C.E. 71年 2月11日。
――地球軌道上・低軌道会戦
漆黒の宇宙空間を、無数の閃光が切り裂いた。
地球連合軍・第八艦隊と、ザフト軍の大艦隊による激しい砲撃戦の火蓋が切って落とされたのだ。
ザフト側から散布されたニュートロンジャマーにより、広域の電波通信は瞬く間に遮断される。近距離通信とレーザー通信のみが頼りとなる有視界の乱戦状態へと、戦場は一気に引きずり込まれた。
「全艦、アークエンジェルの盾となれ! 彼らを何としても地球へ降ろすのだ!」
第八艦隊旗艦【メネラオス】からハルバートン提督の檄が飛ぶ。
アガメムノン級宇宙空母三隻、ネルソン級戦艦十二隻、ドレイク級護衛艦二十四隻からなる連合艦隊の砲陣から、おびただしい数のミサイルとビームが放たれ、二百機を超えるモビルアーマー【メビウス】がザフト艦隊へと殺到していく。
だが、ザフト側もまた圧倒的だった。
十一隻の艦艇から吐き出された三十機を超えるモビルスーツ隊――とりわけ、実弾を無効化するフェイズシフト装甲を持つクルーゼ隊のガンダムが、連合の分厚い防空網を紙切れのように食い破っていく。
「ちぃっ! 鬱陶しいんだよ、地球軍(ナチュラル)どもが!」
乱戦の最中、バスターのコックピットでディアッカが舌打ちを鳴らした。
彼の放つ重火線がドレイク級護衛艦の装甲を容易く撃ち抜いていくが、落としても落としても、第八艦隊は死に物狂いでアークエンジェルへの射線を塞ぐように立ち塞がってくる。
「どけって言ってんだろ! 俺が用があるのは、あの忌々しい足付きなんだよ!」
別の宙域では、オレンジ色の専用ジンを駆るミゲルが、苛立ちに顔を歪めて通信機越しに悪態をついていた。
彼らはアークエンジェルを沈める気満々であったが、第八艦隊の文字通り命を懸けた猛烈な防空網に足止めされ、容易には本命へと近づけずにいた。
その頃、第八艦隊の陣形から離脱し、地球への降下軌道に入ろうとしていたアークエン ジェル艦内もまた、極限の緊張状態にあった。
マリューの指示で搬入作業は中止され、ベイが閉鎖されたが、左舷側には補給コンテナが積まれたままになっていた。
『左舷カタパルト、補給コンテナの固定解除が間に合いません!
カタパルト使用不可!』
「構いません! 発進は右舷カタパルトのみで行う!
アークエンジェルは降下を開始します。
メネラオスに連絡して。戦闘時間は短いが、モビルスーツおよびモビルアーマーを出撃させる。
フェイズ2までには帰投させるように」
マリューの決断に、艦橋のクルーたちが慌ただしくキーを叩く。
補給を強行した代償として、ただでさえ遅れる出撃のテンポがさらに悪化していた。
――艦橋のCIC(戦闘指揮所)。
「イーゲルシュテルン起動! 迎撃ミサイル【コリントス】装填!
友軍との防空戦になる! レーザー照準、友軍にあてるな」
近接レーダーには、すでに敵機体が艦隊の内郭へと入り込んでいるのが映っていた。
マリューの指示を引き継ぐ形で、ナタルが細かく鋭い命令を飛ばす。
MS・MA管制担当の席に座るミリアリアは、震えそうになる指を必死に抑え込みながら、出撃待機中のパイロットたちへ回線を開いた。
「アグネス機、ルナマリア機、発進どうぞ!」
重突撃機銃、重斬刀、シールドを完全装備した二機のジンが、右舷カタパルトから立て続けに虚空へと蹴り出されていく。
続いて、ストライクの順番が回ってくる。ミリアリアは、親友へ向ける顔でマイクに呼びかけた。
「キラ! アークエンジェルは降下中です。フェイズ2の降下限界点には必ず戻ってきてね。気をつけて!」
『うん、わかった。ストライク、行きます!』
キラのエールストライクが力強くカタパルトを飛び出していく。
そして、次に出撃ランプが点灯したのは、エニルの搭乗する紫のジンだった。
ミリアリアは一つ深呼吸をすると、特定の通信回線を切り替えた。
艦橋の他のクルーには気づかれないよう、意図的に声を潜める。
先ほどまでの溌剌とした友人への声色とは違う、熱を帯びた、少し湿っぽく艶のある声が、エニルのコックピットだけに響いた。
「エニスさん……。アークエンジェルの降下フェイズ2までに……必ず、帰ってきてくださいね……?」
その甘い懇願に、コックピットのエニルはふっと口角を上げた。
『ええ。約束するわ、ミリィ。いい子で待ってなさい』
大人の余裕を感じさせる低い声でそう返し、エニルは紫のジンを宇宙へと発進させた。
アークエンジェルの防衛部隊が次々と展開していく中、戦況はさらに加速する。
燃え盛る連合艦隊の爆発の光を背に、銀色の指揮官用機シグーを駆るラウ・ル・クルーゼが、ついにアークエンジェルの姿を捉えていた。
「ふふ……やはり降りるか。だが、そう易々と逃がしはしない」
仮面の下で冷酷に笑うクルーゼ。
そこに、アークエンジェルから最後に出撃してきたムウのメビウス・ゼロが立ち塞がる。
「行かせるかっての!」
有線式ガンバレルを展開し、オールレンジ攻撃を仕掛けるムウ。
だが、クルーゼのシグーは人間離れした反射神経でそれを躱すと、すれ違いざまにメビウス・ゼロの推進器付近へ痛烈な一撃を見舞った。
「ぐあっ……! しまった!」
機体が激しく警報を鳴らす。ムウのメビウス・ゼロは推力を大きく失い、開戦早々にしてアークエンジェルへの帰投を余儀なくされてしまった。
「悪い! 俺はここまでだ! キラ、エニス! 後は頼むぞ!」
メビウス・ゼロが戦線を離脱していく。
「ああっ、もう、なんだっていうのよ!」
青いジンに乗るアグネスは、交差する火線を潜り抜けてくるザフトのジンを相手に立ち回っていた。
出撃と同時にアークエンジェルへと肉薄してきた数機のジンに対し、彼女はルナマリアと共に、艦の上甲板と艦橋を守るように防衛線を張る。
『うそでしょ、下、地球! なんでこんなに、艦隊の内側なんでしょ』
ルナマリアからの通信は、目前に迫る巨大な地球の威容と、乱戦の近さに驚きと混乱を滲ませていた。それでも、二人の少女は連携して迫り来るジンを確実に撃破していく。
「くそぉ、どこだ!」
一方、アスラン兄の駆るイージスは、立て続けに連合の護衛艦を沈め、メビウスを次々と叩き落としていた。
しかし、何かを探し求めるかのように急加速と急旋回を繰り返すその軌道は、酷く不安定だった。
『まて、アスラン。ひとりで突っ込みすぎるな!』
孤立しかけるイージスを追いかけるように、イザークのデュエルと、その後方からレコアのジン・ハイマニューバが食らいついていく。
連携の乱れを突くように、十二機のメビウスが波状攻撃で彼ら三機へと襲い掛かる。だが、クルーゼ隊の精鋭である彼らは、その包囲網を力技で押し潰していく。
「おまえらなんかにっ!」
アスランはイザークたちの援護を一瞥しただけで、再びメビウスの群れの中へと独断で突っ込んでいく。
『ええい、だから話を聞けぇ!』
イザークは憤慨しながらも後ろから支援射撃を行い、レコアと共に残るメビウスを撃ち落としていった。
「ああ、もう!! 私は他人の視点だとあんなに酷かったのね……!」
かつての親友を血眼で探すあまり、周囲が見えていない現在のアスランの戦いぶりを見て、レコア(中身アスラン)はコックピットの中で苛立ち、深く呆れ果てていた。
<お兄様、味方のことも考えずに突っ込むし、下手をすると妨害になってませんあれ?>
レコアの中にいる本来のレコアの意識すらも、見苦しい兄の姿に呆れ返っていた。