少し時間が遡る。
ヘリオポリス内、モルゲンレーテ(工場区)が見渡せる丘に、赤や緑のパイロットスーツを着た一団が潜伏していた。
「――クルーゼ隊長の言ったとおりだったな」
冷静な口調で言ったのは、【イザーク・ジュール】だった。
バイザー越しにもわかる、冷たく整った顔立ち。まっすぐに切りそろえられたプラチナブロンドがその印象を強めるが、今はヘルメットに隠されている。
「つつけば慌てて巣穴から出てくる――って?」
【ディアッカ・エルスマン】がくすくす笑った。
金髪に浅黒い肌、陽気そうな外見だが、実は結構な皮肉屋だ。
彼らも、その後ろに控えていた【アスラン・ザラ】も、いずれもザフト軍のエースであることを示す、赤いパイロットスーツを着ていた。
ザフト艦侵攻の報せが届いたのだろう。
あわただしくなったモルゲンレーテ工場付近の様子を、アスラン達はスコープで見つめていた。
作業服を身に着けた栗色の髪の女性が、視界に入る。
彼女が中心になって指示を出しているようだ。
背後の開かれたシャッターから、巨大なコンテナを積載したトレーラーが出てくる。
「……あれだな」
「やっぱり間抜けなもんだ。ナチュラルなんて」
イザークが冷たく言い放つと、発信機のボタンを押した。その直後だった。
隣で不意に蹲(うずくま)った【ニコル・アマルフィ】に、アスランが気が付いて手を伸ばした――まさにその瞬間。
イザークと、アスランの双子の妹である【レコア・ザラ】の意識が、強烈な閃光と共に一瞬だけ吹き飛んだ。
「大丈夫か?」
頭に手を伸ばしてふらつくイザークの肩を、ディアッカが叩く。
だが、イザークの視線は、心配そうに自分を見るディアッカではなく、蹲るニコルと、その隣にいる見知らぬ少女(レコア)へ向けられていた。
<なんだこれは、なにかの冗談だろう。まさか、ここはヘリオポリスなのか……?>
混乱する頭で周囲の状況を呑み込んだイザークは、さらに信じられないものを見て目を見開く。
<ニコル……? なぜ胸がある!? そして、こいつ(レコア)は誰だ!?>
前回(一周目)の記憶を取り戻したイザークにとって、男であるはずのニコルの身体的変化と、記憶に存在しない少女の存在は異常事態だった。
一方、過去の自分であるアスランはニコルの腕を叩き、肩を抱くように親密な雰囲気で立ち上がらせると、訝しげにレコアへと視線を向けた。
「おい、レコア。おまえ大丈夫なんだろうな」
アスランの問いかけに、レコアは完全に呆然としていた。
<まて、俺が俺に話しかけている!?>
中身が『未来のアスラン』にすり替わっているレコアは、目の前にいる『過去の自分』を見てパニックに陥っていた。
<なんだこの状況は、ここはヘリオポリス!?
それに……っ、ああ! 俺の身体に胸がある!? なんだこれは!>
レコア(中身アスラン)は自分の身体を確かめるように、無意識に両手で自身の豊かな胸をガシガシと揉みしだき始めた。
当然、緊迫した作戦行動中に突如として自分の胸を激しく揉み始めた少女に、周囲のドン引きした視線が一斉に刺さる。
そんな、イザークとレコア(アスラン)が激しく混乱する中、工場区のあちこちで仕掛けた爆薬が火を噴いた。
ほぼ同時に、港を突破したザフトのモビルスーツ部隊がモルゲンレーテへの攻撃を開始する。
「くっ、行くぞ!」
状況に背中を蹴り飛ばされるようにイザークが叫び、一団は混乱を抱えたまま作戦行動へと身を投じていった。
* * *
――モルゲンレーテ(カトウラボ)
「――なに?」
「隕石か?」
少年たちは繰り返し足をすくうような振動に急き立てられ、エレベーターを目指した。
しかしエレベーターは電源が不安定で動かず、一同は非常階段へと走った。
ちょうど駆け上がってきた職員にサイが「どうしたんです?」と尋ねている。
エニルは、カガリの腕を掴んだまま端末を操作し、どこかに連絡を取ろうとしていた。
「ザフトに攻撃されている! コロニー内にモビルスーツが入ってきてるんだよ!」
「ええっ!?」
少年たちは一瞬たちすくむ。
事態がよくわからないまま職員に促されて後に続こうとした。
「来い!」
「ちょっと、カガリ!?」
エニルの腕から逃れたカガリは、キラの腕を取ると反対方向に走る。
その後を、エニルが追いかける。
「ちょっと!?」
「だめだフレイ!」
キラと離れたフレイが追いかけようとするが、サイに強く腕を掴まれ、さらに友人たちにも強く引っ張られてしまう。
カガリは工場区のほうへ走っていた。
エニルが背後から猛追してくるが、その向こうで爆発が起こり、爆風がカガリの帽子を吹き飛ばした。
「え、お……おんな……の子?」
キラがぽかんとして呟く。
「ああ、そういえば、こんな感じだった」
カガリがそう言ったとたん、エニルがカガリを捕まえる。
「ねえ、わざわざ危ない方向に行くのはどういう了見なのかしら?」
そういいながら、来た道をみれば崩落し、三人は戻れそうになかった。
「工場区に入れば、まだ退避シェルターがあります」
キラのその言葉に、エニルはため息を吐く。
「たしかにそうね。でもあたしから離れないで、銃声がだいぶ近い」
そう言いながら、ジャケットの内側に手を入れたエニルは銃を取り出した。
* * *
工場区の外では激しい戦闘が繰り広げられていた。
地球連合軍は地対空ミサイルで応戦しようとするが、ミサイルを積んだ装甲車は片端からザフトのモビルスーツ【ジン】に潰されていく。
ザフトの潜入部隊はその間隙を縫って、搬出口へ接近しつつあった。
工場から出たところで、三台のトレーラーが身動きならなくなっていた。
その荷台にはそれぞれ一機ずつ、明らかにモビルスーツとわかる機体が積まれている。
潜入部隊の目的はそれだった。
トレーラーに取りつきながらイザークが指示する。
「運べない部品と工場施設はすべて破壊しろ!
――報告では五機のはずだが残り二機は中か?」
「俺とレコア、ラスティの班で行く。イザークたちはそっちの三機を先に!」
アスランが叫び、レコア、ラスティに合図する。
「任せる。――各自搭乗したら、すぐ自爆装置を解除!」
イザークの台詞の後半は、トレーラー上の機体に乗り込もうとしていたディアッカとニコルに向けた言葉だった。
そして彼自身も一機のコクピットに乗り込む。
それを確認してアスランは工場の搬出口を目指した。
しかし、コクピットでOSを持ち込んだものに変え、起動シークエンスを走らせた直後、彼の端正な顔が驚愕に歪む。
「な、なんだと!? フェイズシフト・ダウンだと!?」
『イザーク! こっちの機体もだ! バッテリーが完全に干上がってやがる!』
『弾倉も空です! これじゃあ、歩くのがやっとですよ!』
通信機から、同じく機体を奪取したディアッカとニコルの悲鳴のような声が響く。
前回を知るイザークは戦慄した。記憶の中の無防備な機体とは違う。明らかに「自分たちを待ち構え、無力化する罠」が張られていたのだ。
「ええいっ、忌々しい!
最低限の駆動のみに電力を回せ、このまま強行突破する!」
<これは俺たちの襲撃を知っていて対応している。
……俺と同じように戻ってきた奴が相手にいるのか?
まさか!? マリュー・ラミアスか!?
なんにしても、今はこのままだ。……あの男を止めねば>
イザークの号令により、まともに戦闘すらできない巨大な鉄の塊たちが、這々の体で工場からの離脱を始める。