――タキリ(艦内会議室)。
タキリの艦内会議室には、マリューとナタル、カガリ、エニルが呼び出されていた。
呼び出しの要件は、急遽傭兵としてアークエンジェルに乗艦することになったプラントのアグネス、ルナマリア、メイリンについて偽装し、発生しうる問題を未然に防ぐことだった。
「要請のあった三名分の学生証と、オーブ管轄のダミー会社で発行した傭兵としての身分証だ。経歴の裏付けもすでに済ませてある」
オーブ軍一佐、レドニル・キサカがテーブルの上に書類と数枚のカードを並べた。
それを受け取ったマリューとナタルは、オーブのあまりの手回しの良さに小さく息を呑んだ。
「ありがとうございます、キサカ一佐。これで彼女達を艦に留め置く事ができます」
「感謝には及ばん。だが、上層部からの厳命により、代わりの条件を出させてもらう」
キサカは鋭い眼光で、連合の士官二人を見据えた。
「このタキリから物資の補給を行う代わりに、私もカガリ様の護衛としてアークエンジェルに乗艦させてもらう。……異存はないな?」
「……ええ。こちらの事情を汲んでいただいたのです。お断りする理由はありませんわ」
マリューが頷き、ナタルも無言で同意を示す。
「この件についての話は以上だ」
キサカの言葉を受け、マリューとナタルは一礼して退室していく。
その背中にこっそりついていこうとしたカガリとエニルだったが、背後から低くドスの効いた声が飛んだ。
「エル一尉。貴様は残れ」
「……はい」
ピタリと足を止めたエニルをよそに、カガリは「あ、あとは頼んだぞ!」と気まずそうに目を逸らし、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
扉が閉まり、室内には屈強なオーブの将校と、優秀な女護衛だけが取り残される。
「さて、エル一尉」
キサカが静かに腕を組んだ。その途端、部屋の空気が数度下がったような圧迫感が満ちる。
「まずは聞かせてもらおうか。コペルニクスに滞在しているはずのカガリ様が、どうしてヘリオポリスなどにいた?」
「……申し訳ありません。コペルニクスでお止めすることができず、カガリ様が飛び乗ったシャトルの中で追いつき、そのままお供するのが精一杯でした」
エニルは涼しい顔で頭を下げたが、内心では激しく舌打ちをしていた。
<あのお転婆姫が護衛をまいてシャトルに乗り込んだんでしょうが!
あたしが追いつけただけでもありがたいと思いなさいよ!>
「百歩譲って、ヘリオポリスに着いたまではいい。
だが、ザフトの襲撃があった時、なぜすぐに脱出シャトルを使わなかった!」
「……それにつきましても、護衛として配慮が足りませんでした」
<シャトルで逃げようとしたのに、あの子が【避難しそこねた民間人がいる!】って言って引っ張られたのよ!>
「挙句の果てに、よりによって地球連合の軍艦に乗り込むとはどういうつもりだ!」
「……返す言葉もありません」
<アークエンジェルと合流するって言い出したのはあの子よ!?>
「それだけではない! 我が軍の補給基地の存在を、やすやすと連合の士官に教えるとは、軍人として正気を疑うぞ!」
「……身の縮む思いですわ」
<だから! それをペラペラ喋ったのはカガリよ!
あたしは頭抱えてたんだからね!?>
キサカの怒涛の叱責に対し、エニルは表情を一切崩さず、殊勝な態度で大人の女性としての謝罪を繰り返す。
キサカとて、カガリの猪突猛進な性格は痛いほど知っているはずだ。
だが、彼はウズミに負けず劣らずカガリに激甘であるため、「カガリ様が悪い」という結論を無意識に避け、そのすべてのしわ寄せを現場の護衛に押し付けてくるのだ。
「だいたいお前は昔から――」
そこから延々と続く理不尽なお説教を、エニルは【柳に風】の精神で聞き流す。
ようやくキサカの息が切れた頃、彼は最後に忌々しげに吐き捨てた。
「……そもそも、先ほどのプラント出身の傭兵三人の件だ。
詳しい事情は知らんが、身元の知れない怪しい輩をカガリ様のそばに置くなど、本来なら言語道断だぞ」
「……」
「お前が部下として引き入れた以上、責任を持って厳重に管理しろ。
万が一にも、カガリ様に傷一つでもつけてみろ。ただでは済まさんからな」
ピキッ、とエニルのこめかみに青筋が浮かびかけた。
<あたしだって、さっきサロンで初めて知ったのよ!?
全部カガリが勝手に決めたことじゃないの!>
腹の底から湧き上がる絶叫をなんとか飲み込み、エニルは完璧な営業スマイルを浮かべた。
「……ええ、重々承知しておりますわ、キサカ一佐。
あたしの命に代えましても、カガリのことは完璧にお守りしてみせます」
「ふん、その言葉、忘れるなよ」
キサカは厳しい視線を向けたまま、ようやく解放の合図を出した。
タキリの会議室を出たエニルは、誰もいない通路に出た瞬間、深く、ひどく重い溜息を吐き出した。
<まったく、これも役目なんだろうけど、早く帰ってシャワー浴びよ。
そのあとはカガリの顔でも見に行くかな>
エニルは理不尽な疲労感を紛らわせるように、やれやれと首を振りながらアークエンジェルへの帰路についた。
* * *
――アークエンジェル(艦長室)
「はぁ……また増えちゃったわね。傭兵」
マリューは深いため息をつき、隣のナタルを見た。
「仕方ありません。キサカ一佐の場合、後ろにオーブのトップがいるでしょうから」
ナタルはマリューと視線を合わせないようにしながら、かつての記憶――砂漠にて補給を受けた際、同じように彼が艦に乗り込んできたこと――を思い出していた。
<あの時も補給の件を盾に、強引にアークエンジェルに乗り込んできたな……>
ナタルは心の中で、マリューと同じように密かなため息を吐いた。
「フラガ大尉への説明は、ナタルからお願いしていいかしら?」
「なっ……それは艦長の役割では!?」
マリューの言葉に、ナタルが露骨に嫌そうな顔をして抗議する。
ただでさえ機嫌が悪くなっているムウに、すでに話した三人に加えてキサカが増えたなどと報告するのは気が重すぎた。
「……話を逸らさないでいただきたい。
大体、あの三人のプラントの人間はなんなのですか?」
ナタルは咳払いをして、アグネス、ルナマリア、メイリンについての疑念を口にした。
「ラクス・クラインと一緒に来たのですから、プラントの人間だとは理解できます。
しかし、マードック曹長やカガリ、そしてラミアス艦長の反応から察するに、私の知らない【先】では知り合いだったのでしょう?」
「ああ、そうよね。以前【コンパス】って組織の話をしたはずだけど、三人はそこの所属でね。
アグネスとルナマリアは優秀なパイロット。
そしてメイリンは……少し特殊なんだけど、一人で要塞を陥落させられるほどの超優秀なオペレーター(ハッカー)なのよ」
「は?」
ナタルはその突拍子もない説明に呆然とする。
「そのうえで、ルナマリアはともかく、アグネスとメイリンは【私たちと同じ(帰還者)】なのよね。今の時点ではまだ肉体が出来上がっていないかもしれないけど、戦力として絶対に手放したくはないわ」
「要塞、ですか……」
「ええ。彼女は凄腕のハッカーでね。アルテミスの全機能をあっという間に掌握したり、国家機密を平然と引っこ抜いたり……前回は本当に助けられたわ。カガリさん曰く【絶対に他国へは渡せないし、手元からも外せない極秘人材】だそうよ」