C.E. 71年 2月10日 深夜。
――アークエンジェル居住区画。
アグネスとの事後処理を終えたエニルは、シーツなどの汚れ物をランドリールームの回収ボックスへと放り込んだ。
自室へ戻る道すがら、ふと足が止まる。
<カガリの顔、少し見ていこうかしら>
ほんの出来心だった。
エニルは足音を忍ばせ、カガリが割り当てられている個室の扉を開けた。
室内は常夜灯だけが灯され、薄暗い。
ベッドの中央では、オーブの姫君であるカガリが規則正しい寝息を立てていた。
エニルは音を立てないように近づき、携帯端末を取り出す。
無防備な寝顔にレンズを向け、シャッター音を消して静かに撮影した。
<ふふっ、可愛い寝顔。私だけの宝物ね>
エニルは画面に映るカガリの顔を見て、満足げに微笑む。
端末をしまってふと室内を見渡すと、エニルは小さくため息をついた。
脱いだ服が椅子に掛けられず床に落ちていたり、小物が散乱していたりと、お世辞にも整理整頓されているとは言い難い惨状だった。
<威勢はいいけど、やっぱり根っからの【お姫様】なのよね。
使用人がいないと片付けもできないんだから>
世話が焼けると思いながらも、エニルは床に落ちている衣服を拾い集め、散らかった小物を机の上に並べ直していく。
カサリ、と衣服をまとめる衣擦れの音が響いた。
「ん……」
その微かな音に反応したのか、カガリが小さく寝返りを打ち、薄く目を開けた。
焦点の合わない、とろんとした瞳がエニルを捉える。
「……エニル、か……?」
「ええ。何でもないわ、寝てなさい」
エニルが優しく髪を撫でながら囁くと、カガリは「ん……」と短く応え、再び深い眠りの底へと落ちていった。
<どれだけ疲れてるのよ……>
普段の張った声からは想像もつかないほど、カガリの眠りは深かった。
エニルには知る由もなかったが、常に気を張り巡らせているカガリにとって、エニルの存在は計算外のノイズであると同時に、唯一、肩の力を抜けるイレギュラーな安心感でもあったのだ。
エニルは拾い集めたカガリの洗濯物を抱え直す。
ふと、その衣服から漂うカガリ特有の甘い匂いが鼻をかすめた。
<……いい匂い、顔うずめたい>
顔を埋めるようにして匂いを嗅ぐと、アグネスとの行為で火が点いたままだった身体の奥が、じんわりと熱を帯びていくのを感じた。
エニルは洗濯物を傍らの椅子に置き、再びベッドに近づいた。
カガリの首元まで掛かっていた毛布を、静かに腰のあたりまで引き下げる。
ハーフトップのブラにトランクスが露になる、そこには若々しく健康的な肌が覗いていた。
<少しだけなら……起きないわよね>
我慢しきれなくなったエニルは、吸い込まれるように手を伸ばした。
ハーフトップの脇から、形の良い胸へとそっと指を這わせる。
「んっ……」
敏感な先端を指の腹で転がすように弄ると、カガリは無意識のうちに甘い吐息を漏らし、身をよじった。
手のひらに伝わる柔らかな感触と、自分の愛撫に素直に反応する無防備な姿に、エニルは背徳的な喜びを覚える。
<最後まで食べてしまいたいけれど……今日は、これくらいにしておいてあげる>
これ以上はカガリの貴重な睡眠を妨げてしまう。
エニルは名残惜しそうに手を離す。
そして、自分の上着を脱ぎ捨て、カガリのベッドへと滑り込む。
「んん……」
エニルの体温を感じたカガリが、無意識のうちに温もりを求めてすり寄ってきた。
エニルはその華奢な身体を優しく抱き寄せ、カガリの髪に顔を埋める。
洗濯室へ行くのは明日の朝でいい。
今はただ、この愛おしくも世話の焼けるお姫様を抱きしめていたかった。
エニルはカガリの寝息を子守唄代わりに、心地よい眠りへと目を閉じた。
* * *
C.E. 71年 2月10日 深夜。
――【アークエンジェル】居住区画、艦長室。
艦橋の指揮を当直に任せたマリュー・ラミアスは、自室のソファに深く腰を掛け、手元のグラスを傾けていた。
氷と琥珀色の液体がぶつかり、カランと小気味良い音を立てる。
向かいのソファにはナタル・バジルールが背筋を伸ばして座っていたが、彼女の前に置かれたグラスに口をつけた形跡はなかった。
「……それで、キラ君の様子はどう?」
マリューは疲労の滲む声で、本題を切り出した。
ナタルは手元のタブレット端末に視線を落とし、淡々と報告を読み上げる。
「私にはエニスによるカウンセリングが行われたと報告は来ていません。
疲労が蓄積しているはずですが、本日もキラ・ヤマトの精神状態は極めて安定しています」
「はぁ……っ」
マリューは大げさに深い溜息をつき、グラスの酒を煽った。
<本来なら、大人の女性である私が彼を支えてあげなきゃいけないのに……。
結局、あの子に全部押し付けてしまっているわね>
かつて経験した過酷な道のりの中で、キラの精神は摩耗し、深く傷ついていた。
それを防ぐためとはいえ、エニルに肉体関係を伴う裏の役割まで背負わせてしまっている。
代わってやれない自分自身の不甲斐なさが、マリューの心を重くしていた。
「そう……エニスには悪いけど、これからもっときつくなるから、よろしくと言わなきゃね」
マリューは空になったグラスをテーブルに置き、ふと呆れたような視線をナタルに向けた。
「でもあの子、ほかの子にも手を出してるんじゃない?
このままじゃ、フラガ大尉じゃないけど、不和のもとになるかも」
マリューの指摘に、ナタルの肩がピクリと揺れた。
「…………」
ナタルは気まずそうにスッと目を逸らし、黙り込んでしまう。
つい先日、自分自身もエニスにシャワールームや個室で【カウンセリング】を受けてしまった身であることなど、当然マリューに言えるはずもなかった。
その反応に何かを察したのか、あるいは深入りを避けたのか、マリューはそれ以上の追及をやめ、声のトーンを切り替えた。
「……それで、あなたとフレイ・アルスターの件だけど」
その名前に、ナタルは居住まいを正し、マリューを真っ直ぐに見据えた。
「ええ、覚悟は決めました。明日、彼女にももう一度話しますが……第八艦隊との合流時点で本艦からの移動を命じられたら、オーブに亡命し、傭兵になろうかと。
もしこのまま地上へ降りることになれば、オーブまでご一緒し、カガリ様が言っていた案を実行します」
それは、かつて彼女たちが辿った凄惨な道を回避するための、大きな決断だった。
軍籍を捨てるというナタルの言葉に迷いはない。
「腕のいい傭兵、見つかった?」
マリューがグラスを傾けながら静かに問うと、ナタルは小さく頷いて同意した。
「ええ、まだ人員は不足していますが」
「そう。なら、私はアラスカを乗り越えないとね。
いきなり艦ごと亡命なんて言っても、クルーの誰も納得しないでしょうし」
* * *