ラクスの優雅な微笑みにマリューが絶句していると、当のラクスは何もなかったかのように、談笑している少女たちの方へと振り返った。
「ルナマリアさん、少しよろしいですか?」
「あ、はい! なんですか、ラクス様?」
フレイやアグネスたちとの会話から顔を上げたルナマリアに、ラクスはふっと真剣な、それでいてどこか憂いを帯びた表情を作ってみせた。
「実は……大変申し上げにくいのですが、プラントにてメイリンさんの命が狙われているという情報が入りましたの」
「えっ……!?」
突拍子もない言葉に、ルナマリアは目を丸くした。
「め、メイリンが!? なんで!? ただの学生ですよ!?」
「情報管理に長けた彼女の才能を、よからぬことに利用しようとする派閥がいるようなのです。……このままプラントに帰れば、彼女の安全は保障できません」
<え、ラクス様!? その設定でお姉ちゃんを説得するんですか?
確かに狙われる危険性はあるんですけど……まあ、しょうがないか。面白そうだし>
ラクスが悲痛な声で告げると、話を聞かされていたメイリンは内心で冷や汗を流しつつも、姉の手前、怯えたように身を縮めてみせた。
「そんな……じゃあ、どうすれば……!」
妹思いのルナマリアが顔面を蒼白にさせる中、ラクスは隣に立つカガリの手をすっと取って、彼女を半ば強引に前に引き出した。
「そこで、彼女の出番ですわ。……カガリさん、自己紹介を」
「えっ、あ、私か!?」
急に話を振られたカガリは、マリュー同様にラクスに完全にペースを握られていることに気づきながらも、観念したように息を吐いた。
「……私はカガリ。カガリ・ユラ・アスハだ。オーブ連合首長国代表、ウズミ・ナラ・アスハの娘だ」
「オ、オーブの代表の娘さん!? お姫様!?」
ルナマリアはさらに驚愕し、声のトーンをひっくり返した。
「ええ。カガリさんの持つ権限を使い、メイリンさんをオーブの学校に留学させ保護するのです」
「ん、ああ。留学先はいくつかあるが、特殊なケース、身分ロンダリングにも使っているダミー校にしたほうがいいだろうな」
ラクスの言葉に補足するように、カガリがそう言った。
「もちろん、姉であるあなたにも同行していただきたいのです。
メイリンの家族であるあなたも、狙われる可能性が高いのですから」
「私が、オーブに……メイリンと一緒に?」
ラクスの話に、ルナマリアはそう呟くとラクスは頷いた。
「じゃあ、両親はどうなるのですか!?」
「相手も二人がいなくなった状態で、ご両親にまで直ちにどうこうするとは思えませんが……今回のことをお伝えすると同時に、わたくしの信頼できる筋を使って、ご両親の安全と保護は完璧に手配しておきますわ」
ルナマリアの切実な問いかけに、ラクスは有無を言わせぬ強い微笑みで答える。
「ですが、留学というだけでは刺客が送られてくる可能性がありますし、ここから直接オーブへ向かうのは危険ですわ。
安全が確保されるまでは、この艦で『傭兵』という身分を偽り、身を隠していただきたいのです」
ラクスが流れるような口調で、ルナマリアへの説得(という名の外堀埋め)を完了させていく。
カガリも話を合わせ、マリューに至ってはあまりの手際の良さに頭を抱えていた。
「でも、いきなり連合の艦で傭兵だなんて……怪しまれませんか?」
戸惑うルナマリアに、カガリがフォローを入れる。
「心配はいらない。この艦にはすでに、私を護衛してくれている『エニス』というコーディネイターの傭兵がいる。
後で紹介するが、彼女の部下ということにすれば、変な疑いは持たれないはずだ。傭兵としての身分証も……そうだな、今回は名前を弄る必要がないから、すぐに用意できるはずだ」
「カガリさんのコネクションと、同胞の傭兵の存在……。
これなら安心でしょう? ルナマリアさん、可愛い妹を守るために、どうか協力していただけませんか?」
ラクスに両手を取られ、上目遣いで懇願されたルナマリアは、もはや頷く以外の選択肢を持っていなかった。
「……わかりました。メイリンが助かるなら、私もオーブへ行きます!」
「ありがとうございます、ルナマリアさん」
満面の笑みを浮かべるラクス。
その背後で、メイリンは「お姉ちゃん、チョロい……」と内心で呟きながら、アグネスやフレイと引きつった顔を見合わせていた。
「そういうわけですので、ラミアス艦長」
ラクスが振り返り、完璧な笑顔でマリューに宣告する。
「アークエンジェルでの彼女たちの部屋は……マリューさんにお願いすることになりますわね。よろしく頼みますわ」
「……はい、善処いたします……」
* * *
数分後。サロンに呼び出されたエニル(エニス)が扉を開けると、そこには優雅にお茶を飲むラクスたち少女の集団と、やけに顔を引きつらせたマリューとカガリの姿があった。
「エニス、よく来てくれた。……実はお前の『部下』として、新たに三人の傭兵を雇い入れることになった」
「はあ?」
カガリの言葉に、エニルは間の抜けた声を漏らす。
「というわけだから、後のことは頼む!
私はキサカに報告に行かなきゃならんからな!」
「あ、待ってくださいカガリさん!
私も艦橋に戻らなければっ!」
エニルが状況を把握する間もなく、カガリはタキリへと逃げるように走り去り、マリューもまたそそくさとサロンを後にしてしまった。
取り残されたエニルは、自分に親しげな視線を向けてくるラクスやアグネスたちを前に、盛大に顔をしかめるしかなかった。
* * *
一方、マリューは自室である艦長室に、ナタルとムウを緊急で呼び出していた。
「オーブの補給施設にて、カガリさんの護衛として手配されていた同胞の傭兵チームと合流しました。……パイロット二名とそれを支援するオペレーター一名を、エニスさんの部下として当艦で受け入れます」
マリューが必死にひねり出した苦しい建前を聞き、ムウが声を上げた。
「マジかよ! いくらなんでもそんな無茶苦茶な話を飲んだのか!?」
頭を抱えるムウに対し、ナタルは面子とマリューの態度から裏事情(帰還者たちの暗躍)をある程度察しつつも、出かかった言葉を喉の奥に引っ込めていた。
口は不自然に半開きになっている。
<確かに、これから第八艦隊と合流したとしても、その後の降下作戦や地上戦に耐えられる戦力は絶対に必要だ。
それ以降のアフリカ戦線でも、パイロットとオペレーターの負担は尋常ではない。
……戦力としては喉から手が出るほど欲しいが、ハルバートン提督をどう説得する?
特例の部隊として処理できるのか……?>
ナタルは、自分が知る未来の知識と連合の軍規をフル回転させ、思考の海に沈んでいた。
「あー……それで、そいつらは使えるんだろうな?」
頭を掻きながら、ムウがマリューに尋ねる。
<……パイロットとしてなら、アグネスの技量は申し分ないわ。
ルナマリアさんの教育は、実戦経験も豊富なエニスとアグネスに任せるしかないわね。
メイリンはオペレーターとしてなら全く問題ないけど……>
内心でそう評価を下しつつ、マリューは真面目な顔を取り繕って答えた。
「そうね。素質は充分だと聞いているわ。ただ、実戦経験は……ルナマリアさんが一番少ないから、エニスにチームとして面倒を見てもらいましょう」
「はぁ……。もう受け入れる話で進んでいるのなら仕方ない」
ムウは呆れたように肩をすくめると、現実的な提案を口にした。
「ただ、部屋割りはエニスと同じにして、大部屋に変えたほうがいい。
妙なトラブルを起こされたら面倒だからな、あの傭兵にしっかり首輪を握らせておけ」
「……ええ、そうね。それが一番安全かもしれないわ」
マリューも深く頷き、かくしてエニル(エニス)は、素性も知らぬ厄介な美少女三人衆と同室で暮らすというとばっちりを受けることになったのである。