――地球軌道上・低軌道会戦宙域(降下限界点)
ザフト大艦隊の猛攻の前に、地球連合軍・第八艦隊は完全に崩壊しつつあった。
アークエンジェルの直掩として最後まで盾となっていた第八艦隊旗艦【メネラオス】の周辺にも、無数のビームと実体弾が飛び交い、ジンやシグーが群がるように肉薄して戦闘を繰り広げている。
「このぉっ! 逃がすかよ!」
ディアッカのバスターが放つ砲線がエニルの紫のジンを襲うが、エニルはそれを紙一重で躱し、アークエンジェルに向かって全速力で降下軌道を駆け抜けていた。
それを追うミゲルのジンもまた、突如として動きが鈍くなる。
――地球の重力に捕まり始めていたのだ。
<こいつらに付き合ってられないわ!>
コックピットの計器が摩擦熱の警告で真っ赤に染まる。
重力の沼に足を取られ、母艦への接近すら困難になる中、アークエンジェル側が強引に艦の姿勢を制御し、彼女を着艦させやすいように出迎える軌道を取ってくれていた。
「くぅっ! しまった……!」
別の宙域では、ジン・ハイマニューバを駆るレコア(中身アスラン)が焦燥の声を上げていた。
限界ギリギリまで戦線に留まっていたが、重力圏に深く入り込みすぎた結果、ジンの推力では自力で脱出できなくなってしまったのだ。
『おい! レコア、戻れ!!
お前の機体じゃ無理だ!!』
イザークのデュエルが下から寄り添うようにハイマニューバの機体を押し上げるが、二機の装甲はすでに大気との摩擦で赤熱し始めている。
発端は、イージスを駆る「アスラン兄」が、キラをモビルアーマー形態で捕獲しようとする無茶な機動に出たのを止めようとしたことだった。
しかし、ガンダムとジンという決定的なモビルスーツの性能差、そして重力の脅威の前に、レコアは愕然とするしかなかった。
一方、イージスが追ってこなくなった理由を深く考える暇もなく、キラのエールストライクもまたアークエンジェルへの帰投を急いでいた。
ふと視界の端を見れば、エニルのジンが後方甲板へと滑り込んでいくのが見える。
<よかった……>
キラは心底安堵しながら、自らもアークエンジェルを見据え、その懐へと機体を滑り込ませた。
――アークエンジェル(艦橋)
無残に切り裂かれた味方艦艇の残骸が宇宙空間に漂う中、アークエンジェルの艦橋には絶望的なまでの警告音が鳴り響いていた。
「本艦、降下フェイズ3へ移行! これ以上の滞空は不可能です!」
操舵士のノイマンが、血を吐くような声で叫ぶ。
「ストライク、およびエニル機はまだなの!?」
「現在、両機とも最大推力で帰投中! 間もなく着艦します!」
マリューの問いに、ミリアリアがコンソールにすがりつくようにして答えた。
最後まで激戦を繰り広げていたキラとエニルを回収するため、アークエンジェルは降下限界点ギリギリで強引な滞空を続けていた。
「艦長! ストライクを待ったことで降下軌道がさらに大きくズレています!
このままでは予定海域も越えて……アフリカ大陸北部へ落下します!」
「構いません! 両機の着艦を確認次第、直ちに大気圏突入姿勢へ!」
ストライクと紫のジンが、火線を潜り抜けてアークエンジェルの後方甲板へと滑り込んでくる。
しかし、彼らの帰還に安堵する暇は、アークエンジェルのクルーたちには与えられなかった。
「敵艦接近! 上方のザフト軍後方から、一隻の軽巡洋艦が猛スピードで突っ込んできます!」
レーダーを見ていたトノムラが、信じられないものを見る目で報告を上げた。
「なんだって!? こんな軌道ギリギリまで下がってくる馬鹿がいるか!」
ナタルが驚愕の声を上げる。
モニターに映し出されたのは、先ほど戦域後方に現れたはずのアイビー級だった。彼らはアークエンジェルを狙う包囲網すらも強引に追い抜き、一直線に重力の井戸――大気圏へと向かって凄まじい速度で落下してくる。
その凶行の矛先は、アークエンジェルの盾として近傍に留まっていた旗艦メネラオスへ向けられた。
「迎撃砲火、撃てぇっ!」
メネラオスが残存するすべての対空砲火とミサイルをアイビー級へと向ける。
だが、アイビー級は一向に止まらない。それどころか、自らも地球の重力に引かれながら、至近距離で対艦ミサイルと主砲をメネラオスへと容赦なく叩き込んだ。
――閃光。
アイビー級から放たれた飽和攻撃が、メネラオスの分厚い艦底装甲を直撃する。
限界高度から突き上げるように撃ち込まれた一撃は、老将ハルバートン提督の乗る旗艦を内部から完全に破壊した。
巨大な火球が宇宙空間に膨れ上がり、第八艦隊の象徴たるメネラオスが轟沈する。
<提督ぅっ……!>
マリューが声に出ない内心で悲鳴を上げ、艦橋のクルーたちが絶望に顔を歪めた。
「あの敵艦、どうするつもりだ……!?
あの高度と速度では、大気圏の摩擦で燃え尽きるぞ!」
キラとエニルのことが気になり、艦橋に来ていたムウが、驚愕の声を上げたその時だった。
メネラオスを沈め、アークエンジェルの真横を通り抜けるように降下していったアイビー級の船体が、中央から千切れるように真っ二つに分離した。
「敵艦が分離!? あれは……大気圏突入モジュール(サマラ級)か!?」
分離したサマラ級は、そのまま降下限界点で身動きが取れなくなっていたザフトのモビルスーツ隊を回収し、アークエンジェルと同じように大気圏へと突入していく。
一方、母艦であるアイビー級は、高出力推進器を吹かして強引に機首を上げ、重力の沼からギリギリのところで戦域外へと離脱していった。
「あの分離したモジュール……行き先はどこなの!?」
マリューの問いに、ノイマンがコンソールを叩く。
「軌道計算出ました……本艦と同じ、アフリカ北部です!」
「角度的に、現在のアークエンジェルの姿勢では攻撃できません!」
ノイマンに続くように、サイが悲痛な声を上げた。
「くっ……!」
マリューは悔し気に、分離して降下していくサマラ級を見つめていた。