キラとカガリはエニルに護衛されながら通路を辿って走り、やがてひらけた場所へ出た。
格納庫のようながらんとした空間に突き出た、キャットウォークの上だった。
キラがシェルターの方へ歩きだそうとして、銃声にはっと首をすくめ、前に出たエニルの背後でカガリと共に身を隠す。
階下では銃撃戦の真っ最中だ。外からは何かが爆発する重低音が響き続けている。
「――これ……って……」
キラの視界の先には、巨大な人型が床に横たわっていた。
それは今にも動き出しそうに見えた。鋼の色をした装甲、四本の角をはやしたような頭部、すらりとしたボディ――明らかにザフトのモビルスーツ【ジン】とは違う形状の兵器。
「地球連合の新型機動兵器……やはり……同じなのか」
カガリがそう呟きながら、手近な手摺にもたれかかる。
<知っている事に違いがあるから、少しだけ希望を持っていたのに……!>
その横顔には、焦燥と諦観が入り混じっていた。
きら、と光るものがこちらへ向けられるのを見てとって、エニルはカガリとキラを手摺から乱暴に引き離し、その場を飛び退いた。
直後、さっきまで彼らがいた場所を銃弾が掠める。
「今更だけど、貴方の名前は?」
突然の銃撃に怯んでいるように見えたキラに、エニルが飄々と問いかけた。
「キラ……キラ・ヤマトです」
目を瞬かせながら、キラは素直に返す。
「そう、あたしはエニル・エルよ。よろしくねキラ。
あたしはすこし様子を見てくるから、ここにいてね。……カガリ、絶対に動かないでよ」
エニルが二人に向かって言うが、明後日のほうを見ているカガリの頭を掴み、無理やり自分のほうへと向かせて念を押す。
「わかってる」
そんなエニルに、カガリはむっつりとして返した。
エニルは返事を聞いた後、低姿勢になりキャットウォークを素早く移動する。
「なんかすごい人だね」
「そうか? あいつのことはよくわからないな」
キラの素朴な感想に、カガリも素の感想を返した。
「――ハマナ、ブライアン、早く! X105、303を起動させるんだ!」
女の声が格納庫内に響いた。
キラは思わずキャットウォークの下に目をやり、例のモビルスーツの陰に身を隠しながらライフルを撃つ、作業服姿の女性――【マリュー・ラミアス】に気づく。
奥にあったもう一機のモビルスーツの方から、銃撃の音に混じって怒号と悲鳴が上がった。
さっきザフトが攻めてきたと、職員が言っていたのを思い出す。
敵がザフトというなら、彼らは圧倒的に不利だ。
ザフト兵はみなコーディネイターで、運動能力、視力、判断力のすべてにおいてナチュラルを凌駕している。
キラははっとした。一人のザフト兵が、マリューを背後から狙っている。
「うしろ!」
キラは思わず叫んでいた。
マリューは声に反応して振り返り、敵兵を撃ち殺した。
そして、頭上のキャットウォークにいたキラとカガリを目に捉える。
「うそ! カガリさんと、キラく……ん?」
マリューが呟く。未来の記憶を持つ彼女にとって、ここにキラがいること自体は前回通りだ。
だが、見知ったはずのキラの胸元には明らかな膨らみがあり、どう見ても『女の子』の姿をしていた。
<なんでカガリさんがここにいるの?
いえ、……確かヘリオポリス襲撃時にいたようなことは言っていたけど、前はシェルターに避難していたはずじゃ。
キラくんも……どうなってるのよ!?>
マリューが混乱している中、キラの叫び声を聞きつけたエニルが駆け戻ってくる。
「怪我はないか?」
エニルは苛立ちを隠せない様子だったが、すぐに二人の状態を確認する。
「来い!」
三人に向かい、階下からマリューが声を張り上げる。
「左ブロックのシェルターに向かっている!」
「あそこはもう、ドアしかない! だから早く!」
エニルの返しに、マリューがさらに声をあげる。
「……しかたない。あたしが最初に降りるから、二人はあたしに向かって飛び降りなさい。必ず受け止める」
そう言うと、エニルは銃をジャケットにしまい、キャットウォークから身を躍らせた。
落差は五、六メートルはあるだろう。だがエニルは躊躇いもなく降り立ち、続くカガリとキラを難なく受け止めてみせた。
その常人離れした身体能力を見て、マリューは一瞬動きを止める。
その背後で、モビルスーツを守って戦っていた男が、一人のザフト兵を撃ち倒した。
「ラスティ! ――くそぉっ!」
赤いパイロットスーツのザフト兵――【アスラン・ザラ】が叫び、仲間の命を奪った男に銃を向ける。
放たれた銃弾が命中したのか、崩れるように男が倒れた。
「ハマナ!」
マリューがその名を呼んだ瞬間、アスランは振り向きざまに彼女を撃つ。
「くっ!」
だが、マリューは未来の記憶からそのタイミングを完全にわかっていたかのように回避し、すかさず反撃の銃弾を放つ。
「ちょっと待って! キラぁっ!? あなた、どうして女の子になってるのよぉっ!?
なんでカガリまでいるのよぉ!?」
アスランを背後で支援していたもう一人のザフト兵――【レコア・ザラ】が突如、格納庫に響き渡るような悲鳴を張り上げた。
<うそだろ、なんでキラが女になっているんだ!?
それにカガリまでいるなんて聞いてないぞ!?>
内心では、レコアの中にいるアスランが絶叫し、それが緊迫した戦場には似つかわしくない、完全な『女の子口調』の絶叫として放たれていた。
アスランは銃を捨て、ナイフを抜き放ちマリューに迫ろうとしていたが、妹の叫び声に釣られて視線を向け、そこにいた相手を見て硬直してしまう。
ザフト兵から突如名前を呼ばれたキラは、驚いて相手を見る。
ヘルメットは血で汚れている。だが、炎の照り映えるバイザー越しに、その顔ははっきりと見えた。
「…………アスラン?」
キラの口から、その名が意識しないうちにこぼれ落ちる。
その声に、アスランの体が大きく震えるのがわかった。
思ってもみなかった再会に、二人は言葉もなく立ち尽くす。
――その一瞬の隙を、マリューとカガリは見逃さなかった。
マリューがカガリに鋭い視線を送ると、カガリは力強く頷いた。
キラをストライクに乗せるための、無言の合意だった。
エニルがアスランとその後ろでパニックに陥っているレコアを警戒し、銃を抜こうとしたその時。
マリューは素早く銃を構え、さっきまでアスランがいた場所を正確に撃ち据えて彼を牽制する。
そして、呆然とするキラの身体を強引に抱きかかえると、開いていたストライクのコックピットへと転がり込んだ。
その時、レコアに衝撃が走った。
<なんだ、この感情は……いや、私自身の思いか!?>
<ふざけないで、私がレコアよ。お兄様は出てって!!
そんなことより、あの女がキラをお姫様抱っこしてつれていった!!>
「ふざけるな! キラを返せぇっ!」
「待て、レコア! 落ち着け!!」
キラを救おうと突進するレコアを、アスランが抑える。
コクピットに入ったマリューは、シートの後ろに移動しようとするキラを止める。
「体を固定するから、膝の上でいい!」
マリューはそう言うと、キラを膝の上に乗せ、システムの立ち上げにかかった。
「大丈夫? 怪我はない?」
マリューは何かを確かめるように、無意識にキラの身体――特に膨らみのある胸と股間のあたり――に触れながら問いかける。
「ひゃっ!? は、はい。…………大丈夫……です」
唐突に事態が変わったことと、見知らぬ女性に身体を触られたことで混乱するキラは、呆けた返事を返した。
システムが立ち上がる中、キラは表示される文字列を見ていた。
「ガ……ン・ダ・ム……?」
命を吹きこまれたかのように、モビルスーツの両目に光が灯り、ピクリとその指が動く。
エンジンが低いうなりを上げ、巨大な四肢がぎくしゃくと動き始めた。
メンテナンスベッドに機体を固定していたボルトが、バシバシと音を立てて弾け飛んでいく。
* * *
「カガリ、舌噛むから黙ってしがみ付いてなさいよ!」
突如キラを連れ去られた格好になり、巨大なモビルスーツが動き始めたのを見て、エニルはカガリを抱え上げて外へと逃げ出していた。
兵士の死体と共に乗り捨てられていた軍用のエレカを見つけると、カガリを下ろして邪魔者をどけ、動作を確認する。
「カガリ。こいつは動く、早く乗って」
「こんなだったんだ……」
エニルがカガリに向かって言うと、カガリの視線の先では、格納庫内でモビルスーツがまさに立ち上がろうとしているところだった。
<キラがストライクに乗った。これで……!
私は今度こそキラに恨まれてもしょうがないな……。でも、これしかないんだ>
「さぁ早く!」
カガリをエレカに無理やり押し込むと、エニルはアクセルを踏み込み、格納庫から急発進させた。