――地球軌道上・低軌道会戦(降下宙域)
――アークエンジェル(艦橋)
巨大な地球の重力に引かれ、アークエンジェルの船体は大気圏上層の摩擦熱で赤く焼け始めていた。
艦橋では、操舵士のノイマンが悲鳴のような報告を上げる。
「降下軌道にズレが生じています! 激しい回避運動の影響で、予定していたオーブ領海への降下は不可能です!」
「降下ポイントはどこになるの!?」
マリューの切羽詰まった問いに、ノイマンはコンソールを叩きながら叫んだ。
「紅海からインド洋周辺の海域に落下します!」
「くっ……仕方ありません。そのまま降下を継続! 姿勢制御に全力を!」
絶望的な状況の中、戦域には味方である第八艦隊の艦艇が次々と爆沈していく閃光が広がっていた。艦隊の防空網が崩壊していく中、アークエンジェルを狙うザフトの包囲網は着実に狭まりつつある。
* * *
一方、第八艦隊旗艦【メネラオス】の艦橋には、絶望的な被害報告が次々と飛び込んでいた。
「第四護衛群、全滅! メビウス隊の損耗率、すでに四十パーセントを超えました!」
メインモニターには、連合の誇る艦艇が次々と火球に変わり、メビウスが紙切れのように叩き落とされていく惨状が映し出されている。
とりわけ、ヘリオポリスで強奪された四機の蹂躙は凄まじかった。
フェイズシフト装甲に通常兵器はことごとく弾かれ、逆に彼らの高火力ビームが連合艦艇の分厚い装甲を易々と貫いていく。
「あのモビルスーツの威力が、これほどとは……!」
ハルバートン提督はコンソールの縁を強く握りしめ、血の滲むような声で呻いた。自らが心血を注いだG兵器が、最悪の形で己の艦隊と部下たちを屠っている。
その事実が、老将の胸を深く抉っていた。
* * *
――艦外の宙域。
キラのエールストライクとエニルの紫のジンは、圧倒的な技量で迫る銀色の指揮官用シグー――ラウ・ル・クルーゼと激しいドッグファイトを繰り広げていた。
「機体の性能差を腕でカバーするか。素晴らしいパイロットだ!」
仮面の下で愉悦に笑うクルーゼ。
シグーの猛攻をギリギリで躱しつつ、エニルはコックピットで舌打ちをした。
<なんて速さ……。さすがは隊長機ね>
その時、二機を分断するように、紅いイージスと、レコアの搭乗するジン・ハイマニューバが割り込んできた。
「キラぁぁっ!」
「アスラン!」
悲痛な叫びを上げて突っ込んでくるアスランのイージス。キラのストライクはそれを迎え撃つ形で乱戦に巻き込まれ、エニルは一人、クルーゼのシグーに追われる形となってしまう。
一方、アークエンジェルの直掩にあたっていたアグネスの青いジンと、ルナマリアの赤いジンもまた、窮地に立たされていた。
「見つけたぞっ!」
<これで、アグネスから話を聞ける!>
イザークはそう胸に秘めながら、アークエンジェルへとデュエルで突っ込んでいく。その後ろからは新手のジン二機も続いている。
「ああもうっ、次から次へと!」
アグネスがビームを躱し、重突撃機銃で牽制を放つが、そこに更なるザフトの増援――新たなジン三機が戦域を突破してアークエンジェルへと殺到してくる。
「うそっ、まだ来るの!?」
絶望的な数にルナマリアの対応が一瞬遅れた。
敵ジンの放った銃弾が、ルナマリア機の左腕を直撃する。
「きゃあっ!」
激しい衝撃と共に、赤いジンの左腕がシールドごと宇宙空間へと吹き飛ばされた。
「ルナマリア! 大丈夫!?」
アグネスが通信越しに悲鳴を上げるが、多勢に無勢。防衛線は崩壊寸前だった。
「ちぃ!」
イザークはわざとルナマリアの機体と味方ジンの間に割り込み、射線の隙を意図的に潰した。
「落ちなさいよ!」
アグネスはその不自然な状況を利用し、接近中だったジンとの距離を詰めると重斬刀で切り捨てた。
そして返す刀で、肉薄してきたデュエルへと斬りかかる。
対するイザークは、振り下ろされた実体剣の刃を、左腕に構えた対ビームシールドで受け止める。
ガキンッ!と激しい衝突音が響き、二機の装甲が軋み合う。
イザークはシールドで鍔迫り合いの形を強引に維持したまま、接触回線を開いて相手に呼びかけた。
『アグネス、アグネス・ギーベンラート!
そっちにいる、マリュー・ラミアスやカガリ・ユラ・アスハは私たちと同じなのか!?』
「くっ!? ちょっとは手加減してくれません、先輩!
……ええ、そうです。艦長とカガリ様は同じだと聞いています」
『そうか。ならばお前達を敵対しながら守ってやる。
アークエンジェル以外には容赦できないがな』
そう言い残すと、イザークはデュエルをアグネスから引き剥がし、ザフト艦の射線や味方ジンの対艦ミサイル軌道に巧みに入り込み、邪魔をし始めた。
『どうなっているの、なにか話したの?』
「なんでもないわ。それよりまだ来るわよ!」
ルナマリアの問いかけに即答し、アグネスは迫り来るジンの迎撃に向かう。
ルナマリアは不規則な動きをするイザークにも攻撃を行うが、それは手馴れた動作で流れるように逸らされた。
その絶体絶命の戦況を動かしたのは、クルーゼの猛追をアクロバティックな機動で躱し続けていたエニルだった。
彼女はシグーからの射線を連合艦隊の残骸を利用して切りながら、遠距離で第八艦隊を沈め続けているディアッカのバスターへと狙いを定めた。
<こっちは手一杯なのよ、お前らも少しは連携を乱しなさい!>
エニルは回避運動の死角から、バスターの関節部を狙って正確な牽制射撃を放った。
「うおっ!? なんだ、紫のジンか!?」
不意の一撃に体勢を崩すバスター。
「チィッ、あの紫、小賢しい真似を!」
それを見たミゲルのジンが、アークエンジェルへの突撃を即座に中断し、ディアッカを援護するために反転していく。
だが、安堵する暇はなかった。
「艦長! アークエンジェル戦域に新たなザフト艦の増援を確認!」
レーダーを見ていたトノムラが血相を変えて叫ぶ。
「熱紋照合……軽巡洋艦アイビー級一、補給艦二が接近してきます!」
マリューとナタルが同時に息を呑む。
すでに戦線は崩壊しているというのに、これ以上の増援となれば完全に万事休すだ。
「これ以上の戦闘は不可能です! 本艦はまもなくフェイズ2(降下限界点)を通過!」
「全機に帰投命令を出して! 急いで!」
マリューの悲痛な叫びを受け、ミリアリアが通信を開く。
『アークエンジェル、フェイズ2に入ります! 各機、直ちに帰投して! 左腕を被弾したルナマリア機、着艦を急いで!』
「くっ……了解、帰投するわ!」
警告音が鳴り響くコックピットの中で、ルナマリアは片腕を失った赤いジンを懸命に操り、重力に引かれ始めたアークエンジェルの右舷カタパルトへと滑り込んでいった。
* * *
――地球軌道上・低軌道会戦宙域(ザフト軍後方)
無数の熱源が入り乱れ、閃光が宇宙の闇を白く染め上げる戦場。
その最後方に、二隻の補給艦を引き連れた一隻のアイビー級惑星間軽巡洋艦が到着していた。
レム・エル戦隊長の率いるエル隊である。
艦橋では、白服に身を包んだレムが、メインスクリーンに映し出される苛烈な艦隊戦の光景を見て、盛大に顔を引きつらせていた。
<最悪だ……。なんで到着早々、こんな大乱戦になってるわけ!?>
第八艦隊とザフト大艦隊が正面から撃ち合う地獄絵図。
とてもではないが、軽巡洋艦一隻で突っ込んでいい場所ではない。
最前線など絶対に御免だった。
「艦長! 本艦および補給艦はこれ以上前進せず、この宙域で待機!
味方の支援射撃と、破損したモビルスーツの回収任務にあたります」
レムの指示に、黒服の艦長ナトーラ・エイナスがおずおずと振り返る。
「よ、よろしいのですか? 味方はあんなに激しく戦っているのに……」
「下手に突っ込んでも戦線を混乱させるだけです。
非武装の補給艦二隻を守るのが最優先。
直掩のモビルスーツ隊を出撃させて、補給艦の前に展開させてください」
もっともらしい理由を並べ立てるレム。本音は「とにかく前に出たくない」の一心である。
ポゥやマチュたちパイロットが格納庫から飛び出し、艦の防衛陣形が整う。
レムが<よし、これで安全圏でお茶を濁せる>と密かに胸を撫で下ろした、その時だった。
「戦隊長! 味方のローラシア級より通信が入っています。デラント艦長からです!」
電子戦・通信担当のトニヤが緊迫した声で告げる。
スクリーンに映し出されたのは、筋骨隆々としたザフトの艦長だった。
『エル戦隊長! 貴官らは後方で何をしている!』
「は、後方支援と、補給艦の護衛を……」
『甘ったれるな! 補給艦にもモビルスーツはあるのだろう!
クルーゼ隊は今まさに敵中枢で奮戦しているのだぞ。
エル戦隊長も最前線に出て、共に連合の艦隊を叩き潰すのだ!』
一方的に怒鳴りつけられ、通信がブツリと切れる。
さらに間髪入れず、他の艦からも矢のような催促の通信が次々と飛んでくる。
レムは頭を抱え、キリキリと痛み出した胃の辺りを強く押さえた。
<ううっ、胃が痛い……。最前線なんて絶対嫌だ、一番前なんて行きたくない。
でも、このまま無視して後方に引きこもってたら、後で責任問題にされて軍法会議モノだ……!>
どうすればいいのか。必死に思案するレムの耳に、レーダー担当のサラからの報告が飛び込んできた。
「戦隊長、味方のモビルスーツ隊が、降下軌道ギリギリの宙域でアークエンジェルと戦闘を行っています!」
最前線(敵艦隊の正面)には出たくない。
しかし、このまま引きこもるのも責任問題でマズい。味方が降下軌道付近で戦っている……。
レムの脳内で、生存本能と責任逃れの言い訳が奇跡的な化学反応を起こした。
<そうだ、前に逃げよう!>
「ナトーラ艦長! 本艦はこれより前進し、軌道上ギリギリで戦闘中の味方部隊の救助に向かいます!」
「ええっ!? で、でも、そのためには連合艦隊の分厚い砲陣を抜けなければ……!」
「真正面から突っ込む馬鹿はいません!
高度を下げて、敵艦隊の下をくぐり抜けます!」
「下って……それだと地球の重力に引かれて、大気圏に落ちちゃいますよ!?」
操舵士のアンナと副操舵士のマリアが、信じられないものを見る目で悲鳴を上げる。
「大気圏を離脱できるアイビー級の高出力推進器なら、限界点スレスレからでも強引に離脱できるはずです!
そこまで行って味方を救助するために、サマラ級を分離すれば文句も言われないでしょう!
敵艦の下をくぐって逃げ――いや、味方を助けるんです!」
絶句する艦橋要員たちを前に、レムは鋭い視線を巡らせた。
「このままここに留まって味方からの通信と砲火の的になるか、私の案でいくか……異論はないわね?」
凄みのある問いかけに、クルーたちがゴクリと息を呑む。
「トニヤ! 随伴の補給艦二隻に通信!『本艦はこれより戦闘宙域に突入するため、以後は自身で防衛されたし』と送って!」
「ええっ!? 私たちが補給艦を護衛するんじゃなかったんですか!?」
「状況が変わりました! 最前線で苦しむ味方を見捨てるわけにはいきません!」
さっきまで最前線は絶対に嫌だと考えていたのはどの口か。
「全艦、第一種戦闘態勢! 本艦は味方救援のため敵陣下方を突っ切ります。
目的地につき次第、サマラ級を分離! 本艦はその後、速やかに戦闘宙域を離脱します。
モビルスーツ隊は置いて行かれないよう、艦にしがみ付くか一旦格納庫に戻りなさい。
サマラ級の現地分離時間を短縮するため、今から準備に入ること!」
保身のためとはいえ、レムの指示は淀みなく的確だった。
「マリア・フィリア副操舵士、あなたはサマラ級に乗り込んで指揮を執りなさい」
「は、はいっ!」
「エイナス艦長、サマラ級に必要な食料と物資を直ちに運び込ませて!」
「はいぃぃっ!」
「では、これより作戦を開始します!」
レムの声が響き渡る。無茶苦茶な理屈だが、戦隊長の命令は絶対である。
「ひぃぃっ、両舷前進、推力最大! 降下軌道へ突入します!」
ナトーラが涙目で叫んだ。
ポゥたちの護衛を伴ったアイビー級は、補給艦を置き去りにし、連合とザフトが激しく撃ち合う戦場の「真下」――重力の沼へと、猛スピードで突っ込んでいくのだった。