マリューとカガリが嵐のように逃げ去った後のサロン。
取り残されたエニルは、大きく頭を掻きむしってから、盛大なため息と共に少女たちに向き直った。
「……はぁ。事情はなんとなくわかったわ。あたしは【エニス】。
今日からあなたたちの面倒を見ることになった傭兵よ。
変な真似だけはしないでちょうだいね」
落ち着いた大人の女性の声で釘を刺すエニル。
だが、少女たち――特にラクスとアグネス、ルナマリアの三人は、微塵も怯えることなく、興味津々といった様子でエニルへと距離を詰めてきた。
「へえーっ! 間近で見ると本当にそっくりですね!」
ルナマリアが遠慮なくエニルの顔を覗き込み、まじまじと観察する。
「ええ、驚きましたわ。顔立ちから背格好に至るまで、あのレム・エル隊長と瓜二つですもの」
ラクスがふわりと微笑みながら、エニルの周囲を歩き回って品定めをする。
「ちょっと、あんまりジロジロ見ないで。あたしに似てるからって、あの青白いザフトの白服と一緒にされても困るのだけど」
つい先ほど応接室で見かけた、胃を押さえて青ざめていた指揮官を思い出し、エニルはやれやれと肩をすくめた。
「ふふっ、確かにそうですわね。あちらの隊長さんとは、纏っている空気が全く違います」
「本当ね。あんな胃痛持ちで頼りないエル隊長より、あなたの方がよっぽど軍人らしくてしっかりしてるわ。顔は同じなのに、中身が違うだけでこうも印象が変わるなんてね」
アグネスが腕を組みながら、上から目線で深く頷く。
「……あなたたち、初対面の相手に対する警戒心ってものがないのかしら?」
エニルは呆れ果ててため息をついた。
ルナマリアやメイリンまでもが「髪質も一緒だぁ」「お肌綺麗ですねー」とまとわりついてくる。
<なんなの、この子たち。どいつもこいつも肝が据わりすぎじゃない……>
修羅場を潜り抜けてきたエニルであっても、平和ボケした学生や図太いお嬢様たちの謎のペースには調子を狂わされそうになっていた。
「ほら、いい加減にして。それで?
三人と聞いたけど、誰があたしの部下になるの?」
「それでしたら、そこにいるアグネス・ギーベンラート、ルナマリア・ホーク、メイリン・ホークですわ」
エニルの問いかけに、ラクスが三人を紹介する。
「傭兵になって何ができるのかしら? 一応、得意なことを教えてもらえる?」
「私はモビルスーツのパイロットね。身体を鍛えてないから白兵戦は無理だけど、操縦ならできるわよ」
「私もモビルスーツのパイロットなら。まだシミュレーターを六十時間くらいやっただけですけど」
エニルの問いかけに、アグネスとルナマリアが答える。
「私は情報分析、オペレーターですね」
メイリンが答える。
「ふぅん。この艦でパイロットをやるってことは、ザフトと戦うことになるけど、覚悟はあるの?」
「まあ、しょうがないわね」
「うん、やれるだけやります!」
「そうですね」
三者三様の答えに、エニルは頭を抱えた。
<素人じゃない……。見た目からして、まだ15歳くらいじゃないの?
プラントでは成人なんだろうけど……。
カガリ、とんでもない荷物を押し付けてくれたわね>
エニルが遠い目をしながら、主であるカガリを恨めしく思い浮かべていると、
「どうかしましたか?」
「……いや。一応、モビルスーツの【ジン】は予備機が搬入されたから、それを使ってもらうわ。
ただ、ザフトの機体のままじゃ敵と誤認されるから、機体のカラーは変えた方がいいわね。
あたしはパーソナルカラーの紫を使っているのだけど、希望はある?
ラミアス艦長たちに許可を取らないといけないから」
ラクスの問いかけにエニルは意識を切り替え、実務的な機体カラーの変更について言及した。
「あたしは赤がいいなぁ」
「私は青ね。できれば細部まで凝りたいけど、贅沢は言えないわ」
ルナマリアとアグネスが自分の希望の色について話す。
エニルがそれを聞いて、頭の中で塗装と整備の手間について悩んでいると――。
「あの、エニスさん? ここにいま――」
エニルが少女たちの相手に辟易していた最中、サロンの自動扉が開き、パイロットスーツのインナー姿のキラ・ヤマトが顔を出した。
ストライクの整備と荷物の運び出しを手伝っていたキラは、過労とストレスでクマの浮いた目をこすりながら、話し相手であるエニルを探しに来たのだ。
「キラ……! キラッ!?」
その姿を見た瞬間。
ラクスの纏う空気が、劇的に変わった。完璧な令嬢の微笑みから、恋い焦がれた最愛の伴侶を見つけた一人の女の顔へと。
直後、ラクスの目が見開かれ、キラの女性らしい胸の膨らみへと視線が釘付けになる。
「え……?」
キラが戸惑う声を漏らした次の瞬間、ふわりと甘い香りを漂わせたラクスが、一切の躊躇なくキラの胸に飛び込んでいた。
キラの胸に飛び込んだラクスは、その手で胸の膨らみと股間を凄まじい勢いでまさぐって確かめる。そして、求めていた男性のアレがしっかり存在すると分かると、歓喜するように両手をキラの背に回してきつく抱きしめた。
<えっ、いま胸はともかく、下も触られたの!?……何、この子!?>
「っ!? あの、えっと……!?」
突然、見知らぬピンク色の髪の美少女にきつく抱きしめられ、キラは完全にパニックに陥る。
彼女自身、フタナリという特殊な身体を持っていることへのコンプレックスもあり、他者からの予期せぬスキンシップには慣れていない。
だが、ラクスはそんなキラの困惑などお構いなしに、背中に腕を回して顔を見上げた。
「ずっと……会いたかったですわ、キラ」
「へ……?」
チュッ、と。
甘い吐息と共に、ラクスの桜色の唇が、キラの唇を的確に、そして深く塞いだ。
誰も止める暇もなく、それは流れるように舌が絡み合う濃厚なものへと変わっていく。
「――っ!?」
キラの顔が瞬時に沸騰したように真っ赤に染まる。
周囲にいたルナマリアやエニルが「はあ!?」と目を丸くして硬直する中、
「ちょっとおおおおおっっ!!!」
鼓膜を破るような悲鳴と共に、トレイを持ったフレイが猛烈な勢いで二人の間に割って入った。
「な、ななな何やってんのよあんた! 初対面でしょ!? キラから離れなさいよ泥棒猫!!」
フレイは鬼の形相でラクスを引き剥がし、真っ赤になってフリーズしているキラを自分の背中へ庇うように隠した。
<ラクス・クライン……!? なんでここで!?
前はこんなことなかったはずなのに!
今度こそ、私が彼を幸せにするって決めたのに……絶対に横取りなんてさせないんだから……っ!>
「あら、ごきげんようフレイさん。つい、運命的な引力を感じてしまいましたの」
引き剥がされたラクスは、全く悪びれる様子もなく、唇を指でなぞりながら妖艶に微笑む。
「な、なによそれ! キラは困ってるじゃない!」
「ふふっ。キラは昔から、少し強引にリードして差し上げないとダメな方ですから」
「昔からって何よ! 今日初めて会ったんでしょ!?」
何も知らないキラを巡り、ラクスとフレイがバチバチと火花を散らす。
その混沌極まる光景を前に、エニルは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
<……なんなのよ、この空間は。あたし、とんでもない貧乏くじを引かされたんじゃないかしら?>
そんなエニルの危惧を決定づけるように。
ラクスはキラに向かって極上の微笑みを向けると、サロンにいる全員へ向けて、爆弾のような宣言を放った。
「わたくし、決めましたわ。……私(わたくし)、プラントには帰りません」
「「「はあぁっ!?」」」
エニル、ルナマリア、そしてキラの三人の声が見事にハモる。
「わたくしも、メイリンさんたちと一緒に、このアークエンジェルに残らせていただきますわ」