C.E. 71年 2月11日。
――アークエンジェル(艦橋)
地球軌道上において、アークエンジェルはついに地球連合軍・第八艦隊との合流を果たした。
無重力の空間で、第八艦隊の補給艦からアークエンジェルへと、次々と補給物資のコンテナが運び込まれていく。
その中には、大気圏内用戦闘機【スカイグラスパー】などの重要戦力も含まれていた。
アークエンジェルの艦橋。
メインモニターには、第八艦隊旗艦【メネラオス】の艦橋から通信を繋ぐ、【デュエイン・ハルバートン】提督の厳しい顔が映し出されていた。
直立不動で敬礼するマリュー、ナタル、ムウの三人に対し、ハルバートンは重々しく口を開いた。
『本来なら私がそちらへ出向き、直接労いの言葉をかけたいところなのだが……状況がそれを許さん。
周辺宙域に十隻を超えるザフト艦隊の接近が確認されている。
全艦、第一種戦闘配備のままでの補給となる』
「十隻、ですか……!」
マリューが思わず息を呑む。
それほどの規模の艦隊が動けば、熱源反応で連合側も早期に察知せざるを得ない。
敵は本気でアークエンジェルを落としに来ている。
『ああ。だから手短に済ませる。
まず、貴官らのこれまでの多大な功績を評価し、マリュー・ラミアス大尉、ムウ・ラ・フラガ大尉の両名を少佐に。
ナタル・バジルール少尉を中尉に、それぞれ特別昇進とする。よくやってくれた』
「はっ! ありがとうございます」
三人が揃って敬礼を返す。マリューとナタルの胸中には、かつて経験した恩師とのやり取りが蘇り、熱いものが込み上げていた。
『次に、本艦の地球降下についてだ。降下ポイントは【オーブ連合首長国】の領海内とする』
「オーブ、ですか?」
『そうだ。この事もそっちのご令嬢と話したかったのだが、生憎そんな余裕もない。
あちらからは、自国民を保護してくれたアークエンジェルを直接迎え入れたいという、オーブ政府からの強い要請があってな。上の連中が政治的取引に応じた結果だ』
ハルバートンの言葉に、マリューたちはわずかに視線を交わした。
そして提督の鋭い眼光は、マリューたちの後ろに控えていたパイロット達へと向けられた。
『フラガ少佐。君もモビルアーマー一機で、よくぞこの艦を支えてくれたな』
「恐縮です、提督。ですが俺一人じゃ、とてもここまで保ちませんでしたよ。
優秀なパイロットがほかにもいたおかげです」
ムウが肩をすくめてみせると、提督の鋭い眼光は、マリューたちの後ろに控えていた二人のパイロットへと向けられた。
『ストライクのパイロットは?』
「こちらのキラ・ヤマトです」
『そうか。ヘリオポリス以降の活躍はラミアス少佐とバジルール中尉の報告書を読ませてもらった。
未曾有の危機から艦とクルーを救ってくれたこと、地球連合軍を代表して深く感謝する』
「……いえ。僕はただ、みんなを守りたかっただけですから」
ストライクのパイロットとして数々の死線を潜り抜けてきた彼女は、どこか達観したような静かな声で答えた。
『そうなると、そちらの女性が……傭兵のエニス・エルか。
ご令嬢を交えて一度ゆっくり一緒に話がしたかったが、このような形になろうとはな』
名指しされたエニルは、軍人らしい堅苦しい敬礼ではなく、大人の余裕を感じさせる優雅な仕草で軽く右手を挙げた。
「いえ。状況が状況のようですので、お心遣い感謝します。提督」
『ふむ。しかし、君の働きがなければこの艦はここまで保たなかったと報告を受けている。
連合に与してもらえるのであれば、これほど心強いことはないのだがね』
「契約を守って貰えている限り、最善を尽くします」
飄々と答えるエニルに、ハルバートンは頼もしげに頷いた。
『さて、ラミアス少佐。心苦しいが、ここからが本題だ』
ハルバートンの表情が一層険しくなる。
『君から報告のあった志願兵、ヘリオポリスで保護した学生達だが……彼らの除隊および退艦手続きは、アラスカ基地到着時まで凍結とする。そのまま艦に残ってもらう』
「なっ……提督! お待ちください! 彼らは巻き込まれた民間人です。軍の都合でこれ以上彼らを戦いに巻き込むわけには……!」
マリューが声を荒らげ、モニター越しに食ってかかる。
だが、ハルバートンは首を横に振った。
『敵の規模が大きすぎる。おそらく、我々が艦隊を組んで護衛しても、激しい襲撃を受ける恐れがある。民間人の乗るシャトルを安全に降ろせる状況ではないのだ。
アラスカで降りられるように手続きはしてある』
「それは……っ」
『降下ポイントをずらしてでも、補給が済み次第、予定を早めて即座にアークエンジェルを降下させるべきだと私は考えている。ラミアス少佐、酷な命令だとは分かっているが、彼らの命を守るためにも――』
「――艦長! 後方より大規模な熱源接近!」
悲痛な決断を迫るハルバートンの言葉を遮るように、オペレーターのトノムラの切羽詰まった声が艦橋に響き渡った。
「ザフト艦隊です! 熱源多数、艦影十一隻! モビルスーツおよそ三十機以上が向かってきます!」
その報告に、艦橋の空気が一瞬にして凍りついた。
『来たか……! ラミアス少佐、各機の迎撃態勢を整えろ! アークエンジェルは降下シークエンスを急げ!』
「は、はっ! 総員、第一種戦闘配置! ストライク、メビウス・ゼロ、ならびにジン各機は発進準備!
補給をすみやかに終わらせて! 準備でき次第、降下シークエンスに入ります」
マリューは悲哀を振り払うように、鋭い声で号令を飛ばした。
* * *
――ヴェサリウス(ザフト艦隊)
少し時間を遡り、地球軌道上。
無数の星々を背に、プラント本国で修理と補給を終えたローラシア級ヴェサリウスが、集結しつつあるザフトの大艦隊へと合流を果たした。
その数、ローラシア級八隻、ナスカ級三隻。総計十一隻もの大艦隊である。
ヴェサリウスの艦橋では、巨大なホログラムマップを見つめるラウ・ル・クルーゼに対し、艦長のアデスが報告を行っていた。
「各艦の合流、完了しました。しかし……あの【足付き】一隻を落とすために、これほどの大規模な艦隊が動かされるとは」
「我々が持ち帰ったデータと、あの艦が有するポテンシャルを本国が重く見た結果だ。
……もっとも、間に合わなかったガモフの分までモビルスーツとパイロットを本艦に詰め込まされる羽目になったがね」
クルーゼは仮面の下で薄く笑う。
現在、集結した艦隊に搭載されているジンの数は三十機を超える。
そこにクルーゼ隊のガンダム四機とミゲル、レコアの専用機を含めれば、第八艦隊を丸ごと呑み込めるほどの過剰戦力だった。
一方、ヴェサリウスのパイロット待機室は、出撃前の熱気に包まれていた。
「ようやくお礼ができるぜ。あの忌々しい足付きにな!」
「ああ。これまでの借り、きっちり返してやろうぜ」
オレンジ色の専用ジンに乗るミゲルと、バスターのパイロットであるディアッカが好戦的な笑みを交わす。
「でも、相手はあのストライクだけじゃありません。
紫、青、赤に塗られた、あの面倒なジン三機もいるんですよ。
……油断しないでくださいね」
ブリッツのパイロットであるニコルが苦笑交じりに窘めるが、彼らの士気は高い。
だが、その輪から少し離れた場所で、アスラン兄は一人、ヘルメットを見つめながら暗い顔で押し黙っていた。
<キラ……お前はまだ、あの艦に乗っているのか……?>
かつての親友と殺し合わなければならないかもしれないという迷いが、彼の心を重く沈ませていた。
そして――さらに部屋の隅では、周囲の熱気とは全く違う、ひどく頭の痛い問題に直面している二人の姿があった。
イザークと、アスランの双子の妹であるレコア(アスラン)である。
「……どうするつもりだ、レコア。
こんな大艦隊で仕掛けられれば、あの艦(アークエンジェル)は持たんぞ」
「分かってるわよ! でも、どうしようもないじゃない……!」
周囲に聞こえないよう声を潜めたイザークの問いに、レコアは忌々しげに舌打ちをした。
「出撃して、どさくさに紛れて味方の射線を潰すくらいしかできないわ。
……まったく、なんで私たちがこんなに頭を悩ませなきゃならないのよ」
「チッ……面倒だが、やるしかなかろう」
それぞれの迷いや思惑、そして破滅への焦燥を孕んだまま、艦内にけたたましい出撃のアラートが鳴り響いた。