……? あ、ありがとうございます。
フレイ・アルスターです。これでも……外交事務次官の娘ですから」
「……あら、なるほど」
アグネスは腕を組み、どうりで一般兵とは違うと思ったとばかりに、ふっと得意げな笑みを浮かべた。
「私はアグネス・ギーベンラートよ。野暮ったい軍人ばかりかと思っていたけれど……あなた、少しは話が分かりそうじゃない?」
「……あなたも。随分と話が合いそうね」
美意識と承認欲求が高く、他者を見下しがちなアグネス。
お嬢様育ちでプライドが高く、かつては周囲を振り回していたフレイ。
なぜかこの瞬間、似たような気質を持つ二人の間に、不思議な火花――あるいは意気投合の波長がパチッと噛み合った。
「ねえ、フレイって呼んでもいいかしら?
地球のコスメ事情について少し聞きたいのだけれど」
「ええ、もちろんよアグネス。私も、プラントの流行には興味があったの」
「あ、ねえねえ! 二人とも何の話してるの? 私も混ぜてよ!」
突如として始まった二人の謎の意気投合に、ルナマリアが目を輝かせて無邪気に割って入る。あっという間に三人の間で同年代らしい賑やかな会話が弾み始めた。
「……なんか、すごい組み合わせが誕生してないか?」
「え、ええ……。でも、微笑ましいわね……」
予想外の化学反応を前に、マリューとカガリは呆気にとられて顔を見合わせた。
「ところで、お二人にお聞きしたいのですが……そちらで、私たちと同じ以前の記憶を知る者は何人いますか?
私が把握しているのは、先ほど話した通り、ルナマリアを除いた三名です」
アグネスたちの会話が盛り上がっている隙を突き、ラクスがマリューとカガリを部屋の端へ誘導すると、声を潜めてそう尋ねてきた。
「こっちは、私とラミアス艦長、バジルール副長、マードック・コジロウ、そしてあそこのフレイ・アルスターで五人だ」
「そうですか……。何が原因でこうなったのかわかりませんが、私たちは『かつての首謀者』も同じ状況になっている可能性を懸念しています」
カガリの言葉を受け、ラクスが深刻な表情で告げた。
「わたくしにはすぐには手を出せないでしょう。しかし、メイリンは別です。彼女の保護が必要なのです」
「それは……」
情報の扱いに長けたメイリンが真っ先に狙われる危険性を察し、マリューは重く頷いた。
「しかし、ここは連合の艦艇なのです。……いえ、別の方法なら。カガリさんと彼女の協力が必要ですが、メイリンさんをエニスさん同様に『傭兵』として身分を作れれば……」
マリューの頭に、コーディネイターであっても同乗させられる外部の人間――エニルの顔が浮かんだ。
「あいつを説得するのか……」
カガリがひどく難しい顔をする。過保護なエニルが、素性の知れない(しかもザフトの)人間を自分たちの近くに置くことをどれほど嫌がるか、目に見えていたからだ。
「傭兵なら、確かにすべての陣営にいてもおかしくはありませんものね」
マリューの考えを、ラクスが肯定した。
「だが、ルナマリアはどうするんだ。家族だし、一緒に来ているんだ。離れられないだろう」
「いえ、アグネスさんとルナマリアも一緒にと考えています」
カガリの問いかけに、ラクスがこともなげに答えた。
「それだけの人数だと、なにか確固たる理由が必要だな。モビルスーツパイロットとサポート要員……ジンの予備機は追加で来るはずだが……」
カガリが必死にアグネス達を受け入れるための運用構想を練り始める。
「ちょっと待ってください。ルナマリアさんの説得は誰がするのですか?
それに、ザフト艦にも説明が必要でしょう。いきなり三人も引き抜くだなんて……」
マリューは背筋が寒くなり、自分の案とはいえ、ラクスの強引な計画を押さえようと否定材料を口にする。
「ウフフ」
その問いかけに対し、ラクスはただ優雅な微笑みで返した。